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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第一章 《銀翼は反逆の空を翔ける》

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第二十二話 仲間たち

 甲板――。


 エルドゥは陣の中心で踏みとどまっていた。敵は波状だが、波の合間に必ず隙がある。彼は雷でその隙の前後を「強調」し、味方の身体が自然とその隙に乗るように導いた。


「そこだ、踏め!」


 轟、と雷は鳴らない。発光だけが短く走る。見た者は足を置く場所を間違えない。

 足元が揺れ始めたとき、エルドゥは空を一度だけ見た。


 (落ちるか。なら、支える)


 彼は大斧を甲板から抜き、両手で柄を構え直した。雷の魔力を刃ではなく、柄に流す。木の繊維が密になり、しなりが強くなる。


「守れ! ここが門だ!」


 門がある限り、人は帰って来られる。エルドゥはそういう戦い方をする。


 *


 サンドが甲板に飛び出したとき、風が顔を叩いた。だが、それは敵意のある風ではない。


「サンド!」


 ラウニィーが駆け寄る。


「リヴィは?」


「生きてる。気を失ってる。……この子も」


 ラウニィーは一瞬だけ目を見開き、すぐ頷いた。


「この人数じゃ、飛び降りる脱出は無理。……不時着に合わせて守る」


 言いながら、ラウニィーはもう矢筒から紐を引き、魔力の符を矢羽根の間に結び始めている。


「セレナ!」


「ここよ!」


 動力室から、解放された人々が列になって上がってくる。顔色は悪いが、生きている。


「防御は地と風。重ねすぎない。層をずらす」


 セレナが手を上げ、魔法兵を四つの小隊に割る。


「第一層、地。第二層、風。第三層、地。第四層、風。順に薄く。衝撃は逃がす」

 ぶ厚い壁は割れる。薄い壁を重ね、しなるように力を流す。


「ラウニィー、合図を」


「わかった」


 彼女は矢を一本、高く掲げた。


「この矢が空に留まっている間、息を止める。落ちたら、息を吐いて次の構えに。……いいね!」


 「「応っ!」」


 甲板の端では、エルドゥの陣がまだ生きている。彼は短く親指を立て、こちらへ半歩ずつ退きながら敵の波を削り取っていく。


 サンドはオリビアと娘を最も内側の位置に卸し、毛布をかけ、肩で大きく息を吐いた。


「ここから先は、オレが壁になる」


「サンド、無茶は――」


「無茶じゃねぇ。仕事だ」


 彼は笑い、土の魔力を甲板にゆっくりと流した。甲板板材は応えるように、わずかに盛り上がり、縁が小さな土の唇のようになって、人の足を受け止める。


 (転ばせない。誰も)


 ラウニィーがオリビアの頬に手を当てる。


「……ねぇ、リヴィ。あと少しでいい。私に勇気を貸して」


 返事はない。けれど、胸の上下は確かだ。


 ラウニィーは涙を吸い込んで、まっすぐ前を見た。


「来るよ!」


 空気が、底から抜けた。


 飛空艦の腹が大地を見つけ、重力が一気に手綱を引く。


 ラウニィーは矢を放った。


 矢は真上へ。風の層に触れ、ふっと止まる。


「――今!」


 第一層、地。甲板の下に土の板が滑り込む。


 第二層、風。風が土の板を持ち上げ、わずかにしならせる。


 第三層、地。土が風に重なり、薄く延びる。


 第四層、風。最後の薄膜が衝撃の向きを横へと撫でつける。


「――来るぞ!!!」


 エルドゥの叫びと、世界の端が重なる。


 轟音。


 火花。


 骨が軋むほどの圧力が、しかし、殺しきられない。薄い層が砕け、また重なり、力は逃げ、逃げ、逃げ――。


 やがて、音が遠のいた。


 粉塵が白い朝日に煌めく。


 耳はまだ高い音を鳴らしているが、息はできる。


 ラウニィーは矢が落ちるのを見届け、ゆっくり息を吐いた。


「――生きてる?」


「生きてる!」


「こっちも!」


「大丈夫だ!」


 叫びが重なり、泣き声が紛れ、笑い声が割り込む。


 セレナは膝をつき、最初に倒れた老人の脈を取った。


 「大丈夫。あなたは生きてる。……みんな、生きてるわ」


 サンドは肩で息をしながら、オリビアの顔を覗いた。


 「おい、オリビア。起きたら文句言っていいぞ。……それまでは、寝てろ」


 彼は大きな手でオリビアの髪を一度だけ撫で、立ち上がる。


 「エルドゥ! 周囲の警戒を頼む!」


 「任せろ!」


 エルドゥは部下と共に崩れた艦の影を回り、火の手が上がっていないか、追撃がないかを確かめる。


 セレナは解放した人々を二つに分け、歩ける者は外へ、歩けない者は日陰へ。


 「水を少しずつ。魔力の補填はあと」


 彼女が指示を出すたび、混乱は秩序へと形を変える。


 ラウニィーは、粉塵に霞む空を見上げた。


 朝が来る。


 「……リヴィが、空を引きずり下ろした」


 呟きは小さい。けれど、確かだった。


 遠くで子供が泣き、誰かがあやす声が混ざる。


 気絶していたパン屋の娘が、毛布に包まれて微かに身じろぎした。ラウニィーはそっと膝をつき、目線を合わせる高さまで降りる。


 「……大丈夫。怖かったね」


 娘はまだ意識の底にいる。だが、呼吸は安定している。


 (守れた)


 胸の奥が温かくなり、同時に、重くなる。この重みは、これから先もずっと抱えて歩くためのものだ。


 オリビアの睫毛が、わずかに震えた。


 ラウニィーは息を呑む。


「リヴィ?」


 返事は、まだない。だが、彼女の顔色に、ほんの少しだけ血の色が戻っている。


 サンドはそれを見て、短く笑った。


「起きたら怒られるな。『勝手に担いでごめん』って言っとくか」


「言っときなよ。私は抱きしめる」


「おいおい、オレの前でやるなよ」


「見るな」


「見るなって言われると見たくなるだろ」


 くだらないやり取り。だからこそ、世界が「戻って」きたのだと体が理解する。


 エルドゥが戻ってくる。


「外周、異常なし。煙は向こうへ流れてる。ここに居付ける時間は短いが、逃げる余裕はある」


「ありがとう」


セレナが頷く。


「進めるわ」


 ラウニィーは最後にもう一度だけ空を見た。


 灰色の雲の切れ間から、淡い光がこぼれている。


 銀の戦乙女はまだ目を閉じているが、彼女の戦いは、確かに新しい朝へと道を開けた。


 ――罪なき民を、鉄の空から取り戻した。


 だが、この空を汚した手は、地上にも、心にも残っている。


 終わりではない。始まりの、さらに前。


 粉塵の向こうで、何かがまた、こちらを見ている。


 ラウニィーは矢筒の紐を締め直し、微笑んだ。


 「行こう。みんな、生きて帰るよ」


 その声に、応える声がいくつも重なった。朝の風がそれを拾い、遠くへ運んでいく。


 墜ちゆく鉄の空は、もう彼らの上にはない――。

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