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 リスミー暦※338年11月21日


 朝7時きっかりに昨晩さくばんセットしていためざましのベルがる。ちゃちゃっと支度したくをすませ、わたしは家をでた。集合場所は、電車で10分ほどのところにある国の所有施設しょゆうしせつ。7時30分、目的地に到着とうちゃく、私はついてまずおどろいた。電車のなかではまばらだった人が施設にちかづくにつれ、しき地をはみだすようにあふれかえっているではないか。

 ・・なに、この人の量・・すごっ・・

「・・えー、マイクのテスト中・・あ、あ、あ・・」

 すると、広場にもうけられたいくつかのメガホン型スピーカーから音声がきこえてくる。 

「・・えー、レースofラドックスに参加のため、お集まりのみなさまおはようございます。ただいまより、ラドックス星への到達経路とうたつけいろについてご説明いたします。えー、お集まりいただいたみなさまには、まず本建物内にあるワープゾーンにむかっていただきます。そのワープゾーンからラドックス星にむかう機体のあるユーパン軍基地内部ぐんきちないぶへと転送されますので、参加者のみなさまはそこから隊員たちの指示にしたがい、滑走路かっそうろのある屋外にむかってもらいます。そして機体に搭乗とうじょうするさい、あらかじめみなさま方に郵送ゆうそうされているエントリーナンバー入りの紙を、搭乗口スタッフに提示ていじしていただき、そのナンバーがみとめられ次第搭乗、というながれになっております。つきましては、付近ふきんの係員の指示にしたがって、すみやかに移動をはじめてください・・」

 ピーという甲高い音とともに音声がとぎれると、ぞろぞろと係員にうながされて人混みがうごきだす。わたしもそのながれに便乗びんじょうしてなかへとはいる。ちなみにワープゾーンだが、およそ半世紀まえある科学者によりうみだされた「アンプリットシステム」という転送装置てんそうそうちによって人類は異空間をいどうし、ポイントからとおくはなれたもうひとつのポイントへの瞬間移動を可能にした。そして30分後、わたしはワープゾーンのまえに立っていた。

 ・・うっ・・わたし、ワープするの初めてなんだけど・・これほんとに大丈夫、よね?・・ 

 直径2mほどのうすい蛍光けいこうピンクのっかが、いくつも上昇してはきえていく。

「・・はい、中に入って!・・」

 ・・うわっ・・

 そうなかば強引におしこまれると、輪っかの上昇速度がみるみるあがる。そして目のまえがピンク色にまったかとおもえば、気がついたときにはもうべつの場所にいた。

・・お、おお~♪・・

 そこには軍服すがたのおとこが等間隔とうかんかくにたっており、かれらの指示でおもてへとでると、そこでわたしはまたもおどろかされる。

 ・・なに、これ・・全部、参加者?・・

 そこには360度、みわたすかぎり地平線のひろがる軍の国有地である滑走路にごったがえす人ごみ。そのあまりの人のおおさに具合がわるくなるほど。その人ごみのなかに鎮座ちんざするは、一機で2万人を搭乗可能なマンゲルハンスとよばれる全身黒びかりのジェット機が14機。そこで40分ほど待っただろうか、ようやくわたしの乗る番がくる。いそいでポケットの財布さいふからエントリーナンバー入りの紙切れをとりだす。

「・・はい、認証にんしょうおわりました・・どうぞ・・」

 そして長いエスカレーターをのぼり、機内へ。

 ・・ふぅ~・・やっと乗れた・・

どうやら、すわる席は自由らしい。腕時計に目をおとすと時刻は8時30分、まだ出発までだいぶある。とりわけやることもなかったので、まどからぼーっと外をながめるも、人の量はいまだおとろえない。

 10時に出発し、ここからラドックス星までおよそ17時間、翌日のAM3時到着予定らしいが、それまでなにをしよう。一応、機内でひまをつぶすため、本を何冊かもってきていた。

・・このハンドバックの中に・・あるはず、なんだけど・・

 まさぐるとハンカチにティッシュ、化粧品にリップクリーム、グミと手鏡。だが肝心かんじんのものがでてこない。 

・・え、もしかして、入れわすれた・・感じ?・・

 うなだれ、自分の不甲斐ふがいなさをののしり、がくぜんとする。しかしケガの功名こうみょうなのか、ぶつぶつと小言をならべているあいだ、わずかだが時間を消費しょうひできた。

・・でも、これからの17時間・・どうしよ・・

 でも10分後、そのなやみは意外にもあっさりと解消かいしょうされる。

「・・あの~・・ここ、いいですか?・・」

「・・あ、はい・・どうぞ・・」

 窓がわに陣取ったわたしのとなりだった。

「・・それにしても、すごい人ですね・・・」

「・・そうですね、私もびっくりしました・・・」

 かれはこんの前髪をななめにながし、おなじく紺の長そでパーカー、黒のパンツをはいている。

「・・おれの名前は、イ・ヒョンジュ・・きみは?・・」

「・・あたし?、あたしは・・クレイ・・」

 それからの2人の会話といったら、実に軽快けいかいなものだった。親身しんみになって話をきいてくれたかとおもえば、ときにウィットにとんだジョークでわたしを笑わせては、場をな

ごませてくれる。あまりの居心地のよさに、機体が離陸りりくしたのにきづかないほど。

「・・へぇー、そんなまえもって準備じゅんびしてきたんだ~・・でも、ぼくもトレーニング量なら負けないよ?・・」

「・・あたしだって、ヒョンジュに負けないんだから・・」

「・・そっか・・ところで、クレイはなんでこの大会に参加したの?・・」

「・・・あたし?、あたしは簡単にいうと、自分をみつめなおす為、かな?・・」

「・・自分を、か・・」

「・・うん・・最近なんか、学業も私生活もあまりうまくいってないっていうか・・それでこの大会をきっかけに、少しでもいい方向にいけばいいかなって・・」

「・・ほー、なるほどね~・・そうなると、いいね?・・」

「・・うん、ヒョンジュは?、なんでこの大会に?・・」

「・・おれ?・・おれもやっぱり、クレイとてるかな・・」

「・・見つめなおすため?・・」

「・・うん・・自分探し、かな?・・」

「・・自分探し・・」

「・・そう・・このレースofラドックスをきっかけに、もうひとつ上のステージにあがりたいっていうか、新しい自分をみつけられたらって・・」

「・・そうなんだぁ・・なんか、いいね・・」

「・・そう?・・」

「・・うん♪・・なんか、いい・・」

「・・ありがと・・」

「・・いえいえ、こちらこそ♪・・」

 いつしか、あたりをみまわせば席はひとでまり、離陸から2時間がたっていた。機体は大気圏をぬけ成層圏せいそうけんをも突破とっぱし、宇宙空間にたっしていた。窓の外はまっくらやみ、みえるのは今しがたまでいた、わが母なる星ユーパン。ほとんどが光化学スモッグの雲におおわれ、灰色をしている。

 むかしのユーパンはそれはそれは美しかったと聞く。星全体が海のあざやかな青色をまとい、そこに点在する雲と陸地が絶妙ぜつみょうなコントラストをかなでる。だれしもが生きているうちに一度は宇宙にいき、ユーパンをその目でみてみたい、そうおもえるほどに。でも、今のユーパンにはそれだけの魅力みりょくはもうない。人類は、科学のめざましい進歩の代償だいしょうに、さまざまなものをうしなった。これもそのうちのひとつだろう。その証拠しょうこに、ユーパンをはじめて眼下にとらえたわたしの感動といったら、たかがしれていた。

 ユーパンついでにすこし星の話をさせてもらうと、ユーパンはバト・キアリ(太陽)を中心とする太陽系の惑星のひとつであり、太陽系にはぜんぶで13の惑星が存在する。

 バト・キアリ(太陽)に近いじゅんで、ウンヴェガ、シロザリル、ヌルドール、ユーパン、ラドックス、ジプレピサ、メリリリル、ナージル、サインバックゥタ、マラビン、エビファイラ、ソラナククの順である。ユーパンからすれば、距離的きょりてきにもっとも近い惑星がいまむかっているラドックス星であり、人間の生活環境にもユーパンのつぎにすぐれた惑星だといえる。つぎに近いのがネフロ―ガ、むかしは月とよばれていたユーパンの衛星えいせいである。ラドックス星はユーパンとは対照的たいしょうてきに、ひとの手がくわわっていない自然ゆたかな星らしい。いうなれば、わたしが生まれるずっと以前のユーパン、といったところだろうか。

 PM2時、離陸から4時間。おひるの機内食をたべ、かれとの会話も一段落ひとだんらくしたわたしはそっとイヤホンをつけた。

・・すこし昼寝でもしよっかな・・ご飯食べたらなんか、ねむたくなってきちゃった・・

 読書する彼をとなりに感じながら、目をとじる。しばらくはうつらうつらしていた、たしか席にあったアイマスクをつけ、イヤホンの音量をしぼったところまではおぼえてる。しかし、そのあとがさだかじゃない。

「・・ん、うむぅ・・」

 どのくらい眠ったろう、わたしがアイマスクをはずしたときにはすでに、そなえつけのテーブルには料理がはこばれていた。

「・・あ・・起きた?、クレイ・・」

 機内はうす暗く、体にはブランケットらしきものがかかっている。

「・・あたし、ねむってた?・・」

「・・うん、料理きたから一応、チキンとビーフどっちももらっておいたよ・・どちらでも好きなほう食べて・・」

「・・あ、うん・・ありがとう・・」

 ふとねむい目をこらし、席にあるデジタル時計をみる。

・・え、午後2時?・・あれ、眠ったのがたしかそのくらいだったと、思ったんだけど・・」

 しかし、そのほんとうの時刻におどろく。

・・え!?・・もしかして、ご、午前2時!?・・あたしもしかして、12時間もねむってたの?・・うそ・・

 はずかしさから、再度ブランケットにからまり顔をかくす。その隙間すきまからあらためて、腕時計をみる。

・・やっぱりそうだ、午前2時、間違いない・・あぁ、おわった、アタシ・・

 そう顔をあからめクレイが絶望ぜつぼうにくれていた、そんなときだった。

「・・クレイ、窓のそとみて・・」

 ヒョンジュの指さすほうをみて、おもわず目をみはる。

・・うわぁ!、なにこれ!?・・きれい♬・・ 

 そこには、まっくらな宇宙空間に異彩いさいをはなつ巨大な球体。球体はおぼろげな黄金おうごんをみにまとい、そのこうごうしくもあまりにあたたかなひかりは、あたかも赤子をあやす聖母せいぼのように、突如とつじょおとずれたみしらぬ来訪者らいほうしゃをも歓迎かんげいしてくれた。すくなくとも、クレイにはそうみえた。

・・なんてやさしい光なの・・こんな綺麗きれいなもの・・世の中に、あるんだ・・

 翌日にははじまる16日間の壮絶そうぜつなたたかいをひかえた選手には、さぞうれしいサプライズになったことだろう。まぁ、熟睡じゅくすいしていたものには、関係のないはなしだが。

・・にしても、チキンとビーフどっちもって・・ふつうの旅客機りょかくきならまずできないのに、さすがレースofラドックス、豪勢ごうせいね、・・

 そして機体は大気圏にはいり、しばらくしてわたしたちはラドックス星の地へと降りたった。午前3時をすこしまわっていただろうか、つくと早々にわたしたちは、いくつかの半円形のドーム型宿泊施設(しゅくはくしせつ、5万人超収容可)のなかへととおされる。ロビーには、正装でととのえたホテルマンのような男がならんでおり、そのひとりにつれられ娯楽施設ごらくしせつ、食堂、大浴場、衣類いるいスペース、ネットカフェ、屋上プール、売店の順にみてまわり、さいごにしずかな通路つうろへととおされる。

「・・ここがみなさまの寝室となります・・どのお部屋をお使いになってもかまいません、ひとり部屋から多人数の大部屋まで用意されております・・なお、室内のテーブルのうえには、レースのルールなど詳細事項しょうさいじこうがかかれた冊子状さっしじょうのルールブック、およびライフボールがおいてありますので、あさっての協議開始きょうぎかいしまで目をとおして、ライフボールの着脱ちゃくだつ方法などとどこおりなくしておいてください・・見わすれや、再度みかえしたいときには16個ある各宿泊施設のひと部屋にひとつ、ルールブックはおいてありますので随時ずいじ

確認かくにんのほど・・では、どうぞごゆっくり長旅の疲れをいやしてください、失礼いたします・・」

 ながい廊下ろうかはさむようにして白いドアがたちならび、そのひとつひとつに部屋番号がふられている。の参加者がほうぼうへと散るなか、ヒョンジュとわたしはとなりあった部屋を選択せんたく。なかにはいるとベットがひとつとかべかけテレビ(といっても、壁ぎわに電子パネルが展開てんかいさせられるおおきめのわくがさだめられているだけ)、アナログ式めざまし時計、勉強机のようなデスクがあり、そのうえにはベルボーイ風の男のいったとおり、ルールブックの冊子と方位磁針ほういじしんつきひも時計と、ツヤのある野球ボール大の球がひとつ。その球に手をのばす。

「・・これが、ライフボール・・」

 質感はほぼゴムボールとかわらない。ちがう点があるとすれば、一カ所だけわずかに平らな面が。 

・・なんだ?・・

 次にルールブックの冊子に目をとおしていく。なかにはライフボール(通称、球)の着脱方法、ライフボールのおもな機能きのう登録時とうろくじにおくられてきたメールにのっていたルールのさらなる詳細、ほかに宿泊施設での部屋のはいりかた、建物内からそとにでる手順と道筋、洗濯機せんたくきのつかいかた、めざましのセット方法にいたるまでがかかれていた。

「・・えっと、ライフボールをつけるには、つける方の腕をのばし、球のわずかな平面部分を肩にこすりつけ、しばらくそのままの位置でまつ・・」

 さっそくやってみる。

・・たしか、利きうでとは反対のうでにつけるんだったわね・・こう、かしら?・・

 すると、まるで球が生きているかのようにりうごいたのもつかのま、底から糸のような導線を放出。たちどころに脇のしたにまきつき、いい塩梅あんばいに固定される。すると固定されるやいなや、その導線が複雑にからみあい、ムクムクっと棒状にかたちをなしていく。まるでキノコの柄のように肩のうえで自立すると、起動終了のおしらせとばかり、球の中央部になにやら文字があらわれる。

「・・ん?、なんだこれ・・」

 近すぎてよくみえないので、ルールブックに目をおとす。

「・・なになに、ライフボールの起動がひととおりおわると、球の表面にじぶんのレースの登録ナンバーと、ヒョプタ語表記の筆記体のしろい液晶文字がうかびあがります・・」

 あらためて視線をもどし、目をこらす。

「・・ヒョプタ語!?・・こんな古字こじよめる人いるのかしら・・ってか、なんでヒョプタ語?・・」

 それはそうと、左腕をまわしてみる。

「・・にしても、すごいフィット感・・まったく気にならない、付いてるのがわかんないくらいだわ・・」

 指先で球をはじくと、バネのようにしなる柄。つぎに外しかた。

「・・レース中は自分のライフボールをはずすことはできず、導きの門をとおることで自動で球がはずれる仕組み・・宿泊施設敷地内での着脱は自由・・はずしかたは、球をあるていどの強さでにぎる・・」

 やってみる。すると3秒したのち球がまた揺りうごき、みずからつながっていた導線の柄をきりはなし、地面へと落下したではないか。

「・・あ、・・」

 ひろいあげるとすでにヒョプタ語の文字と登録ナンバーはきえている。そしてほどなくして、役目をおえたかのように肩にそそりたっていた導線の柄もゆかへ。さわれば糸くずのように質感もまるでちがう。

 ルールブックをみれば、ライフボールとその柄部分の導線はしぜんにやさしい還元素材かんげんそざいでできており、レース中そとにすてても問題ない。ちなみに、ラドックス星の宿泊施設の衣類スペースの服はすべて、それらとおなじ還元生地かんげんきじできているため、万が一脱ぎすてても、ラドックス星の生態系せいたいけいをくずす心配はないとのこと。

 ほかにレース中のさらなる詳細としては、球奪取だっしゅ判定基準はんていきじゅん。球奪取がみとめられるのは、あいてのライフボールをうばいとった時点ではなく、うばいとったのちに球の空気をぬいたとき。よって選手のみなさんは必ず、ライフボールをとったあとは強くにぎりしめ、ぺしゃんこに空気をぬいたうえでレースを再開するよう。

(※じゃないと取ったつもりが、翌日レースに参加できずに、ユーパンに強制送還きょうせいそうかんされる、なんてこともおこりえません)

 もうひとつは、ひとりの選手が複数のライフボールをうばっていた場合、その選手がレース中にやられた際、はじめにうばいとったライフボール以外はすべて復活する。(仮に3個空気がぬけ、ぺしゃんこになっていても、はじめにとった一個以外、のこりのふたつはふうらんで復活をとげる)よって、まれにひとりをやっつけると、たくさんのライフボールをたなぼたゲットできるなんてこともある(しかし、その復活したライフボールで持ちぬし本人がよみがえることはできない)・・

 ほかにも色々とルールについてかかれてはいたが、おもったより冊子の中身にボリュームがあり、あのベルボーイ風の男もいってたように、見返したいときはいつでもつぎの宿泊施設で可とのことだったので、一応ライフボールをつけるという最低限はできるようになったクレイは、ひとまず自室のそなえつけのシャワーをあび、浴衣タイプの寝巻きにそでをとおすと深夜4時すぎ、というよりもはや明け方、とこにつくのだった。

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