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無機質むきしつなビルぐんをぬうように、ゆきがちらつく季節きせつ。足ばやに家路へといそぐ会社員がいれば、いっぽうで看板片手かんばんかたてによびこみをつづける女子高生がいる。仙人せんにんのようなたたずまいの老人が、ダンボールの住まいにうずくまれば、装飾品そうしょくひんをそこらじゅうに着かざっているが、どこかさびしげな女性のすがたもみえる。

 ふと、とあるビルの屋上に人影がひとつ。ひざまである灰色のロングコートを身にまとい、印象的いんしょうてきなそのながい白髪はくはつがなびいている。両手はポケットにしまわれ、肩にはうっすらと雪がつもりはじめる。

・・なんでオレは、まだ生きているんだろう?・・

 強風にあおられ、時折素顔ときおりすがおがかいまみえる。

・・こんな世界に生きていてもしょうがないって、もうわかっているじゃないか・・こんなにも生きるのがつらいのになんで、なんでまだ生きてる?・・

 ぷかぷかと空にくるまやバイクが点在てんざいするなか、雲のあいだを蛇腹部分じゃばらぶぶんをうねらせ、列車がおともなくかけぬけていく。

・・なんで生きてる、か・・理由がないのはしってる・・でもこんなにも苦痛くつうだと、いきるのに理由をつけたがるじぶんがいる、これは昔っからのクセだ・・そう、まれついたときからの・・いきるのに理由があれば、すこしはがんばれる気がした・・なんのためにいきてるってわかれば、すこしは・・でも、さすがにもう限界げんかいかもしれない・・

 エイビャンはゆっくりと歩をすすめると金網かなあみをよけ、すんでのところでとまった。

・・みんなは神様かみさまをよぶとき神様ってたいがい、様をつけてよぶとおもう・・オレも小さいころはそうだった・・様をつけないとなんかバチがあたる気がしてこわかったから、でもある日からやめた・・べつにその日になにか特別なことがあったわけじゃなく、ただ冷静れいせいにかんがえてみた、それだけのこと・・オレらがよんでる神様って、この世界をつくった人のことなんでしょ?、その世界をつくったひとに敬意けいいをはらってみんな様をつけてよんでる・・でもこの世界をつくったということは、オレをこの世に産みおとしたのも、きびしい運命にみちびいたのも神様ってことになる・・たしかにたくさんの幸せをふりまいているのも事実だけど、それとおなじくらいの不幸ももたらしている・・そしてやまい元凶げんきょうが神様なのであれば、オレの父さんをころしたのも、母さんをころしたのも神様ってことになる・・オレの人生はまだしも、父さんと母さんの人生まで台無しにしてふみにじったコイツに、もはや様をつける価値があるとは到底とうていおもえなかった・・それが原因で、いまより状況がわるくなるともかんがえられなかったし、これより状況をわるくするようなことがあったとして、そんな血も涙もないクソやろうのことなんて尚更なおさら、うやまうにあたいしないとおもった・・それにそもそも、コイツがねがいをかなえてくれたことなんて一度としてなかったし・・まぁ、全部、もしコイツがこの世にいたらの話だけど・・それ以来、おれはコイツを神様とよぶのをやめた・・やめたんだ・・

 両手をポケットからとりだすと、空をあおぐエイビャン。

・・ここで身を投げだせば、すべてがおわる・・すべてが・・

 目を閉じ、手をひろげる。突風にあおられ、グラつく足もと。

・・父さん、母さん・・オレもう、つかれたよ・・

 まぶたの下にうかぶ2人。ひとりはやさしくこちらに微笑ほほえんでいるようにみえるが、もうひとりの顔つきはけわしい。すると突如とつじょ後者こうしゃのひとみにすいこまれるエイビャン。

「・・!・・」

 あわてて目をあけると、われに返ったかのように苦笑いをうかべる。

・・わかったよ、父さん・・やることやってから、そっちにいくよ・・結果はどうあれね・・

 雪はいきおいをし、眼下には銀世界がひろがりつつあった。

                              エイビャン・キルロット


 リスミー暦※338年11月26日(大会4日目)


 みちびきの門をとおり、3つ目のコテージについたエイビャン。チェックインが不要なのはこれまでどおりだが、いままでのドーム型からビル型になり、収容人数しゅうようにんずうも5万強から1万弱に、それが4とう。その100をこえる階層かいそうに見向きもせず、エレベーターのボタンを手当たりしだいにおすと、とある階のある部屋のまえでとまる。そのままなれた手つきで、右手にもったライフボールをドアの中央におしつけるエイビャン。するとあら不思議ふしぎ、そのライフボールがすいこまれるにつれ、ドアが白から黒へと色をかえていくではないか。そしてアナログの手動、施錠式せじょうしきから、オートロックの指紋認証しもんにんしょうへとかわった部屋へとはいる。

「・・˝あぁぁー・・」

 はいるなり、そなえつけのシャワーで体のよごれをあらいおとし、パンツのままベットに横になる。

・・つかれた・・ラドックス星にきて4日目、いまだ※※を治すヒントはみつからないまま・・みつからないどころか、オレは彼女を、ころした・・

 生乾なまがわきの頭をかきむしると、シーツで顔をおおう。

・・※※ラ・・どうして、どうしておれは、彼女をすくえなかった?・・どうして・・

 右のこぶしが小刻こきざみにふるえている。

・・クソぅ・・クソぅ・・クソぅクソぅクソぅクソぅクソぅクソぅクソぅクソぅ!・・クソぅ・・

 つづいて、さなぎのようにシーツにくるまる。しかし、すぐに息苦しくなった口もとが限界げんかいをむかえる。

「・・ぶはぁ!・・」

・・間食かってこよ・・

 そうして売店をさがしていると、足どりがおぼつかなかったのか、それともちょっとした段差だんさがあったのか、いずれかが原因でつまづく。

「・・あっぶ!・・」

 その拍子ひょうしにズボンからなにかがこぼれ落ちる。すると通行人の注目をあびるなか、ひとりが足をとめる。

・・3角のみどりの錠剤じょうざい・・あれは、シェーグレン・・ということは、こいつも・・

 女性はくれないの髪でおだんご2つをこしらえ、首すじには〇△□(まるさんかくしかく)をくみあわせたような、みなれないオレンジ色の紋様もんようがあった。

 そして朝をむかえる。体が重い、なまりのように重い。そのベットに深くしずんだ図体ずうたいを、こんしんの力でもちあげる。それから、そなえつけのアナログ式めざまし時計ひとつと、持参じさんした耳やかましいめざまし時計3つのアラームをとめると、ようやく支度したくをととのえるエイビャン。顔をあらい、洗濯除菌乾燥せんたくじょきんかんそうされた白Tと黒のGパンにきがえ、テーブルにおいてあるライフボールをひだり肩につけると、カーテンをあける。目のくらむようなバト・キアリの朝日がさしこんでくる。人工的とはことなるそのこうごうしい自然のひかりに、おもわずカーテンをしめる。

・・※※ラ・・

 それからドーム型からビル型となり、10階きざみにおかれた食堂でおかずをよそう。本日は麦飯むぎめしにとろろ、味のり、温泉卵おんせんたまご、あおさのみそ汁、あとかかすことのできない水、それらをかっこむように食すと、各階にある「ミドリノトオリ」をぬけ表にでる。外はバト・キアリのご来光らいこうがない分、きのうおとといより尚のことさむい。するとそんななか、アナウンスがきこえる。

「・・えー、みなさまおはようございます。ただいまより大会4日目の競技説明をおこないます。コースは全長44キロと過去最長かこさいちょう。みちのりは初回同様平坦しょかいどうようへいたんではしりやすいコースとなっております。競技ルールの変更へんこうはとくにありません。が、いぜんとしてケガ人、重傷者じゅうしょうしゃ行方不明者ゆくえふめいしゃが続出しております。もうしているとおり、万が一のさい自己責任じこせきにんとなりますので、くれぐれも道はばがせまくなったコースにはご注意のほど。スタートまでおよそ10分、しばしおまちを・・」

・・ああ、そうさ、すべてはオレの責任・・わかってる・・んなこたぁ、わかってる!・・

 目一杯奥歯めいっぱいおくばをかみしめるエイビャン。

「・・スタートまで5分をきりました。実況はわたくし、イチロウ・トチサカ、解説はきのうにひきつづきイヒャム・ポゾンコ選手です。よろしくおねがいします・・」

 ウォームアップをはじめる選手たちのわきで、さむさにえかね、テユ箱からなにかをとりだす。手ぶくろ、そでにつけるアームウォーマー、首にすっぽりかぶるスヌードなど、それらだいだい色を基調きちょうとした防寒具ぼうかんぐをつけていると、ちょうど4日目がはじまる。

「・・スタートまで10秒前・・5秒前、4、3、2、1、スタートォ!・・」

 いっせいに飛びだしていく選手たち。ここ3日の教訓きょうくんかしてのことだろう、スタートからまもなくしてはちの子をちらすように、じぶんのまわりから次々にはなれていく選手たち。結果、なにもせずしてエイビャンは孤立こりつをてにしていた。スタートから3時間半、時刻じこくはおひるまえのAM11時半。もくもくと走り、おかげさまで誰とのいざこざもないままエイビャンは、15kmを消化していた。

・・※※ラ・・

 きのう売店で間食用にハム&チーズのホットサンドと、スポーツドリンクを購入こうにゅうしていたが、諸事情しょじじょうにより腹がすかなかったため、このままはしるのを続行ぞっこう。実況のいうとおりコースは急勾配きゅうこうばいのおおい岩場からゆるやかな砂地へとうつり、ほうぼうに草木のみどり、小鳥のエサとなる昆虫こんちゅうなどが登場とうじょうしだすが、いちばんのおどろきは川が黄色いことだった。黄空に惑星わくせい、山々などそれらにとけこむ黄色い川。ちょろちょろとながれる小川おがわだが、ユーパンのうみや川がそらに反射はんしゃしてグレーなように、この星のそらもクリームイエローなのだから、まぁあたりまえっちゃ、あたりまえ。エイビャンがめずらしく自然に気をとられていた矢先のこと、それはどこからともなくエイビャンの進行方向しんこうほうこうにあらわれ、前方80m付近ふきんであしをとめる。

「・・楽しませてくれよ、どこぞのあんちゃん・・」

 次第におおきくなる人影、その距離きょりはみるみるうちにちぢまり、気がつけばおたがいがおたがいのテリトリーに足をふみいれていた。それを知ってか知らずか、なおも前進するエイビャン。

・・前おきも挨拶あいさつもなしに、いきなりってわけか・・きらいじゃないぜ、そういうの・・

 ポケットから筋肉質きんにくしつのうでをとりだすと、ぶつかるかにみえた、しかしなにかが違う。

「・・ほう、そうくるか・・」

 すれちがうと、そのまま走りるエイビャン。

「・・オレなんぞ眼中にないってわけか、なかなか人をイラつかせるのがうまいじゃねぇーか・・だがなあんちゃん、少々使うあいてをまちがえたかもしれねーな・・」

 するとつぎの瞬間しゅんかん、おとこのようすが一変する。それはまさにいかりくるった仁王像におうぞうのごとく、身をひるがえすとすぐさまエイビャンの背中を強襲きょうしゅう

「・・!?・・」

 そのあまりの殺気によけはするものの、はでに転倒てんとうしてしまうエイビャン。

「・・けるのはナシだぜ、あんちゃん・・いくらおれでもそれはきずつく・・」

 おとこは、トサカのように逆立った臙脂えんじのかみに黒のタンクトップ、はきこんだであろうジーンズにはぎんのくさりがぶらさがっている。

・・※※ラ・・

 うながされるように立ちあがるエイビャン。

「・・いい子だ・・さぁ、幕開まくあけといこうか・・」

「・・悪い・・」

「・・?・・」

「・・すまないが、先をいそいでる・・」

 しかし、エイビャンも徹底てっていしておとこの呼びかけには応じず、そのままズラかろうとしたそのときだった。みだそうとした一歩がでない。

「・・!?・・」

 すぐに原因は背後にあるとわかる。

「・・わからねぇようなら、もう一度だけ言ってやる・・さぁ、幕開けといこうか・・」

 そうしてなかば、強制的きょうせいてきにふりかえさせられてしまう。

「・・はなっから、そうすりゃいい・・名前とLank、教えてくんねーかあんちゃん?・・誰かわからねぇままやるのは、どうも性分しょうぶんじゃねぇ、雑魚ざこあいてならまだしも・・」

 ふしぎと名乗らないという選択肢せんたくしはなかった。

「・・エイビャン・キルロット、Lankは13980・・」

「・・エイビャンか・・おれはレイドン・オルロ、Lankは838・・」

 おとこの関節かんせつがポキポキと音をたてる。

・・26万人のなかの、838・・

「・・どーれ、んじゃやるか・・準備じゅんびはいいか、エイビャンのあんちゃん?・・」

・・おれは一体、ここに何しにきた・・

「・・じゃ、いくぞ・・」

 そんな物思いにふけっているのもつかのま、突如視界とつじょしかいがくらくなったかとおもえば、もう目のまえには奴がいる。

・・え・・

 たてつづけに筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の肉体からあめあられの攻撃がふりそそぐ。

「・・くっ!・・」

 あわてて距離きょりをとるエイビャン。

・・なんだ、今のは・・!?・・

 みれば、ひだり肩のライフボールがかすかにれている

「・・あいもかわらずのスロースターターっぷり、あぁじぶんでもいやんなるぜ・・しかし体が温まるまで、しばしヘボのお付きあいねがうぜ・・」

 そう謙遜けんそんしてなのかそれとも本音なのか、いままで感じたことのない推進力すいしんりょくでエイビャンの間合いへと、いともたやすく侵入しんにゅうしてくるおとこ。なんとかかわしはするものの、その190cm近いタッパからくりだされる左右の連続攻撃に、背すじがこおる。

・・なんなんだ、コイツの動きは・・かわすのがやっとだ、ちっ!・・

 それから5分してようやく攻撃がやむ。息があがるエイビャンに対し、すずしい顔でたたずむ男。

「・・いくら肩慣かたならしとはいえ、あれについてこれたのはあんちゃん、あんたが初めてだぜ・・やっぱ、おれの目にくるいはなかったってわけだ・・」

 おさえきれないよろこびが、そのまま口元のほころびとしてあらわれる。

「・・さぁ、体はあったまった・・こっからが本番だ・・」

・・どうか楽しませてくれよ、あんちゃん・・

・・こいつ、いままでの奴らとはてんで出来がちがう・・初速しょそくとはおもえぬスピード、長身故ちょうしんゆえのリーチをいかした回転力のある左右連続攻撃、ほかに持久力じきゅうりょくと身のこなし、とにかくなにもかもがズバけてる・・このままいくと、まずいかもしれない・・それに奴が言ってることがもしほんとうで、まだ余力よりょくをのこしてるとしたら・・使わざるをないかもしれない・・

 右手をみるエイビャン。

・・※※ラ・・

「・・にげてばかりじゃ勝てないぜ、あんちゃん・・」

 あらしのまえのなんたらか、だがしずまり返ったのはほんの一瞬いっしゅん、おとこがうごく。

「・・!・・」

 ふところにとびこみ、ライフボールに一直線にのびる男のみぎうで。それを反射的はんしゃてきにくるりと回転し、かわすエイビャン。しかし、すぐさま2撃目げきめがとんでくる。またもおなじ要領ようりょうでくるり回転、しかしなにかがおかしい。肩をつうじて振動しんどうがつたわってきたのだ、あの2度目となる振動が。

・・まただ、球がゆれてる・・どうして?・・

 とっさに奴をみる。

・・さっきは触れられたのがわかっていたから、球がゆれていても合点がてんがいった・・でも今回はちがう、2回ともあぶないながらもかわしたつもりだった、でも現に球はゆれている・・

 あの台詞せりふがふとよみがえる。

・・いままではほんとうに序章じょしょうだったって訳か、へへっ、やってくれるぜこのやろう・・

・・ふーん、そっか、これでも取れねぇか・・エイビャン・キルロット、やっぱこのあんちゃん、おもしれぇーわ♪・・こんな気持ち、ひっさしぶりだ!・・

 助走じょそうをつけ、むかってくる男。エイビャンもそのうごきにどうにかついていくが、やはり一呼吸遅ひとこきゅうおそい。

「・・ちっ!・・」

 またも球にふれられては、おとこの独壇場どくだんじょうがつづく。

・・まだまだ!・・

・・くそぉ!・・

 気がつけば、たがいの熱戦をものがたるように、あたりは砂煙すなけむりでみたされていた。

・・やばい、このままじゃやられるのも時間の問題・・体力もろくに残っちゃいねぇいま、こっちからしかけるんだ・・こっちから!・・

 突っこむエイビャン、しかし当たらない。なんなくあしらわれると、すぐさま攻守が逆転、受けにまわる。

・・ほらほら、どうした?、そんなもんか!?・・

・・くそぉ、主導権しゅどうけんが、にぎれない・・

 突破口とっぱこうがみつからない、そんなときだった。ふとした拍子ひょうしに足がからまり、男が体勢たいせいをくずす。

・・!?・・ここだ・・

 ここぞとエイビャンの左手がびる。おとこもあわてて体をひねり、回避かいひにむかう。

・・とどけぇぇ!・・

 あとすこしだった、あとわずかみこみがふかければ、勝負は決していただろう。男の球がメトロノームのようにゆれている。

・・千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを・・

 しかし、まだ運に見放されてはいなかった。というのも、男の回転がとまらない。本来なら半回転したところでとまり、球をあいてからもっとも遠い安全圏あんぜんけんにもっていくのがセオリー。だが悠長ゆうちょうにセオリーともいっていられず、ついつい勢いあまってそれをすぎてもなお回転がとまらない。とまらない所かめぐりめぐって又も無防備むぼうびなおとこのライフボールがあらわに。

・・くっ、止まらねぇ!・・

・・球が・・

 うでを伸ばせばとどく、のばしさえすれば勝てる、おそらくこんな好機こうきは2度とこないだろう。しかしエイビャンはためらっていた。

・・右手・・いまから左手じゃ間にあわない、とるなら右手・・この手をまえにのばす、ただそれだけ・・そうすれば、伸ばしさえすれば・・

 冷たい北風がふきぬける。時刻はPM12時。いまだ決着はつかず、たがいにく息はしろい。そんななか、ふと男が問う。

「・・一個きいていいか、あんちゃん?・・なんで、右手を使わなかった?・・」

「・・・・・」

「・・少なくともオレにはそうみえた・・右手をのばせば勝てたものを、あえて使わなかった、そんな風に・・オレのおもい過ごしか?・・」

 だまりこくるエイビャン。口元からはたえず、気化した二酸化炭素にさんかたんそがしろくたちのぼる。

「・・だよな、使わねぇ理由なんてねぇよな、ただ利きうでじゃない右手がでなかっただけ・・でもそうなると、どうしてもせねぇ点がある・・利きうでじゃないが故に右手がとっさにでなかったんだとすると、なんで左肩に球をつけてる?・・まさか知らなかった、なんてこたぁねぇよな?、頭のわりぃおれでもルールブックをみて知ってたんだ・・それに、もしあんちゃんがルールブックをみてなくても、すこし考えればわかること・・たしかに例外もあるがふつう、頻繁ひんぱんにつかう利きうでとは逆側に球があるほうがどうかんがえても立ちまわりやすい、なぜなら利きうでをつかうさいに、あいてからはなれたポジションに球をもっていきやすいからだ、ルールブックにもそう書いてある・・そこでだ、わるい頭ですこしばかり考えてみたんだが、オレなりに2つの結論けつろんにたっした・・きいてくれるか、あんちゃん?・・」

 ユーパンではみないくろく首のながい鳥が、2人の頭上をならんで滑空かっくうしていく。

「・・ひとつは、あんちゃんの利きうでがひだりで、肩のライフボールは戦略的作戦せんりゃくてきさくせんだった場合・・ようするに、あえてひだり利きにもかかわらず球もひだりにつけてる変則型へんそくがた、たんに右手は利きうでじゃなかったがためにとっさにでなかった・・もうひとつは本来はみぎ利きだが、なにか人にいえない事情じじょうがあってしかたなく右手は使わずにたたかっている・・でもよぉ、どちらにしてもつまらねぇんだよなぁ・・」

「・・?・・」

「・・だってよぉ、もしひとつめのひだり利きってのが本当だとしたら、わるいがあんちゃんの左手にはいまんとこ脅威きょういを感じない・・そしてもうひとつが真実だった場合は、なおのこと気に食わねぇ!・・」

 苦虫をみつぶすおとこに対し、エイビャンのほおを汗がつたう。

・・わかるよな、あんちゃんなら・・オレが言いてぇこと・・

 気温一桁きおんひとけたの11月末にもかかわらず、おとこの皮膚ひふからは湯気ゆげがたちのぼる。

・・ここまでオレのうごきについてこれる運動神経をもちあわせておきながら、この程度ていどの攻撃力なわけがねぇよな、あんちゃん・・エイビャン・キルロット、おまえの利きうでは、まちがいなく右うで・・

 おもむろに臨戦態勢りんせんたいせいにはいる2人。

・・おれもあなどられたもんだ・・どんな理由かしらねぇが利きうでをつかわずして勝つだ?、うぬぼれも大概たいがいにしておけよ・・やれるもんなら、やってみろよ・・

 そして、両者の視線がかさなる。それを合図にまさに鬼の形相ぎょうそう。えんじのトサカ頭を逆立さかだてた破壊神はかいしんがエイビャンにせまりくる。左右からのびる目にもとまらぬ猛攻もうこうが、かわす都度つど、球をかすめていく。

「・・ちっ!・・」

・・このままいけば、確実にやられる!・・左手だけじゃ、このおとこには勝てない・・ここでやられたら、すべてが終わっちまう・・すべてが・・

 ひとみのおくで23年の生涯しょうがいが、みんなの顔がフラッシュバックしていく。

・・いや、終わらせない・・終わらせて、たまるか!・・父さん、母さん、それに※※ラ・・おれは、おれはここに、※※※※を・・※※※※を治すために来たんだぁぁ!・・

 するとその瞬間しゅんかん、あきらかにエイビャンのうごきに変化が。いままで防戦一方ぼうせんいっぽうだった戦況せんきょうを、すこしずつではあるがりかえしていく。

・・こいつ!・・

 かわしては左、又かわしては左。

・・このにおよんで、まだ右手はつかわねぇってか・・おんどれぇがぁぁ!・・

・・右手を・・右手を、つかわなきゃ!・・※※ラ!・・

 目まぐるしく交差するうで、とびる汗、うずまく熱気。エイビャンの左手がおとこの球をかすめれば、倍の量がエイビャンめがけうえからりそそぐ。

「・・ちっ!・・」

「・・くっ!・・」

・・右手をつかわずに、左手一本でここまで・・だが、それが命取り・・

・・※※ラ・・※※ラ・・※※ラ・・

 ふと、おたがいがバランスをくずし、距離きょりがあく。そのふり向きざま、くりだされるたがいの全身全霊ぜんしんぜんれいをこめた一撃いちげき

・・勝つのは、オレだぁぁぁ!・・

・・※※ラぁぁぁ!・・

 ぶつかる両雄りょうゆう

「・・ハァ、ハァ・・」

 それから3秒後、そこには地にひざまづくエイビャンがいた。

・・なんだ、なにが起きた?・・

 たがいの肩にライフボールはいまだ健在けんざいのようだったが、エイビャンの様子があきらかにおかしい。

「・・ぜぇ、はぁ・・ぜぇ、はぁ・・」

 手でむねをおさえ、くるしそうに歯をくいしばっている。

・・くそぅ、やっぱダメだった・・へへっ、初めからわかってたことじゃねぇか・・ほんと、すくいようのねぇバカだよ、おれは・・

・・どういうことだ?・・あの瞬間しゅんかん、やつははじめてオレに対して右うでをつかった・・そして、たがいの指先が球にふれるかいなかのせとぎわ、前触れもなくやつのからだはくずれおちた・・結果、球はぶじだったが・・もしあのままぶつかっていたら、相打あいうち、いや・・

 時間経過じかんけいかとともに症状しょうじょう悪化あっか

・・一体、やつの体になにが起きてる?・・

「・・うぅぅぅ・・」

 すると、さっきまでの荒々(あらあら)しい息づかいが、うめき声らしきものにかわる。

・・ヤベぇ、これはヤバい・・むねが、心がいてぇ・・息が、できない・・意識いしきが、ふきとびそうだ・・

「・・カァ、カァハァ!・・」

「・・おぃ、あんちゃん、大丈夫か!?・・」

 そして、呼吸こきゅうがとまる。

「・・!・・」

 かとおもえば、またすぐに再起動さいきどう、ズボンをまさぐり始める。ポケットから直径ちょっけい10cmほどのプラスチック容器ようきをとりだすと、ふるえる右手で中身をかきだすエイビャン。そのさい、とびちる固形物こけいぶつ

・・オレンジ色の、三角の錠剤じょうざい・・あれは・・

 いつしか地べたでは、まっくろなテユが膨張ぼうちょうをおえる。そのなかからペットボトルをとりだすと、おぼつかない手つきで錠剤をながしこむ。

・・こいつ・・オレの妹とおなじ、※※※※・・

 おもいあたるふしがあるおとこ。一方で、徐々(じょじょ)におちつきをとりもどしていくエイビャン。

・・なんとか、失神は(しっしん)はまぬがれたみてぇだな、ハハッ・・

 すると、おとこが背をむける。

「・・やめだ・・」

「・・!?・・」

「・・右手がつかえねぇわけありのあんちゃんに勝ったところで、うれしくもなんともねぇ・・」

・・へへっ、やっぱバレてたか・・

「・・きえな、目障めざわりだ・・」

 一歩、また一歩ととおざかる男。

・・今回だけは見逃してやる・・そのかわり、こんどあったときに万全な状態じょうたいじゃなかったらゆるさねぇからな、※※なんかぬきにしてよぉ・・ただ全力のあんちゃんとやり合いてぇ、素直すなおにそうおもったんだ・・エイビャン・キルロット、会っといてよかった・・あと、※※※※に負けんじゃねぇぞ・・

 そうしてはしり去るおとこ。時刻じこくはPM12時をまわり、黄空にうっすらとうかぶ惑星わくせいの真下、しゃがみこむエイビャンの右手は、いまだふるえているのだった。

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