『地下からの景色』プロローグ
静寂の中に隠された異音。それを聞き取った者は、決して無傷では済まされない――
三島隼人が暮らすこの街は、外から見ればありふれた住宅地に過ぎない。低い山々が遠くに連なり、家々が整然と並ぶ風景。何の変哲もないその静けさが、この地に住む人々の平穏を象徴しているようだ。
だが、平穏の下にはいつでも不穏な兆しが潜んでいるものだ。その兆しが表面化したのは、夏の夕暮れが迫るある日のことだった。
家に戻った隼人は、玄関に足を踏み入れた瞬間、背筋を這うような不快感を覚えた。耳には聞こえないが、まるで脳髄に直接響くような奇妙な振動。それがどこから来るのか、隼人には見当もつかなかった。ただ、その音が不自然であることだけは確かだった。
数日後、幼馴染の相沢翔太が近所の神社で命を落とす。警察は単なる転落事故と断定したが、隼人は妙な引っかかりを感じていた。なぜなら翔太は、死の直前に「地下に何かいる」と話していたというのだ。それが単なる気の迷いだったのか、それとも命を脅かす何かに気づいてしまった結果だったのか――隼人の胸中で疑念が膨らむ。
さらに奇妙な出来事は連鎖するように続いていく。夜更けの静寂を破る不規則な足音。誰も近づかない神社の階段に浮かび上がる暗い染み。家々の裏庭に描かれた謎の図形。これらの出来事がバラバラの偶然ではなく、共通する意味を持つのではないかという不安が隼人を蝕み始めた。
翔太の葬儀が終わったその夜、隼人は自宅の倉庫で古びた扉を発見する。取っ手は錆びつき、「触れるべきではない」と警告するかのように扉の表面には無数の傷跡が刻まれていた。しかし、隼人の手は何かに吸い込まれるように取っ手に伸びていった。
扉を開いた瞬間、静かだった世界が何かのスイッチを入れられたように変容した。隼人の目に映る景色は歪み、床の下から響く音が次第に大きくなっていく。どこかで幕が剥がれるような音がし、隼人はその向こう側にある未知の領域に足を踏み入れる覚悟を決めた。
この扉の先に待ち受けるものが何であるか、彼はまだ知らない。しかし、それが自らの人生を取り返しのつかない方向へ導く扉であることだけは、薄々感づいていた――。
こんにちは、そしてはじめまして、Bleuvalと申します。
今回から『地下からの景色』を10章に分けてお届けしたいと思っています。
これからいろいろな小説を気ままに投稿していきたいと思っています。よろしくおねがいします。
この小説は、僕の最初の小説で、身近なミステリー(身近ではないものもあります)を題材に書きました。たくさん読んでいただけると嬉しいです。また、たくさんの感想をお待ちしております。