(13)港、港に女あり?
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次の日には、高級ホテルから早々に出て、一軒家に移動した二人。
王都の外れに外れた場所に持っている、アッカルド伯爵の王都での一軒家だ。
高級ホテルから、ボロボロの家を見れば、その差がひどくてリベラートは移動したことを後悔した。
「費用がかかっても、少しましなホテルに泊まれば良かったな。これほどひどい状態になっていたなんて・・。タチアナは座っててくれ。僕が掃除するから」
タチアナがこの部屋を見てどんなにがっかりしただろうと、振り返ると意外にも目をキラキラさせているではないか。
「掃除は二人ですればいいわ。それに・・、新婚生活みたいよ♡」
ワクワクさせてどこで調達したか分からないが、手にホウキとバケツと雑巾を持っている。
「新婚じゃないけど・・」
「はい、ダーリンはここを掃いてね。私は他の部屋の窓を開けてくるわ」
朝起きたときから、タチアナの態度が今までと少し違う。
甲斐甲斐しく動く世話女房的な感じなのだ。
タチアナはスキップも軽やかに、他の部屋を確認がてら、窓を開けている。
庶民の新妻のように、雑巾を持ってテーブなどを拭いていたが、それも30分程度で飽きたらしい。
「ねえねえ。今日の夕飯の買い物に行きましょう!」
そう提案してきたタチアナは、すっかり身支度を終えて、出掛ける気満々になっている。
「え? でも、まだ掃除が・・」
戸惑うリベラートのホウキを取り上げて、タチアナがパチンと指を鳴らすと、部屋中に小さな竜巻が起こり、小さな埃から大きなごみまで、全部巻き上げて、外に出した。
「・・・始めからこうすれば良かったんじゃ? ホウキは何のためだったの?」
リベラートの文句と疑問は、あっさりと聞き流された。
そして、タチアナに腕を引っ張られ出掛ける準備をすませる。
タチアナの笑顔に負けて、二人で離れた商店まで歩いて行くのだった。
王都の中心部から離れた地域なので商店には、それほど多くの食べ物は置いてはなかったが、それでも慎ましく生活するには十分なものが買えた。
「パンや、お肉、それにお野菜も買えたし、今日の料理は任せてね! ダーリンの好きな料理を用意するから!」
「え? タチアナが料理・・?」
タチアナがリベラートのためにと、料理長のコズモに、料理を習っていたのを知っている。
だが、練習中に出来上がった料理は、どれも恐ろしい色をしていたのだ。コズモが手取り足取り丁寧に教えていたというのに・・。
しかし、その後もタチアナが料理の練習をしていたのを知っている。きっと上手になったのだと、リベラートは自分に言い聞かせた。
それに、こんなことになったのも、元々は王都で侍女も雇えない自分のせいなのだ。
金持ち貴族なら、王都の別宅にも侍女を雇っていつでも泊まれるように準備しているが、貧乏伯爵家に別宅用に雇う侍女の費用などない。
それに、年老いたシビルや料理長コズモを連れてくるなんてことも、出来なかった。
だが、それこそ、タチアナが望んだことでもある。
二人っきり・・。
豪華宿泊施設で生活感を忘れて二人っきり。
一軒家で庶民的な暮らしで二人っきり。
まあ、どちらにしてもリベラートと二人っきりを楽しめたなら、タチアナはどこでもよいのだ。
ボロボロの一軒家に帰ると、リベラートは違和感を覚えた。
出掛けた時よりも家の中が綺麗なのだ。しかも、帰宅と同時に灯りだついた。低い声がリベラートの耳元で響く。
「おかえりなさいませ」
「うぎゃーーーー!!」
見知らぬ男性に、腰を抜かすリベラート。
「ただいま」
タチアナはその男性に自然に荷物を渡した。
「だ、だ、誰?」
すらりとした体つきの燕尾服を着た男性は、両目の他に額にも目があった。
男性とタチアナは顔を見合わせ、リベラートに状況を話してくれた。
「魔界から、使用人を何人か呼んだの。それで、掃除をしてもらって、あとは、料理もお願いしたわ」
タチアナがそう言うと、今度は壁から手だけが出てきた。
「うおおおお」
気絶しそうなリベラートを放置して、て、タチアナは買ってきた食材を『手』に渡す。
なるほど、確かにタチアナは『料理を作る』とは言っていなかったなと、納得するリベラート。
壁から手が伸びる異様な光景を呆然と見て、なんでも有りな魔界の常識に慣れ始めていた。
自室に戻るために、階段を上がる。
二階には二つしか部屋がないが、その一室の前でタチアナが、「こっちがリベラート様の部屋だからね。食事の用意が出きるまで待ってて」と押し込む。
いつもなら、一緒の部屋を希望して無理矢理にでも入ってくるのに、タチアナはもう一つの部屋にすんなりと入っていった。
ほっとする一方で少々寂しい。
「こうやって親離れしていくのかな?」
リベラートは、自分はタチアナの親だと思い込むことで、王都生活を乗り切ろうとしていた。
夕食の用意ができたと言われ、ダイニングに行くと、美味しそうな料理がテーブルの上に並んでいるではないか。
この料理は、さぞや名のある料理人が作ったのだろうと思われるほどの出来映え。
魔界のシェフの腕前に舌鼓を打ちながら、明日のことをリベラートはタチアナに話す。
「明日、国王陛下の祝辞を述べに行くのは、僕一人で行くよ」
眼を見開き、なぜ?と言いそうなタチアナに、その理由を言う。
「僕のように貧乏貴族は、挨拶の順番が後回しになって、待ち時間が長いんだ。しかも、やっとお目通りとなっても、大勢と一緒に頭を下げるだけなんだよ。そして、さっさと謁見の間から追い出される。まあ、出席したという実績さえあればいいのさ。だから、そんな長時間待たされる苦行に、タチアナが付き合うことはないよ」
確かに、面白くもなさそうだと思ってくれたのか、タチアナは素直に留守番を決めた。
「わかったわ。ここで、ダーリンが帰ってくるのを待っているわね」
リベラートは、タチアナの返事に心底安堵している。
タチアナがわがままを言って、無理に付いていきたいと騒ぐと思っていたが、思いの外あっさりと留守番を決めてくれたことにほっとした。
そう、ほっとし過ぎた。
タチアナの返事を聞いてから、リベラートの食事するペースがとても良くなった。
気にすることがなくなって、食事を楽しむ余裕ができたのだ。
安心したら、お腹もすいてきた。リベラートは、美味しい料理を食べることに夢中になる。
だから、リベラートは気が付いていなかった。不審な眼差しをタチアナが向けていたことを。
怪しむような瞳が、ギラギラした瞳になり、「浮気なんて許さない」と呟いたことも全然気付かない。
だんだんと悪い企みを考えているような顔に変わるタチアナ。
だが、ひたすら食べることに夢中になっているリベラートは、のんきに料理を堪能し、「この煮込み料理も最高だね」と喜んでいた。
すっかり満腹になったリベラートは、明日の用意のために先程の自室に戻ろうと席を立つ。
だが、タチアナが飛び付くように腕を絡めてきた。
「一緒に二階にいきましょ?」
愛くるしい表情で言われたら、リベラートは拒否できない。
「うん、一緒に行こう。今日は疲れただろうから、早く寝るんだよ」
疲れたと言っても、タチアナが掃除したわけでも、料理をしたわけでもないのだが。
二階の階段を上がっても、腕を離さず、タチアナは自分の部屋へとリベラートを引っ張っていく。
「タチアナ? 僕の部屋はあっちなんだけど?」
リベラートの困惑なんて、一切無視のタチアナは何も言わずに立ち止まった。
「ねえ、ダーリン。ここを開けてくださる?」
扉を指差すタチアナの顔が、いつもの肉食系になっている。
『ダーリン呼び』にリベラートが注意も出来ないほど、タチアナから危険な雰囲気が放たれていた。
リベラートの頭に警告音が鳴り響いている。体から緊張感が漂っており、冷や汗が流れ出した。
だが、「お願い、リベラートさまぁ? 扉も開けてくれないの?」と泣きそうに言われれば、いつもの人の良さでコロッと騙される。
無防備に開いた扉の向こうには、真っピンクの怪しい世界に変わっていた。
「な? なに? いつの間にこの部屋がこんなになっているんだ?」
呆然としていると、タチアナに押されたついでに、足も取られてベッドにダイブさせられてしまう。
「うわっぷ」
うつ伏せに倒れ込んだリベラートの上にのし掛かるタチアナ。
「ななななななななな」
焦って言葉も出ないリベラートの首筋を舐めるタチアナに、さらに言葉が変になる。
「うちょちょちょちょっとちょちょ。えっっっっっままままって」
◆■
話は、夕食時に戻る。
タチアナはリベラートがあまりにも一緒に、王宮に行くのを拒むので、怪しんでした。
そんなにも自分に付いて来てほしくない理由ってなんなのだ? タチアナは食事しながらも、気になって仕方なかった。
(もしかして、私が邪魔な理由って、女が理由?)
タチアナは考えれば考えるほど、邪推が増えていく。
先日手にした本に、『男は港、港に女がいる』という浮気男を読んだばかりだ。
それを思いだし、もしやリベラートもこの王都に隠している女がいるのでは? その女に会うために王宮に一人で行くと言い張っているのでは?と嫉妬の炎を燃やしていた。
「私がいるのに! そんな女に会いにいくなんて許せないわ!!」
完全な勘違いから、リベラートは押し倒されている。




