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リスミー暦※338年9月3日
朝はきまって地下鉄にのる。ガタンガタンとゆれるあの振動音が、わたしの眠気をよびおこす。地下鉄をおり、もみじのきれいな並木道をとおると、いっきにひとの通行量がふえる。そう、大学がちかづいてきたのだ。そして大学に到着、そのころにはようやく眠気がさめてくる。
わたしはロラメット大学の環境科学部、3年生。みためはいたって庶民的’(しょみんてき)で、そのブロンドヘアーをお団子状にまとめ、清潔感のある身なりをこころがけている。近頃のキャンパスライフはというと、学業はそこそこたのしめているし、成績もまぁまぁ、友達もおかげさまでおおいほう、かな。唯一不満があるとすれば、男性関係。
言いかたがすこし遠回しだったかもしれないから言いなおすと、ようするにボーイフレンドである。去年のおわりごろから付きあいはじめて、さいきんになって関係性が悪化。そしていまは自然消滅寸前?いや、もう消滅しちゃってるのかも。そのこともあってか最近は、アタシにはめずらしくすこしテンション低め。でも、そんなときおもしろいものをみつけた。それは大学の帰りみち、地下鉄構内でみつけたある1枚のチラシ。そこにはこう書いてあった。
レースofラドックス開催’(かいさい)決定!
ユーパンからもっとも近いあのラドックス星でランニングレースが開幕!
賞金総額1億8千万デルン! 出場資格不問!
体力に自信のある猛者共よつどえ!
興味がわいた。運動にはむかしから自信があったし、その賞金総額が魅力的じゃないといったらウソになる。でも、いちばんの決め手は正直それじゃなかった。
とにかく、ここ数ヶ月ストレスがたまっていた。なにかスカッとするものはないかとさがしていた。そしてこのチラシをみつけた。
・・これだ!、でるしかない!・・
すぐさまネットでエントリーの手つづきをすませると後日、詳細のかかれたメールが一通とどく。そこにはレースの概要がかかれていた。開催日時は11月23日のAM8時、2日前の11月21日のAM10時にユーパンを出発し、17時間後の11月22日 AM3時にラドックス星に到着予定。翌日のAM8時までラドックス星でほぼ1日ゆっくりやすめる算段らしい。
競技は11月23日から12月9日までの計16日間にわたっておこなわれる。(8日目に1日中休みをもうける)参加人数はいまのところ未定、さいごまでのこった8名の参加者にはそれぞれ一千万デルンがわたされ、そのなかの優勝者にはさらに一億デルンがおくられる。(つまりは、優勝者の賞金総額は1億1千万デルンとなる)
そのつぎに競技説明、内容はその名のとおり徒競走である。しかしマラソンのように、ただ目的地にむかいはしり、タイムを競うというわけではない。AM8時にはじまるレースには毎回ゴール地点がさだめられており、参加者にはそこにむかってレースをおこなってもらう。さだめられた距離はさまざまで最短で25キロ、最長で50キロほどとなる。ゴール地点には「導きの門」とよばれる鳥居状の門がいくつかたてられており、通常はひとつ、最大3つまで存在しており、どこをとおっても18時(PM6時)をすぎてさえいなければ通過がみとめられる。それぞれゴール地点にはドーム型、ビル型、コテージ型といった宿泊施設が隣接されており、そこで食事や体のメンテナンスなど寝泊まりをしてもらう。
通過条件は前述したAM8時~PM6時までのあいだと、導きの門の正面にしるされた許容人数。そのほかにもうひとつ、参加者の左右いずれかの肩につけることをさだめられている、ライフボールとよばれる球の存在である。レース中、参加者にはこの野球ボール大ほどのライフボール(通称、球)をつけてレースをおこなってもらい、導きの門をとおるまえに最低ひとつは、他参加者からライフボールをうばっていなければ通過はみとめられない。
(しかし例外として、たとえ所持していなくても、うばったという事実さえあれば通過はみとめられる。このことに関しては、会場であるラドックス星に11月22日到着後、ドーム型宿泊施設の自室の書面のマニュアルにて参照のこと)
ライフボールを他選手にうばわれた時点で、その選手は失格となり、翌日即刻ユーパンにおくりかえされるまで、最寄りの建物でまつこととなる。
毎回、スタート直後のあらそいをさけるため、プレパレーションタイム(通称プレパレタイム)というものがもうけられ、競技開始より10分間は、ライフボールがはずれない仕組みになっている。
16日目の最終日、勝ちのこった8名のなかで、最終到達点におかれた「栄光の羽」をとったものを優勝とする。
服装は自由だが、うごきやすい格好がのぞましい。必需品はラドックス星へむかう機体に搭乗するさいに必要となる、エントリーナンバーいりの紙切れのみ。それ以外の生活必需品のたぐいは、ラドックス星のホテルに完備ずみ。初日の22日にとまる現地のドーム型ホテル、その部屋にそれぞれひとつずつライフボール、書面のルールブックのほかに、方位磁針つきうで時計(ミサンガのようにベルト部分がひもなので「ひも時計」とよばれている)がおかれている。テユボックス(伸縮自在ダイス)でのもちこみは基本、なんでもOK。
ほかにも、ラドックス星にはなんという機体でむかうのか。レース中にはバイクと飛空艇がカメラで、選手のリアルな映像をずいじユーパンに配信しつづけるとか。ユーパンではレース前とレース中、どの選手がかつのかを予想しお金をとうじる、いわゆる賭けごとがおこなわれ、経済効果もかんがえた催しごとであるなど、さまざまな情報がかきしるされていた。
・・よーし、いっちょやったるかな!・・
出発は11月20日のAM10時、それまで今日をふくめると78日、およそ2か月半。体力をつけて、準備をととのえるにはまずまずの期間だった。それからのわたしの生活はというと、このレースofラドックスを中心にまわりはじめる。
ともだちとの実のないお茶の誘いをことわるかわりにスタミナをつけるため、かえりの電車をあえて何駅かとばし、ロードワークに精をだした。脂肪燃焼のため、ふしだらな食生活をみなおし、腕立て、スクワット、懸垂、シャドーボクシングなどの筋力トレーニングで汗をながした。やすみの日には、16日間はしりきる体力と瞬発力をつけるため、近所の町内のはしりこみ、深夜だれもいなくなった公園でひとり、うさぎ跳びと階段ののぼりおり。しあげは、肩にライフボールをもした球をつけ、実戦さながらのイメージトレーニング。もはや、不審者とおもわれるのもいとわない力の入れよう。そんなことをしていると、2か月半はおもいのほかあっという間だった。
エントリーナンバー入りの紙切れがとどいたのは出発の3日前。ナンバーは124510。それをきちんと財布のはしにしまうと、床につくクレイ。
・・まぁ、やることは一応、やったかな・・
ふと、窓に目をやる。
・・明日、か・・ラドックス星・・
そう金色にかがやくまだ見ぬ惑星におもいをはせていると、クレイはいつしか眠りについているのであった。