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リスミー暦※338年11月30日(中休み)
まだ朝まではすこしとおい早朝、じゃぐちの冷水で口をうるおすとすぐさまベットにもぐりこむ。
・・2度寝こそ、ぜいたくの最たるもの!・・
そう布団のなかでクレイがひとり幸せをかみしめていると、ふとカーテンのすき間からなにかがめにとまる。
・・?・・中庭に、だれかいる・・こんなじかんに?・・
さむさからしばらくせめぎ合っていたものの、僅差で好奇心がまさり、きがつけば窓ぎわからのぞきこんでいるクレイ。
・・だれ?・・
そこには肌をさすようなさむさのなか上下黄色のジャージをきこみ、ぼんやりと中空をみつめたたずむ男性がいた。
・・エイビャン?・・
・・良いも悪いも、きょうでおれの人生がきまる・・たしかにあいつがいうように、ナナトニ患者がシェーグレンをのまずに夜をあかすなんて、たんなる自殺行為なのはしってる・・いままでくすりをのまずに何人のナナトニ患者が心臓まひで死んでいったことか・・でもそれは、あくまでユーパンでの話し・・この星に、ラドックス星にきて8日、その間びみょうに薬をのむサイクルにずれが生じたり、なんのまえぶれもなく症状がやわらいだり、その逆にくすりをのんでいるのに発作がでたりと、おれのからだになにかが起きてるのはたしかだ・・現にユーパンにいたころは病状がすすんでいる実感はあれど、回復にむかっているきざしはいちどとしてなかった・・
中庭のふきぬけ天井から、そらをあおぐエイビャン。
・・それにこの自然、たくさんのいきものたち、満天の星空、そのひとつひとつがウソみたいにおれのこころを浄化してくれる・・いまだってそうだ、この星くずのそらをただみあげているだけで、体がかるくなっていくのを感じる・・まるで、じぶんがナナトニであることをわすれさせてくれるほどに・・
ふと、みぎてに視線がおちる。
・・ピルラ・・おまえなら、どうする?・・
するとやにわに、中庭に通じるとびらがひらく。
「・・!?・・」
そこには支給品の水玉のパジャマのうえにくろのカーディガンをはおったクレイがいた。しんとしずまりかえる庭園風中庭からは、わき水のしたたる音とことりのさえずりだけがきこえてくる。
「・・おまえか・・なんのようだ?・・」
「・・いや、・・ようとか、そんなんじゃないけど・・」
ねむれない?、さむくない?、具合はどう?、ききたいことは山程あれど、まず口をついてでたことばは本人自身、意外なものだった。
「・・ねぇ、エイビャン・・やるんでしょ?、かのじょが言ってた、あの治療法・・」
「・・あぁ・・」
「・・どうせやるんなら、勝ちなさいよ!、ナナトニに・・あなたはヒョンジュの仇、あなたがいなくなったらあたしがこまるの!・・まけたら、まけたら承知しないんだから!・・」
「・・・・・」
そしてクレイがそそくさと退散すると、日がのぼる。
PM3時半、むかえる運命のとき。いわずもがな、ふたたびネスタの部屋につどう8人。
「・・やるか、やらないか、エイビャン・・あらためてきみの意志をきかせてほしい・・」
「・・むろん、変更はない・・やるつもりだ・・」
ネスタの問いに、エイビャンのまなざしが答える。
「・・そうか、わかった・・それじゃここからは治療に専念するため、できるだけあたしとあにき、あとエイビャンの3人だけにしてほしい・・」
「・・ネスタ・・ぼくもそこに立ちあわせてくれないか?・・」
「・・ティカ・・」
「・・もちろん、きのうもいったとおりその治療法に賛同はしかねる・・でも、なにを言ったところでかれの意志はかわらないんだろ?、それならば医者として、いやひとりの人間としてナナトニであるかれの手助けをしたい・・すこしでもかれのちからになりたい・・」
目配せでエイビャンにうかがいをたてるネスタ。
「・・こちらも、きのうはついあたまに血がのぼってしまって、すこしいい過ぎた・・ぜひとも力を貸してください、ティカ・・おねがいします・・」
もはや恥も外聞もなく、ふかぶかと頭をさげるエイビャン。
「・・それじゃ、はじめようか・・」
そして治療がはじまる。それはあまりにシンプルなものだった。
「・・4時のシェーグレイはまだのんでないよね?・・」
「・・ああ・・」
「・・じゃ、そのまま飲まずにベットにでもよこになってて・・」
「・・あ、うん・・それから?・・」
「・・それでおしまい・・」
「・・へ?・・」
「・・あの、ネスタ・・むねの痛みがでるまで待つということ、ですか?・・」
「・・うん・・まぁ、そうかな・・」
嵐のまえのしずけさとでもいうべきか、イスにこしかけ自由にくつろぎだすデ・シエ兄弟。
「・・あ、そうだ、ティカ・・医療器具はもってる?・・もってたらいまのうちにテユから出しといてね・・そういえば、あたしらのときも常駐医の先生がせっせと、血圧やら脈拍やらいろいろとめんどうみてくれてたらしいから・・」
若干、調子をくるわせながらもだまってネスタの指示にしたがう2人。それから30分後、おもったとおりエイビャンの容態が急変する。服をはだけ、くっつけたコードのうえからむねをおさえ、ベットのうえでもがき苦しみだす。
・・やっぱりおなじだ・・ユーパンにいたころのわたしが診てきたナナトニ患者と、なんらかわりない・・
「・・ネスタ!・・」
しかしかのじょはというと、なおもどこ吹くかぜで雑誌にめをとおす。
「・・ネスタ!?・・!・・」
しびれをきらしてはティカが実力行使、かのじょの手もとから雑誌をひきはがす。
「・・全部・・全部、うそだったんですか!?・・」
だが、ネスタはあらたな雑誌を手にとっては、いまだそしらぬ顔でよみふける。
「・・ネスタ!・・」
「・・うそ?・・そんなのつく訳ないでしょ・・ただ、もうあたしらにできることはないってだけ・・」
「・・え?・・」
「・・基本、8じかんおきに服用が義務づけられているシェーグレン・・それをのまずにただただ過ごす、たったそれだけ・・おそらく、あたしもそうだったように、エイビャンもそのむねの激痛から気をうしなうだろうけど、しばらく悪夢にうなされたのち、めざめたときにはあたしの左首元から惑星半はきえていた・・まぁ、あにきいわく常駐医の先生にでんきショックとか、いろいろと手をかしてもらったらしいけど・・」
「・・・・・」
「・・ようは、あたしらが治したやりかたを人におしえてやることはできる・・でも、くやしいができるのはそこまで・・ティカもしってるとおもうけど、こころの病、とくにナナトニはそのひと自身の孤独なたたかい・・どんなにたすけたくても、だれもそこにたち入ることはゆるされない・・」
するとふし目がちながら、かのじょの顔つきがかわる。
「・・毎日が死ととなりあわせ、そんなまっくら闇のなかを手さぐりですすむ・・あたしはね、ナナトニをこの病気を「こころの戦争」だとおもってる・・そのなかで偶然みつけたひとすじの光・・だからといって、このやりかたでエイビャンがなおる保障なんてどこにもない、むしろこんなユーパンではご法度とされている自殺行為同然のやりかたで、命さえもうしないかねない・・でもねティカ、昨日あんたとエイビャンがはなしてるのをきいて、あたしおもったんだ・・こんなふたしかな一か八かの治療法でもこいつなら、エイビャンなら、ぜったいナナトニに負けたりしないって・・」
「・・ネスタ・・」
「・・こんだけくるしんできた人間が、さいごのさいごでゴールできない結末なはずがない、ってね・・だからいまも必死に応援してるよ・・」
そして案の定、くるしんだあげくにエイビャンが気をうしなう。
「・・血圧、脈拍と、ともに低下!・・エイビャン!・・」
・・ナナトニに勝って、こっちにもどって来い、エイビャン!・・
しばらくして、みしらぬ石畳のうえでひとり目をさますエイビャン。ゆっくりおきあがるとあたりを見渡す。そこには、古代ギリシャをほうふつとさせる一面石造りのけしきがひろがっていた。
・・なんだ、ここは・・あの世か?・・
標高がたかいのか風化した柱のあいまからは、グレー一色の殺風景なそらだけがみてとれる。ふと、階段をみつける。なにもわからずにのぼっていくと、またしてもふきぬけの広間へとでる。
しかしさきほどとちがい、奥になにかいる。おそるおそるちかづいていくと、次第にそのフォルムがあきらかになっていく。およそ3メートルはあるであろうみず色の球体。その球体がちかづくにつれ、ゴムまりのようにみずらの意思ではずみはじめたではないか。
・・なんだ、こりゃ?・・
すると、突如球体が牙をむく。みずからを弾ませたいきおいそのままに、エイビャンにおそいかかる。
「・・うわっ!・・」
すれすれでかわすものの、なおも球体の攻撃はとまらない。みをかがめては逃げ惑うエイビャン。
・・なんなんだよ、この球・・
そんなときだった、どこからともなく声がとどく。
「・・近くに武器がおちているはずだ、その武器でたまっころをぶった切れ!・・」
「・・!?・・」
あたりをキョロキョロ見回すもだれもいない。その間も球体はようしゃない。
・・あぁ!・・訳がわかんねぇけど、とりあえずこの球っころをどうにかしないといけねぇみてぇだな!・・
にげまわりながらも、あたりに目を配るエイビャン。そして、ようやくお目当てのものをみつける。せまりくる球体、さやから剣をぬきとるとおおきく振りかぶる。
「・・いい加減・・しつこいんだよ、この球っころふぜいがぁ!・・」
一刀両断、まっぷたつになりようやく静止する球体。しかし、なにかようすがおかしい。
「・・?・・」
ひといきつくまもなく、たまの断面から再生がはじまると、こんどはひと回りちいさいみず色の球体があらたに2つできあがる。
・・こんのやろう・・ただ、分かれただけってか・・
そのごも切れば切るほどに分裂をくりかえしていく球体。そのなかでまたしても声がとどく。
「・・そのいずれかにコア(中核)が存在するはずだ・・目をとじて音をきけ、神経をとぎすませろ・・」
しかし、やはりひとかげは見当たらない。天の声にいわれるがまま、従順にもめをつむるエイビャン。
・・マンガじゃあるめぃし・・こんなんでほんとうに当たるの、かよ!・・
半信半疑ながらも、剣をふりおろす。するとおもいがけず、水風船のようにいくつもの球体がいっせいに破裂しだす。
「・・え・・もしかして、コアに当たった?・・」
そうしてようやく1体目の敵を撃破、さきにすすむべく石段をかけあがる。うえの広間にでると、やはりまちうけていた2体目の敵。そこには、みあげるほどおおきな2足歩行の豚が1匹。いっちょうまえに特注男性用チャイナ服をみにまとい、てには農具のようなばかでかい武器がにぎられている。
・・う、うそだろ・・こんどはこのばけものをたおせってのか?・・
仁王立ちをきめる鼻息荒めのあいてをまえに、戦意喪失寸前のエイビャン。すると、さっそくむこうがご自慢のデッキブラシ形状のものをふりかざす。その破壊力、絶大
「・・お、おい、・・ちょ、まてっまて!・・」
間一髪かわすと、またしても逃げにてっするエイビャン。
・・あの世って、もっと平和でおだやかなところと・・ちがいますの?・・
すると、にげ一辺倒のエイビャンの耳に、またしてもあの声が。
「・・まずはやつの機動力をうばうんだ・・」
「・・うるせぇ!・・どこのだれだかしらねぇが、かってにおれの耳元にささやいてくんじゃねぇ、それも加齢臭くさいおっさんの声でよぉ・・この状況でささやくんならせめて、おんなのこだろーがぁ!・・」
「・・す、すまん・・」
・・おいおいおい、あやまるのかよ・・いがいに素直だな・・
「・・だぁー、もう加齢臭くさいくてもいいからおしえてくれ、天の声!・・どうやったらこの豚野郎をたおせる!?・・」
「・・足だ、足をねらえ!・・」
「・・足か・・ったく、簡単にいってくれるぜ・・」
そしてなんやかんやで間合いにはいりこみ、8分丈のズボンからのぞく足もとを10数回つつくと、ようやくブタの怪物が片ひざをつく。
「・・やったぞ、おっさん!・・あとはなにをすればいい!?・・」
「・・先へすすめ・・」
「・・え?、このブタさんは?・・」
「・・やつはどのみちもううごけない、ふような殺生は性にあわん・・」
「・・へぇ~、そういうもんか?・・でもそのかんがえかた、嫌いじゃないぜ?、おっさん・・」
そして階段をかけあがると、本日3体目となる敵とでくわす。
「・・なぁ、おっさん・・いったい、あと何体たおせばこの悪夢はおわる?・・」
「・・安心しろ、これがさいごだ・・」
そこには、エイビャンの背丈の倍はあろうかというほそみでのっぽな老人が、杖をたずさえたっていた。
「・・やつをたおせば、すべてが終わる・・」
しろいヨレヨレの布切れをいくえにも生身にまとい、地面にとどかんばかりにのびきった白ひげと白髪が表裏一体となっている。
「・・きたか・・」
そのこうごうしさはブタの怪物とおなじく、どこかなじみがある気がした。
「・・どれ、ちょうど体もなまっていたところだ・・あいてをしてやろう・・」
すると、さっきまで曇天だったそらの合間から、タイミングよく太陽がかおをのぞかせる。その後光の差したすがたにおもわず、問いをなげかけているエイビャン。
「・・あんた・・何者だ?・・」
「・・?・・ワシが何者か、か・・なさけないことにこの年になっても、じぶんが何者なのかじぶんでもようわからん・・じゃが、下界の住民にはこうよばれることがおおい・・」
その瞬間、エイビャンの手からすべりおちる剣。
・・え?・・なんて言った、いま・・この爺さん・・
「・・直接あの世へはいかず、ここまでたどりついたことはほめてやる・・じゃがそれもここまで・・」
・・あの世・・
「・・みな、その現実をうけとめきれずにしり込みするようじゃが、心配はいらん・・」
・・神・・
「・・すぐ楽にしてやる・・」
・・さっきから、なにでまかせ言ってやがんだ、このジジイ・・
「・・なぁ、爺さん・・ひとつおしえてくれないか?・・神って、あんたがこの世界をつくったってことか?・・」
「・・むろん・・」
「・・じゃ、あんたが神だっていう証拠は?・・」
「・・証拠じゃと?・・まったくおもしろいことをいう小僧だ・・なら、これでどうじゃ?・・」
すると、とたんに暗雲飛来し雷鳴がとどろく。そして、そのいかずちをご老体がその身ひとつでうけとめてみせる。
「・・これでもまだ不服か?・・小僧・・」
その瞬間、エイビャンの頭がまっしろになる。どうじに脳内にながれこむ断片的きおく。えもいわれぬ感情があふれだす。
・・こいつが・・神・・
おもむろに剣をひろいあげるエイビャン。
・・やつをたおせばすべてが終わる、か・・たしかに、ちがいねぇ・・
ご老体からはバチバチと電気がほとばしっている。
・・ようやく会えた・・クソ神様よぉぉ!・
「・・ほぉ、武器をひろいあげるか・・この状況でもなお、こころが折れぬとはなかなかみどころがある・・あの世におくるには、ちとおしい・・」
「・・あの世におくる?、おくられるのまちがいじゃねぇのか?・・」
「・・!・・」
「・・なぁ、しってるか、じいさん・・いつの時代もな、しぬのは年功序列って相場がきまってんだよ・・」
「・・へらずぐちまで叩けるとはおどろいた・・じゃが、年功序列ならばすこしは年寄りをうやまわんかぃ・・」
「・・わりぃ・・おまえをうやまったら、オレがオレじゃ・・なくなるんだよぉぉぉ!・・」
後先かんがえずにつっこむエイビャン。そして一太刀。しかし、寸でのところでかわされると、ぷかぷかと宙にうかびあがるご老体。
「・・なにからなにまで・・イメージ通りじゃねぇか、クソ神さんよぉ・・」
「・・ここまで物怖じしない人間ははじめてじゃ・・なんのためらいもなく、神であるワシに楯突くとは・・」
「・・あたりまえだ、クソ神・・おれはものごころついたときから、あんたのことが嫌いで嫌いでたまらねぇんだからよぉ!・・」
そして戦闘がはじまって10分、足もとからはいくつもの火柱があがる。
「・・お、おい!・・だまってねぇで、そろそろおしえてくんねぇか、天の声のおっさん・・このクソ神のたおしかた・・」
ご老体が杖をふると、その火柱がつぎつぎとこちらめがけ押しよせてくる。
「・・あっぶねっ!・・なぁ、おっさん・・黒こげになるまえにはやくおしえてくれ!・・」
「・・わからない・・」
「・・え、なんだって?・・」
「・・コイツのたおしかただけは、私にもわからなかった・・すまない・・」
「・・すまないって・・」
そうしてるあいだにも、そらからは大小様々(だいしょうさまざま)なつららがふりそそぐ。
・・ここにきて丸投げって・・うそだろぉぉ、天の声ぇぇ!・・
3度にげまどう羽目になるエイビャン。
・・おちつけ、おちつくんだエイビャン・・加齢臭くさいおっさんの助言などなくても、かならずたおす方法はどこかにあるはず・・でも、おかしい・・さっきから、何遍か斬ったてごたえはあるってのに、クソ神のやろうといったらぴんぴんしてやがる・・さいしょの球っころ同様、どこかにコアがあるくちか、こいつも・・
すると、ふときまぐれにご老体の攻撃がやむ。
「・・なかなかの身のこなしと持久力、口先だけではなかったことはほめてやろう・・じゃが小僧、なにかが解せないといったかおじゃな・・その疑問、ワシがいい当ててやろう・・
斬れども斬れどもこのおいぼれはなぜ、たおれないのだろう?・・」
「・・!・・」
「・・もしや、どこかにコア(中核、心臓部)が存在するのではあるまいか?・・いい機会じゃ、ついでにおしえといてやる・・わしにははじめにたたかったサムスフィア(あおい球体)のようなコアは存在せん・・これがなにを意味するか、おぬしならもうわかるじゃろうて・・そう・・いくら、おまえの想いがつよかろうがわしはたおせん・・なぜなら、わしは不死身じゃからな・・」
・・ふ・・不死身、だと?・・
その後もくりひろげられる剣と魔法の攻防戦。しかし、きれどもきれども血しぶきどころか、やはりむこうに消耗したようすは見うけられない。
・・くそったれが!・・クソ神はどこまでいってもクソ神ってわけか・・忠実に再現してやがる・・
すると、一瞬のすきをつかれてエイビャンが猛火の炎につつまれる。
「・・ぐあぁぁ!・・」
皮膚のところどころがやけただれ、全身からは湯気がたちのぼる。
「・・これが神と人間とのいかんともしがたい差、というものじゃ・・どうじゃ、すこしはあきらめがついたか?・・」
「・・ああ・・痛ぇ、体がジンジンとしびれるように痛ぇよ・・なぁ、クソ神さまよ、おまえが不死身だということはわかった・・なら、ついでにもう一つおしえてくんねぇか?・・」
「・・なんじゃ?・・」
「・・アンタ、痛みはかんじるのか?・・」
「・・まったくおもしろいことをきく小僧じゃ、そんなことをきいてどうする?、まぁいい・・たしかにワシは死なん、じゃがいくら不死身といえども痛みはかんじる、おぬしら人間のそれとおなじかはしらんがな・・」
「・・そうか・・」
・・ありがてぇ・・それならまだ、あきらめるわけにゃいかねぇな・・いくら不死身でも痛みさえかんじてくれるなら、すこしはやつに苦痛ってものを味わわせられるということ・・
剣を地面につきたて、よろけながらも立ちあがるエイビャン。
・・おれが20年味わてきたくるしみを!・・死んでいった父さんと母さん、ピルラ・・ナナトニのみんなが味わってきたくるしみを!・・ユーパン中の、歯食いしばっていまなお生きてるみんなのくるしみを!・・わずかでもこのクソやろうにも、味わわせることができる!・・
「・・!?・・まだやるきとはのぉ・・まったく、お主にはおどろかされる・・」
・・おそらくおれは、このじいさんに勝つことはできねぇだろう・・蚊ほどのいたみもかんじねぇかもしんねぇ、でも、それでも!・・すこしでもやつに、おれらが味わってきた何千分の一のくるしみでも味わわせることができるんなら・・おれはこの身が尽きるまで、たたかいつづける!・・それが、ここにきてクソ神のやろうと対峙したおれの使命!・・そのシワだらけのちいせぇ目ん玉みひらいて人間の生きざま、とくとみとどけやがれ、クソ神やろうがぁぁ!・・
それから斬りかかること10数回、ついにエイビャンの体力がつきる。
「・・たいした小僧じゃ・・これだけ対等にワシとやりあった人間はひさしい・・せめてやすらかにあの世におくってやる・・」
ういていたご老体が石だたみのうえに再度降臨すると、たちまち氷づけにされるエイビャンの足もと。
「・・汝に天空より神の祝福を・・イカズチ!・・」
その瞬間、まばゆいひかりが大地にほとばしる。どうじに、とまる心電図。
「・・血圧、脈拍ともに測定不能・・心肺停止!・・」
線がはびこるエイビャンのむねに、パドル式電気ショックの機器をあてがうティカ。
「・・蘇生処置、はじめます!・・」
そのものものしい雰囲気に、クレイらもうすうす中の異変にきづく。
「・・エイビャン?・・」
・・暗ぇ・・まっくらだ・・ここがあの世か、またしても期待をうらぎらねぇクオリティしてやがる・・
するとまばたきした矢庭に、きがつけばこんどはみしらぬ小高い丘にとばされるエイビャン。おきあがりあたりを見回せば、むらさきの夕日がくさむらに幻想的な色をおとしている。
・・ここは?・・
ふと、人影をみつけるエイビャン。そのみおぼえのある後ろすがたに、おもわずことばを失う。
「・・ひさしぶりね、エイビャン・・」
「・・母さん・・」
あのとき、あのままのやさしい母がそこにはいた。
「・・なんで、母さんが・・ここは?・・」
「・・いいから、こっちにおいで・・エイビャン・・」
いわれるがまま、母のかたわらに腰をおろす。すると、かんがえるひまもなく抱きよせられるエイビャン。
「・・話したいことはいろいろあるとおもうけど、そのまえに一言いわせて・・エイビャン、よくここまでがんばったね・・」
その瞬間、ほおをつたうひとすじの雫。
「・・え?・・あ・・」
一度はぬぐうものの、つぎからつぎへあふれだす涙がとまらない。
「・・がんばった・・ほんとによくがんばった・・」
その母の温もりとやさしさをまえに、いままでずっとおさえてきた感情がこみあげてくる。くしゃくしゃの顔面を母のむねにうずめては、まるで赤ちゃんがえりした乳飲み子のように、えーんえーんと泣きじゃくるエイビャン。
「・・うん、うん、くるしかったよね・・がんばった、がんばったよ、エイビャン・・」
それからしばらくして、落ちつきをとりもどす。
「・・母さん、ここはどこなの?・・」
「・・ここはあの世の一歩てまえの世界よ・・」
「・・あの世の一歩てまえ?・・」
「・・そう、この丘をのぼって向こうにいけば、もうなんの苦しみもかんじない天国にいけるわ・・」
「・・天国・・」
するとたちあがり、手をさしのべる母。
「・・エイビャン、もうあなたは十分がんばったわ・・それもふつうの人の何百倍もね・・母さんといっしょにいこう、天国に・・」
そして、母さんの手にちょうどエイビャン手が触れようとした、そのとき。
「・・エイビャン・・」
またしてもききおぼえのある声にふりかえる。すらりとのびた長身に、特徴的なあごヒゲとゆった黒髪。
「・・と、父さん?・・」
そこには、あの日あのままのだいすきな父がいた。
「・・エイビャン、久しぶりだな・・おぼえてるか?、おれの顔・・」
「・・うん、おぼえてるよ・・うっすらとだけど・・」
「・・でも、声はおぼえてなかったみてぇだな?・・」
「・・あ・・もしかして、天の声のおっさん?・・」
「・・加齢臭くさくてわるかったな!・・」
かけよっていくと、母同様あたまをくしゃくしゃにされるエイビャン。
・・どこかなつかしい・・父さんの、匂い・・
「・・エイビャン・・」
「・・ん?・・」
「・・父さんと母さんと、いっしょに行くか?・・天国に・・」
「・・うん・・」
「・・そうか・・じゃ、最後にひとつだけきかせてくれ・・」
すると、父の顔つきがかわる。
「・・エイビャン、結果はどうあれ・・おまえはじぶんの人生、精一杯生きたか?・・もう後悔はないってほどに、一生懸命生きたか?・・」
・・精一杯生きたか、だって?、もちろん・・そんなの決まってるじゃないか!、なにをいまさら・・
すると突如よみがえる、いまは亡きかのじょの面影。
・・きみは、だれ?・・なんで、そんな顔するんだ・・やめて、泣かないで・・こころが、こころ裂けるようにいてぇ・・
「・・そのひとがいくつであれ、精一杯生きて・・そのすえに死んだのならかなしむのは失礼、むしろほこるべき・・エイビャン、わたしはがんばってこれたのかな?・・胸をはれるほどに・・」
・・がんばった・・精一杯生きたじゃないか、エイビャン!・・なのに・・なのに、わきあがるこの悔しさはなんだ・・なんで、こんなにも、胸をしめつける!・・
「・・でも、生きて生きて生きぬいてここまできた・・ここまでこれた・・それはまぎれもない事実・・その、延長線上に死があるのならば、しかたがない・・わたしは、ありがたく受けいれるよ・・」
「・・!・・」
その瞬間、うしなっていた記憶がいっぽんの線でつながる。たち呆けるエイビャン。
「・・エイビャン?・・」
「・・ごめん・・やっぱ、まだ天国には行けない・・」
「・・!?・・」
「・・まだオレには、やらなきゃいけないことがあるんだ・・」
「・・そうか・・」
「・・うん、そっちに行きてぇきもちは山々だけど、ここでなにもかもなげだしちまったら、結果はどうあれ、おそらく一生後悔するとおもう・・」
母とはちがい、眉ひとつうごかさぬ父。
・・ってか、天国天国って、まぁ生前悪事ははたらいてねぇつもりだけど・・ワンチャン地獄の可能性も、ないとはいえねぇんだけどな・・
「・・父さん、母さん・・もうすこしだけ、もうすこしだけまってくれないか?・・わがままな息子で、ごめん・・」
すると、仲むつまじくよりそう両親。
「・・いつのまにか、立派になったな・・エイビャン・・」
「・・父さん・・」
「・・わがままはこどもの特権なのよ?、エイビャン・・」
「・・母さん・・ありがとう・・」
「・・いけ、息子よ!・・こんどこそきちんと、ケリつけてこい!・・」
するとそのせつな、精神が時空をこえる。霊魂がまいもどると、石だたみにあおむけにたおれる亡骸に、ふたたび命の火がやどりはじめる。
「・・ドクン!・・」
ゆっくりとおきあがるエイビャン。
「・・小僧・・一体、なにものじゃ?・・」
「・・よーく存知てるはずだろう?・・おまえが運命をすきかってコロコロかえれる、おまえのだいすきなおもちゃの、人間様だよぉぉぉ!・・」
「・・信じがたい光景じゃ・・わしのイカズチをうけてもなお、死なない人間がおるとは・・じゃが生きておったところで、もはやたたかえまい・・」
「・・!?・・」
その瞬間、たちどころに体重をささえていた剣がこなごなにくずれさる。
「・・いくら常人ばなれした人間のおぬしでも、武器がなくてはたたかえまい・・」
「・・くっそぅ!・・」
「・・エイビャン・・きこえるか?・・」
すると、そんなかれのもとに再度とどく父のこえ。
「・・父さん?・・」
「・・目をつぶれ、エイビャン・・これが、父さんと母さんがいまおまえにできる、せめてもの償いだ・・」
「・・そんな、償うことなんて・・」
めをとじると同時に、まばゆい光へとすがたをかえていく両親の幻影。
「・・うけとれ・・」
そしてきがつくと、指先からのびる一筋のひかり。
「・・これは・・」
指をすぼめ、ちからをこめれば光は一層鋭さをましてゆく。そのながさたるや、エイビャン自身の背丈をもこえる。
・・温かい・・おれのみぎ手に、父さんと母さんを感じる・・
「・・光の、剣じゃと?・・」
「・・ああ、そうだ・・おれたち人間の人生をさんざんもてあそんできたおまえにゃ到底分からねぇだろうが、これが父さんと母さんがさいごに命がけでのこしてくれた希望のひかりだ!・・不死身だかなんだかしらねぇが、かくごしろよ、クソ神!・・」
そして雷鳴がとどろくなか、第2ラウンドのゴングがなる。ご老体がつえをふりかざすと、規格外のおおきさの氷塊が頭上をおおう。
「・・凍てつく氷の結界よ、汝を覆いつくさん・・トウケツ!・・」
避けようのない氷のかべがうえからおしよせてくる。
「・・こんどこそおわりじゃ・・神に楯突いたこと、せいぜいあの世で後悔するんじゃな・・」
「・・どこいく気だよ・・ジジイ・・」
すると、たちまち地鳴りのような轟音とともに氷塊がまっぷたつになる。
「・・!?・・」
「・・やっぱりなにもわかってねぇな、あんた・・神に楯突いたことを後悔だと?・・おれはなここに、後悔しねぇためにもういちどあんたに楯突きにきたんだよ、クソ神ぃぃぃ!・・」
脱兎のごとおそいかかると、一太刀浴びせる。
「・・ぐぬぅ!・・」
その一撃にいままでにない手ごたえをかんじるエイビャン。すると、ここにきてはじめて神の顔がゆがむ。
「・・なんじゃ、この不快ないたみは?・・」
「・・痛ぇか?、痛ぇだろう、それが痛みだ・・でもなクソ神、おまえにみがってな運命をつきつけられた人間は、その何十倍も何百倍も何千倍も何万倍もつらく、痛ぇんだ・・」
「・・これしきの傷・・」
しかし、先程までとはようすがちがう。
・・クソ神の傷が、再生していない・・
「・・なぜじゃ、なぜ治らん!・・小僧、ワシになにをした!?・・」
・・父さん、母さん・・これなら、いける!・・
「・・ゆるさん・・ゆるさんぞ、小僧ぉぉぉ!・・」
するととつじょ、そのばの雰囲気が一変する。たつまきのように気流が無数のうずをなしては、ふるえる大地。
「・・おー、怒った怒った・・いいね、やっとそれらしくなってきた・・最終決戦と、いこうか・・」
全身の毛をさかだてては、すさまじい殺気をはなつ神。
「・・茶番はおわりじゃ・・つぎの一撃で、宇宙のちりにしてくれる・・」
「・・宇宙のちりか、おーこわい・・」
そんな極限状況下において、ふと正気にもどるエイビャン。
「・・でも、おれはそもそもが地球のちりみてぇなもんだ・・うまれてきがつけば施設暮らし、ものごころついたときにはすでに病にむしばまれ、いつしか社会から孤立していた・・でもな、そんなおれでもいままで必死こいて生きてきた・・辛いことにくらべれば楽しいことなんかほんのわずかしかない人生でも・・かがやかしいはずの青春時代の大半がやみにうもれようとも・・社会からはみはなされ、たとえ死からまぬがれえない運命であっても・・歯食いしばりながら!、まっくらやみのなかを手探りで一歩ずつ一歩ずつ・・こんなところで、おわってたまるかって、必死こいて生きてきた!・・」
そんなかれの想いに同調するように、みぎ手からはまばゆいひかりが溢れだす。
「・・そしてやっとみつけた一筋の光・・クソ神さんよぉ・・いままで散々(さんざん)、ひとの人生もてあそんできて、さいごのさいごもだなんて、すこしばかり虫が良すぎやしねぇかい?・・どーかんがえても、寸法合わねぇんだわ・・」
杖のさきっぽから、みるみるふくれあがる炎の球体。
「・・紅蓮の炎よ、汝を焼きつくさん・・エンジョウ!・・」
「・・クソ神・・ぜってぇ、おまえだけは許さねぇ・・おまえだけは!、死んでも許せねぇんだよぉぉぉ!・・」
いきおいそのままに炎の中へとつっこむエイビャン。
「・・おろかな・・劫火に焼かれて死ぬがいい・・」
「・・うるせぇ・・」
「・・!・・」
「・・死ぬかくごなんて一度もしたことのねぇ、温室育ちのおいぼれが・・かるがるしく死ぬなんて、くちにだしてんじゃねぇよぉぉぉ!・・」
そのせつな、炎をはねのけると渾身の一太刀がはいる。
「・・おおおぉぉぉ・・」
紫電一閃、二分する神の肉体。
「・・人間風情が、神であるこのワシに裁きをくだすというのか・・小僧、いっぱしの死にかたを選べるとおもうなよ・・」
「・・親の仇であり、病の元凶であるアンタをほうむれさえすれば・・死にざまなんぞ、いまさらえらぶかよ・・」
消失するひかりの剣。それとともに蛍火のようなやさしいひかりが、神のなきがらを浄化していく。すると、エイビャンのもとに声がとどく。
「・・やったわね、エイビャン・・かっこよかったわよ・・母さん、あらためて惚れなおしちゃった♪・・」
「・・母さん・・」
「・・よくやったな、エイビャン・・おまえはとうさんとかあさんが勝てなかったナナトニに勝った・・勝ったんだ・・」
「・・父さん・・」
「・・さぁいけ!、みんなが待ってる!・・そんなかおするな、またすぐ会える・・だって父さんと母さんはずっとおまえのことを、ここで待ってるんだからよぉ・・」
「・・ありがとう・・ありがとう・・」
その瞬間、霊魂が肉体へとまいもどる。ふたたび、脈打ちはじめる鼓動。
「・・血圧、脈拍ともに回復・・」
あわててエイビャンのひだり袖をまくりあげるティカ。
「・・惑星斑が、消えていく・・」
「・・エイ、ビャン?・・エイビャン・・エイビャン!・・」
きがつけば、エイビャンの胸もとで泣きじゃくるクレイ。
・・おまえなら、ナナトニに勝てるって信じてたよ・・おかえり、エイビャン・・
そうしてネスタの賛辞とともに悲鳴が歓声にかわると、激動の1日がおわりをつげる。