(02)角は二の次、それよりも!
捨てられていた魔族の赤ちゃんに、情が移ってしまい、そのまま見て見ぬふりもできず、リベラートは屋敷まで連れ帰ってしまった。
リベラートの屋敷には侍女長シビルと料理長のコズモがいる。2人とも『長』が着いているが、この屋敷にはシビルとコズモと、あと庭師のトンマーゾの3人しかいない。
しかも、3人とも60歳を越えている。
貧乏領主のつらいところなのだが、嫁も来ないが、若い娘がへんぴな田舎の領地に来て、働きたいなど思わないので、侍女や使用人もいない。
だから、いつまで経ってもこの3人に楽をさせてやれないのだ。
屋敷に戻ったリベラートは、こっそり静かに玄関ドアを開ける。
そして、子供が捨て猫を拾ってきたように、他の者に見つからないように隠しながら、そぉーっと自室に行こうとしたのだ。
しかし、その怪しい動きで、子供の頃から面倒を見てもらっていたシビルの目を、ごまかせるわけがなかった。
「リベラート様、胸に抱いているものはなんですか?」
普段から人が良すぎて、隠し事もできないリベラートが、赤ちゃんを拾ってきて、隠し通せるものではない。
あからさまに、シビルの言葉に狼狽えるリベラート。
「えっと、これは、その・・、拾った・・んだ」
シビルから目を逸らせてリベラートはしどろもどろで答える。
「何を拾われたのですか? また子犬ですか? それとも子猫?」
「・・・赤ちゃんなんだけど」
「あ? あか・・?ああああ!!」
シビルは、またリベラートが捨て犬でも拾ってきたのだろうと思っていたのに、まさかの赤ちゃん。
シビルが頭を抱え込んでしゃがみこむ。
だが、それもわずか2秒。
すくっと立ち上がり、いつもの侍女長に戻った。さすが、長年お人好しなアッカルド伯爵家を支えてきた人物だ。
これくらいでは、倒れない。
「赤ちゃんを、リベラート様が一人で育てるなんてできませんよ! 母乳が必要でしょう? さあ、私に見せて下さい」
「赤ちゃんは赤ちゃんなんだけど、ちょっと問題があるんだ」
シビルが、赤ちゃんの角を見て腰を抜かさないかと、心配になり少し躊躇する。
「もしかして、怪我をしているとかですか? でしたら、尚更早くお見せください」
ぐいぐい来るシビルに、もう無理だと諦めて、赤ちゃんを渡した、
「あら。可愛い子なのね。それにこれは・・・角? んまぁぁぁ! ななななんてことなの?」
やはり驚かせてしまったか・・。とリベラートは思った。だが、違った。
「この子は女の子なのね? なんて可愛いこと! ずっと男の子ばかり育てていて、それに『坊っちゃん』も男の子だし、孫たちも全員男! やっと女の子を育てられるのね!!」
「えっと、注目するのはそこなの?」
角よりも女の子ってところに、関心の目を向けるシビルに、驚愕するリベラート。
「あら! 女の子の大事なところを注目しちゃダメですよ!」
シビルが、眉間にシワを寄せて注意してきたので、大慌てで否定する。
「違う、そこに注目してないよ。僕を変態みたいに言わないでよ! じゃなくて、角! 角に驚くのが普通だろ?」
「角の1本や2本で騒ぐなんて、そんな狭量な男に育てた覚えはないですよ!」
ああ、話しにならない、とリベラートはこれ以上はシビルと議論することを諦め、話題を変える。
「ところで、赤ちゃんの服はどうすればいいかな? 買いにいった方がいいかな?」
この話題にシビル侍女長はノリノリになる。
「女の子が生まれたならと待ちに待った苦節44年、長男の時から用意し続けたピンクのおくるみが、今、ようやく役に立つのね! いいえ、それだけではないですわ。ピンクの肌着にロンパース! ああ、捨てずに取っておいて良かったわぁ~」
ウッキウキで赤ちゃんを抱っこしたまま、屋敷内の自分の部屋に消えていった。
領地の視察帰りの疲れきった体にはシビルとのやり取りは堪え、ベッドに倒れ込むとそのまま寝てしまう。
そして、夕食も食べずに少し寝てしまうが、お腹が空いて目が覚めた。
夜遅い時間に起きてしまったな、と音を立てないようにゆっくりと歩く。
リベラートは1階のダイニングルームに向かうと、物音がする。
この時間なら、シビルとコズモは就寝が早いため、既に寝ているはずだが、その二人が、あれやこれやと騒いでいるのだ。
二人はリベラートがダイニングに入ったことも、気がついていない。
「もう、コズモったら、まだ赤ちゃんなんだから焼いた肉なんて食べませんよ」
シビルが夫であるコズモ料理長に、文句を言っている。
そう言って、シビルが魔族の赤ちゃんに飲ませているのは、母乳らしき液体。
「まさか、シビル・・。母乳が出たのか?」
リベラートの声にようやく、屋敷の主人が起きてきたことを知ったシビルとコズモ。
シビルは眉をひそめ、ため息をつく。
「お坊っちゃま、何を言っているのです? 出るわけないですよ! これは町の若いママさんに分けてもらったのですよ。つまり、もらい乳ですわ」
「そうだよ、坊っちゃん。もう、妻はすっかりあがっているんだから、乳なんぞ出る訳がないですよ」
要らん一言を言ってしまったコズモは、シビルの丸太のような足で、尻を蹴られた。
さすが、シビルだ。赤ちゃんに乳を飲ませながら見事なキック。
と、感心していたが、そうではない。
「二人とも坊っちゃんはやめてくれと、言っているだろう」
「はいはい、分かりました! それよりもうるさくすると赤ちゃんが泣きますよ」
しかし、3人が傍でわちゃわちゃとやっているのに、その赤ちゃんは泣きもせずに大人しく乳を飲んでいる。
それにその赤ちゃんは既に着替えており、ピンクのヒラヒラのセレモニードレス姿だ。
「ん? これから、お出掛けするのか?」
ひらひらドレスを見てそう言ったのだが、シビルに呆れた顔を向けられた。
「いいえ、こんな夜中にいきませんよ」
素っ気ない返事が帰ってきた。
「こんなドレスを着ては、赤ちゃんも動きにくいのではないか?」
リベラートが指摘すると、シビルが烈火の如く反対意見を返してくる。
「ずーっと用意していたんですよ!このドレスを女の子に着せる日を!! ずっとずっと夢見てたんです! ちょっとくらいいいでしょ? それに、ほら、スッゴク可愛いでしょ!」
ねえ、ねえと迫られた。
良く見ると、実際に凄く可愛い。
黒い髪はまだ短いが、それでもピンクのベビードレスが良く似合っている。
「確かに、可愛いな。シビルがこの服を着せたかったのも頷けるよ」
その言葉を聞いて赤い瞳の赤ちゃんが、じっとリベラートを見ていた。
その様子があまりにも可愛かったから、頭を撫でながら、リベラートがつい一言追加してしまう。
「もう少し大きくなったら、可愛い靴も用意して、もっとひらひらのドレスを着せて見たいな」
赤ちゃんの表情に変化はなかったが、瞳が少し開かれたのを、誰も気が付かなかった。
◇□ ◇□
翌日の清々しい朝・・。
「きゃぁぁぁぁー!」
屋敷内に空気を切り裂くような、女性の叫び声が!
ソファーに座っていたリベラートが、すぐに立ち上がる。
(あれはシビルの声だ。侍女長は赤ちゃんの部屋に向かったはずだ)
赤ちゃんに何かあったのか、それともシビルに?
慌ててドアを開けると、そこには昨日拾った赤ちゃんがっっ!
立ってた!!
「ええええ!!」
どういう事?昨日は絶対に赤ちゃんだったよね?
驚くのも無理はない。そう、1歳半くらいになっていたのだ。
気が動転して、見つめることしかできないリベラートに対し、シビルはなぜか、床を叩いている。
「今日はピンクの可愛いベビードレスをもっと揃えようと思っていたのにぃぃぃ」
どんどんと床を叩いて悔しがっている。
「今、そこを言うの? そんなことよりもっと大事なことがあるでしょう?」
リベラートは突っ込む。
「だって、この子、立つくらいに大きく成長したのに、名前を決めてないんだよ!! 大変なことだよ!」
リベラートが、焦ってシビルに訴えたが、この場で最も普通の意見を持ったコズモが一言。
「だから・・、赤ちゃんがいきなり立ったことを、もっと驚きませんか?」
「「うん?」」
リベラートとシビルは顔を見合わせた。
◆■ ◆■
お人好しのリベラートに連れられて、彼の屋敷に着いた魔王の娘。
運悪く? 自分を見つけた男はあまりにもぼんやりしすぎてて、こっちが心配するほどのお人好しだった。そんな男から憎悪の感情を引き出すのは不可能だ。何もしない相手を殺すことは無意味だし、何より面倒だ。
魔王の娘は考えた。
ならば、こいつの家族ならば、自分の異様な姿に驚き恐れるはずだと。
だが、リベラートと同等に屋敷の人間全員が『変』だった。
シビルは頭の角を見ても恐れず、それどころか女の子だということに狂喜乱舞。
魔王の娘を可愛いと褒めちぎり、着せ替えをさせながら、嬉しそうに目を細める始末。
コズモはそんな妻を止めようとせず、孫を見るように、ほのぼのしている。
ここに『エサ』になりそうな人間はいないかった。次のところに行こうかと思ったが、名前を付けなきゃと言うリベラートの言葉に、目が点になった。
(私に名前?)
魔王の娘は、非常に興味を持ったのだった。




