(19)リベラートの苦しみ
鷹狩りの夜。
疲れたリベラートを、タチアナが労ってくれる。
「リベラート様、お疲れ様でした。ねえねえ、お食事になさる? それとも先にお風呂? それともわ♡た♡し♡にする?」
「ぶおほっっ!ごほっごほっごほっ」
「まあ、大丈夫?」
タチアナは心配げにリベラートの背中を擦る。
「いつも思うんだけど、そんなことを誰に教わっているの?」
少し呆れながらタチアナを見る。
するとタチアナが、リベラートからの視線を逸らすが、すぐに視線を戻し、ごまかすように微笑む。
「そんなことより、私、今日は本当に嬉しかったのよ! だからお祝いしましょ?」
「お祝い?」
リベラートは何の事か、全く訳が分かっていない。
「じゃあ、先にお食事にしましょ! お祝いだから、シェフ(魔族)が腕によりをかけて作ってくれたのよ」
ほらほら、とタチアナに腕を取られて、ダイニングに引っ張られるとそこには豪華な料理がテーブル上に並べられていた。
「うわー! 美味しそうだな」
「でしょ? さあ、先に乾杯よ」
何の乾杯なのか分かっていないが、可愛いタチアナが嬉しそうなので、言われるまま、グラスにワインを注ぎグラスと合わせて乾杯をした。
「かんぱーい♡」
「乾杯?」
「あー、思い出しても嬉しいわ。リベラート様のプロポーズ!」
「ぶふぉーーーー!!」
リベラートは盛大にワインを吹いてしまった。
「僕が?」
こくりと頷くタチアナ?
「タチアナに?」
うんうん。
「プロポーズ?」
こくこくこく。
「あん、もう。恥ずかしがって! じゃあ、どこから言おうかな? えーっと・・ではでは、あなたのプロポーズの台詞を最初から再生してもらうわね」
コホンと咳払いしたタチアナは、闇烏を召喚した。
すると、その烏はリベラートと同じ声色で全く同じ台詞を再生しだす。
『僕の大事なタチアナを飽きれば捨てるだと? 僕より金持ちで、いい条件の男など沢山いる。だから、タチアナのことを真剣に愛してくれて、大事に幸せにしてくれるなら、辛くても別れるつもりだった。だが、愛もない人には渡せない! 例えこの国の王子でもだ! 貴方より僕の方がタチアナを愛している!』
「・・・」
リベラート、目が点。そして、顔は真っ赤である。まさかあの台詞を再生されるなんて思わず、思いっきり『愛している』と叫んだことを後悔していた。
余韻に浸っているタチアナは、目を瞑りうっとりしている。
タチアナは、リベラートが黙っているのが不安になりなったのか、目を開けてわざわざ確認してきた。
「愛しているって言ったわよね? 言ったでしょ? なかったことになんかできないわよ」
真剣に詰め寄るタチアナに、リベラートが深く息を吐く。
そして、決意した瞳をタチアナに向けて話し出した。
「確かに言った。僕はついこの前まで君が赤ん坊だったのにとか、色々考え過ぎて、きっと自分の気持ちを押し殺していたけど、本当に今日、分かったんだ。タチアナが好きだってこと」
「う、嬉しい!!」
抱きついてきたタチアナの頭をリベラートは優しく撫でながら、言葉を続けた。
「今日のは、君に言った言葉じゃないから、今度指輪も用意して、本当にちゃんと君に伝えたい。だから、待っててくれる?」
「うん、勿論よ。ちゃんとお利口に待っているわ」
今度は自分にちゃんと言ってくれるなら、いくらでも待つわとタチアナは嬉しそうだ。
「せっかくシェフが作ってくれた料理を食べよう」
促されたタチアナは席に戻り、二人は和やかに食事を再開した。
リベラートはこの後、地獄の災難が自分に振り掛かるとも知らないで・・。
「結婚式が終わるまで、今までみたいに、僕のベッドに突撃しちゃダメだよ。いいかい? タチアナ」
目を見開き、雷が落ちたようにショックを受けているタチアナが、「なぜ?」と短く問う。
「貴族の令嬢は、結婚式の夜に初夜となる。それまでは純潔を守るんだよ。君を大事にしたいし・・。だから、僕も我慢するから、君も自重してね!」
事情を聞くと、タチアナは素直に納得した。
「私のことを・・大事に・・って、嬉しいわ」
にこにこご機嫌になって、タチアナは肉をナイフで切り、口に運ぶ。
リベラートも肉を食べ始めると、あることに気がついた。
「シェフの料理はいつも美味しいけど、今日は少し甘めだね?」
「・・・」
「・・・」
ピッシィィィーーー!
そんな擬音が聞こえるほど、ダイニングの空気が凍る。
「りょ、料理のこと・・すっかり忘れていたわ! サ、サキュバス、初夜のこと聞いていたでしょ! どうしよう!!」
狼狽えだすタチアナ。
リベラートは何をそんなに慌てているのか理解できず、食べる手を止めて、タチアナを不安げに見つめる。
「だって、そんなことになるなんて、計画にはなかったし! 私はそもそも人間に、そんな風習があるなんて聞いておりませんもの!」
何処からか、半裸に近い女の魔族が急に現れて、おどおどしている。
「わしゃ、絶対に料理にあんなものを入れるのは反対だったんじゃ! 旦那様は人間だけど、とてもいい人なのに、悪いことをしてしまった! 許してくだされ!!」
崩れ落ち、土下座せんばかりの魔族シェフ。
そのただならぬ様子に、リベラートの顔は真っ青になった。
「も、もしかして・・毒? 毒を入れたの?」
3人が一斉に、不憫そうにリベラートを見る。
「毒の方が良かったかも・・」
怖いことを言い出すサキュバス。
「毒じゃないなら、料理に何を入れたんだ?」
言いにくそうに、タチアナが自白した。
「魔族御用達、サキュバス印の催淫剤よ。私のことを愛してるって聞いたから、この流れで一気にいっちゃえって、サキュバスに言われて、料理に入れちゃった♡」
てへっ的な感じで、タチアナに言われる。
「そんな、隠し味みたいに言われても・・。うっっっ」
早速リベラートの体に異変が現れた。
下半身がモゾモゾと熱が溜まってくる。
「リベラート様、苦しそうだわ。大丈夫?」
タチアナが近寄ると、途端に感情が抑えられなくなる。だがら、必死でリベラートは彼女を拒否した。
「近寄らないで! 我慢できずに押し倒しそうだからぁぁーー」
ズリズリと後ろに後ずさりをするリベラートだが、言葉と裏腹に瞳は熱っぽい眼差しで、タチアナを見つめている。
「リベラート様、我慢できないのなら、私、覚悟はできているわ」
「いや、僕は君の評判を落とすようなことなど・・しない。結婚式まで・・・うっ」
見兼ねたサキュバスが、催淫剤の効果をごまかしながら、気を逸らす方法を教える。
「とにかく、とある部分に集中した血液や気持ちを分散させるには、走ると良いらしいですわ。なので、私も反省して走りますから、一緒に頑張ってください」
サキュバスの申し出に、逸早く却下したのは、タチアナだ。
「ダメよ、そんなほぼ全裸のような格好のサキュバスと、二人でランニングなんて許さないわ。絶対に間違いがおこるもの。それなら、私が一緒に走るわ!」
タチアナがサキュバスから、リベラートを守るように、腕を引っ張る。
すると、タチアナの胸がリベラートの腕に当たってしまった。
「タチアナ!!、もう無理だ! 我慢できない・・」
リベラートは我慢できなくなり、タチアナの胸に右手を伸ばそうとするが、リベラートの理性がそれを止めた。
【タチアナの純潔を守るのだろう?】
「そうだ、僕はタチアナに指一本触れないぞ!」
リベラートの本能がじれったそうに唆す。
【もう、婚約してすぐに結婚しちゃうんだろ? じゃあ、いいじゃん!】
「確かに、もうすぐ結婚するんだ。じゃあ押し倒してもいいよね?」
タチアナの胸まで数ミリのところで、理性が叫んだ。
【おまえの愛はそんなものなのか?!】
「違うぞ、僕はタチアナを守るんだぁぁ」
本能を殴り飛ばして・・、実際にはリベラートが自分の頬を殴って、夜の町に飛び出して、走りに行ってしまう。
残されたタチアナは、寂しいような、それでいて大事にされたんだという嬉しさが混合した感情で、困っていたのだった。
そして、リベラートは昂りを抑えようと全速力で夜の町や森を駆け巡っていたのである。一晩中・・。
◇□ ◇□
二人がこんな夜を過ごしていると同時期に、国王は側近たちと難しい顔で王太子の今後を話し合っていた。
というのも、ジャンフランコの今までの行いにより、何人かの貴族が、直接国王に窮状を訴えていたのだ。
その多くは、ジャンフランコが貴族の娘に『王子妃にならないか』と誘い、体の関係を持った上で、飽きれば捨てるいう所業に怒ってのものである。
そして、今回の鷹狩りの件だ。
警備のことや、回りに住む村人に配慮して、計画的に鷹狩りを行うのではなく、思い立った一週間後に鷹狩りを行い、父である国王に無断で、警備体制も揃わぬまま強硬した。
その結果、婚約候補を外した女性から、恨みを買って怪我を負わされたというではないか。それに関しては令嬢の逆恨みだが、警備計画を軽く見たジャンフランコの自業自得ともいえる。
その上、助けてもらった貴族にお礼も言わずに見下した発言をしたと、その場にいた貴族から聞いている。
しかも、証拠はないが、国庫にも手をつけていると噂されている。
以前から他者に対し敬意を欠いた言動を繰り返してきた息子を、何度も戒めてきたが、ここまで酷くても国王は王子が可愛くて決定を下せない。
それにジャンフランコを廃嫡にすれば、次期国王は王弟の息子になってしまう。
だから、「国王陛下、ご決断を」と、高位貴族から促されても、申し出を退けたのだ。
貴族から、ジャンフランコの王族としての称号を剥奪するように、迫られたが、やはりたった一人息子が可愛かった。
「待ってくれ、今一度ジャンフランコにチャンスをやってくれないか? 少し謹慎を言い渡せば、きっとわかってくれると思うのだ」
今までわがまま放題の王子が今更誠実な若者になるわけがない。
しかし、国王に深く頭を下げられては、これ以上文句も言えず、公爵を始めとする高位の貴族は、王宮を後にいにした。
誰もが次期国王の時代には、国を捨てた方が良いのではと思い始めるほど、絶望していたのだった。




