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リスミー暦※338年11月24日(大会2日目)
一体、何時間ねただろう。きのうはヒョンジュと目的地についたのがごご2時半ごろで、自室のシャワーで汗をあらいながし、夕飯までしばしウェストポーチからテユ箱にいれかえておいた文庫本を手にくつろぐ。そして午後5時、ヒョンジュとまちあわせ場所に合流、通過リミットとなる午後6時をむかえ混雑するのをさけるため、時間をすこしまえだおししたつもりだったが、すでにおもったより食堂は混みあっていた。ライフボールをひとり一個はうばうというノルマから考えて、初日の26万人から半分の13万人に減ってはいるのだろうが、あの大々的にスポーツイベントなどを開催するドーム型のしき地面積をもってしても手にあまる。そのドーム型宿泊施設が3つも必要というのだからおどろきだ。かくして、本日とりわけられた2人のメニューがこちら。クレイから「あじの南蛮漬け(なんばんづ)、さんど豆のガーリック炒め、シーザーサラダ、ごはんにみそ汁、食後のブルーベリー入りヨーグルト」対してヒョンジュは「味噌カツ、春雨サラダ、チンジャオロース、ごはんにミニ温うどん、食後のティラミスとチーズタルト」それらをペロッとたいらげると、明日のまちあわせ場所をきめ、たがいの部屋にもどる2人。もどるやいなや疲労がどっとおしよせ、ベットに横になる、とそこから記憶がない。そして、そなえ付けのめざましのアラームでおきたのが翌朝のごぜん7時。夕飯をおえ、部屋にもどったのがごご6時とすると、13時間ねむった計算になる。
・・丸半日、しかもラドックス星で・・最長睡眠記録かも・・
さっそく顔をあらい、昨晩洗濯機へとつっこんでおいた服にきがえると、ライフボールをちゃちゃっととりつけ、つかれていたことを実感しつつ食堂にむかうクレイ。その道すがら、柱時計のあるところでヒョンジュと合流。
「・・おはよう、ヒョンジュ・・」
「・・おはよう、クレイ・・」
「・・大丈夫?、なんかすごくダルそうだけど・・もしかしてあんまり眠れなかった?・・」
「・・ううん、そうじゃないの・・ちゃんとねむれたよ・・」
「・・そっか、ならよかった・・」
13時間ねて、寝疲れしたなんてとてもいえない。そして、墨汁のようなシャワーとフィルムの壁のある「ミドリノトオリ」をぬけ表にでる2人。外は初日ほどではないにしろ、いまだ人の量はおとろえをしらず、バイクの重低音に黄空にうかぶ飛空艇がぷかぷか。きのうと違いがあるとするならば選手たちをてらす朝日の色がしろからオレンジにかわったことくらい。するとほどなくして上空から声がきこえる。
「・・選手のみなさまおはようございます。ただいまより、大会2日目の競技説明をおこないます。コースは全長28kmと初回にくらべ若干みじかめですが、アップダウンが激しいうえ足場もわるく、岩場の難コースとなっております。道はばも所々せまく、崖ととなりあわせの危険地帯も存在しますので、くれぐれもご注意を。競技ルールの変更はとくにありません。スタートまでおよそ10分、しばしお待ちを・・」
今朝は相当冷えこんでいたらしく、手はかじかみ地面にはちらほ
ら霜柱がみてとれる。すると、息をしろくしたクレイがふと尋ねる。
「・・そういえばさぁ、ヒョンジュはきのうライフボールで部屋に鍵かけれた?・・」
「・・あぁうん、一応できたよ、ルールブックにかいてあったから・・」
「・・へぇ、そうなんだ・・」
「・・クレイは?・・」
「・・いや、ちょっとやり方わかんなくってさ、ふつうに部屋にあった鍵でとじまりしてねちゃった・・」
「・・ふーん、でもそれでもいいんじゃない?、クレイとおなじようにできなかった人もいたみたいだし・・あれってライフボールの盗難防止と、ようは戸締まりが手動から自動のオートロックになるだけでしょ?・・」
「・・うん、そうみたいだけど・・なんかはじめに泊まったところにはなかった黒いドアがいっぱいあったから、なんでアタシのとこは白なのに、とおもってルールブック見返したら隅のほうにかいてあった・・」
なんでも、ラドックス星にきた日にとまった計5つあるドーム型宿泊施設にはなかったしくみで、とまる部屋のとびらの中央部分のちょうどのぞき穴のようなところに、ライフボールをちかづけると球が吸収され、とびらの色がしろからくろにかわる。そうなることで、とびらの開閉がアナログ式のかぎをつかった手動から、指紋や眼球、DNAなどの個人情報をつかった、完全自動のデジタル式へときりかわる。もちろん、クレイのようなケースもかんがえ、すべての宿泊施設のひと部屋にひとつは青銅製の棒かぎが常備してある。朝をむかえた選手らは、きのうとおなじようにとびらの外側からのぞき穴付近に手をかざせば、ライフボールをとりだすことができ、とびらの色ももとどおり、万全な防犯対策のもと翌日のレースにのぞめるという訳である。
「・・スタートまで5分をきりました。実況はわたくし、イチロウ・トチサカ、解説はきのうに引きつづきカズトヨ・アンナシンクさんです。よろしくお願いします・・」
そしてまわりが体をゆすりだすと、2人もウォームアップを開始する。
「・・で、やり方はわかったの?・・」
「・・・・・」
「・・じゃあ、今晩おしえる?・・」
「・・え、いいの?・・お願い!・・」
「・・うん、っていっても簡単だよ?・・」
そうこうしている内に、カウントダウンが始まる。
「・・スタートまで10秒前・・5秒前、4、3、2、1、スタートォ!・・」
かわいた花火の破裂音と、10万をこす地鳴りのような足音が2日目のレースの幕開けをつげる。するとスタート早々、ヒョンジュはある違和感をかんじていた。
・・おかしい・・まだ集団からぬけだしていないのに、人がまばらに感じる・・2日目で人数が減ったせい、か・・いや、いくらスタートラインがあやふやなうえに、26万人いた参加者が半分にへったからといってそれでも13万人・・なにかが変だ・・
しかし、その予感はあたっていた。というのもきのうの教訓をいかし、おおくの選手がヒョンジュら同様、スタート10分後の混乱をさけるため、いちはやく進路をかえていたのだ。それもあり2回目は個々がすこし遠まわりするだけで、プレパレーションタイム(プレパレタイム)おわりの修羅場もなく、平穏無事にことが運んでいた。走りはじめて6時間半、さすがに岩場の難コースといわれるだけあって骨がおれる。いくら28kmと前日よりみじかめとはいえ、足場がわるくそのうえしつこいぐらいのアップダウンが2人の体力を容赦なくうばう。
・・ハァ、ハァ・・走っても走ってもまえにすすまない、この感覚はなんなの?・・
この時点ですでに2人は、初日ゴールまでについやした6時間半を消化していた。すると、ここにきてようやくのこり5kmの標識が目にとまる。
「・・クレイ、すこし休もう・・」
「・・ええ、わかったわ・・」
「・・あーつかれた、坂がおおいとこんなに前にすすまないとはね・・」
「・・うん、そうだね、思い知ったよ・・このコースのむずかしさを・・」
適当な岩場にこしかけ、おたがいテユを起動、水分と軽食をとる。
「・・あと5キロか・・でも7キロはありそうだね、おれらのコース取りだと・・」
「・・それにしてもさぁ、ヒョンジュの言うとおり遠まわりして正解だったよ・・おかげで最短の28キロより距離はあったけど、ほとんど誰とも出くわすことなくここまでこれた・・それにしてもよくおもいついたよね、あんな方法・・」
チョコをほおばるクレイが感心するその方法、それはライフボールの性能をいかしたものだった。ライフボール(球)というのはレースに不可欠なさまざまな機能がそなわっている。たとえば、肩についた球体部分を右にまわすと、じぶんがいる半径100mにいるほかの参加者の情報が機械音声でつたわり、逆に左だと、まわすごとにいままでレースで出会った選手一名の居どころを方角と距離でおしえてくれる。しかもその左回転時にかぎり、球を口元までひきよせることができ、「ハナス」という文言にたいして相手が「イイヨ」と答えれば、はなれた所でその選手とわずかばかり会話することができ、電話やトランシーバーのような、いわば通信機的役割をもはたす。方角は方位磁針付きひも時計でもたどれるが、親切にも日中ならダーク系ライト、夜間ならホワイト系ライトがその方角のじめんを道しるべのようにてらしてくれる。球を垂直におしこんだときにしらせてくれるゴールの所在も同様である。機械音声で方角と距離、くわえて例の灯りがじめんを照らす、ヒョンジュはそこに目をつけた。その道案内のライトのさし示す角度をほんすこしズラしながらはしり、正規ルートから意図的にはずれることで、最短の28kmは超過してしまうそのかわりに、敵との遭遇確率をおおはばにへらし、結果いざこざに巻きこまれることなく、のこり5kmのところまできた。
以上がかれのかんがえた妙計奇策のからくりである。
「・・じゃ、そろそろ行こうか?・・」
「・・うん、OK・・」
そうして物を片し、おたがいがおたがいのテユの角っぽを2回おしこみ、ちぢむのをまっている間、クレイはあらためて空におもいをはせていた。
「・・でも、何度みても手つかずの自然のそらってすごいよね・・キレイっていうか、キレイなのはそりゃもちろんだけど、それだけじゃなくて、なんて言うか、ながめてるだけで悩みなんてわすれて、心や体がかるくなるようないやしの効果があるみたい・・」
「・・うん、たしかに・・」
「・・黄空だけじゃなく、まわりにある大自然の山々や太陽系の惑星、あの人間の手アカまみれのユーパンでさえ、みているだけで心がなごむ・・自然の精神安定剤、大げさじゃなくそんな感じ・・」
「・・自然の精神安定剤か、うまいこというね・・」
「・・へへっ、そうかな?・・」
・・だからなのかな、それもあって昨晩はあんなにねむっちゃったのかな、13時間も・・っていっても寝すぎよね・・
そしてちょうどテユの収縮がおわり、出発しようとたちあがろうとしていた頃合い。
「・・ホント、黄空っておもっていたよりずっとキレイですよね?・・」
「・・!?・・」
ふいな岩かげからの声に即座にみがまえる2人。ひょっこり顔をだすは男女2人組、どちらも若くおよそ10代にみえる。
「・・いい雰囲気のところ失礼しまーす♪・・」
いままでのなごやかムードが一変、緊張がはしる。
「・・いやいや、そんな警戒しなくてもだいじょうぶですよ・・不意打ちとかそういう卑怯なマネする気ありませんから、初めっから・・」
「・・うん、そんなのしないよアタシたちは・・」
青年は、くろのスポーツ刈りに上下黒の学ラン、ヴィヴィットな色のスニーカーをはき、少女のほうは、ほんのり紫がかったツインテールの巻き髪にあかいリボンをつけ、セーラー服にルーズソックスと、どちらも現役学生のようだ。すると律儀にも、かるく会釈をする青年。
「・・Lank113380、コタロウ・スズキです・・」
「・・Lank165432、ミホ・サエグサ・・幼なじみっでーす♪・・」
釣られて2人も名乗る。
「・・Lank146328、イ・ヒョンジュだ・・」
「・・Lank124510、クレイ・・」
「・・?・・」
「・・スタンチャフ・・あたしはクレイ・スタンチャフ・・」
「・・よろしくおねがいします、自己紹介はこのへんにして、さっそくお相手してもらってもいいですか?・・オレたち2人ともまだ球もってないんですよね・・」
「・・ああ、こちらも球の調達をどうしようかかんがえていたところだ・・」
「・・それはよかった、じゃあ交渉成立ということで・・ほんじゃいくよ、ミホ!・・」
「・・OK、準備万端だよ、コタロウ!・・」
「・・こっちもやるぞ、クレイ!・・」
「・・ええ!・・」
岩肌でカナヘビがこうら干しをするPM3時過ぎ、2日目の初戦がはじまる。
「・・はじめにいったように、小細工するつもりなど毛頭ありません・・正々堂々勝負して、あなたたちのライフボールをもらいます・・」
「・・上等・・とれるもんなら、とってみろ・・」
「・・ミホ、そっちはまかせた・・」
「・・はいよ!・・」
コンマ数秒、2組のうごきが止まり、そしてうごく。
「・・いくぞ!・・」
一斉にとびだしていく4人。カナヘビもあわてて岩陰にかくれると、たたかいののろしがあがる。8本のうでが近距離で入り乱れる。あいての左肩めがけうでをのばすヒョンジュ、その攻撃を身をひるがえしかわしては、すぐさま攻めにてんじる青年。たがいに足場のわるいなかで、バランスをくずしながらもほぼ互角の攻防をくりひろげる。
女性陣もまた、実力が拮抗していた。近距離間でめまぐるしく攻守がいれかわると、同ランク帯ということもあり、案の定たたかいは長期戦のようそうに。
・・つよい、この青年・・初日にたたかった5人とは訳がちがう・・10代で発展途上ながらも、全身バネのうような肉体からくりだされるするどい攻撃、くわえてその俊敏さをいかした回避能力・・なによりいちばんの脅威は、わかさゆえのこの無尽蔵なスタミナ・・このまま戦いがながびけば、こちらが不利か?・・
ひとしれず強敵認定するヒョンジュ、しかしそれは青年もまたおなじだった。
・・やっぱりオレの目に狂いはなかった・・このひとたちは強い、あの顔、たぶんミホもおれと同じきもちだろう・・でもそれでいい、それでこそ超えがいがあるってもの・・いくぞ、超えるぞ、この壁!・・
「・・ミホ!・・」
「・・コタロウ!・・」
猛然とせまりくる2人。
「・・クレイ!・・」
「・・ええ!・・」
その想いを真っ向からうけとめるヒョンジュとクレイ。4人のうでがはげしく交差する。
そして陽がかたむき、あおみどりの異質な夕日につつまれるPM4時まえ、勝敗が決する。そこには両ひざをつき、うなだれる影がひとつ。
「・・どうして、なんでなの?・・」
地面にこぶしをつき立てると、少女の目にはひかるものが。
「・・コタロウとあんなに特訓したのに、なんで・・なんでよぉ・・」
泣き崩れるとはこのことをいうのだろう、それからしばらくして青年のほうが口をひらく。
「・・負けました、完敗です・・」
すると、たちつくす青年のもとに歩みより、手をさしのべるヒョンジュ。
「・・完敗などとんでもない、こちらが負けてもおかしくない戦いだった・・まちがいなく、君たちはいままでたたかったなかで一番手ごわいあいてだったよ・・」
その賛辞に、はじめて青年の顔がゆるむ。
・・そう、かれらは強かった・・もしかれらが戦いをあせることなく、長期戦にもちこんでいたとしたら、果たしてかてていただろうか?・・そうなればこんどこそ、その若さゆえの底なしのスタミナというやつが活きてくる・・(まぁこちらも、スタミナに自信がないという訳ではないが)・・
そして少女がたちあがると、それぞれに握手をかわす4人。
「・・ありがとうございました、いい経験になりました・・やっぱりオレの目に狂いはなかった・・」
「・・そうだね、コタロウ・・」
「・・え、なに?・・」
「・・いや、ミホと話していたんです・・きのうのレースであなたがたのことを初めてみたときから、あの2人を超えることができればもっと絆がふかまるし、成長できるかもって・・おなじカップル同士・・」
「・・カ、カ・・カップル!?・・」
ついつい声がユニゾンしてしまう。
「・・え、違うんですか?・・」
まんざらでもなさそうなヒョンジュのとなりで、かおを赤らめクレイが小きざみに手をふる。
「・・そうだったんですか、ラドックス星にくる途中でしりあったんでしたか・・おれはてっきりカップルさんなのかと思ってました・・すいません、早とちりしてしまって・・」
「・・いや、いいよ、そんな気にしないで・・」
「・・う、うん、だいじょうぶ、誰にでもまちがいはあるしね・・」
そうしてかるく一礼すると、かれらは走り去っていく。
「・・がんばってください、おれらの分も・・ユーパンで応援してます、ミホと・・」
「・・うん、がんばるよ・・きみらの分も・・」
時が経つにつれ、バト・キアリのあおみどりの夕日がなおのこと濃く、2人にながい影をおとす。
「・・どーれ、そろそろオレらも行くとしますか?・・」
「・・そうだね、間に合わなかったりしたら、かれらに申し訳つかないしね・・」
「・・さすがに大丈夫でしょう・・いまがだいたい4時だから、リミットの6時まで2時間はある・・それに、のこす距離はおれらのコース取り上、標識の5kmないし10km圏内、球もある・・」
「・・でも、油断は大敵だよ・・ゴールには時間内につくとしても、球をねらってる参加者はまだまだいっぱいいるんだから・・」
「・・はいはい、そうでした、肝に銘じておくよ♪・・」
「・・もぅ・・」
そして2人はまた走りだす。ふくれっ面のクレイを、ヒョンジュが微笑ましくみつめながら。