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(20)傲慢王子はいらないわ


 謹慎処分を言い渡されて、流石のジャンフランコも、少しは反省をして、大人しくなるかもしれないと、僅かな期待をしていたが、その生活態度は何も変わらなかった。

自室で、数日間の処分など、あってもないようなものだ。


 自分を傷つけたエフフロシーニャは侯爵令嬢なのに、身分を平民に落とされて親戚の領地に送られたが、自分は極めて緩い処置ですんだので、ますます増長していた。


「私はこの国でたった一人の王子だ。つまり、何をしても父上は、私を廃嫡にはしないということだ!」

 ジャンフランコは笑いしかない。


 少しの謹慎処分ですませ、国王が王子を甘やかしたせいで、どんなことをしても最終的には許されるのだと、思い上がっただけだった。

「やはりな。私の他に誰が次の国王になれるというのだ。タチアナ嬢を自分のものにして、貧乏伯爵にこの私を怒らせたことを後悔させてやろう」


 謹慎中だというのに、近くの侍従を呼び、ジャンフランコはタチアナを王太子離宮に呼ぶように、手紙を書かせた。


 

◆■ ◆■


 残り少ない町での滞在を、リベラートと買い物デートに出掛けようとしていたところ、呼び鈴がなる。

 タチアナ一人で、玄関に向かい扉を開けると、王子の侍従という者が、申し訳なさそうな顔で立っていた。

 侍従は真っ赤なサテンのクッションの上に載った、一通の手紙をタチアナに差し出す。

「ジャンフランコ殿下がお待ちです。詳しくはこの手紙に書いてあるので、お越しください」

 侍従はそれがどういうことか知っているのだ。居たたまれないのか、言い終わるとすぐにタチアナの視線から逃れるように、下を向いた。


「あら、ご苦労様」

 タチアナは無邪気に、手紙を受け取った。

「あの、その場所には・・」

 侍従は言い掛けて止めた。それ以上言っては、王子の意に背くことになるからだ。しかし、どうしても止められなかったのか、再び口を開き言葉を付け加えた。

「よくお考えのうえ、お越しください」

 侍従の立場では、そう言うのが精一杯だった。

「ありがとうございます。日時を確かめて必ずお伺いしますわ」

 タチアナは笑みを絶やすことなく手紙を受けとり、了承した。


 タチアナが手紙の中を確かめようとしたとき、リベラートが気がついて玄関までやってきた。


「誰が来ていたんだい?」

 リベラートに手紙を見られたが、タチアナは手紙の差出人を隠しながら、何食わぬ顔で嘘をついた。


「先日のあの狩りのときにたまたま隣にいた女性から、是非お茶会に来てほしいと頼まれていたの。私のドレスに興味があったのかもね」


 この嘘を疑うことなく、リベラートが純粋に喜ぶ。

「タチアナにお茶会を誘ってくれる友人が出来たのか・・。それは、いいことだ。お茶会用のドレスを買いに行かないといけないね」

 まるで自分のことのように嬉しそうなリベラートに、嘘をついたことを少し後悔したが、本当の相手を伝えたら、リベラートは自分の命を引き換えにしても止めるだろう。

「そうね、じゃあ、明日にでも買いに行こうかしら。リベラート様も一緒よ」


ウィンク一つで、リベラートはうんうんと頷いた。


◆■◆


それから、一週間後。

タチアナはジャンフランコに呼び出され、手紙にあった王城の一角にある離宮に向かっているところだ。

 

 ドレスはリベラートが気に入って買ってくれたドレスだ。

「試着室から出たら、リベラート様が固まってたからどうしたのか心配になって聞いたら、『タチアナ・・綺麗だ・・』だって。もう、私ってば愛され過ぎね」

 嬉しさで、スキップしそうだった。だが、その嬉しい記憶も離宮の庭園に入ったところで消えた。

 るんるん気分から一転、その庭には物騒な兵士たちがいるではないか。


 屈強な兵士が5人ほど、タチアナの前に現れた。

「この中にジャンフランコ殿下がお待ちだ。おまえが良い働きをしてくれたら、離宮から家に帰れるが、ジャンフランコ殿下が気に入らなければ、俺たちにもおすそわけいただけるらしいぞ」


 男たちは一斉に下品に笑い、舌舐りをした。どの男たちも嫌らしい目付きで、タチアナを不躾に見ている。


「ゲスって本当に汚物の匂いまでするのね」

タチアナの言葉に一人の男が殴りかかってきそうだったが、他の男が止める。

「やめろ。王子が遊ぶ前に傷をつけるな。後で遊べるだろう?」

 男の一人が、そう言うと建物に入るように、顎をくいっとあげてタチアナを促した。


 そのとたんタチアナの体からどす黒い煙が見えるほど、冷たい怒りをまとう。

だが、急に穏やかな顔つきになり、自分の影に向かって笑いかけた。

「あら、お腹が空いたのね。ちょうど5匹いるから慌てないで!」


男たちが怪訝な顔になった。

「誰に話しかけているんだ?」


「ペットたちの餌の時間なの。ジャンフランコ殿下の前に、あなたたちが餌になるといいわ」

 タチアナがそういうと、タチアナから伸びた影が男たちの方まで伸びていく。

すると、影の部分の地面はぐにゃぐにゃと曲がり、黒い溶岩のようにとけだし崩れてきた。


「うわ? なんだ?」

兵士たちは底無し沼のように、ズブズブと地面に埋もれていく。

 必死でもがくが、それよりも沈む方が速かった。


 5人を飲み込むとレンガで敷き詰められた地面はもとに戻っている。


それを見届けることなく、何事もなかったように、タチアナは離宮の扉を開けて中に入っていった。



 館内は暗く静かだ。

「ねえ、誰もいないの? 私、暇じゃないから帰るわよ?」


 タチアナの声が広い離宮にこだました。

「慌てるなよ」

 そう声がした方を振り向くと、まるで成金主義のように宝石をじゃらじゃら身に着けたジャンフランコが出てきた。


「こっちにこい。おまえのような下賎の者が見たことのない宝石が飾っている部屋があるぞ」

ジャンフランコが先に行くので、仕方なくついていくと、その部屋には確かに見事な宝石が展示されている。


「おまえのような者に、この宝石を見せてやったんだ。感謝しろ。さあ、この向こうに私専用のベッドルームがある。こい!」


本性を表したジャンフランコは、取り繕うことなくベッドに誘う。


「もしかして・・、宝石を見ただけで、あなたに従わなければならないの? ここにある全ての宝石を貰っても、あなたの言いなりにはならないけど、見せるだけって・・ケチすぎない?」


タチアナは呆れてつい、ふっと鼻で笑ってしまった。


「おい、そんなことを言ってもいいのか? 私が命令すればおまえの貧乏伯爵の命なんてすぐに消すこともできるんだ。私を怒らせない方がいいんじゃないのか?」


「なるほど・・。私が断れば、リベラート様に何かするのね?」


ニヤリと笑うジャンフランコは、続けて話す。


「そうだ、良く分かっているじゃないか。アイツを牢屋にぶちこみ、適当な罪名をつけて、始末することさえできるんだ」

ジャンフランコの言葉を聞き、タチアナが眉を寄せた。

それをどう捉えたのか分からないが、ジャンフランコは、気分良さげに言葉を続ける。


「それにもし逃げれば、外にいる奴らがおまえを好きにするぞ。だからおまえは・・」


「ああ、あいつらはもういないわよ」


「・・え? まさか・・」

 信じられないとばかりに、近くの窓からジャンフランコは身を乗り出して、待機しているはずの男たちを探した。

 だが、どこにもいない。


「おまえ、他に誰かつれてきたのか?一人で来いと言っただろう?」

急に怖くなったのか、ジャンフランコが近くの剣を持ち、キョロキョロしている。

「おい、私を傷つけたり殺したら、この国でおまえたちは生きていけないぞ。父が決して許さない、分かっているのか?」


「ええ、もちろん分かっているわ。それに、リベラート様ったら領地の人々のことを、とっても大事にしているんだもん。この国を追われるようなことはしないわよ」


 タチアナの言葉を聞いて、安心したのか、ジャンフランコはまた威勢を取り戻した。

「なんだ、分かっているんじゃないか。じゃあ、素直に私の言うことをきけ!」


 鼻息荒く、勝ち誇ったように命令するジャンフランコに、タチアナの真っ赤な瞳が細くなり、赤い唇の端が美しく上がる。

「だから、あなたは用済みなの」


 そういうと、ジャンフランコの影から、黒い女郎蜘蛛が一匹出てきた。それはゆっくりとジャンフランコの体に上っていく。

「なんだ?この蜘蛛は!」

ジャンフランコが手で気持ち悪そうに払う。

しかし、その一匹に気を取られている間にもう一匹彼の影から這い出た。そして、一匹、もう一匹と増えていく。

あっという間に、ジャンフランコの体は女郎蜘蛛に覆い尽くされていた。

「うわあああ」


「女郎蜘蛛は近づくオスを食べるんですって」

「助けてくれ!なんでもする!」

必死に訴えるジャンフランコに、タチアナはにこりと微笑んだ。


「何もしなくていいのよ。あなたの表面だけいただくわね」

「表面? 私をどうするつもりだ! 私に何かあれば、おまえも許されないぞ」

虚勢ばかりで、かわいげのない男に用はない。

「うふふ、さようなら」

タチアナがそう言うと、蜘蛛たちはジャンフランコを覆い尽くした。ジャンフランコは倒れると、そのまま彼自信の影に落ちていく。


 すると、その影が心音のような、波を打ち始める。

トクン・・トクン・トクントクン

そして、しばらくするとジャンフランコの影から、真っ黒な人物が立ち上がり、更に時間が経つと黒い肌が灰色に。

その10分後、灰色から肌色にかわり、瞼が開く。

 その顔はジャンフランコ。しかし、ジャンフランコではない。

「タチアナ様、これよりこの男に成り代わり、誠心誠意、王太子として努めて参ります」

「よろしくね。ところで、元の男は大丈夫なの?」

「はい、既に影として意識なく、大人しいものです。いずれ消えるでしょう」


「・・そう、じゃあ私は帰るので、あとはよろしくね」

 ジャンフランコもどきは深く頭を下げて、タチアナが部屋を出るのを見送ったのだった。


ここまで読み続けて頂き、ありがとうございます。

明日、最終回予定です。

どうぞ、もう少しお付き合いくださいませ。

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