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リスミー暦※338年11月24日 大会2日目(5日前)
むこうに人影がいくつかみえる。バト・キアリが照りつける白日のそらのもと、ひとつの球をうばいあうおとこたち。
「・・おい、なにモタモタしてやがる!・・」
みたところ、4対1の様相呈している。すると、4人が先にうごく。
「・・たったひとりに負けたんじゃ、オレたちの面子がたたねぇんだよ!・・」
せまりくる4人。しかしひとたび体に回転をくわえると、マタドールさながらにたちまわる男。きづけば4人の肩にたまはなく、悪態づくまもなく勝者はそのばをあとにする。
・・2日目・・いまだナナトニを治すヒントはみつからない・・そもそもここにきた意味はあるんだろうか?、ユーパンになおす手立てがないからといって、ここにある保障などどこにもないってのに・・
そうエイビャンがはしりながら物思いにふけっていると、ふと前方でなにかがうごく。
「・・ん?・・」
2匹のシカが草にむさぼりつくすがたに、ふと足がとまる。
・・なんだ、シカか・・
そのものめずらしさから、ついつい見入ってしまうエイビャン。
・・いや、シカだ、初めてみた!・・それも野生の・・
すると、ほどなくしてシカが逃げだす。そのようすを何気にみていた、そんなときだった。
「・・うぅわ・・」
こんどは360度、シカのむこうにひろがるは雪化粧されたやまやま。その壮大且つ、圧倒的スケールをまえに、ただただ呆気にとられる。
・・マジか、これが自然・・はなしにはきいていたが、これほどとは・・こんなにうつくしいものがこの世には、あるのか、ビビるぜ・・いくらでもみていられる、いや、みていたい・・みているだけで、それだけでからだの気負いはなくなり、こころが浄化されていくようだ・・こんな感覚、しょうじきはじめてだ・・ユーパンのそれとは雲泥の差、いやくらべるのすらおこがましい・・それとここ・・
胸に手をあてがう。
・・いままで、あるものといえば痛みや違和感のたぐいしかなかったってのに、いまは温かい・・むねが、こころが温かい・・こんなに、こんなにも温かくみたされた気持ち、いつぶりだろう・・
きがつくと陽は色をかえ、かたむきだす。
・・レースはまだ2日目・・勝負はこれから・・
大自然のおかげで気分一新、エイビャンがふたたびしずかに闘志をもやしていた、そんな去りぎわ。
「・・ん?・・」
またも30mむこうの崖のうえに、なにかをみつける。
・・ん?、動物?・・いや、ちがう・・人!?・・
休憩中の選手とおもわれたが、すこしようすがおかしい。
・・おいおい、にしても近すぎやしない、ですか・・
みれば、崖のふちまであと数歩のところまでせまっているではないか。しかも、なおもその歩みはとまらない。
・・ちょ!、冗談だろ!?・・
そのばへと急行するエイビャン。
・・たのむ!、落ちてくれてんじゃねぇぞ!・・
・・はるばるラドックス星まできたっていうのに、なにもせずしてこころが悲鳴をあげてる・・心が・・心が、さけるようにいたい・・いたいよ・・なんで、なんでわたしだけこんな目に・・だれか、助けて・・助けてよ・・
「・・おい!・・」
いまにも消えそうな灯火を、エイビャンの声がつなぎとめる。
「・・そこで、なにしてる?・・」
「・・・・・」
おもわず、あゆみよる。
「・・こないで!・・」
奈落には、いくつもの砂のかけらが吸いこまれてはきえていく。
「・・こないで・・」
「・・・・・」
仕方なく、その声にしたがうエイビャン。
・・そう・・ここにだれが来ようと来まいと、おそらくわたしがここからとびおりるという結末はかわらない・・でも、そうじゃない・・そういうことじゃなくて、来てくれた・・ただ、たすけをもとめたわたしのもとに来てくれた・・それが、その行為が、うれしかった・・
「・・ありがとう・・」
しかし、かぼそい声はまたたくまに突風にかきけされ、エイビャンの耳にはとどくことはない。
「・・ごめん・・」
「・・?・・」
「・・そうだよね・・こんなやつが崖のうえにたってたら、そりゃ、あまりに意味深すぎて・・きたくなくてもきちゃうよね?・・」
背をむけてはいるが、声やフォルムから次第にみえなかったものがみえてくる。年は20才前後、性別は女性、しろいアオザイ風のドレスに茶色いおさげ髪がかぜにゆれている。
「・・でも大丈夫、あなたがおもってるようなことはないから・・安心してレースをつづけて・・」
しぼりだしてついたウソだった。こう告げられて、そのばにとどまれる人間がどれだけいるだろうか。いいとこ、まごころをこめた忠告をのこし、たち去るぐらい。エイビャン自身、そうするつもりでいた。
「・・どうして?・・」
「・・・・・」
「・・どうしてまだ、いるの?・・」
10m後方、みれば未だそこにかれはいた。
「・・行ってって・・あなたがおもってるようなことはないから、行ってって!・・言ったじゃない・・」
「・・わからない・・」
「・・?・・」
「・・じぶんでもわからない、なんでここに留まっているのか・・でも、うごけなかった・・うごいちゃいけない、気がした・・」
バト・キアリの夕日が、2人を紅色にそめる。
「・・そう・・それじゃなにをしてくれるっていうの?、そこにいて・・わたしを助けてくれるとでもいうの?・・」
応答はない。
「・・たしかにあなたの予感はまちがってないわ・・わたしははじめっからここをはなれる気もなければ、結末をかえる気もない・・あなたが来ようが来まいがね・・」
「・・・・・」
「・・わかんないよね・・わかる訳ないわ、わたしのきもちなんか・・こんな、ずっとひとりで戦ってきた、わたしのきもちなんか・・」
だまって、ただそれを聞き入るエイビャン。
「・・あたしだって、はじめっからあきらめていた訳じゃない・・いちるの望みをかけてこの星にきた・・でもここが、ここが!・・いたくて、つらくて、くるしくって・・」
ギュッとおのれの胸元をにぎりしめるかのじょ。
「・・なおすヒントをさがすためにきたのに、体がいうことをきかなくって・・探すことすらできなくって・・その間も、いたみは増していって、意識をたもつのもやっとで・・きがつけば、ここにいた・・」
「・・・・・」
「・・ユーパンじゃもう治らないってわかってた、だからこの星にきた!・・けど、けどやっぱり、みつからなかった・・病気をなおすヒント・・」
・・病気・・
両のこぶしをにぎると、かのじょのからだが強張る
「・・結局、かてなかった・・わたし、かてなかった・・ナナトニに・・」
「・・!・・」
みるみるエイビャンの瞳孔がひらいていく。
「・・あなたも名前ぐらいはしってるでしょ?、それとこれがどんな病気なのかも・・わかったら、とっとと消えて・・」
しかし、それでも尚一向にうごこうとしないエイビャン。
「・・きこえなかった?、ならもう一度いってあげる・・わたしはナナトニで、ここに治す手がかりをさがしにきた・・けどダメだった、みつからなかった・・わたしに残された道はもうひとつしかないの・・ひとつしか・・」
つきつけられた非情。だがここにきて、エイビャンの口元がうごく。
「・・ナナトニ機能性障害、通称ナナトニ・・自律神経のみだれによってさまざまな症状があらわれる病・・」
「・・!?・・」
「・・症状は、頭痛、ふるえ、動悸、味覚障害など・・そのほとんどが10代~20代のうちに発症し、青春はとつとして闘病生活へと変貌する・・進行するスピードはひとによってことなるが大抵は4、5年、おそくても10年程度といわれており、やがて肉体は限界をむかえる・・とくに胸のいたみはたえがたいものがあり、心臓マヒで亡くなるなるいぜんに、患者はその苦痛からのがれるべく、みずから命を絶つものもすくなくない・・」
いつしか、ふり返るかのじょ。
「・・「シェーグレン」とよばれる進行をおくらせ、いたみをやわらげる薬はかろうじてあるものの、おもな特効薬はなく、発症原因も不明・・難病指定されており、現代を代表する不治の病のひとつ・・」
「・・どうして?・・」
「・・もうひとつの特徴として、この病を発症したものにはある刻印がきざまれる・・惑星斑、別名プラネットスポットともよばれ、からだのある部位にオレンジ色の〇と△をくみあわせたような直径5センチほどの星型のしるしがうかびあがる・・」
そういうと、エイビャンが左のそでをまくしあげる。
「・・おれも・・ナナトニなんだ・・」
かれのひだり二のうでにきざまれた、それらしき紋様。
「・・!?・・」
むじょうな風が吹きぬけてゆく。
「・・なら・・なら、分かってるじゃない!?・・もう、どうしようもないってこと・・」
「・・ちがう・・みつからなかったんじゃなく、まださがしていないだけ・・」
「・・そう、わたしはさがせなかった・・さがすまもなく、ここに立ってる・・でも、でもほんとうにそんなものあるの?、この星に・・ナナトニを治すヒントなんて、そもそも・・」
「・・わからない・・」
「・・ユーパンになかったからって、ここにある保障なんてどこにもない・・」
「・・たしかに、そうかもしれない・・ユーパンにもこのラドックス星にも、はじめっからそんなもの存在しないのかもしれない・・」
「・・・・・」
「・・でも!、オレは探す・・そのためにここに来た・・」
かれの眼にやどる光。
「・・それでも、きみの言うように、みつからなかったら・・そんときは、そんとき・・どこででも死んでやる♪・・」
「・・!・・」
その玉砕覚悟’(ぎょくさいかくご)、どこか吹っきれたかれの言い回しに、かのじょはこころつかまれる。
・・そう・・言ってくれるじゃない・・
「・・だから!・・だからもうすこしだけ、いっしょに探さないか?・・ナナトニを治すヒント・・」
いつぶりだろう、こんなきもち。いつぶりだろう、笑ったのは。
「・・おれと・・」
差しだされる手。
「・・ピルラ・ワイラン・・」
「・・エイビャン・キルロット・・」
その手をぎゅっとにぎりしめると、そのとたん崩れおちるかのじょの体。それをかれがしっかり受けとめる。
・・なんでだろう・・なんでまだ生きてるんだろう・・死ぬはずだった、おわるはずだった、あそこでなにもかも・・でも、生きてる・・あったかい・・
そのままかのじょを負ぶり、あるきだす。
・・いままで、ずっとひとりで戦ってきた・・神様もたすけてなんてくれなかった・・なのに、なんでこのひとはわたしを助けてくれるの?・・なんで、なんでもっとはやく来てくれなかったの?・・待ってたのに・・
そしてふたりは、よるの黒に溶けていく。
・・ピルラ、あんたをひとりで死なせやしない・・みつける、みつけてみせる・・それまで、オレが守る・・守るから・・
・・エイビャン、わたしをいっしょに連れていって・・どこでもいい、どこか遠くへ・・
きがつくと、かのじょはベットの上にいた。みなれぬ天井、なじみのない肌触り、よこにはかれがいる。
・・そっか・・夢じゃなかったんだ・・
そなえつけのアナログ式めざましの短針’(たんしん)がさししめすは、AM1時をすこしすぎたところ。
・・エイビャン・キルロット・・医者でさえさじを投げたのに・・ナナトニのわたしを助けにきてくれた、はじめてのひと・・
おきあがると、あらためてかれの寝顔をまじまじとみつめるかのじょ。
・・このひとがいたから、わたしはまだ生きてる・・もういちど言わせて・・ありがとう、エイビャン・・
しばらくして、エイビャンが目をさます。だが、側にいたはずのかのじょはいない。胸さわぎをおぼえつつ、ろうかへととびだすエイビャン。
・・ピルラ!・・
月あかりという間接照明が、かれにストライプの影をおとす。
・・ピルラ、どこだ!・・
食堂、衣裳部屋、ネットスペース、売店。
・・ピルラ・・ピルラ、ピルラ・・ピルラ!・・
そしてある場所にたどりつく。
「・・はぁ、はぁ・・」
不用心にもカギのかかってないドアをあけると、満点のほしくずがふってくる。巨大温水プールのある屋上である。さらにさきへとすすむと、吐く息ではっきりとはしないが、柵ごしにみおぼえのあるシルエットがひとつ。
「・・ピルラ!・・」
「・・こないで!、エイビャン・・」
その声が、エイビャンのうごきを又しても制する。
「・・なんで、・・どうして!?・・ふたりでナナトニを治すヒントをみつけようって、もうすこしだけがんばろうって!・・言ったじゃないか・・」
「・・・・・」
「・・なのに、どうして・・」
「・・エイビャン・・あなたは、ステージいくつ?・・」
「・・?・・ステージって・・ナナトニの、進行状況の・・おれは、ステージ2だ・・」
「・・そう・・わたしはステージ、5なの・・」
・・ステージ、5・・
とたんに脈打つむね。
「・・ほかの病気もそうだけど、ナナトニも進行度におうじて、ステージ1~5までに区分されている・・1がもっともかるいとされる初期の段階・・2はそこからすこしすすんで、頭痛やふるえなどの症状が如実にあらわれてくる段階・・3はナナトニ唯一の治療薬であるシェーグレンが必須となる段階・・4はその治療薬では胸のいたみなどの症状がおさえきれなくなる段階・・そして5は死因となる心臓麻痺がもっともおきやすく、ナナトニ患者が、みずから命をおとす危険性がもっともたかい、末期といわれる段階・・」
「・・・・・」
「・・そういうこと・・」
「・・で、でも・・ステージ5だからって、まだ!・・」
「・・そう・・そうおもった、だから!・・あそこでおもいとどまることが出来た・・もうすこしだけ、あなたについて行こうとおもった・・でも!・・」
胸をおさえると、しろいアオザイ風のドレスをくしゃくしゃにするピルラ。
「・・ここが痛くて辛くて、どうしようもなくくるしくて・・薬をのんでもダメで、息もできなくって・・もう、限界なの・・」
・・ピルラ・・
かけることばなどなかった、みつかる筈もなかった。かのじょがこの小さなからだで、いままでどれほどの困難とむき合ってきたかとおもうと、それだけで。
「・・エイビャンも、あるでしょ?、ナナトニなら・・死のうとおもったこと?・・」
・・死・・
「・・死のうとおもって、何度もこういうことしてきた・・でも、でもそのたびに、怖くなったり・・その場にいるだれかにとめられたり・・でもわたし、わかんないの!・・死なないでとか、生きてさえいればいいとか、なんなの!?・・だれかの受け売りのセリフかしらないけど、簡単にいってくれちゃって・・いくらあかの他人だからって、死んでほしくないのはわかる・・でも、生きてさえいればいいって、なに?・・たのしい人生ならそりゃ、いつまでも生きていたいとおもうのかもしれない・・でも、その逆なら?・・くるしみが大半をしめ、たのしいことがあったとしてもあっというまに苦しみにかき消されてしまう、そんな人生だとしたら?・・1分1秒がくるしみで埋め尽くされて、じぶんがなんのために存在しているのかもわからない・・それでもまだ、生きてさえいればいいっておもう?・・生きてさえいればただしいんだって、正解なんだって?・・」
「・・・・・」
「・・エイビャン・・わたし、なんのために生きるかとかは正直わからない・・それぞれいきる理由付けはちがうとおもうし、そんなことさえかんがえていない連中のほうが多いのかもしれない・・でもやっぱり、生きていく以上たのしみたい・・たのしく生きていきたい!・・死にたいんじゃない、わたしだって死にたくなんてない!・・できることなら、たのしく生きていたい、でも!・・でも、これしかないの・・いまのくるしみから逃れる方法が・・」
崖うえとまではいかないものの、ドーム最上部の北風もそれにひけをとらない。
「・・エイビャン、死ぬってそんなにわるいことなのかな?・・わたし、足りないあたまでかんがえてみたの・・なんでみんないずれは死ぬのに、死をあたまごなしに否定するのか・・嫌悪するのか・・年をとってから死ぬのはあたりまえのことであって、自然の摂理だからしかたのないこと・・じゃあ、わかくして死ぬのはなんでダメなの?、自然の摂理じゃないから?・・老衰ではなく、寿命がくるまえに命をおとしてしまったから?、だからかなしまれるの?・・わたしおもうの、死ぬとそのひとがこの世からいなくなるのだから、かなしいのはあたりまえ・・そのひとがじぶんにとって大切な存在であればあるほど、たとえそれが若かろうと年老いていようとも・・ようはだから、そのひとの人生がどうだったかじゃないのかな?・・いつ死ぬかじゃなくて、そのひとがじぶんの人生が満足のいくものだったかどうか・・生まれてから死ぬまでいっしょうけんめい生きてきたか、がんばってこれたか・・人生ってそういうものじゃないのかな?・・」
あたりにはちらほらと雪が舞う。
「・・こっちがどうとかじゃなくて、そのひと自身がどう生きたか、じゃないのかな?・・年がいくつであれ本人がせいいっぱい生きて、その末に死んだのならかなしむのは失礼・・むしろほこるべき・・エイビャン、わたしはがんばってこれたのかな?、胸をはれるほどに・・」
すると、ピルラがそろり両手をひろげる。
「・・でも、生きて生きて生きぬいてここまできた、ここまでこれた、それはまぎれもない事実・・その延長線上に死があるのならば、しかたがない・・わたしはありがたく受けいれるわ・・」
そのせつな、こちらを一瞥するピルラ。そのかおがすべてを物語る。
・・ピルラ!・・
とたんにかけだすエイビャン。奈落の底へと、かのじょの体がかたむいていく。
・・こんな、こんな結末なのか?・・こんなにがんばってきたやつが、こんな結末・・
かのじょの一挙手一投足が走馬灯のようによみがえってくる。
・・いいはずがねぇだろ!・・ふざけんな・・ふざけんなよ、クソ神!・・
みぎ手を目一杯のばすエイビャン。
・・と、ど、けぇぇぇー!・・
そしてきがつくと、そこには寒空のもとひざまずくエイビャンのすがたがあった。
「・・ははっ、・・なんで?・・なんでだよぉぉ!、おれの右手ぇぇ!・・」
うっすらとつもる雪をかきむしるエイビャン。
「・・つかめた、とどいたはずだった・・でもその瞬間、ピルラ、おまえのことばがちらつきやがった・・いっしょうけんめい生きたかだ?、がんばってこれたかだ?、・・そんなの、あたりまえだろ!・・でも、ピルラ・・おまえが言うように、おまえをたすけることでこれ以上おまえが苦しむのかとおもうと、でなかった・・あと一歩が・・」
かれの両手が、痙攣するようにふるえている。
「・・おれが殺した・・ピルラを、殺した・・すくえるはずだったのに・・このみぎ手が、死を正当化しちまった・・」
むせび泣くかれをなぐさめるでもなく、そのごも雪はただ深深とふりつもるのだった。




