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無機質なビル群をぬうように、ゆきがちらつく季節。足ばやに家路へといそぐ会社員がいれば、いっぽうで看板片手によびこみをつづける女子高生がいる。仙人のようなたたずまいの老人が、ダンボールの住まいにうずくまれば、装飾品をそこらじゅうに着かざっているが、どこかさびしげな女性のすがたもみえる。
ふと、とあるビルの屋上に人影がひとつ。ひざまである灰色のロングコートを身にまとい、印象的なそのながい白髪がなびいている。両手はポケットにしまわれ、肩にはうっすらと雪がつもりはじめる。
・・なんでオレは、まだ生きているんだろう?・・
強風にあおられ、時折素顔がかいまみえる。
・・こんな世界に生きていてもしょうがないって、もうわかっているじゃないか・・こんなにも生きるのが辛いのになんで、なんでまだ生きてる?・・
ぷかぷかと空にくるまやバイクが点在するなか、雲のあいだを蛇腹部分をうねらせ、列車がおともなくかけぬけていく。
・・なんで生きてる、か・・理由がないのはしってる・・でもこんなにも苦痛だと、いきるのに理由をつけたがるじぶんがいる、これは昔っからのクセだ・・そう、産まれついたときからの・・いきるのに理由があれば、すこしはがんばれる気がした・・なんの為にいきてるってわかれば、すこしは・・でも、さすがにもう限界かもしれない・・
エイビャンはゆっくりと歩をすすめると金網をよけ、寸でのところでとまった。
・・みんなは神様をよぶとき神様ってたいがい、様をつけてよぶとおもう・・オレも小さい頃はそうだった・・様をつけないとなんかバチがあたる気がして怖かったから、でもある日からやめた・・べつにその日になにか特別なことがあったわけじゃなく、ただ冷静にかんがえてみた、それだけのこと・・オレらがよんでる神様って、この世界をつくった人のことなんでしょ?、その世界をつくったひとに敬意をはらってみんな様をつけてよんでる・・でもこの世界をつくったということは、オレをこの世に産みおとしたのも、きびしい運命にみちびいたのも神様ってことになる・・たしかにたくさんの幸せをふりまいているのも事実だけど、それとおなじくらいの不幸ももたらしている・・そして病の元凶が神様なのであれば、オレの父さんをころしたのも、母さんをころしたのも神様ってことになる・・オレの人生はまだしも、父さんと母さんの人生まで台無しにしてふみにじったコイツに、もはや様をつける価値があるとは到底おもえなかった・・それが原因で、いまより状況がわるくなるともかんがえられなかったし、これより状況をわるくするようなことがあったとして、そんな血も涙もないクソやろうのことなんて尚更、うやまうに値しないとおもった・・それにそもそも、コイツが願いをかなえてくれたことなんて一度としてなかったし・・まぁ、全部、もしコイツがこの世にいたらの話だけど・・それ以来、おれはコイツを神様とよぶのをやめた・・やめたんだ・・
両手をポケットからとりだすと、空をあおぐエイビャン。
・・ここで身を投げだせば、すべてがおわる・・すべてが・・
目を閉じ、手をひろげる。突風にあおられ、グラつく足もと。
・・父さん、母さん・・オレもう、つかれたよ・・
まぶたの下にうかぶ2人。ひとりはやさしくこちらに微笑んでいるようにみえるが、もうひとりの顔つきは険しい。すると突如、後者のひとみにすいこまれるエイビャン。
「・・!・・」
あわてて目をあけると、われに返ったかのように苦笑いをうかべる。
・・わかったよ、父さん・・やることやってから、そっちにいくよ・・結果はどうあれね・・
雪はいきおいを増し、眼下には銀世界がひろがりつつあった。
エイビャン・キルロット
リスミー暦※338年11月26日(大会4日目)
導きの門をとおり、3つ目のコテージについたエイビャン。チェックインが不要なのはこれまでどおりだが、いままでのドーム型からビル型になり、収容人数も5万強から1万弱に、それが4棟。その100をこえる階層に見向きもせず、エレベーターのボタンを手当たりしだいにおすと、とある階のある部屋のまえでとまる。そのままなれた手つきで、右手にもった球をドアの中央におしつけるエイビャン。するとあら不思議、そのライフボールがすいこまれるにつれ、ドアが白から黒へと色をかえていくではないか。そしてアナログの手動、施錠式から、オートロックの指紋認証へとかわった部屋へとはいる。
「・・˝あぁぁー・・」
はいるなり、そなえつけのシャワーで体のよごれを洗いおとし、パンツのままベットに横になる。
・・つかれた・・ラドックス星にきて4日目、いまだ※※を治すヒントはみつからないまま・・みつからないどころか、オレは彼女を、殺した・・
生乾きの頭をかきむしると、シーツで顔をおおう。
・・※※ラ・・どうして、どうしておれは、彼女を救えなかった?・・どうして・・
右のこぶしが小刻みにふるえている。
・・クソぅ・・クソぅ・・クソぅクソぅクソぅクソぅクソぅクソぅクソぅクソぅ!・・クソぅ・・
つづいて、さなぎのようにシーツに包まる。しかし、すぐに息苦しくなった口もとが限界をむかえる。
「・・ぶはぁ!・・」
・・間食かってこよ・・
そうして売店をさがしていると、足どりがおぼつかなかったのか、それともちょっとした段差があったのか、いずれかが原因でつまづく。
「・・あっぶ!・・」
その拍子にズボンからなにかがこぼれ落ちる。すると通行人の注目をあびるなか、ひとりが足をとめる。
・・3角のみどりの錠剤・・あれは、シェーグレン・・ということは、こいつも・・
女性は紅の髪でおだんご2つをこしらえ、首すじには〇△□(まるさんかくしかく)をくみあわせたような、みなれないオレンジ色の紋様があった。
そして朝をむかえる。体が重い、なまりのように重い。そのベットに深くしずんだ図体を、こんしんの力でもちあげる。それから、そなえつけのアナログ式めざまし時計ひとつと、持参した耳やかましいめざまし時計3つのアラームをとめると、ようやく支度をととのえるエイビャン。顔をあらい、洗濯除菌乾燥された白Tと黒のGパンにきがえ、テーブルにおいてあるライフボールをひだり肩につけると、カーテンをあける。目のくらむようなバト・キアリの朝日がさしこんでくる。人工的とはことなるそのこうごうしい自然のひかりに、おもわずカーテンをしめる。
・・※※ラ・・
それからドーム型からビル型となり、10階きざみにおかれた食堂でおかずをよそう。本日は麦飯にとろろ、味のり、温泉卵、あおさのみそ汁、あとかかすことのできない水、それらをかっこむように食すと、各階にある「ミドリノトオリ」をぬけ表にでる。外はバト・キアリのご来光がない分、きのうおとといより尚のことさむい。するとそんななか、アナウンスがきこえる。
「・・えー、みなさまおはようございます。ただいまより大会4日目の競技説明をおこないます。コースは全長44キロと過去最長。みちのりは初回同様平坦ではしりやすいコースとなっております。競技ルールの変更はとくにありません。が、いぜんとしてケガ人、重傷者、行方不明者が続出しております。申しているとおり、万が一の際は自己責任となりますので、くれぐれも道はばがせまくなったコースにはご注意のほど。スタートまでおよそ10分、しばしおまちを・・」
・・ああ、そうさ、すべてはオレの責任・・わかってる・・んなこたぁ、わかってる!・・
目一杯奥歯をかみしめるエイビャン。
「・・スタートまで5分をきりました。実況はわたくし、イチロウ・トチサカ、解説はきのうにひきつづきイヒャム・ポゾンコ選手です。よろしくおねがいします・・」
ウォームアップをはじめる選手たちのわきで、さむさに耐えかね、テユ箱からなにかをとりだす。手ぶくろ、袖につけるアームウォーマー、首にすっぽりかぶるスヌードなど、それらだいだい色を基調とした防寒具をつけていると、ちょうど4日目がはじまる。
「・・スタートまで10秒前・・5秒前、4、3、2、1、スタートォ!・・」
いっせいに飛びだしていく選手たち。ここ3日の教訓を活かしてのことだろう、スタートからまもなくして蜂の子をちらすように、じぶんのまわりから次々にはなれていく選手たち。結果、なにもせずしてエイビャンは孤立をてにしていた。スタートから3時間半、時刻はおひるまえのAM11時半。もくもくと走り、おかげさまで誰とのいざこざもないままエイビャンは、15kmを消化していた。
・・※※ラ・・
きのう売店で間食用にハム&チーズのホットサンドと、スポーツドリンクを購入していたが、諸事情により腹がすかなかったため、このままはしるのを続行。実況のいうとおりコースは急勾配のおおい岩場からゆるやかな砂地へとうつり、ほうぼうに草木のみどり、小鳥のエサとなる昆虫などが登場しだすが、いちばんのおどろきは川が黄色いことだった。黄空に惑星、山々などそれらにとけこむ黄色い川。ちょろちょろとながれる小川だが、ユーパンのうみや川がそらに反射してグレーなように、この星のそらもクリームイエローなのだから、まぁあたりまえっちゃ、あたりまえ。エイビャンがめずらしく自然に気をとられていた矢先のこと、それはどこからともなくエイビャンの進行方向にあらわれ、前方80m付近であしをとめる。
「・・楽しませてくれよ、どこぞのあんちゃん・・」
次第におおきくなる人影、その距離はみるみるうちにちぢまり、気がつけばおたがいがおたがいのテリトリーに足をふみいれていた。それを知ってか知らずか、なおも前進するエイビャン。
・・前おきも挨拶もなしに、いきなりってわけか・・嫌いじゃないぜ、そういうの・・
ポケットから筋肉質のうでをとりだすと、ぶつかるかにみえた、しかしなにかが違う。
「・・ほう、そうくるか・・」
すれちがうと、そのまま走り去るエイビャン。
「・・オレなんぞ眼中にないってわけか、なかなか人をイラつかせるのがうまいじゃねぇーか・・だがなあんちゃん、少々使うあいてをまちがえたかもしれねーな・・」
するとつぎの瞬間、おとこのようすが一変する。それはまさに怒りくるった仁王像のごとく、身をひるがえすとすぐさまエイビャンの背中を強襲。
「・・!?・・」
そのあまりの殺気によけはするものの、はでに転倒してしまうエイビャン。
「・・避けるのはナシだぜ、あんちゃん・・いくらおれでもそれは傷つく・・」
おとこは、トサカのように逆立った臙脂のかみに黒のタンクトップ、はきこんだであろうジーンズには銀のくさりがぶらさがっている。
・・※※ラ・・
促されるように立ちあがるエイビャン。
「・・いい子だ・・さぁ、幕開けといこうか・・」
「・・悪い・・」
「・・?・・」
「・・すまないが、先をいそいでる・・」
しかし、エイビャンも徹底しておとこの呼びかけには応じず、そのままズラかろうとしたそのときだった。踏みだそうとした一歩がでない。
「・・!?・・」
すぐに原因は背後にあるとわかる。
「・・わからねぇようなら、もう一度だけ言ってやる・・さぁ、幕開けといこうか・・」
そうして半ば、強制的にふりかえさせられてしまう。
「・・はなっから、そうすりゃいい・・名前とLank、教えてくんねーかあんちゃん?・・誰かわからねぇままやるのは、どうも性分じゃねぇ、雑魚あいてならまだしも・・」
ふしぎと名乗らないという選択肢はなかった。
「・・エイビャン・キルロット、Lankは13980・・」
「・・エイビャンか・・おれはレイドン・オルロ、Lankは838・・」
おとこの関節がポキポキと音をたてる。
・・26万人のなかの、838・・
「・・どーれ、んじゃやるか・・準備はいいか、エイビャンのあんちゃん?・・」
・・おれは一体、ここに何しにきた・・
「・・じゃ、いくぞ・・」
そんな物思いにふけっているのもつかのま、突如視界がくらくなったかとおもえば、もう目のまえには奴がいる。
・・え・・
たてつづけに筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の肉体からあめあられの攻撃がふりそそぐ。
「・・くっ!・・」
あわてて距離をとるエイビャン。
・・なんだ、今のは・・!?・・
みれば、ひだり肩のライフボールがかすかに揺れている
「・・あいもかわらずのスロースターターっぷり、あぁじぶんでも嫌んなるぜ・・しかし体が温まるまで、しばしヘボのお付きあいねがうぜ・・」
そう謙遜してなのかそれとも本音なのか、いままで感じたことのない推進力でエイビャンの間合いへと、いともたやすく侵入してくるおとこ。なんとかかわしはするものの、その190cm近いタッパからくりだされる左右の連続攻撃に、背すじが凍る。
・・なんなんだ、コイツの動きは・・かわすのがやっとだ、ちっ!・・
それから5分してようやく攻撃がやむ。息があがるエイビャンに対し、すずしい顔でたたずむ男。
「・・いくら肩慣らしとはいえ、あれについてこれたのはあんちゃん、あんたが初めてだぜ・・やっぱ、おれの目に狂いはなかったってわけだ・・」
抑えきれないよろこびが、そのまま口元のほころびとして表れる。
「・・さぁ、体はあったまった・・こっからが本番だ・・」
・・どうか楽しませてくれよ、あんちゃん・・
・・こいつ、いままでの奴らとはてんで出来がちがう・・初速とはおもえぬスピード、長身故のリーチをいかした回転力のある左右連続攻撃、ほかに持久力と身のこなし、とにかくなにもかもがズバ抜けてる・・このままいくと、まずいかもしれない・・それに奴が言ってることがもしほんとうで、まだ余力をのこしてるとしたら・・使わざるを得ないかもしれない・・
右手をみるエイビャン。
・・※※ラ・・
「・・にげてばかりじゃ勝てないぜ、あんちゃん・・」
嵐のまえのなんたらか、だがしずまり返ったのはほんの一瞬、おとこがうごく。
「・・!・・」
ふところにとびこみ、ライフボールに一直線にのびる男のみぎうで。それを反射的にくるりと回転し、かわすエイビャン。しかし、すぐさま2撃目がとんでくる。またもおなじ要領でくるり回転、しかしなにかがおかしい。肩をつうじて振動がつたわってきたのだ、あの2度目となる振動が。
・・まただ、球がゆれてる・・どうして?・・
とっさに奴をみる。
・・さっきは触れられたのがわかっていたから、球がゆれていても合点がいった・・でも今回はちがう、2回ともあぶないながらもかわしたつもりだった、でも現に球はゆれている・・
あの台詞がふとよみがえる。
・・いままではほんとうに序章だったって訳か、へへっ、やってくれるぜこのやろう・・
・・ふーん、そっか、これでも取れねぇか・・エイビャン・キルロット、やっぱこのあんちゃん、おもしれぇーわ♪・・こんな気持ち、ひっさしぶりだ!・・
助走をつけ、むかってくる男。エイビャンもそのうごきにどうにかついていくが、やはり一呼吸遅い。
「・・ちっ!・・」
またも球にふれられては、おとこの独壇場がつづく。
・・まだまだ!・・
・・くそぉ!・・
気がつけば、たがいの熱戦をものがたるように、あたりは砂煙でみたされていた。
・・やばい、このままじゃやられるのも時間の問題・・体力もろくに残っちゃいねぇいま、こっちからしかけるんだ・・こっちから!・・
突っこむエイビャン、しかし当たらない。なんなくあしらわれると、すぐさま攻守が逆転、受けにまわる。
・・ほらほら、どうした?、そんなもんか!?・・
・・くそぉ、主導権が、にぎれない・・
突破口がみつからない、そんなときだった。ふとした拍子に足がからまり、男が体勢をくずす。
・・!?・・ここだ・・
ここぞとエイビャンの左手が伸びる。おとこもあわてて体をひねり、回避にむかう。
・・届けぇぇ!・・
あとすこしだった、あとわずか踏みこみがふかければ、勝負は決していただろう。男の球がメトロノームのようにゆれている。
・・千載一遇のチャンスを・・
しかし、まだ運に見放されてはいなかった。というのも、男の回転がとまらない。本来なら半回転したところでとまり、球をあいてからもっとも遠い安全圏にもっていくのがセオリー。だが悠長にセオリーともいっていられず、ついつい勢いあまってそれをすぎても尚回転がとまらない。とまらない所かめぐりめぐって又も無防備なおとこのライフボールがあらわに。
・・くっ、止まらねぇ!・・
・・球が・・
うでを伸ばせばとどく、のばしさえすれば勝てる、おそらくこんな好機は2度とこないだろう。しかしエイビャンはためらっていた。
・・右手・・いまから左手じゃ間にあわない、とるなら右手・・この手をまえにのばす、ただそれだけ・・そうすれば、伸ばしさえすれば・・
冷たい北風がふきぬける。時刻はPM12時。いまだ決着はつかず、たがいに吐く息はしろい。そんななか、ふと男が問う。
「・・一個きいていいか、あんちゃん?・・なんで、右手を使わなかった?・・」
「・・・・・」
「・・少なくともオレにはそうみえた・・右手をのばせば勝てたものを、あえて使わなかった、そんな風に・・オレのおもい過ごしか?・・」
だまりこくるエイビャン。口元からはたえず、気化した二酸化炭素がしろくたちのぼる。
「・・だよな、使わねぇ理由なんてねぇよな、ただ利きうでじゃない右手がでなかっただけ・・でもそうなると、どうしても解せねぇ点がある・・利きうでじゃないが故に右手がとっさにでなかったんだとすると、なんで左肩に球をつけてる?・・まさか知らなかった、なんてこたぁねぇよな?、頭のわりぃおれでもルールブックをみて知ってたんだ・・それに、もしあんちゃんがルールブックをみてなくても、すこし考えればわかること・・たしかに例外もあるがふつう、頻繁につかう利きうでとは逆側に球があるほうがどうかんがえても立ちまわりやすい、なぜなら利きうでをつかう際に、あいてからはなれたポジションに球をもっていきやすいからだ、ルールブックにもそう書いてある・・そこでだ、わるい頭ですこしばかり考えてみたんだが、オレなりに2つの結論にたっした・・きいてくれるか、あんちゃん?・・」
ユーパンではみないくろく首のながい鳥が、2人の頭上をならんで滑空していく。
「・・ひとつは、あんちゃんの利きうでがひだりで、肩のライフボールは戦略的作戦だった場合・・ようするに、あえてひだり利きにもかかわらず球もひだりにつけてる変則型、たんに右手は利きうでじゃなかったが為にとっさにでなかった・・もうひとつは本来はみぎ利きだが、なにか人にいえない事情があってしかたなく右手は使わずにたたかっている・・でもよぉ、どちらにしてもつまらねぇんだよなぁ・・」
「・・?・・」
「・・だってよぉ、もしひとつめのひだり利きってのが本当だとしたら、わるいがあんちゃんの左手にはいまんとこ脅威を感じない・・そしてもうひとつが真実だった場合は、なおのこと気に食わねぇ!・・」
苦虫を噛みつぶすおとこに対し、エイビャンの頬を汗がつたう。
・・わかるよな、あんちゃんなら・・オレが言いてぇこと・・
気温一桁の11月末にもかかわらず、おとこの皮膚からは湯気がたちのぼる。
・・ここまでオレのうごきについてこれる運動神経をもちあわせておきながら、この程度の攻撃力なわけがねぇよな、あんちゃん・・エイビャン・キルロット、おまえの利きうでは、まちがいなく右うで・・
おもむろに臨戦態勢にはいる2人。
・・おれも侮られたもんだ・・どんな理由かしらねぇが利きうでをつかわずして勝つだ?、うぬぼれも大概にしておけよ・・やれるもんなら、やってみろよ・・
そして、両者の視線がかさなる。それを合図にまさに鬼の形相。えんじのトサカ頭を逆立てた破壊神がエイビャンにせまりくる。左右からのびる目にもとまらぬ猛攻が、かわす都度、球をかすめていく。
「・・ちっ!・・」
・・このままいけば、確実にやられる!・・左手だけじゃ、このおとこには勝てない・・ここでやられたら、すべてが終わっちまう・・すべてが・・
ひとみの奥で23年の生涯が、みんなの顔がフラッシュバックしていく。
・・いや、終わらせない・・終わらせて、たまるか!・・父さん、母さん、それに※※ラ・・おれは、おれはここに、※※※※を・・※※※※を治すために来たんだぁぁ!・・
するとその瞬間、あきらかにエイビャンのうごきに変化が。いままで防戦一方だった戦況を、すこしずつではあるが盛りかえしていく。
・・こいつ!・・
かわしては左、又かわしては左。
・・この期におよんで、まだ右手はつかわねぇってか・・おんどれぇがぁぁ!・・
・・右手を・・右手を、つかわなきゃ!・・※※ラ!・・
目まぐるしく交差するうで、とび散る汗、うずまく熱気。エイビャンの左手がおとこの球をかすめれば、倍の量がエイビャンめがけうえから降りそそぐ。
「・・ちっ!・・」
「・・くっ!・・」
・・右手をつかわずに、左手一本でここまで・・だが、それが命取り・・
・・※※ラ・・※※ラ・・※※ラ・・
ふと、おたがいがバランスをくずし、距離があく。そのふり向きざま、くりだされるたがいの全身全霊をこめた一撃。
・・勝つのは、オレだぁぁぁ!・・
・・※※ラぁぁぁ!・・
ぶつかる両雄。
「・・ハァ、ハァ・・」
それから3秒後、そこには地にひざまづくエイビャンがいた。
・・なんだ、なにが起きた?・・
たがいの肩にライフボールはいまだ健在のようだったが、エイビャンの様子があきらかにおかしい。
「・・ぜぇ、はぁ・・ぜぇ、はぁ・・」
手で胸をおさえ、くるしそうに歯をくいしばっている。
・・くそぅ、やっぱダメだった・・へへっ、初めからわかってたことじゃねぇか・・ほんと、救いようのねぇバカだよ、おれは・・
・・どういうことだ?・・あの瞬間、やつははじめてオレに対して右うでをつかった・・そして、たがいの指先が球にふれるか否かのせとぎわ、前触れもなくやつのからだは崩れおちた・・結果、球はぶじだったが・・もしあのままぶつかっていたら、相打ち、いや・・
時間経過とともに症状も悪化。
・・一体、やつの体になにが起きてる?・・
「・・うぅぅぅ・・」
すると、さっきまでの荒々(あらあら)しい息づかいが、うめき声らしきものにかわる。
・・ヤベぇ、これはヤバい・・胸が、心がいてぇ・・息が、できない・・意識が、ふきとびそうだ・・
「・・カァ、カァハァ!・・」
「・・おぃ、あんちゃん、大丈夫か!?・・」
そして、呼吸がとまる。
「・・!・・」
かとおもえば、またすぐに再起動、ズボンをまさぐり始める。ポケットから直径10cmほどのプラスチック容器をとりだすと、ふるえる右手で中身をかきだすエイビャン。その際、とびちる固形物。
・・オレンジ色の、三角の錠剤・・あれは・・
いつしか地べたでは、まっくろなテユが膨張をおえる。そのなかからペットボトルをとりだすと、おぼつかない手つきで錠剤をながしこむ。
・・こいつ・・オレの妹とおなじ、※※※※・・
おもいあたる節があるおとこ。一方で、徐々(じょじょ)におちつきをとりもどしていくエイビャン。
・・なんとか、失神は(しっしん)はまぬがれたみてぇだな、ハハッ・・
すると、おとこが背をむける。
「・・やめだ・・」
「・・!?・・」
「・・右手がつかえねぇ訳ありのあんちゃんに勝ったところで、うれしくもなんともねぇ・・」
・・へへっ、やっぱバレてたか・・
「・・きえな、目障りだ・・」
一歩、また一歩ととおざかる男。
・・今回だけは見逃してやる・・そのかわり、こんどあったときに万全な状態じゃなかったらゆるさねぇからな、※※なんかぬきにしてよぉ・・ただ全力のあんちゃんとやり合いてぇ、素直にそうおもったんだ・・エイビャン・キルロット、会っといてよかった・・あと、※※※※に負けんじゃねぇぞ・・
そうしてはしり去るおとこ。時刻はPM12時をまわり、黄空にうっすらとうかぶ惑星の真下、しゃがみこむエイビャンの右手は、いまだ震えているのだった。