第二章: 闇の扉
隼人がその夜、家を出たのは午後十一時を過ぎたころだった。夜空は深い紺色に染まり、街灯の明かりが反射して、まるで冷たく湿った鏡のように道を照らしている。静かな街は、日常の雑音をすべて吸い込んだかのように、ただ静寂が広がっていた。隼人の足音だけが響き、彼の心拍がそれと交じり合うように感じられた。
彼の目的地は、あの古びた倉庫の中にある扉だ。家を出る前、隼人は何度も迷いを感じた。だが、翔太の死を無駄にするわけにはいかない――その言葉が何度も頭をよぎった。あの扉を開ければ、何かが見えてくるかもしれない。隼人はその直感を信じていた。
倉庫までの道のりは、普段通りのものだった。だが、何かが違う気がした。遠くから聞こえる車の音や、時折吹く風の音さえも、どこか耳障りに感じられる。隼人はすぐにその感覚を無視しようとしたが、どうしても振り払えなかった。
やがて、倉庫の前に到着した。周囲は暗く、建物の輪郭もぼんやりとしか見えない。しかし、隼人はその闇の中に、明確な形を感じ取った。倉庫の扉が、どこかしら開かれているように見えた。
隼人は一度深呼吸をし、扉の前に立った。手が冷たく震え、足元が重く感じる。しかし、彼は自分を信じて足を踏み出す。その瞬間、耳元でふと、かすかな音が聞こえた。誰かが彼の名前を呼ぶような、微かな声――。
隼人はその声に反応し、振り返るが、そこには誰もいなかった。まるで風の音のような、誰かの囁きのような気がした。だが、それは一瞬のことで、隼人はすぐにまた扉に向き直った。
「行くしかない。」
そう言い聞かせるように呟き、手を伸ばして扉を開ける。ギギギと、古びた金属が軋む音が響き、冷たい空気が一気に流れ込んできた。隼人はその空気に少し驚きながらも、奥へ進んだ。
倉庫の中はひんやりとしていて、湿気の匂いが漂っていた。薄暗い中、隼人は懐中電灯を取り出し、その光で周囲を照らす。目に入ったのは、かつては使われていたであろう家具や道具が、埃をかぶったまま放置されている様子だった。そこには、何かが隠されているような気配が漂っていた。
そして、ふと懐中電灯の光が何かを照らした。その先に見つけたのは、床に大きなクレヨンで描かれた図形だった。隼人はその図形に驚き、足を止めた。それは奇妙で、どこか不気味な印象を与えるものであった。丸い形が交差し、中心には三角形が描かれている。それが一体、何を意味するのか、隼人には分からなかった。
「これが、翔太が言っていたことなのか?」
隼人はその図形をじっと見つめ、さらにその周りを照らしてみた。すると、床の隅に小さな箱が置かれているのを見つけた。隼人はその箱を手に取り、中身を確かめようとしたが、突然、背後で何かが動いた気配を感じた。
振り返った隼人の目に映ったのは――
一人の男の姿だった。
その男は薄暗がりの中に立っており、顔はほとんど見えなかった。ただ、その背丈とその立ち方から、隼人はその人物がただの通行人ではないことを直感的に感じ取った。男は動かずに、じっと隼人を見つめているだけだった。
隼人はその視線を感じ、言葉を発することもなく、ただその場に立ち尽くしていた。男はゆっくりと口を開いた。
「お前も、もう気づいてしまったのか。」
その言葉に、隼人は恐怖と驚きを抱きながらも、ただ一つだけ確信した――これが、すべての始まりだということを。
こんにちは、Bleuvalブルーヴァル(15)です。
地下からの景色』を第2章、お届けしました。
まだ、プロローグや第1章を読んでいない方は是非!
これからいろいろな小説を気ままに投稿していきたいと思っています。よろしくおねがいします。
この小説は、僕の最初の小説で、身近なミステリー(身近ではないものもあります)を題材に書きました。たくさん読んでいただけると嬉しいです。また、たくさんの感想をお待ちしております。