第二十五話 黎明の丘
今回の話はサンド目線です
丘へ向かう道中、次々と敵性生物が襲いかかってきた。
狼型のヴォルフ、猪型のフォレストボア、そして見慣れぬ巨大なカマキリ型のマンティス。
だが、いずれもオリビアの号令とエルドゥの察知能力によって隊は迷いなく動き、討伐は滞りなく進んでいた。
ただ、戦闘のたびに胸の奥がじわりと重くなる。いつ誰が倒れてもおかしくない状況だ。
息を整えたところで、エルドゥがこちらへ振り向いた。
「コイツらは討伐した後、適切な後処理を施せば問題なく食える。」
マンティスも、か?
心の中で思わずツッコミを入れてしまった。フォレストボアは珍しいが王都で流通もしているし、ヴォルフもまあ食べられなくはない。
しかし、あのカマキリの怪物を’’食材’’と呼ぶ発想は、オレもガレンも持ち合わせいなかったらしい。気づけばガレンと目を見合わせていた。
「味もそこまで悪くない。継続的な補給が皆無な以上、絶対無駄にはできん。オレさまが手本を見せる。見ていてくれ。」
エルドゥはそんなオレたちの反応をよそに、淡々と解体を始めた。
「毛皮も防寒具や生活用品として有効に活用できる。牙や爪はナイフや弓矢の鏃に。部位ごとに分別して保存する。」
「これほどまで無駄なく活用できるのか!素晴らしい!」
手際が良すぎて、もはや職人の域だ。ガレンが感嘆の声を上げるのも無理はない。
「驚くのは早い。もっと活用する必要がある。」
エルドゥは言葉を続けた。ガレンはキョトンとしている。勿論、オレもだ。
「血液はインク、心臓や肝臓は火を通して食せば栄養価が高い。腸は香草とバラ肉を詰めて腸詰めを作れる。」
短時間でヴォルフとボアを解体したエルドゥ。次に彼が向かったのはマンティスの死骸。
「マンティス、コイツは危険な生物だが討伐さえ出来れば良い【資源】だ。」
「見ての通り2メディルほどあってデカいから可食部が多い。」
「腕部は外殻を剥けば肉は意外と柔らかい。煮ても焼いてもいける。ブレードは武器や農具として使える。外殻は防具にも使える。」
……いや、理屈はわかる。
だが、マンティスの肉を食う未来だけは、まだ想像ができない。
淡々と、無駄なく、次々と切り分けていく。
「そして複眼。これはくり抜いて中に火を灯せばランプに出来る。翅は見ての通り光を反射し見た目が良い。装飾品にも出来る。」
「翅などは【都市連盟】に持ち込めば交易や取引材料や使えそうね。」
今まで言葉を発しなかったセレナが意見を述べた。なるほど。細かいところまでよく見ているな。と感心した。
「そうだな。実際に王都で欲しがる細工職人も結構いるぜ!」
なるほど、そこまで考えるのか、と感心するより先にーー
’’オレたちは何一つ持たない場所で生きるんだ’’
そんな実感が喉の奥に重く落ちていった。
着々と作業を進めながらエルドゥは言葉を続ける。
「おれたちには今、何もない。」
確かに、そうだ。祖国を離れて逃れ、ここまで来た。
補給線などあるわけもない。食える物は食い、武器になるものはすべて使う。それが生き残る唯一の手段だ。
(護るためだ。生き延びるためだ。どんな泥水でもすすってみせる。)
自分の覚悟が静かに固まっていくのを感じた。
ーーこうしてオレたちは、小さな積み重ねから生きる術を学んでいく。
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一行は道中、活用できそうな資源を収集し、進んでいった。
二つの尾根を越えた先、急に森が開けた。
視界が一気に広がる。そこはなだらかな丘で、黄金色の草が風にゆれていた。
丘の下には、湖が広がっていた。
風が頬に触れた瞬間、張り詰めていた肩の力がすっと抜けた。
陽は傾きかけ、鏡のような水面が燃えるような橙と群青を映している。森を渡る風が湖面を撫でるたび、光がゆらぎ、まるで宝石のように煌めいた。
長い旅路だった。ようやく辿り着いたのだと思うと、言葉がでなかった。
オレだけじゃない。仲間たちも皆、ただ立ち尽くしていた。
「……ここだ。」
先頭に立つエルドゥが、息を詰めたまま短く呟いた。
ーーー苦節の危険な旅路を経て、ようやく辿り着いた。
その声に、仲間たちは互いに顔を見合わせ、静かに頷いた。背に負った荷の重みがずっしりと感じられる一方で、胸の奥には不思議な軽さがあった。
幾夜も苦しい戦いを強いられ、冷たい雨に耐え、僅かしかない休息では小さな焚き火のみで暖をとり、ロクに睡眠も取れない生活。
明日もしれない状況に不安を感じながらも励まし合い歩き続けた。
その足跡が、ようやく意味を持った気がした。
この丘なら、見晴らしもよく、森からの獣の接近や外敵にも気づける。
湖の水は澄み浅い部分では陽光に透けて底の石まで見えるほどだ。飲用もできるだろう。
湖には僅かに生物の気配や鼓動も感じられる。魚か何かが棲息しているのだろう。
これほど澄んだ水を見たのは、いつ以来だろう。
ここなら……生きられる。
「ーー聞け、我が同志たち。」
オリビアの声が響く。
その声は静かだったが、森を震わせるほどの【芯】があった。
「我らは祖国と袂を分かった。飛空艦に囚われた人々を救うために。」
その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かがほどけるような気がした。
逃げ続けて張り詰めていたものが、ようやく形を変えていくようなーーそんな感覚だった。
「これからも同じ境遇の者は増えるだろう。彼らを救うためにも、まず我らが生きねばならん。」
「そのため、この場を【我らの地】としよう!」
兵達からざわめきが起きる。拳を握りしめている者がいる。また、涙を拭っているものもいる。
オレも胸の奥が熱くなった。ようやく、ようやく始まるんだ。
オリビアが部隊へ指示を飛ばす。
「日が落ちるまでに拠点を形にするわよ!周囲の警戒、資材の回収、櫓と兵舎の設営!単独行動は禁止よ!最低でも小隊規模で動け!」
声が丘に反響する。
長い行軍で沈みかけていた士気が、再び燃え上がっていく。
「私たち全員で、生き残るのよ!」
オリビアは剣を掲げる。
その言葉に、戦士達も同じく剣を掲げ、森の静寂に人の声が満たされていく。
(終わったんじゃない……ここが始まりだ。)
オレたちはこの日、まだ名もない丘で、新たな拠点作りに取り掛かった。
生き残るんだ。
ここで必ず立て直してみせるーーそう強く思った。
後に’’黎明の丘’’と呼ばれる、この場所で。




