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リスミー暦※338年11月28日(大会6日目)
翌日、エイビャンはめざましよりもはやく6時半に起床。食堂であんこトーストときなこ牛乳をながしこむと、球をつけ各階にあるミドリノトオリをぬけ、ひとり表へとでていた。
・・よーし、みつけるか・・
1万人弱の参加者のなかから、お目当ての人物をさがす。けさはレース中一番の冷えこみをみせ、足もとには霜柱がちらほらみえる。そんななか橙色の手ぶくろ、アームフォーマー、スヌードと防寒具完全防備でさがすこと30分。
・・ったく、どこにいんだよ、アイツ・・まさか欠場ってことはねぇだろうな?、おぃ・・
すると、エイビャンの肩をだれかがたたく。
「・・!・・」
「・・誰かさがしてるの?・・」
「・・なんだ、おまえか・・」
そこには白のノースリーブにだいだい色のスカート、黒のレギンスに二のうでバンドをつけた、ブロンドお団子頭の彼女がいた。
「・・おまえおまえって、クレイ・・あたしの名前はおまえじゃなく、ク・レ・イ・よ!・・」
今朝方のエイビャンは、きょろきょろとどうも落ちつきがない。
・・やっぱり探してるんじゃない、彼のこと・・
選手たちも手をすりあわせ上体をゆりうごかしながら、ぞくぞくと外にあらわれはじめる。そんな心此処にあらずのエイビャンめがけ、決意表明するクレイ。
「・・っていうか、エイビャン・キルロット!・・勘違いされるのもアレだからあんたに一言いっておくけど、あたしは好き好んであんたと一緒にいくわけじゃないから・・あくまで、かれのことが心配だからついて行くだけのことで、依然ヒョンジュの仇ってことにかわりはないんだからね!?・・」
しかし、案の定エイビャンに聞く耳はなく、それどころかすでにこの場をはなれ、むこうの人ごみにきえつつあった。
「・・ちょ、ちょっと・・」
あわててあとを追う。
「・・まえもそうだけどアンタ、人がしゃべってるのに聞かないのはまぁまだしも、どこかいくってどういう神経してんのよ(いや、聞かないのもおかしいけど)・・きのうだってアタシの意見はしらんっぷりで、勝手にかれと一緒にいくっていっていなくなるし・・まぁ、そもそも仲間とかじゃないし、仲良くしようなんて気はさらさらないけど、すこしはコミュニケーションていうか、ちゃんと話し合わないとわからないこともあるっていうか、あでっ!・・」
すると、彼の背中につんのめるクレイ。
「・・ちょっと、いきなり止まんないでよ!・・ほんっと空気よめないんだか・ら?・・」
「・・ねぇ!、一緒に行かないってどういうことよ!・・」
なにやら人だかりができあがっている。
「・・だから、何度も言ったようにさ・・ボクはきみと一緒にいく気なんてはじめからないの・・」
そこには女性と痴話喧嘩するきのうの彼がいた。
「・・はじめからないって・・じゃあ、きのうの晩のことはどう説明すんのよ!?・・単なる割りきった関係だったってこと!?・・」
・・晩・・割りきった、関係・・
かおをあからめる根っからの清純派クレイ。
「・・大衆の面前でよくもまぁぬけぬけと・・本人がそう言ってるんだから、そうなんじゃないんですか?・・」
「・・ほんと、信じらんない・・最低!・・」
お菓子をつつんでいた紙くずと、のみかけのペットボトルが宙をまうと、たち去るおんな。それにともない、やじうまも散っていく。するとクレイとエイビャンの2人が、露骨ににげおくれる。
「・・えっとー・・」
「・・あ・・きのうはどうも、お世話になりました・・」
かるく会釈をかわす2人。
「・・いや、きのうのこともあったし大丈夫かな~、なんてね・・」
「・・親切にありがとうございます・・でも、ごらんの通りですよ♪、ははっ・・」
「・・元気そうでよかった、ははっ・・じゃ、達者で♪・・」
「・・ちょっ!・・」
クレイが、あっさり引き下がろうとするエイビャンのうでを、しかと掴む。
「・・あんた、一緒にいくんでしょ!?、きのうからそう言ってるじゃない?・・なにが、達者で♪・・よ(小声)・・」
「・・うるせぇ、この状況でいえるかよ!・・男女がいましがた別れたんだぞ!?、バツが悪いなんてもんじゃねぇーぞ、こりゃ(小声)・・」
「・・たしかに、この展開は予想外だけど・・でも、ここであきらめちゃったらもう一緒にいくチャンスはないじゃないの!?(小声)・・」
「・・いいんだよ・・一緒にいこうとしてたのは彼の具合がわるかったときの話しで、実際は恋人とごたつけるほど回復したんだから・・オレのでる幕じゃねぇーんだよ(小声)・・」
「・・へぇ、そっか、そっか・・ごめん、なんかアタシかんちがいしてたみたい・・あんだけ人のレースの出場動機にケチつけておいて、さぞかしじぶんは志したかく一度断られたくらいじゃもちろん、かれの世話役はゆずらない・・ぐらいの覚悟なんだとばかりおもってたら、てんで根気弱く、すーぐあきらめちゃって、なんか拍子抜けってだけ・・」
「・・なんだと!?・・」
「・・いえ、いいのよ、いいの・・ただ人のマウントをとりたがりの論破男だったってだけのことでしょ?、ようは・・さっさと行けばいいわ、こしぬけさん・・この星になにをしにきたか知らないけど、そんな人にアタシたちの出場動機をとやかくいわれる筋合いはないし、そんな器の小さなひとがここでなにかを成し遂げられるとも到底おもえないってだけ・・命をかけてこのレースに参加?、たしかにいるでしょうね・・でもあなたが言わないで・・誓ってあなたではないから・・」
「・・てんめぇ・・だまってきいてりゃ言いたい放題調子にのりやがって、アマぁ・・」
「・・あら、こしぬけのくせに、威勢だけはいいのね・・そういうものよね、小者ほどよく吠える、ホントだわ・・」
「・・このぉ、女ぁ・・いつかの腹いせとばかり、ここぞと言い腐ってからにぃ・・」
「・・女?、一体だれのことかしら・・あたしはクレイ、女じゃなくクーレーイーよー・・」
「・・あ、あの~、どうかされました?・・」
さすがに板ばさみにあう渦中のかれも見かねる。
「・・いや、なんでもねぇ・・うん・・」
「・・この期に及んで、まだそんなこと・・」
「・・そんじゃ♪・・」
やっとこさクレイの手をふりほどき、背をむけた丁度そのとき。
「・・ねぇ、あなた、アタシたちと一緒にいかない?・・」
「・・!・・」
思惑どおりエイビャンの足がとまる。
「・・え?、僕がですか?・・」
「・・うん、そう♪・・」
「・・まぁ、いいですけど・・体調ならもうだいじょうぶですが・・」
「・・だよな!?・・ごめん、ごめん、オマエ何言ってんだよ、ははっ・・」
「・・元気なのはみててわかったわ・・でも、それとは別にあなたと一緒にいきたいのよ・・」
「・・はぁ・・」
「・・おいー、何言ってんだよ!・・これ以上かれを困らすなって!・・」
「・・エイビャンもさぁ、これもなにかの縁だし、あなたと一緒にいきたいってきのう食堂でアタシに言いにきたんだから、わざわざ・・ね?・・」
「・・いって、たっけ、か、そんなこと?・・ボクチン・・」
旧式AIロボ並みにぎこちない、エイビャンの表情筋。
「・・別に、ボクはかまわないですけど・・」
「・・じゃあ、決まり!・・」
「・・・・・」
ぱちんっと手を合わせはしゃぐクレイに対し、エイビャンが睨みをきかせるなか、恒例のアナウンスがきこえてくる。
「・・えー、選手の皆さま、おはようございます。ただいまより、大会6日目の競技説明をおこないます・・」
「・・そういえば、おたがい名前がまだだったわね・・あたしは、クレイ・スタンチャフ・・Lankは124510・・・」
「・・エイビャン・キルロット・・Lankは13980・・」
「・・ヘイセス・ボルドー・・Lankは16808です・・」
「・・よろしくね、ヘイセス♪・・」
「・・よろしくおねがいします、エイビャンさん、クレイさん・・」
「・・さん、だなんてー、呼び捨てでいいよ~・・ね?、エイビャン・・」
「・・あ、あぁ・・」
「・・わかりました・・エイビャン、クレイ・・」
誰かさんとちがい、クレイの笑みには終始よどみがない。いわゆるニッコニコである。
・・んにゃろぉ・・おぼえてろよ、このアマぁ・・
「・・コースはいままででは過去最長、16日間のレースをつうじても2番目のながさとなる42キロメートル。足もとも草がうっそうと生える草地へとかわり、順応性がためされるコースとなっております。というのも競技ルールの変更はとくにありませんが、本コースからゴール地点が2つとなり、さまざまなコースどりが可能になるかわりに、ライフボールのナビゲーション機能が必須となってきます。操作方法など、おわすれの際はお近くの係員までおたずねください。スタートまでおよそ10分です・・・」
「・・ねぇ、ライフボールのナビってこの球を垂直におしこむんだったよね?・・」
「・・はい・・そうすると、ゴールまでののこりの距離と方角、門ののこりの通過可能人数なども音声でおしえてくれます・・」
「・・だよね?、これはルールブックでちゃんとみたんだよね~、あたし♪・・」
「・・ちなみに、音声だけでなく日中ならダーク系ライト、夜間ならホワイト系ライトがそのじめんを道しるべのようにてらしてもくれます・・もちろん、ひも時計の方位磁針でも、わきについたボタンひとつで複数あるゴールのきりかえは可能です・・」
「・・あぁ、その道しるべのライトはヒョンジュが使ってたやつだ・・そっか、ひも時計でもできるんだ、アナログ派のひとはそっちのがいいかもね・・でもさヘイセス、あたしもそれ使ってたんだけど、ダーク系ライトがしばらく走るときえちゃうんだよね・・あれもっかい点けるにはどうしたらいいの?・・」
「・・たしか、もっかい押しこめばまた点灯しますよ・・あれはもともと、たえず日中ダーク系ライトがついてると、戦闘時邪魔になりかねないので、5分で自然消灯する仕様なんで・・だから今回みたいにゴールが2つ以上ある場合は、ダーク系ライトがさし示すゴールがきまり、そのあとで消えたときには、再度押しこめばまた点灯します・・夜間のホワイト系ライトも同様ですが、夜はすこしながめの20分・・おそらく昼とちがい、灯りがわりにもなって便利さを加味してのことでしょう・・まぁ、ボク個人的には、ひも時計のライトで十分走行に不便はかんじませんでしたけどね・・」
「・・へぇーそうなんだ、ヘイセスって詳しいね♪・・」
「・・いえ、ただルールブック熟読してるだけです・・」
「・・・・・」
ルールで盛りあがる2人をまえに、エイビャンのじと目はさらに悪化。そんななかカウントが始まる。
「・・スタートまで5分をきりました。実況はわたくし、イチロウ・トチサカ。解説はひきつづきアイソゾームのいぶし銀、スティーブ・ワビチ選手です。よろしくおねがいします・・」
おのずと口かずは減り、あたりは徐々に熱気につつまれていく。
「・・スタートまで10秒前・・5秒前、4、3、2、1、スタートォ!・・」
たちまち、地鳴りのような足音がアナウンス音をのみこむと、6日目がはじまる。10分間の猶予を利用して、おのおのに進路をきめていくなか、3人もまた独自のルートを開拓していく。
「・・さぁ、まもなく10分間のプレパレーションタイム、俗にいうプレパレタイムが終了します。解説のスティーブ・ワビチさん、本コースからはじめて導入された複数のゴール地点によってレースがどう変化していくか、たのしみですね・・」
「・・はい、コースが2つに分かれることで、ライフボールでの舵取り、またはひも時計の方位磁針のきりかえが必須となるとともに、2つのレースが展開されるとおもわれます・・」
「・・なるほど、どちらの道をえらぶかによって、のちの選手の明暗がわかれるということですね・・」
上空にはラグビーボール状飛空艇、ルイス・ワグナーがうかび、選手らのすぐよこを黒ぬりのバイク、騎馬型オートバイ、ガラクターダと一0式改放映用スクーター、シャイ・ドレーダーがとおりすぎると、かわいた花火の破裂音がこだまする。そして10分がたつ。それを合図に方々(ほうぼう)でしれつなライフボール争奪戦がはじまる。そしてそれは、3人にとっても例外ではなかった。
「・・ヘイセス、このぐらいのペースで大丈夫?・・」
「・・はい、問題ないです・・お気づかいありがとうございます・・」
クレイがヒョンジュに習い、たまのダーク系ライトの道しるべを数cmずらしながら、我がものがおで2人を先導。そんなクレイの見事なたちあがりに、さっそくいちゃもんがつく。
「・・で、女・・後ろのアレはどうするよ?・・」
「・・後ろの、アレ?・・」
エイビャンがゆびさす後方に、さっそくあらわれる刺客。
「・・あ、ほんとだ・・ありゃ、確実にアタシらをねらってついてきてるわね・・どうしよ・・」
そのセンターわけの茶髪の女性は、むらさきの長そでランニングウェア、むらさきのフレアミニスカートのしたに灰色のレギンスをはき、耳にはいくつものピアスが光る。
「・・あちゃ~、すいません・・あれはボクの不始末ですんで、ボクがなんとかします・・」
いましがたヘイセスが口論していた彼女だ。
「・・なんとかするっていっても、具体的にどうするの?・・」
「・・そうですね、んー・・完全なわたくしごとで、2人に迷惑をかけるわけにもいきませんし・・」
「・・いいえ、なにを言ってるのヘイセス?・・一緒にいこうっていったのはアタシらのほうなんだから、なかまになった以上、協力するのはあたりまえ・・迷惑なんてさびしいこといわないで頂戴・・」
「・・ありがとうございます・・じゃ、すこしだけ手伝ってもらってもいいですか?・・」
すると走りながら肩をよせあい、作戦会議がはじまる。
「・・OK、わかったわ・・」
「・・了解・・」
はからずも、息の合った2人の親指グーサインがきまると、そのとたんヘイセスが急加速する。
・・!?・・ヘイセス・ボルドー、逃げようったって、そうはいかないわ!・・
・・そんじゃ、いっちょ行ってきます・・
それに遅れまいと、おんなも懸命にあとを追う。
・・絶対に、許さないんだから!・・
・・よしよし、ついてきた・・引けめがまったくない訳じゃないけど、ちょうどいろいろ試したいことがあったところ・・わるいけど、もうすこしだけ有効活用させてもらいますよ、名も知らぬおじょうさん・・
「・・うまくいくといいけどな・・」
「・・うん、でも大丈夫よ・・わるいけどあの女のひと、そんなに強そうじゃないもの・・それにヘイセスには、いざとなれば昨日のアレがあるし・・」
「・・きのうのアレ、ねぇ・・」
・・いいのかねぇ、ほんとに・・きのうのアレを・・
2人をなおざりにおいぬかれると、後方で傍観者と化す2人。するとほどなくして、女性がヘイセスのうしろにぴたりと張りつく。
・・これが俗にいう追尾型というやつですか・・持久力がなければそもそもつづかないし、あったとしても長期戦は必至・・いま追われていてもそれほど脅威’(きょうい)にかんじないということは、かのじょは追尾型ではない?・・いやそれ以前に、追尾型というたたかいの型があることじたい、しらないっぽいが・・たしかボクの記憶だと、このおじょうさんのLank帯は15万あたりだったはず・・
それからふたたび間合いをひろげ、かとおもえばこんどは一転、急停止。
・・ようやく、観念したわね・・覚悟なさい、ヘイセス・ボルドー!・・
・・つぎに、アタッカー型のお勉強だ・・
真っ向からぶつかる2人。たがいの右うでがまじわると、勝負は一撃でおわりをつげる。
「・・なんでよ・・」
ゆっくり足をとめると、おんなのヒザが崩れおちる。
・・助走からまっすぐに加速し、攻撃をくりだすアタッカー型・・利きうでに全身全霊をこめ、己の攻撃エネルギーを最大限までたかめるかわりに、それをかわされたときの代償、リスクはあまりにもおおきい、いわば諸刃の剣・・追尾型を長期持久型とするならば、これは短期決戦型・・それだけに使い勝手もむずかしい・・
「・・なんで、フラれたうえにあたしが負けなきゃいけないわけ!?・・理不尽よ、あまりに不条理だわ!・・」
・・そう、このレースは不条理そのもの・・それはこのユーパン(せかい)をみればわかること・・でも、だからといって君がわるいわけじゃない、おじょうさん・・ごめんよ、かよわい女の子に実験などしてしまって・・わるいのはそう、いつも僕のほう・・僕がよわいから・・
それから無事合流をはたす3人。
「・・だいじょうぶ?・・」
「・・ええ、問題ありません・・面倒をおかけしました!・・」
2人に快くむかえられ、かれが右の手のなかでしぼんだライフボールをほうると、3人は6日目のゴール目指し、またはしりだすのだった。
・・追尾型、アタッカー型ときて・・あとのこるは、近距離型か・・
一方で、テンもまた群衆をはなれ、過去最長ということもあり30分を5kmと序盤からとばしていた。
・・のこり40キロ弱・・昼休憩をはさみ、球のノルマもこなしてpm2時までにつけば、まぁ上出来か・・
そんななか、ふと背後にめをやる。
「・・!・・」
・・に、し、ろ、や・・影が8つ・・
その影は次第におおきく、およそ一分ほどでかのじょを射程圏にとらえる。うしろ向きで身がまえるテン。
「・・?・・」
しかし、なんだか様子がおかしい。というのも、襲いかかってくるかとおもいきや、8人全員がかのじょの横をとおりすぎていくではないか。
「・・え・・狙いはあたしじゃ、ないんだ・・」
拍子抜けするテンをしりめに、前方では8人が列をなし、かのじょをおいぬいたときよりも更にスピードをあげる。
・・はやっ・・選手同士結託して集団ができつつあるのは、メディアをみてしってはいたけど・・あんなハイペースで走ってたんじゃ、たとえトップランカーでも、とてもゴールまでもたないわ・・それに加えて本コースは42キロと過去最長、レースをつうじても2番目のながさ・・一体なにをかんがえてるのかしら・・もしかしてアレ?、よく学校校内マラソン大会でみかける、どうせかてないなら、はじめの1週だけ全力疾走でとばして、目立とうとするお調子者の・・でも、ざんねんながらここ校内じゃないから全然目立ててないけど・・それか運営の見世物かなにか?・・
しかしテンのその疑問も、すぐに列の乱れとともにあきらかとなる。というのも先頭のひとりをのこし、後方の7人がよりあつまったのもつかの間、その7人が先頭のひとりに飛びかかる。そのごも、入れかわり立ちかわりといった具合で、つぎからつぎへと先頭に牙をむく7人。
・・なるほど、そういうことね・・8人じゃなく、7対1だったのね・・狙いははじめから先頭のひとりで、うしろの7人は、かれを追っていた・・それなら謎の加速も、アタシを素通りしたこともうなづける・・でも7対1って、冷静にかんがえてちょっとひどいわね・・、8人の間になにがあったかはしらないけど、フェアじゃないわ・・
すると、つい好奇心から興味本位で、テンが8人にちかづくためギアをあげる。接近するほどに、こぎたないヤジが耳にとどく。
「・・まで、ゴラぁー!・・球わたせばギリ勘弁してやるからよぉ・・とまれよ、ボケなすぅ!・」
そんな中、テンがあることに気づく。
・・マスク?・・
なんと先頭をいくおとこの口元には、レースとは不釣合いなまっしろのマスク。そんなかれが終始7人にあおられ、攻め立てられるのをみるにみかねて、テンがおもい腰をあげる。
・・つったく・・
よこからじわりじわりと、先頭と併走するところまでにじり寄るテン。
「・・どうもぉ♪・・」
ここにきてはじめて、かのじょという存在を認識するマスクのおとこと追っ手の7人。
「・・な、なんだてめぇ!・・このひきょうもんの仲間かぁ、さては!?・・」
・・卑怯者・・
いきりたつ後方7人とは裏腹に、しずかに先頭のおとこと目があう。
「・・?・・」
「・・あの・・よく、っていうかまったく事情はしらないんだけど、割ってはいるのもどうかともおもったけど、7対1はさすがに、とおもって・・」
マスクでかおの下半分はみてとれないが、どこか笑った気がした。
「・・?・・」
「・・おい、おめぇら!・・こいつもどうせ、ひきょうもんの不意打ちやろうの仲間だ!・・
女だからって関係ねぇ、やっちまえぇ!・・」
「・・えーおいおい、話し合いすらなしですか?・・」
また、おとこの口元がほころぶ。
「・・?・・」
「・・わかったかぃ?・・」
「・・え?・・」
「・・かれらに交渉の余地はないらしい・・で、どうする?・・オレにちかづいたばかりに、きみも彼らの標的になってしまったようだが?・・」
うしろを一瞥すると、ため息をもらすテン。
「・・しかたない・・もっとちがった解決法があればよかったのだけど・・元はといえば近づいたのはわたし・・」
ふと、かのじょの目の色がかわる。
「・・やるしか、ないようだわね・・」
「・・同感だ・・」
耳もとで二三ことばをかわすと、左右に散っていく2人。
「・・!・・」
それに釣られて7人もやむなく、二手に分散。それからしばし、2人が追っ手をしたがえ弧を描くようにはしったかとおもえば、気が付いたときにはもう、たがいがこちらめがけ突っ込んでくるではないか。実質、正面衝突
「・・!?・・」
混乱する7人をよそに、すれ違いざま2人がめまぐるしく左手をくりだすと、またたく間にたたかいは終焉をむかえる
「・・こいつら、数を間引いて、わざとオレらがぶつかるように・・まさか、そんなやり方があるなんて・・やられた、ひきょうもんとひきょうもんの連れの分際にぃ!・・」
・・ひきょうもんの、連れって・・わたし?・・
呆然とたちつくす7人をおきざりに、ぶじ勝利をおさめた2人。
「・・ありがとう・・なんか、協力してもらっちゃって・・」
「・・いや、わたしが勝手にかおをつっこんだ結果だから・・まさに自業自得ってやつね、ははっ・・」
「・・そうか・・おれはトオル・B・スズキ、Lankは5031だ、よろしく・・」
「・・テン・ファングよ、Lankは9901、こちらこそよろしく・・にしてもこの球、3つもどうしよ・・」
いずれも手には、いましがたとったライフボールで溢れ、もてあましていた。
「・・そんなにもっていてもかさばるだけだし、ひとつ潰せば球のノルマはこなしたことになるから、のこりの球はそのへんに捨てていくといいよ・・」
「・・コース上に?・・」
「・・ああ・・他もつぶしてしまうのはあまりにもったいない、うばわれた選手も浮かばれないしね・・ならコース上にすてていけば、だれかの役にたつだろう?・・そもそもみんな、球がほしくてはしってるようなもんだから・・どうせ宿泊施設にもっていっても、処分するだけだし、ならすこしでも有効利用したほうがいいとおもう・・そもそも6日間のレース中に、そういったコース上にころがった手つかずのたまは何個かみかけたし・・それにひろわれなくても、自然にやさしい還元素材でできているらしいから、環境的にはなんらもんだいはないはずだよ・・」
「・・へぇ、そなんだ・・じゃ、おことばに甘えて、ほぃっ・・」
そして7つのライフボールのうち、5つを放る2人。
「・・ところでさ、トオル、ちょっと気になってたんだけど・・」
「・・ん?・・」
「・・卑怯者とか盗人とか、あんた奴らになにしたの?・・」
「・・ああ、あれか・・あれは、たまたま球をうばった相手がやつらのリーダーだったらしい・・」
「・・へぇー、それで?・・」
「・・らしいな・・」
「・・それであの言われよう?、それってなんかひどくない?・・そもそも卑怯とか盗人とかいうまえに、そういう競技でしょうが・・たまたまトオルが球をうばったのがやつらのリーダーだったってだけで、こちとら、んなこと知らねぇし ・・なんか、ムカつくわね・・」
トオルが三度笑みをうかべるも、やはりマスクの下にかくれ、みえることはないのであった。
一方でエイビャンたちは、唯ひたすらにはしりつづけていた。スタートから7時間半、時刻はPM3時半をまわり、若干スローペースながらも3人は40キロを消化していた。
「・・一息、つこう・・」
エイビャンのひと声で足をとめると、3人は手ごろな岩や凹凸にこしをおろし、おのおのに色とりどりのテユボックスを起動。1分経たずでふくらんだ箱のなかからペットボトル、さもない菓子をとりだすと、のどをうるおし小腹をみたす。
・・あと2キロ・・でも、最短距離ですすめない以上、まだ倍の4キロくらいはありそうね・・だとするとあと30分、か・・ここまでも看板の字面的には40キロとなっているけど、じっさいは50キロははしってそうね・・ゴールに4時にはつきそうだけれど、肝心要の球のノルマが3人ともまだときてる・・これアタシたち、ほんとに間に合うのかしら?・・まさか、きょうで失格なんて、しないわよ、ね?・・
・・みぎ手が震えている・・この女とのゴタゴタのせいでわすれていたが、頭と胸のいたみもぶり返しつつある・・
・・腹がへらない・・でも、水分だけはすこしでもいれておかないと、ほんとに死にかねない・・それに加えて、きのうもねむれなかった・・恐らく、きょうもねむれないんだろう・・また、あの負の連鎖にもどってしまった・・
三者三様に不安材料をかかえながら、テユがもとのサイコロ大のおおきさにもどるのをみはからい、クレイが叱咤激励する。
「・・さぁ!、もうひとふんばりといきましょう!・・」
すると3人がたちあがった拍子、ヘイセスがふらつく。
「・・大丈夫か?、ヘイセス・・」
「・・ええ、たんなる立ちくらみです・・・」
ふと、エイビャンが昨日のことをおもいだす。
「・・そういやヘイセス、きのうの話しなんだけど・・」
「・・おぅおぅ、ゴール間近でたちくらみとは、おたくロックじゃないねぇ・・」
「・・!・・」
とつぜんの声に3人が身をひるがえすと、そこには銀色のワイシャツに銀色のスラックス、まっかなネクタイ、みなれぬ赤いマスクをかぶったスキンヘッドの、みるからに奇抜なおとこがたっていた。
・・このひと、いつの間にアタシたちのそばに・・
・・こりゃ、強かれ弱かれ、みるからに只もんじゃねぇな・・
「・・そんな鳩が豆鉄砲くらったみてぇな顔してどうしたよ?、いまは絶賛レース中・・いつなんどき敵があらわれてもおかしくない、ここはロックな戦場だぜ?・・」
そんなおとこのたちふるまいに、最大限の警戒態勢をしく3人。
「・・よぅよぅ、そんなに身がまえなくてもだいじょうぶだぜぇ、奇襲なんてずっけぇマネするきは、はなっからねぇからよぅ・・しようとおもってたらもうしてるし、そもそも奇襲なんてロックじゃねぇ・・」
・・ロック・・
おとこはスキンヘッド、マスクの主張もさることながら、セラミック矯正らしき芸能人かおまけのしろい歯が、しゃべるたびにこぼれる。
・・なんなの、このひとから伝わってくるヤバさは・・
・・こいつ、どっから沸いてでてきやがった?・・いや、んなことよりこいつ、女物のパンティかぶってやがる!、きしょっ!・・
・・めちゃめちゃ、ハゲてる・・
すると、おとこが自発的になのる。
「・・おれっちの名は、シェケナ・ベイブゥ、Lankは23668・・よろしくぅ・・
ところで、おたくらのなまえは?・・」
「・・クレイ・スタンチャフ、Lankは124510よ・・」
「・・エイビャン・キルロット、Lankは13980・・」
「・・ヘイセス・ボルドー、Lankは16808です・・」
「・・自己紹介、感謝!・・」
手の平にこぶしを突きあわせると、おとこがようやく戦闘モードにはいる。
「・・オレっちはおもうんだ、なにごとにもきちんと筋はとおさないといけねぇって・・それとおなじで、このレースofラドックスにおいても、やり合ったあいての名前ぐらいはしっておかねぇとおもしろくない・・それがツワモノであればある程に、おたくらもそうはおもわねぇかぃ?・・」
恒例儀式のなのりがおわり、たちまちかわる空気間。おとこは足を肩はばにひらき、中腰にかまえると、まっ赤なネクタイが風にゆれる。そこには上から下までこれみよがしに、しぼんだライフボールがまるでカラっカラの干し柿のように、いくつもくっ付けてあるではないか。
・・このひとのネクタイについてるのって、もしかして全部ライフボール!?、マジ!?・・
・・3対1とわかったうえで出てきたんだ、当然相当な実力者であることはまずまちがいない・・それは、乱獲したライフボールがついた、あのネクタイをみてもわかること・・しかし、それよりもあのパンティが気になる・・なぜやつはこの星にきてまで、わざわざパンティをかぶる?・・
・・あのスタンス・・もしや、このひとの戦闘形態は・・
そして、そよぐ草木の音がとまると、風がやむ。それを合図にとびだしていく3人。
「・・オオオォォ!・・」
堂々迎えうつマスクの男。すれちがいざま、たがいのうでが交錯していく。そのごも、幾度かこうげきをしかけるものの、決め手をかいた接近戦がつづく。
・・当たんない・・3対1と完全にかずでは分があるのに、どうして!?・・
・・にしても、強ぇな、おもったとおり・・こう強ぇと、セラミック加工の歯も、ハゲあたまも、一人称おれっち呼びも、パンティも全部かっこよくみえてきやがる、むかつくぜ・・いや、パンティはうそ・・
・・やっぱりそうだ、この戦闘スタイル・・ぼくが待ちのぞんでいた、あの・・
たたかい初めて10分弱、ふと2人の視線がクレイのほうへとひっぱられる。みれば、なにやら身ぶり手ぶりジェスチャーらしきもので、こちらに来いといっている。マスクのおとこに警戒しつつも、歩みよる2人。
「・・なんだよ、急によびやがって・・」
「・・どうしましたか?・・」
「・・いや、だって、せっかく3人いるんだし、攻めあぐねてもいるんだから、
話さないよりは話したほうがいいかなぁって・・作戦とか、いろいろ・・」
「・・なんだよ・・とくに、策があったとかじゃねぇのかよ・・」
「・・むー!・・」
まさに、お手本のようなふくれっ面である。
「・・たしかに、一理ありますね・・いままでひとりでやってきたせいか、その発想はありませんでした・・」
「・・でしょ!・・」
「・・で・・どうすんだよ?、具体的に、その作戦とやらは・・」
「・・うーん・・」
見込みなしのやっぱりかリアクションに、エイビャンが落胆していた矢先。
「・・でも、あれですよね・・やつは近距離型だとおもいませんか?・・」
「・・え、・・なんて?・・」
「・・近距離型です、ちがいますかね?・・」
珍しくかおを見合わせるクレイとエイビャン。
「・・いや、違うとかじゃなくて、なに?・・その金魚二型?、って・・」
「・・金魚二型じゃないです、近距離型です・・え、もしかして知らないんですか、おふたりとも?・・メディアでいま、盛んにさわがれてますけど・・(ってか、金魚二型だとして、それは一体なんなんですか?)」
「・・そう、なの?、メディア・・そういやこの星にきてから、まったくみてねぇや、テレビとか・・(まぁ、テレビはユーパンにいた頃もほとんどみてなかったがな・・あんなしょうもねぇもの・・」
「・・あ、あたしも・・」
「・・そうだったんですね・・えっとじゃ、なにから説明すればいいでしょう、ぼくもそんなに詳しいわけじゃないんですけど・・選手はたたかい方によっておおきく3つのタイプに分けられるらしいんです・・」
「・・ほー・・」
とたんに、教師生徒のあいだがらへと様変わりする3人。
「・・1つめはアタッカー型です・・ある程度はなれたところから、助走をつけていっきにあいてめがけ、渾身の一撃をたたきこむ、ようは攻撃型・・2つめは追尾型・・戦闘中なり走行中なりあいての背後をとると、そのままうしろに張りつき、果てはスタミナ消化とともにめしとる、ようは持久型・・そして3つめが近距離型・・できるだけ接近し、あいてに極限までちかづく分、超攻撃型とおもいきや、たたかいかた次第ではこれいじょうの安全圏はなく、いがいにも攻守均衡のとれた、バランス型といえる・・ここまではわかりましたか?・・」
ゼンマイじかけの市松人形のようにうなづく2人。
「・・それをふまえると、このひとはどちらかといえば近距離型に分類されるとおもうんです・・でも、解せない点もありまして・・」
「・・え、なになに?・・」
「・・はい・・というのも、いまのところぼくたちは中距離から助走をつけてこうげきをくりだす、アタッカー型の手法をとってたたかっているんですが・・この型は、タイプ中随一の破壊力をほこるかわりに、ある致命的欠点をかかえているんです・・」
「・・致命的欠点?・・」
「・・はい・・それは、うちおわりにできる隙です・・じゅうぶんな助走を経てくりだされたこうげきは、まちがいなく相手にとっての脅威になります・・でもその反面、それをかわされたときの代償もはかりしれない・・なんたって、背中がガラ空きになりかねないんですから・・そして、ぼくの違和感もそこにある・・」
「・・あ・・」
エイビャンがなにかに感づく。
「・・そう、ぼくたちがアタッカー型のスタイルで果敢にもせめ、それをかわされる度に、あらわになった背中をさらしているにもかかわらず、反撃の「は」の字もない・・」
「・・そういえば・・」
「・・なぜ、そんな絶好のチャンスをみすみす逃すようなマネをしているのか・・いまだってそうです、なぜ追撃してこない?・・まぁ、こちらとしては願ったりかなったりなんですがね・・」
遠目にマスクのおとこをみる3人。
「・・そこで、ひとつ提案があるんですけど・・」
「・・うん、何?・・」
「・・はい、まだ仮説の段階をぬけきらないんで、なんともいえませんが・・」
「・・きかせてちょうだい・・」
それから2分して、ようやくエイビャンら3人の構想がまとまると、まちくたびれたように念入りなストレッチをおえたマスクの男がたちあがる。
「・・ああ、分かった・・」
「・・OK・・」
「・・おわったかぃ?、お話しのほうは・・それで、なにかいいアイデアは浮かんだ?・・」
「・・まーね♪・・」
「・・それはそれは、わざわざまった甲斐があったというもの・・にしてもなげぇよ、おまえら・・おれっちがロックじゃなきゃ、業を煮やしてても、てんでおかしくねぇ・・」
「・・それなんですけど、ひとつ教えてもらえませんか?、シェケナさん・・」
「・・ん、なんだ?、細いの・・」
「・・なぜ、5分弱はあったわれわれの話し合いを、ごていねいにも静観していてくれたんです?・・」
「・・いやね、話し合いにみずを差すというのも、ひととして如何なものかとおもってね・・せっかく、オレっちをたおすために画策してくれてるっていうのにさ・・それに第一ロックじゃねぇ・・」
「・・ずいぶんな余裕ね・・」
「・・お答えいただき、ありがとうございます・・」
「・・じゃ、ついでにオレからも一個ききたいんだが?・・」
「・・ん、いいぞ、白髪青年・・」
「・・ロック、ロックいってますが、そのじぶんを「おれっち」とよぶのは、果たしてロックなんですか?・・」
「・・!?・・もちろん、ロックに決まってる、だろう・・」
「・・じゃ、そういうことにして、もうひとつ・・パンティをかぶるのもシェケナさんがいうロックってやつなんですか?・・」
「・・!!??・・」
身内のきりこんだ質問に、ドキッとさせられる2人。
「・・パ、パ、パ、パンティだと!?・・」
「・・はい・・かぶってるじゃないですか、あかい女物のパンティ・・」
「・・これはマスクだ!、断じてパンティなどではない!・・」
「・・いやいや、どっからみてもパンティでしょうが・・」
「・・れっきとしたマスクだ、パンティ型マスクだ!・・」
「・・ほら、パンティいうてるじゃん、じぶんで・・」
「・・い、いや、口が滑った・・パンティ型マスクでもない、ふつうのマスクだ!・・」
「・・ホントかな~?・・」
「・・う、うぬぬぅ!・・」
・・やめましょう、エイビャン・・それいじょうの挑発は危険です・・
「・・あ、うん、ごめん、なんか・・」
・・つうか挑発じゃなく、そぼくなただの疑問だったんだが・・
エイビャンのぶっこみにより、一時現場は騒然とする。
「・・礼儀正しいのにまじって、無礼なやつがいるな・・もうロックだろうがなかろうが、まつのはなしだ・・」
・・ほんとだ・・マスクだとおもってたけど、よくみるとたしかに女性もののパンティにもみえるわね・・もしかして、このひと、いろんな意味でヤバいひとなのかしら・・変態、さん?・・
・・挑発は悪手・・かとおもいきや、案外仮説どおりなら、ダメおしになったかもしれませんね・・
「・・そんじゃ、しきりなおし!・・再開じゃ、オラぁ!・・」
マスクのおとこが例のかまえをとり、手の平をばっしばっしたたき活をいれると、たたかいが再開される。得てしてエイビャンら3人は、マスクのおことめがけ突っ込んでいくのかとおもいきや、なにやらすこしちがう。
「・・そんじゃ、いってきます・・」
「・・うん、気をつけて・・」
「・・ムリすんなよ・・」
なんとヘイセスがひとり、マスクの男のもとにはしるでもなく、徒歩でちかづいていくではないか。
「・・?・・」
そして、3mほどまで接近したところでとまる。
「・・へぇ・・」
「・・おどきましたか?・・でも、話し合いの結果がこれです・・」
一瞬だまりこくるが、すぐに意図をくみとるマスクのおとこ。
「・・ハッ!・・おれっちのあいてはおまえひとりで十分だと?・・礼儀正しいのにまじってといったが、訂正させてくれ・・」
マスクのすきまの皮膚が、ピクピクっとわずかだが痙攣している。
「・・おまえも!、白髪も!、女も!、3人ともただのふとどき者じゃ!・・無礼をくいて、ありがたくおれっちのロックなネクタイコレクションの一部になるんだな、細いのぉ!・・」
・・え、・・エイビャンとヘイセスはわかるけど、なんであたしも?・・
ここにきてはじめて自発的にマスクのおとこが攻撃にでる。かくして、ヘイセスがまちのぞんでいた近距離戦がはじまる。
・・こい、ぼくが見極めてやる・・
マスクのおとこの右うでを身をのけ反らせかわすも、間合いがちかいために単発ではおわらない。先程までのおとなしさはどこへやら、戦利品をたんまりつけた自慢のネクタイをなびかせたルチャリブレが、一気呵成におそいかかる。
「・・ハッ!・・」
そしてタイマン勝負がはじまって1分がすぎる。未だ衰えをしらないマスクのおとこ。
「・・どうした、どうしたよ、細いの!?・・やすむヒマなんて与えねぇよ!?・・」
予想をこえる猛攻に、ヘイセスのかおがゆがむ。
「・・ねぇ・・」
「・・ん?・・」
「・・大丈夫かな?・・」
「・・アイツがいった作戦だ、信じるしかねーだろ・・」
「・・うん・・」
しかしそんな2人の懸念はとおからず、ヘイセスのほおをいやな汗がつたう。
・・おかしい・・想定では、そろそろむこうの攻撃がとぎれてもいい頃合い・・なのに、なぜとまらない?、なぜ、うごいてくる?・・このままだと最悪、ようすみで飲みこまれるなんてことも・・
「・・ほらほら、どうした!?・・単身のりこんできた、さっきまでの威勢はどうしたよ!?・・」
・・エイビャン・・
・・・・・
たまらず、救済にむかおうとクレイの足元がみだれた、ちょうどそのとき。ついに戦況にうごきが。
「・・ハァ、ハァ、ハァ・・」
かがんでヒザに手をついたまま、うごかなくなるマスクのおとこ。このきに乗じて、ヘイセスは戦線離脱。
「・・大丈夫?・・」
「・・ええ、なんとか・・」
・・やばかった・・受けに回ることしかできなかった・・もし、あと30秒おそかったら・・
「・・で、どうだったんだ?・・」
「・・ええ、おもったよりも案外ギリギリでしたが、収穫はありました・・あの接近戦での攻撃頻度と凶暴性、くわえてスタミナ量・・まず見立てどおりで、まちがいありません・・」
「・・そか、OK・・ご苦労さん、すこしやすんでな・・」
そういうとヘイセスの肩にぽんっとふれ、エイビャンがまえに躍りでる。
「・・エイビャン、くれぐれも気をつけてください・・」
せなか越しにみぎ手でにこたえると、その間にマスクのおとこはちゃっかりと体力回復。
「・・あ~あ、逃げられちまったよ、オレっちとしたことが・・まぁ、いいや、べつにたのしみが減るわけでもねぇし・・さぁ、こんどはどうする?、ひとりか?、ふたりか?、それともやっぱり考えを悔いあらためてまた3人ででかかってくるか?・・」
「・・次はおれだ・・」
「・・こんどはおまえか、白髪頭・・にしてもまたひとりとは、オレっちもずいぶん随分甘くみられたもんだぜ・・でもいい、あいてしてやる・・だがこんどは細いのみたいに、とり逃がしはしねぇ・・」
3mまで接近したヘイセスとはちがい、エイビャンはそこまでちかづくことはせず、従来のアタッカー型の距離感でかまえる。風のゆらぎのなか、たがいの視線がまじわる。
・・やはり、この位置だとむこうからしかけてはこねぇか・・
すると、数羽のスズメがとびたつのを合図に、エイビャンがとびだす。マスクのおとこめがけ一直線につっこんでいく。
「・・どこからでも、かかってこい!・・」
迎えうつマスクのおとこ。そして互いがぶつかる、かにおもわれたがなにかおかしい。マスクの男がひとり、ぽつんとたち尽くしているだけで、ちかくにエイビャンのすがたは見当たらない。
「・・ほぉ、そうくるか・・」
どうやら、マスクのおとこのよこを大胆にも素どおり。後方にそれらしきとおざかる影がみえる。
「・・このやり口は、かんがえてもみなかったぜ・・ほんとオマエらはいちいちひとを苛つかせるのがうまい・・やり合うとみせかけて、そのまま逃走するなんてな・・」
そういうと、からだをワナワナとを震わせ、あきらかにいままでとは様子がことなるマスクのおとこ。
「・・くそなげぇ話し合いも、タイマン勝負もいいだろう・・見方をかえれば、ロックっちゃロックだ・・でもな、敵前逃亡はちかってロックじゃねぇ!・・そのうえ、おれっちのトレードマークともいえるこのマスクを、あろうことか女もののパンティと愚弄しやがって・・そんななぁ、ふとどき者の分際が、オレっちから逃げられるとおもうなよ、ごぉらぁぁ!・・」
たちまち、ゆでだこのようにかおを紅潮させ、型などどがえしにエイビャンを猛追しだす。
・・よし、食いついた!・・
「・・ヘイセス、いける?・・」
「・・もちろんです・・」
2人に遅れをとらぬよう、2人もあとをおう。
・・きたな、パンティやろう・・いや、顔まっ赤じゃん・・ありゃ、パンティっつうより、タコ介だ・・
「・・にがさねぇ、にがさねぇ、にがさねぇ・・てめぇは、オレっちの獲物でぇやぁぁ!・・」
唾をまきちらし、かんぜんに常軌をいっしているマスクのおとこ。かたや後方の2人は、しめしめと肩をよせあう。
「・・いまのところ、順調ね・・」
「・・ええ、ここまではなんとか予定どおりです・・あのスタミナはすこし、想定以上でしたが、まぁそれでも範疇です・・」
「・・うん、ヒヤヒヤしたよ・・」
「・・はい・・でも、そもそもこの作戦を決行するには、おとこが3つある戦闘スタイルのうちの何型なのか、どうしてもしる必要があった・・もちろん、型といっても血液型とかじゃありません・・」
「・・え、・・あ、うん・・」
・・ヘイセスって冗談いうんだ・・え、でも、つまんな・・ざんねんながらセンスはないみたい・・
「・・ある程度見当はついていましたが、ねんにはねんをいれて、万が一があってはいけない・・そこでボクがはじめに先陣をきって、おとこが近距離型であることをたしかめました・・近距離型ならいままでの行動におおかたの説明はつく・・おいうちをかけずに、話しあいを悠長にまっていたのも、じぶんのテリトリー外でのたたかいを好まなかったゆえ・・型がわかればこちらにもやりようはある、というのも型にはそれぞれもち味である長所がある反面、よわみである短所もある・・アタッカー型であればまえにもいったように、うちおわりにできる隙といった防御面・・追尾型であればスピードのある短期決戦には若干不向き・・そして近距離型は2つにくらべ、どちらかといえばバランス型といえますが、しいてあげるならば持久力、ようはスタミナです・・その条件をみたしてこそはじめて、今回の作戦がなりたつ・・」
・・たのみましたよ、エイビャン・・
追いかけあいがはじまって10分、いくどか2人肉薄するピンチはあれど、その都度エイビャンがなんとかひきはなし、もちこたえる。するとこちらの思惑どおり、しだいにマスクの男がおくれをとる。
「・・こんのぉ、白髪頭、いつまで逃げてんだよぉ・・スタミナだけは一丁前にありくさる・・」
・・いつまで?・・そりゃ、てめぇがやられるまでに決まってんだろ?・・こちとらはなっからそういうプランじゃ、タコ介ぇ!・・あとはたのんだ、おふたりさん・・
「・・クレイ、いきますよ!・・」
「・・ええ!・・」
すると、マラソンで順位をおとしてきたランナーを後続が吸収するかのように、マスクのおとこをのみこみにかかる2人。
「・・!?・・」
めのまえの獲物にきをとられ、せなかがお留守、しかもスタミナぎれ。そんなマスクのおとこのさっきまでの暴れっぷりはどこへやら、追っかけてきた2人あいてにおもいの外すんなりとやられてしまう。地面にヒザをつくマスクのおとこをしりめに、3人はぶじ合流。
「・・だいじょうぶですか、エイビャン?・・」
「・・あぁ・・」
「・・ざっけんなよぉ!・・」
「・・!?・・」
マスクのおとこの怒号に、クレイのみおどろく。
「・・なんだよ、これは・・なんかの冗談か?、へへっ・・おかしいだろ!、こんなやりかた、第一ロックじゃねぇ・・」
・・ロックロックって、おまえにとってのロックって一体なんだよ?・・そもそもおれの感覚だと、そのマスク自体がロックじゃねぇとおもうんだが?・・
へたりこんだまま、こぶしで地面をくりかえし叩くマスクのおとこ。
「・・みとめねぇ、こんなのみとめれる訳がねぇ・・挑発、冒涜、人格否定までしたあげく、逃げるにみせかけて、はいごからおそうなんて姑息なマネ・・」
「・・もういいでしょう、その辺で・・」
すると、みるにみかねたへイセスが、マスクのおとこをたんたんと諭しだす。
「・・その自慢げにネクタイにつけた、しおれたライフボールの数々・・このレースがほかのレースとちがうのは、無益な殺生をたのしんでいたあなた自身がいちばんよくわかっているはず・・そんなあなたが、ぼくらを姑息よばわりする資格なんてない・・ぼくらのやりかたがロックじゃないというのなら、あなただってライフボールをすき放題乱獲らんかく)している以上、とうの昔にロックじゃない、ぼくからいわせればね(それに、挑発と冒涜はマスクの件でしたかもしれませんが、人格否定まではしていない・・まぁ、それもこれも全部エイビャンですけどね)・・ようはです、クレイの手にたまがあり、あなたの肩にたまがない、その時点でそこになんらかの因果関係があったとしても、ルールに反していないかぎり結果はかわらない・・あなたが負けて、ぼくたちが勝った・・それだけのことです・・」
「・・ぐ、ぬぅ・」
時刻はPM4時、いつしか陽はかたむき、黄空がヒスイ色にいろをかえると、たたかいに幕がおりる。くずれた正座のマスクのおとこのネクタイから、ぶどうの房のようにふくれあがったライフボールをそれぞれひとつずつ、計3つ拝借すると、のこり2キロのゴールにむけ、また一行ははしりだす。
「・・にしても、うまくいったよね、ヘイセスの作戦♪(ルンルン)・・」
「・・あぁ、ヘイセス様様だ・・」
「・・そんな、2人あってのものです・・」
「・・でも、よくおもいついたよね?、あんな作戦・・」
「・・いえですね、マスクのおとこのかまえはメディアでみた近距離型のオーソドックススタイルにちょうど似ていたもので・・」
「・・近距離型のオーソドックススタイル?・・」
「・・はい、戦闘スタイルには3つのタイプがあるといったように、そのなかの近距離型もさらに2つのタイプにわけられるらしいんです・・」
「・・ほぉ、・・」
再度、生徒のエイビャンがかおをだす。
「・・ひとつはまだ、かくたる名称はないんですが、一応変則型といわれているタイプ・・もうひとつが王道のノーマルタイプ、オーソドックススタイルです・・」
「・・へぇ~・・」
その相づちに生徒B、クレイがつづく。
「・・そこでみずから手合わせをして近距離型、しかもそのなかのオーソドックススタイル確認後、エイビャンにたたかうとみせかけて全力で逃げてもらうようたのんだんです・・ここでもっとも危惧していたことは、かれがエイビャンのあとを追いかけてきてくれるかどうかという問題です・・いくらネクタイの球のかずからライフボール乱獲者とわかっていても、エイビャンの球をとりにくるかどうかはわからない・・これだけはマスクのおとこのロックとかいうこだわりに、ぼくらの行動がいちじるしく反しているのにかけるしかありませんでした・・いまいちかれがいうロックの基準もわかりませんでしたし・・しかしいまかんがえれば、エイビャンがかれをこれでもかとまえもって挑発してくれたのが、効いたかもしれません・・あれはとくにぼくの指示ではなかったんですが(というか、ぼくにはおもいつかなかった)・・乱獲者、挑発、ロック、それがうまいぐあいに三位一体にからみあって、結果、かれは近距離型というじぶんのテリトリーをはなれ、エイビャンをおいかけてきてくれた・・こうなれば、見立てどおりであれば途中でスタミナぎれをおこすはず・・そこを、息をひそめていた後続のぼくらがかれの球をかりとる・・おもいのほか案外、うまくいきました♪・・」
しゃべりおえたこのタイミングで、ヘイセスが球をにぎりつぶすと、エイビャン、クレイもそれにつづく。しかし、コース上にほうることはせず、きちんとそのしぼんだ戦利品をポケットにしまう3人。
「・・ねぇ、ヘイセス・・」
「・・はい?・・」
「・・このしぼんだ球、べつに捨てていってもかまわないのよね?・・」
「・・はい、もんだいありません・・この球の素材自体、しぜんにやさしい還元素材でできているので、いずれ土にかえりますので・・実際、コース上にすててるひともおおいとおもいますし・・」
「・・ふ~ん、でもそれをきいていてもなんか捨てずらいよね?・・ポイ捨てみたいで、わるいことしてるみたい・・」
「・・ですね、抵抗があるかもしれませんね・・まぁ、どうせゴールについたらたいていの選手はゴミ箱にすてるんでしょうけど・・」
「・・でも、あれだよ・・つよかったあいてほど、なんか捨てたくないよな・・それに球にかぎらず、ポイ捨てをあたりまえとかかっこいいとかおもってるやつもユーパンにくさるほどいて、正直がっくしだよ・・」
「・・ポイ捨てがかっこいい?・・そんなことおもってるの?、ユーパンの若者たちは・・かっこうわるいのまちがいじゃなくって?、きいてあきれるわ・・みんながつかう公道にごみを捨てるのがかっこいいだ、なんて・・いつかだれかが拾うってことを、かんがえないのかしら?・・」
「・・ああ、同感だ・・ひとんちにいって、便所でウンコながさないでかえってるようなもんだ、とんだ嫌がらせだ、クサくってたまったもんじゃありゃしねぇ・・」
・・え、それはちょっと、ちがうような・・にしても、きたない例えね・・
3人は勝利の美酒によいしれるついでに、環境問題にまではなしが波及。
「・・それにしてもつよかったね?、あのマスクのひと・・」
「・・はい、まちがいなく強敵でした・・」
「・・ああ・・ヘイセス、おまえのプランがなければまず無傷ですまなかったよ・・」
「・・いえ、ぼくのしたことなど微々(びび)たるものです・・それこそエイビャンが、かれのスタミナを削りきってくれなきゃ、ああうまくはいきませんでした・・」
「・・んなことねぇよ・・」
そう2人が接待風にたがいをもちあげるなか、ふともの寂しげなクレイが目にとまる。
「・・もちろんすべては、策をねろうとはなしをもちかけてくれたクレイあっての功績です、はい・・」
「・・え、そう、そうかな?・・アタシはただ2人をよんだだけなんだけどね、へへっ♪・・」
「・・そうだぜ、この女はオレらをただ一カ所によんだだけであって・・行動にうつしたのはヘイセスとおれじゃん?・・さいごだってやつの球をとって、とどめを刺したのヘイセス、おまえだろ?・・」
「・・えぇ、まぁ、そうですけど・・」
「・・ふんぐぅ~・・」
・・女じゃないし、女じゃないし、クレイだし・・
またもジト目でほっぺたをふくらます、ぶりっ子系女子。
「・・でも、クレイがぼくらをあつめなきゃ、そもそも作戦すらたてられなかったわけですし・・」
「・・でしょ~!?、そうよね、そうだよね?、ヘイセス・・」
「・・はい・・」
「・・んじゃ、そういうことに、しておきましょ・・」
「・・エイビャン・・」
「・・ん?・・」
「・・クレイも立派にたたかってくれました、ひとりでもかけていたらおそらく、かれにはかてなかった・・3人あっての勝利です・・」
「・・ヘイセス!♪・・」
「・・わぁったわぁったよ、みとめるよ・・んーゴホンっ・・」
のどをととのえると、エイビャンがあらためてクレイを一瞥。
「・・アリガトウナ、女・・オマエガイナキャ、カテナカッタヨ・・」
「・・もぅ~、しらない!・・」
恋愛ドラマの1シーンのようにぷんっと顔をそむけると、2人をおきざりに急加速するぶりっ子系女子。
「・・もう、・・よくないですよ、エイビャン・・」
「・・そうか?・・」
・・あぁー・・ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつくぅぅ!・・ってかなんなのよ、あいつ・・アタシだってそれなりにがんばったわよ・・まぁ、あいつのいうとおり作戦をかんがえたのもヘイセスだし、それを実行にうつしたのもヘイセスとあいつなんだけどさ・・でもさ、でもさ、あたしだってちゃんとアクシデントがあったときのために、ヘイセスのとなりでマスクのおとこを一緒においかけていったし・・ヘイセスがマスクのおとこと様子見でたたかったときなんかは、あとすこしのところで助太刀にはいろうともしたもん・・それをさー、なにもしないでただ呼びあつめただだけとかさー・・もぅ、もぅホンっト信じられない!・・それにあいつのあの言い方、ムカつく・・あぁ、ムカァつくぅぅ!・・
目をとじたり、こんどはブロンドヘアーをふりみだしたりと、いかりで文字どおり暴走するクレイ。そんな激おこモードのさなかだった。
「・・エイビャン、エイビャン?・・しっかりしてください、エイビャン!・・」
「・・もぅ、・・なん、なのよ・・」
うしろの異変に、クレイがしぶしぶふりかえる。
「・・!?・・」
するとそこには停止’(ていし)し、地べたにうずくまるエイビャンがいた。
「・・え、なに、ウソでしょ?・・」
かんしゃくを起していたことなどわすれ、あわてて2人のもとにひき返していく。
「・・え、どうしたの!?・・」
「・・いや、わかりません・・とつぜんエイビャンが苦しみだして・・」
「・・え?・・」
そんな2人の心配をよそに、エイビャンはおののひだり手のひも時計をチラ見。
・・やべぇ・・もう、4時をまわってやがる・・たたかいに夢中で、気づかなかった・・
歯をくいしばりむねをおさえると、呼吸が音をたててこわれはじめる。
「・・ぴゅー、すー、ぴゅー、すー・・}
「・・だいじょうぶですか、エイビャン!?・・クレイ、なにかきいてませんか!?・・」
クレイはこわばりながらも、小刻みに首をよこにふる。
・・エイビャン、冗談でしょ?・・急にどうしたっていうの?・・
・・くそぅ、・・時刻はPM4時13分、まだ15分は猶予があるはずのなのに・・やべぇ、んなことかんがえてたら、2人の声が遠のいてきやがった・・気をうしなうまえに、これだけでも・・
すると、エイビャンがやっとこさ黒のGパンのポケットから長方形のなにかをとりだす。
・・え、なに?・・
すけるプラスチック容器、そのなかからとりだされるはの3角のみどりの錠剤。
・・薬・・
そして、その薬をくちにふくむか否かのタイミングで、かれはあえなく気絶してしまうのだった。