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リスミー暦※338年11月23日(大会初日)
チリィリィリィという目覚ましの音で目がさめる。時刻はあさの7時。きのうははやく床についたこともあって、目覚めは爽快だった。白のノースリーブにだいだい色のスカート、黒のレギンス、両うでに黒の二のうでバンドをつけ、ここ2日間の余暇のいでたちとはうってかわり、臨戦態勢で食堂へむかうクレイ。大会当日ということもあり、きのうをしのぐ混雑っぷり。そんななか、人だかりをぬうようにバイキングから料理をとりわけ席につく。
今朝のメニューはパンにオレンジジュース、ソーセージにツナサラダとスクランブルエッグ、あと食後の杏仁豆腐、それらをパパっとたいらげ一旦自室にもどる。そこでもう一度ルールブックに目をとおし、ライフボールとミサンガに数字と道しるべてきな矢印がかかれただけの簡素なうで時計(ひも時計といわれる)をつけ部屋をでる。さて、この広大なドームのしき地内からおもてへとでる順路をさがすわけだが、通路にときおり見取り図のようなものはあるものの、ルールブックにもとくに記載されておらず、少々不安。しかしその不安は、ひとたび廊下へとでると解消された。というのも、いつのまにか足元には食堂にいくときにはなかったはずの、グリーンの蛍光色の矢じるしが、親切にも出口をさししめしてくれているではないか。
・・なるほど、この等間隔にならんだ矢印のとおりすすめばいいのね・・でも、なんで急にでてきたのかしらこの床の矢印・・やっぱりライフボールとなにかしら連動してるのかな?・・
そう感心しながら人波のなかをすすんでいると、一階のおおきな通りのまえにでる。横幅にして2、30メートルはあろうかという通路、というよりもはや広場。その両わきの壁からゆか、天井にいたるまでどこもかしこも緑一色の空間。そこら一帯に黒いひかりのシャワーがたえず降り注ぐ。
・・おお、ここが「ミドリノトオリ」ってやつね・・ルールブックにかいてたけど、ようは脱落者が不当につぎの日にくりこさないよう、はかりにかける場所・・同時にここでいずれかの肩へのライフボール装着を義務づけておけば、そとでの競技中、参加者がライフボールをつけないなんて違反もできないしね・・でも、おもってたよりなんか深夜の病院みたいで、ぶきみなところね・・
黒いシャワーをあびながら、そこをおそるおそる進みはじめた矢先のこと。
「・・クレイ!・・」
その聞きおぼえのある声にふりむく。そこには紺のパーカーに黒のパンツをはいて、うしろからかけよってくる彼がいた。
「・・あ、ヒョンジュ、おはよう♪・・」
「・・うん、おはよう、クレイ・・昨日はねむれた?・・」
「・・うん、ぐっすり・・ヒョンジュは?・・」
「・・バッチリ♪・・それにしてもすごいね、ここ・・」
「・・うん・・光ってわかってても、なんかつい手をかざしたり目をつむっちゃいそう・・」
そうしてシャワーのなかを他の参加者とともにすすんでいく2人。すると、しばらくして見慣れぬ壁にぶちあたる。
「・・え、これなんだろう?・・ルールブックに書いてあったっけ?・・」
「・・いいや、ミドリノトオリをとおって表にでるとしか・・」
そこには黒いフィルムのような壁が、参加者の行く手をはばんでいた。いまいち勇気がでずに二の足をふんでいると、ある者がおもいきってその壁のなかにとびこむ。すると、その半透明の壁がまるで体の型をとるかのように伸びちぢみし、やがてその膜のむこうがわへと通りぬける。
「・・!?・・」
それを皮切りに2人もほかの参加者同様、つぎつぎとそのフィルムの壁のなかへと飛びこんでゆく。ストッキング程度にひっぱられはするものの、2人もぶじ通りぬけに成功。晴れてスタートラインである表にでることが叶う。
外にでてラドックス星の地をようやくふんだ2人。そこにひろがる光景におもわず声がもれる。黄空といわれるクリーム色の空のもと、地平線をてらすバト・キアリ(旧太陽)の白色光。そのまわりを360度、みわたすかぎり雪化粧された山々がそびえ、早朝ということもあり野鳥のさえずりが耳にここちいい。そのはじめてみた手つかずの大自然に不釣りあいなひとの集合体に2人があっけにとられていると、ほどなくしてどこからともなくアナウンスが聞こえてくる。
「・・お集まりいただいた選手のみなさま、おはようございます。ただいまより第1回レースofラドックスを開催いたします。まずはかんたんな競技説明から・・」
外は11月とうこともあり、さすがに手袋なしではしばれる。
「・・みなさまには本日より16日間にわたってレースをおこなっていただきます。いまからおよそ30分後の午前8時よりレースが開始され、本日の午後6時までの10時間以内にゴール地点にある「導きの門」とよばれる鳥居状の門をとおれば合格となります。しかし、事前に通知しておいたとおり、通過するにはひとつだけ条件があります。それはまえもって配られたであろうライフボールとよばれる球の存在です。みなさまがたにはこの黒塗りの野球ボール大ほどの球を、いずれかの肩に装着してレースをおこなってもらいます。そしてレース中、この球をじぶんのもの以外にもうひとつ、合計2個以上所持していなければ門の通過はみとめられません。つまり、最低ひとつ以上は他選手からこのライフボールとよばれる球を、うばいとらなければならないということです。もちろん、奪いたければいくつ奪ってもかまいません。しかし、じぶんのライフボールを他選手にとられてしまった場合は、その時点で失格となります。ほかにスタート時のルールですが、毎回スタート直後の争いをさけるために、競技開始より10分間はプレパレーションタイム(プレパレタイム)がもうけられ、ライフボールがはずれないようになっています。10分が経過するとライフボールにある変化があらわれますので、それを目安にうごいていただければとおもいます。競技説明は以上となります・・」
みあげれば上空にはラグビーボール状の黒ぬりの飛行船がいくつかプカプカとうかび、アナウンスの出元はそことおもわれた。そのうち雑踏にまぎれ、バイクのエンジンの重低音がとどろくと、またしても頭上に声がひびく。
「・・16日間の死闘をくぐりぬけ、見事最終日までのこることができた8名には、それぞれに一千万デルンがおくられ、そのなかで最終到達点におかれた「栄光の羽」(えいこう)を勝ちとったものに、優勝賞金としてさらに一億デルンがおくられます。ラドックス星におとずれた参加選手はぜんぶで26万2483人、このなかで最終日までのこる8名ははたして誰なのか。そして、そのなかで栄光の羽を勝ちとり、みごと一億デルン手にするものは。ユーパンで見守る徒競走ファンのみなさん、いや全人類のみなさん、この歴史的瞬間をお見逃しなく。スタートまで10分をきりました、初回の距離はおよそ40km。実況はわたくしイチロウ・トチサカがつとめさせていただきます。解説はアイソゾームで一時代をきずいた名選手、カズトヨ・アンナシンクさんです、よろしくおねがいします・・」
アナウンスからすでにユーパンにこの映像がライブ配信されていることがうかがいしれる。そのせいもあってか、ひとからひとへ緊張が伝染していく。
「・・クレイ、大丈夫?・・」
「・・うん・・ありがとう、ヒョンジュ・・」
スタートまでのこり一分。世話しなく体をゆするもの、目をつむりなにかに祈りをささぐもの、鬼気迫るまなざしのもの、様々だ。
「・・それではレースofラドックス開幕まで10秒前・・5秒前・・」
クレイもまた、おもいを胸に位置につく。
・・お母さん、アタシがんばるから・・いってきます・・
「・・3、2、1、スタートォォォ・・」
そしてレースが始まった。あまたのひとの足音が地鳴りのようにひびいてくる。そんななかクレイは、前日にかわしたヒョンジュとのある約束をおもいだしていた。
「・・ねぇ、クレイ・・明日のレース、一緒に走らないか?・・」
「・・一緒に?、ヒョンジュと?・・」
「・・うん・・あったのも何かの縁だし、ひとりよりふたりのほうが長く走れるとおもうんだ・・」
「・・別に、いいけど・・」
すると、ヒョンジュが小指をさしだす。
「・・同盟をむすぼう・・おたがいのライフボールは絶対にとらない、できれば毎回2人で協力してあいてを撃退する、そして・・このレースを通じてかならずおたがいが成長する・・」
「・・うん、OK・・よろしくね、ヒョンジュ♪・・」
「・・明日は2人でがんばろう!・・」
いぜん、一定方向にすすむ集団。そんなときだった、急にクレイとヒョンジュが舵をきったかのように方向をかえる。すこしずつだが集団から孤立していく2人。しかし、これも事前の作戦だった。
「・・スタート直後、いくら10分間ライフボールがうばわれないといっても、危険なことにかわりはない・・10分間、うしろから虎視眈々(こしたんたん)と狙いをさだめられていたんじゃ、そんなものなんの意味もなくなるしね・・そこでだ、スタートから2分がたったところで、おれたち2人は孤立するためにはしる方角をかえる・・そして、その大集団からいったん抜けだす・・危険をできるだけ回避して、そこからレースをはじめよう・・だからクレイは信じておれについてきてほしい・・」
かれのおもわくどおり、作戦は大成功で幕をあける。というのもその8分後、ライフボールが白黒点滅しながらほら貝のような音をはっすると、いままで温厚だったひとびとが突如豹変、弱肉強食のあらそいをおっはじめたからだ。おそらく、あそこにとどまっていたららひとたまりもなかったであろう、考えただけで2人はゾッとした。
・・まずは第一関門突破、ってかんじかな?・・
しかし、ヒョンジュはある気配にきづいていた。大集団からはなれたからといって、参加者はぜんぶで26万人以上。そう容易くぬけがけできるはずがない。
「・・クレイ、うしろ!・・」
ヒョンジュに促され、ふりかえる。みれば後方20mあたりに、あきらかにこちらについてくるいくつかの人影。
・・このまま後ろにはりつかれたまま、何十kmもはしりつづけるのは得策とはいえない・・それにライフボールのノルマのこともある・・
「・・クレイ、やるぞ!・・」
「・・了解!・・」
2人は即座に足をとめると、むかえうつ。あいてもそれに気づき速度をゆるめる。
・・数は、5・・いくしかない!・・
「・・クレイ、右をたのむ!・・おれは左の3人をやる!・・」
「・・わかったわ!・・」
ときはなたれたように飛びだしていく2人。さいわいにも不意ををつかれてか、相手のうごきは悪い。
・・いける!・・
のびる2人の右うで、あいても反射的に体をそらす、がおそかった。刈り取られたばかりのライフボールが2人の手の中でみるみるしぼんでゆく。
ふり返ると、いきおいそのままに2人目に狙いをさだめるヒョンジュとクレイ。事実上3対2、たがいに交錯するうで。しかし、さすがにこんどは一撃とはいかず、しばらく拮抗しするものの、クレイがひとりを片づけ参入したとたん、もろくもそれは崩れた。
「・・クレイ、さんきゅ!・・」
「・・うん!・・」
かくして初陣をあぶなげなく突破する2人。しかし、40kmの道のりとなるとさすがに遠い。午前8時から午後6時までと10時間、猶予はたっぷりあれど、初日ということもありいまいちペース配分がわからぬ2人は、ほかの選手には目もくれず、もくもくと導きの門のあるゴールにむかい走りつづけていた。
「・・すこし休もう、・・」
「・・ええ、わかったわ・・」
するとポケットからなにかを取りだし、それを地面にほうるヒョンジュ。その直径2,3センチのくろいサイコロ状の立方体は、地面につくなりゆっくりとではあるが膨張し、30秒ほどで直径1メートルほどにふくれあがる。ヒョンジュはそのまっくろな箱に手をのばすと、なかからペットボトルを2本とりだす。
「・・ほいっ・・」
「・・ありがと♪・・」
「・・ほんとテユってこういうとき便利だよね、わたしも持ってきたけど・・」
「・・うん、発明したひとは天才だね・・」
「・・同感~・・」
この立方体を皆「テユ」、ないしは「テユ箱」とよぶ。正式名称は「テユボックス」、名前の由来はたしか、アジアのある地方にこんな風にふくらんだりちぢんだりする食べ物があったとかなかったとか、詳しいことをしらないがなにしろ便利なしろものだ。いがいに表面はやわらかく、膨張するまえのおおきさは一般的なサイコロよりすこしおおきめで、あるとくていの条件をみたすと膨張をはじめる。といっても、サイコロ状の両側のかどをぷにっと2回軽くおしこむ、たったそれだけ。ちぢめる際は角をこんどは一カ所、やはり2回軽くおしこむ。ふくらむと直径30cmから3mほどまでなり、ちぢんだ際になかにいれた品物にふしぎと影響はないという。荷物の軽量化をかのうにした大ヒット商品であり、世界各地ではばひろく販売され、ちかごろでは色、かたちも多彩になり値段も手ごろになってきている。
「・・ヒョンジュのは黒なんだね・・あたしのは黄色、っていってもクリーム色で、あ、ちょうどこのラドックス星の黄空くらいかも・・」
時刻はごご1時、クレイは昨晩購入した軽食のサンドウィッチもあわせてたべて、体力を補充、ヒョンジュはというとなにやらジャンクフードらしき棒状のおもちをがっついている。するとちょうど2人がかるい昼食をたべおえた頃合、ひとの背丈ほどある標識にめがとまる。そこには数字で5とかいてあった。
「・・あと、5キロか・・」
「・・もう少しだね・・」
「・・あとひとふんばり、そろそろいこうか?・・」
「・・うん・・」
そして、ペットボトルをもどしたテユが収縮をはじめると、また2人は走りだすのだった。