生誕祭の復讐劇~私たちの国盗り物語~
二千年前、この国を造った女神アストランティアが地上の少女メイベルを選び、彼女に力を与えた。メイベルは聖女としてこの国を導きこの国の礎を築いた。
ランティア王国と名付けられたその国は、聖女メイベルに感謝をささげるために彼女の生まれたとされる日を生誕祭として祝うこととした。今では王国民の行事として定着している。
今宵は、聖女メイベルの生誕祭の前夜だ。皆、愛する人や家族と楽しく過ごすのが習わしになっている。
すべての悪を覆いつくすように朝から降った雪も今は収まり、澄み切った夜空に瞬いているのは伝説のユニコーンやいくつも首を持つ大蛇、そして羽を持った狩人たちだ。
月の静謐な光は地面の雪をうっすらと輝かせ、積もる雪のせいか前夜祭の喧騒は感じられない。
王都の大聖堂は尖塔が三つほどあり、その建物の高さは王都の時計塔に匹敵する。
内部の無数のアーチの先には魔方陣のような丸いステンドグラスを背景にこの国の創造主と言われる女神アストランティア像がそびえる。その傍らに控えている女性の像は聖女メイベルだ。
そしてその大聖堂の地下の一室に若い男女が集っている。
「やっとこの日が来たわね」
「ああ、大丈夫かリン?」
「レイ、もちろん準備万端よ。シュルート王太子の方は?」
「結婚式までに開かれる大きな舞踏会は明日だけだから、決行するのは間違いないよ」
リンと呼ばれる若い女は十八歳。フェリン・ヒックス公爵令嬢。
艶めいた黒髪に紺青の瞳。鼻筋の通った顔は一見すると冷たく見えるがとても美しい人だ。
リンに声をかけたのはこの国ランティア王国の第二王子レイナルド・リクニス・ランティア。
ニ十歳。金髪に藍の瞳。整った顔立ちは、まさしく王家の人間だと思わせる。
「アンの方は?」
「問題ないわ。楽しみなくらいよ」
リンの傍らにいるのはジョアンヌ・カーディ男爵令嬢。通称アン。十七歳。
綺麗な桃色の髪を軽く一つに三つ編みをしている。可愛らしい容姿なのに何処か儚げな風情が漂う。空色の瞳を細めてリンを見つめる。
さらにレイナルドの横には騎士団長の次男、カイル・ヘイワード。通称カイ。年は二十二。この中では一番の年長だ。体も大きく、黒髪で黒い瞳。その眉毛の濃い顔立ちは人を寄せ付けない武骨さがある。
彼はその隣にいる聖女アーミンの護衛だ。
アーミンの通称はミン。リンと同じ十八歳。
ミンは大きな癒しの力を持っている。プラチナブロンドの髪に光によって金や緑に代わる不思議な瞳を持ち、聖女らしく優しい顔立ちで多くの民から慕われている。
「ロイとサイは遅れているのか?」
「サイから連絡があって、急に大型の魔獣が出たそうよ。ちょっと遅れるって」
レイの問いにアンがそう答えると、部屋の隅に渦ができて、ロイとサイが姿を現した。
「サイのところはここよりずっと寒いんだ。俺、寒いの苦手」
「何を言っているの、大魔術師様が」
「ミン、そうだな。俺は大魔術師様だった」
腰に手を当てて、おどけるロイ。
ロイは通称で、正式名はアロイス・クロフト。ロイはこの中で一番若く、まだ十六歳。
茶色の髪に緑の瞳。幼さの残る風貌ではあるが、彼にできないことはないというくらいの才能のある魔術師だ。もちろん転移術も使える。ミンとカイ以外の皆をここに連れて来たのも彼だ。
そしてサイの正式名は、サイラス・カディンガム。二十一歳。北東にあるこの国一番の広い領地を持つ辺境伯の長男でいずれはカディンガム家を継ぐ。代々火魔法の使い手。精悍な顔立ちにダークブロンドの髪と黒い瞳を持つ。火魔法を使う時は瞳が赤く変わる。カイには及ばないが体も大きい。
カディンガムの地は魔獣の出現が多く、父子のいずれかが、いつも討伐に向かっていると言う状態だ。
「アン、師はどうしてる?」
「とても元気よ。この復讐が終わるまで死ねないって」
「そうか。いよいよ明日だな。アンが我が家に来てくれれば魔獣の討伐も楽になるよ。楽しみだ」
サイが優しい眼差しをアンに向ければ、アンも笑顔で彼に応える。
「おいおい、二人の世界に入るなよ。今日は明日の最終確認だぞ」
「レイ、お前だって人の事言えるか。やっと明日、リンに結婚の申し込みが出来るんだろ」
「あら、カイだってミンと結婚できるのよ」
そうリンが言うと、カイは恥ずかしがって顔を赤くして頭を掻いた。
「ずっと、ミンを見守って来たものね。そろそろ報われてもいい頃だわ。そうよねミン」
「ええ、もちろんよ。カイ以外の男の人に興味はないわ」
「なんだ、俺だけ仲間外れだぞ。こんなに働いているのに」
「まだ十六なんだから。そのうちいい人が現れるわよ」
リンに言われて、ロイは頬を膨らませた。
「今日は神殿長は来るの?」
ロイが部屋を見回してミンに聞いた。
「さすがに生誕祭前夜は無理ね。でも皆によろしくって。明日の事は心配するなって」
「神殿長にとっても、長い年月だったろうからな」
レイが呟いた......。
彼らは幼少の頃から、十年近く、表通りからは見えない森の中にある瀟洒な屋敷で一緒に貴族としての知識と教養、そしてそれぞれが持っている特質や魔法の技術を磨いた。
ミンとカイ、そしてリンとアンは孤児院にいた。サイとレイは王都の貧民街で浮浪児としてその日暮らしをしていた。
師と呼ばれるラバン・カーディ男爵は貧民街を歩いていて、つたない火魔法を使って枯れ葉に火をつけ、暖を取るサイを偶然に見つけた。
彼の容姿から、一年前に攫われたカディンガム辺境伯の長男に違いないと思った。以前に仕事の関係でカディンガムの領地に行った時に彼を見たことがあったからだ。だが、サイは逃げる時に頭を打ったらしく、全く過去のことを覚えていなかった。
汚い恰好はしているものの、傍らにいるレイの容姿にもラバンは光明を見出した。きっとどこかの貴族の落とし胤にちがいない。さっそく彼は二人を保護して、森の中の屋敷で育てることにした。
孤児院を回っているうちに、不思議な瞳を持つせいで虐められているミンの噂を聞いた。光によって変わる瞳はあまり知られていないが、大きな治癒能力が潜在している証拠だ。
すぐにミンを保護した。そしてミンを守っている体の大きなカイも一緒に引き取った。
しばらくして王都から半日ほどのところにある孤児院の院長が、怒ると光る子がいると教えてくれた。
出向くと可愛らしい四歳の女の子だった。
その子アンは「食べるために強くなったの。光るとみんなわたしに遠慮するようになったから」と胸を張って言った。そして、いつも彼女を見守ってくれる大好きなリンと離れたくないと言うので一緒に二人を連れて来た。リンは小さいながらも顔立ちが綺麗で、その美しい瞳には意志の強さが現れていた。
ロイはそれから遅れること二年ほど。ある魔術師が捨てた女性の子だ。魔術師から貰ったお金を使いつくして、途方に暮れていた彼女にお金を渡し、ロイを屋敷に引き取った。
そして、元貴族ではあったが不遇な人生を送っている何人かの人々を彼らの教育係として雇った。
何故そんなことをする必要があるのか?
すべては復讐のためだ。
ラバンには、昔、愛しい妻と可愛い娘がいた。
十七歳になった娘エリスが女学園時代の友人であるヒックス公爵家の令嬢フローラから招待されて夜会に出かけた。
今年の春に卒業してからは友人たちに会う機会も少なくなったから、久しぶりにゆっくりおしゃべりを楽しみたいわと言って出かけた。
公爵令嬢フローラはエヴァンス王太子の婚約者だ。
エリスはまずはホールで令嬢フローラやその親族、フローラの横で笑みを浮かべている王太子に挨拶をし、その後、友人たちと共に、公爵邸の庭を散歩しながら話に花を咲かせていた。
エリスはホールに戻って、父親が買ってくれたイヤリングの片方を落としたことに気が付いた。友人たちも一緒に捜すと言ったのだが、エリスは「大丈夫だから美味しいものを食べてて」と、一人で庭へ行った。
日の長い季節ではあったが、地面の近くはかなり暗くなって来たので、エリスは這うようにしてイヤリングを捜した。落ちた拍子に石にぶつかり転がって行ったのか、小径から少し外れたところに光るそれをやっと見つけた。拾おうとして近くまで行き屈んだ時にひそやかな声が聞こえた。
聞くともなしに耳をすませば、男二人が話している。
「これを飲ませれば良いのか」
「ああ」
「父上は婚約解消なら王太子も解消と言うんだ。イーディと一緒になるにはこの方法しかない。イーディにも早くしろと言われているんだ」
「結婚式も近づいてますからね」
「効果はどれくらいで現れる?」
「夜飲んだら、朝にはかな」
「量は?」
「半分で十分だよ。あとは何かのために取っておくといい」
「フローラは苦しむのか?」
「いや、眠るように亡くなるはずだ」
「わかった。金はあれでいいのか?」
「ああ、もっと欲しい所だが、いずれ側近に取り立ててくれるだろ?」
「もちろんだ」
エリスは驚いて心臓が飛び出るかと思った。見つかるわけにはいかない。心臓の鼓動がうるさくて、彼らに聞こえるのではないかと思いながら、ゆっくりと後ずさった。イヤリングを拾う余裕はなかった。
音も立てなかったから分からないはずだった。だが慌てていたのか小径の端に躓いてしまった。それでも追いかけてくる気配はなかったので、急いでホールに戻った。
不幸なことは、エリスの髪色が珍しい赤だったことだ。
小径に躓いたエリスを二人は見ていたのだ。
イヤリングに気づいた男はそれを拾って言った。
「私に任せてください。また、貸しが出来ましたね。礼はいずれ貰いますよ」
「わかった」
王太子は頷いた。
エリスは今聞いたことをフローラにどうやって告げるべきか分からなかった。あまりにも非現実的で狂言だと言われかねない。なぜならフローラは王太子を愛しているからだ。
愛する人が自分を殺そうとするなんて、信じるわけがない。
エリスはホールに続くサロンの端の机に置いてある紙とペンを見つけ、それに日付を入れて、忘れないようにと彼らが言ったことを書いた。そしてその紙片を隠しポケットに入れ、あの薬を飲ませるのはいつか分からないから、とりあえず今日は帰って父親に相談しようとフローラに挨拶をして公爵邸を辞した。
エリスの馬車を追いかける者がいた。
人通りが少ない場所に来た時、彼が馭者に声をかけた。
「こちらはエリス・カーディ様のお乗りになっている馬車でしょうか」
「そうですが」
「私は公爵家の使いの者です。エリス様がこのイヤリングを落とされたのでお届けに上がりました。直接お渡しするようにフローラお嬢様から言伝されました」
「分かりました」
男は馬車の扉をノックすると同時に馬車の中に入り、時を置かず馬車から出て来て、馭者に挨拶をしてもと来た道を戻って行った。
男爵邸に着いて馬車の扉を開けた馭者は血まみれのエリスを見つけて仰天した。
すぐに男爵夫妻が駆け付けたが、エリスはもう事切れていた。
エリスの母のナターシャはエリスに縋り付いて泣いていたが、隠しポケットに何かがあるのを見つけ、それをすぐにラバンに渡してまた泣き崩れた。
ラバンはその紙に書かれている内容を読み、愕然とした。
娘の殺された理由を知った彼は、いずれ、これに書いてあることは何らかの方法で公にしようと決心して、その紙片は胸ポケットにしまった。
気がかりはフローラ嬢だが、悪いが今はそれどころではないと思った。
貴族が事件に巻き込まれた時は王宮警備隊に知らせることになっている。すぐに警備隊が来たが、馭者の言う公爵邸の使用人は帽子をかぶり、月明かりもなかったので特定するのは難しいだろうと言われた。
彼らは明日の朝いちばんで公爵邸に調べに行くと言って帰った。
エリスは医者に手当てをしてもらいお気に入りのドレスを着せてベッドに寝かせた。ナターシャは一睡もせずにエリスの手を握っていた。
ラバンももちろん眠ることなどできなかった。
朝になって、警備隊が駆け込んできた。
フローラ公爵令嬢が自室で亡くなったと言うのだ。外傷もないし遺書もないのでたぶん心臓の突然の発作だろうという。それでエリス嬢の事件を調べるのはもう少し後になると言って、申し訳なさそうに帰って行った。
エリスの事件は、通りすがりの犯行か、エリスによこしまな想いを抱くものの犯行だろうということになった。
エリスの葬儀が済んだ後、ウェイドが慌ててやって来た。スタンリー男爵家の次男の彼は、領地が繁忙期のために手伝いに帰っていたのだ。
彼はエリスの婚約者で、幼馴染だ。相思相愛でお互いをとても大切にしていた。エリスが十八になったら結婚するはずだった。
エリスの墓に張り付いて泣く彼にラバンはエリスが残した紙片のことは、今は言わないでおこうと思った。
その後、ウェイドはエリスの魂を見守りたいと神殿に入った。
エリスを亡くしてからはほとんど食べ物を口にしなくなったナターシャは、もともと虚弱体質だったこともあり、一年後にエリスのもとに旅立った。
ラバンは自分がこの世にいる意義を見出せなくなった。二人の下に行きたいと心から願った。
そんな時にエヴァンス王太子とイーディ子爵令嬢の結婚の報を聞いた。
(私が死ぬのは、すべてを終わらせてからだ)
そう決心した。
カーディ男爵家はに三年前に領地に銀鉱山が発見され、資産が増えつつあった。だが、ラバンは贅沢することなく謙虚に暮らしていた。
銀鉱山は順調に採掘量を増やしているから、資産もますます増えるだろう。彼は、この資産をすべて復讐のために使うことを決意した。
ただ彼らを亡き者にして自分が罪を被ると言うのは論外だ。
時間がかかっても、王家を乗っ取る。立ち上がれないほどに叩き潰す。
それからは数年間、情報収集に勤しんだ。
そして、ウェイドにも事の詳細を打ち明けた。驚きに目を瞠った彼は、自分が役に立つならどんなことでもすると言った。
「まずは出世してくれ。神殿の権力を掌握して欲しい」
「分かりました」
公爵家に伝えるのは、まだあとだ。
王太子に王子が生まれた。
その二年後にも王子が生まれた。
彼は復讐の方法を考えた。
急ぐことはない。
同年代の役に立つ子供を集めて教育し、その王子たちと係わりを持たせる。そして何らかの方法で王子たちを排斥、国王夫妻にも退場してもらう。その時にあの事実を初めて公にし、彼らを断罪する。つまり子供たちに国を盗んでもらうのだ。
だから、ラバンはあちらこちらの孤児院を回って歩いた。
思い通りの子供たちを集めて、様々なことを教えるのは思ったよりも楽しかった。
彼らは、ラバンをいつしか師と呼ぶようになった。
それでも、ラバンは子供たちが物心ついたときに、きちんと自分の計画を話した。
「このことに賛成できない、協力できないと言うのであれば抜けてくれて構わない。お前たちの幸せを優先してくれ」
子供たちは誰一人抜け出すと言わなかった。師のことが好きだったし、自分たちの能力を開花させてくれる環境が楽しかった。むしろ彼らは将来の目的ができたと言って喜んだ。
カディンガム辺境伯にはサイを保護してサイが落ち着いたころに、
「あなたの息子と思われる男の子を保護した。彼は攫われた時に頭を打って昔のことを忘れているが、火魔法を器用に使うので間違いないだろう」
そう伝えたら、喜びの文がすぐに帰って来た。だが、今は魔獣も多く、領地を留守にできないので、迎えに行くまで預かって欲しいと書かれていた。
その間、ラバンは事細かにサイラスの様子を彼らに伝えた。
それから二年が経ちサイは少しずつ過去のことを思い出して来た。辺境伯もラバンからの手紙で自分たちの子サイラスに間違いないと確信した。
そんなある日、フェンリルに乗った辺境伯夫妻が森の中の屋敷に降り立った。
二人はサイラスを抱きしめると、涙を流して喜んだ。
サイは言った。師にまだ恩返しをしていないので、あと三年ほどここで修業したい。必ず辺境領に帰って、役に立つ人間になると。
二人は了承した。年に一度は会いに来ると言って辺境領に帰って行った。
サイは、フェンリルの漆黒の瞳が忘れられなかった。いずれ俺もあの子たちを操ることのできる日が来るのだと。
カイのその強さは別格だった。レイもサイも強いのだが、彼はきっと魔法に似たギフトを貰っているのだろうとラバンは思った。
財力と伝手を利用して、騎士団長のヴォーン・ヘイワードと親しくなった。ラバンは騎士団長の全ての情報を手に入れている。彼は強いものが好きだ。
だから、会うたびにカイと言う少年が天才的な剣士であることを吹聴した。
そしてある日、彼に言った。
「あなたには一人しか男の子がいない。彼はすでに第一王子の側近兼護衛として仕えることが決まっているのですよね。神殿では発見された聖女の護衛を捜しています。年があまり離れてない者が良いらしい。カイをあなたの養子にして聖女の護衛にさせたらいかがですか? 王宮と神殿の双方に伝手ができるのです。あなたの地位は盤石ですな」
騎士団長は、カイの腕前を見て、即決した。
その少し前に、十一になったミンが聖女として神殿に入った。
ウェイドは三人いる副神殿長の一人だったが、ミンを見出したことで、頭一つ抜け出すことになった。
そして、しばらくしてからラバンはエリスの書いた紙片を持って、ヒックス公爵家を訪れた。
フローラの父の公爵はすでに息子に公爵位を譲っていて、国の貴族院の仕事をしていた。
ラバンは、エリスの部屋をやっと整理する気になって、この紙片を見つけた。娘が殺されたのはここに書いてあることが真実だからだ。そう彼に話しをした。
その紙片を読んだ前公爵は烈火のごとく怒り、身体を震わせた。
「許せない。いますぐ引きずりおろしてやる」
彼がそう言うのは想定済みだ。
「そんなに急いでは、すべてが台無しになります。相手は国王ですよ。正攻法では無理です。すべてもみ消されてしまいます」
「うーっ、確かにそうだ」
「それにまだ、証拠は娘の書いた紙片だけです。もう一つ証拠があればと考えています」
「見つかりそうか?」
「ええ、それを手に入れてからが本番です。それでお願いがあるのですが」
ラバンは、フェリンの話をした。
「美しく、所作も完璧。どこから見ても公爵令嬢です。あなたにはすでに孫もいらっしゃる。が、男の子だけですね。いかがですか? 復讐のためです。フェリンを公爵家の養女にしてまだ婚約者のいない第一王子と婚約させてはいかがですか?」
「なぜ、そんなことをしなくてはならないんだ?」
「話に聞くと、第一王子もその父親の国王によく似ているらしい。きっと同じことをするはずです。罠は二重にも三重にも仕掛けるべきです。私に考えがあります。お任せしていただけますか?」
そして、ラバンは前公爵に念を押した。
「このこと今は私達だけの秘密です。他の人間が知ることになると計画が水の泡です。家族にも真実は臥せておいていただきたい、なに、六年ほど待てばきっと全てが公になります。一番の復讐はその時まで私たちが元気でいることです」
説得が功を奏して、リンはヒックス公爵家の養女として、公爵家に向かった。
リンが十二になった時に、第一王子から王太子になったシュルート・アスピル・ランティアとの婚約が整った。
また、ラバンはレイを引き取る前から、王家の第二王子が病弱で別邸で育てられていることを知っていた。
だからラバンはレイを王子、いや将来の国王として育てた。
賢く、すべての責任を持ち、強く逞しく、物事に動じず、公平な判断の出来る人間に。
一方、ラバンはその資産を活用して王妃イーディに近づいていた。
頃合いを見計らって彼女に進言した。
「私は素晴らしい保養地を知っています。景色も空気も綺麗で、気候も穏やかです。レイナルド様を預けていただければ、きっと元気にして見せます。もちろん費用は私が持ちます」
イーディは病弱な王子にあまり関心を持っていなかったので、ラバンの言うことにすぐに同意した。
ラバンはもちろんレイナルドの命を取ろうと思ったわけではない。ただレイと入れ替えるだけだ。だが、レイナルドはすでに手の施しようがなく、手厚い看護の甲斐もなく、引き取ってから二年ほどで亡くなった。
十四歳になったレイナルド・リクニス・ランティアことレイは、王宮の皆の前にその姿を現した。
アンはラバンの養女とした。ラバンは第一王子の好みを徹底的に調べ上げて、彼女の可愛らしさを磨いた。なぜかサイが戸惑って彼女を見る。
そういう時は決まってアンがこう言う。
「サイ、何の心配もいらないわ。いざとなったら、ホラ」
回りを水浸しにする。公にはしていないが、彼女は光魔法だけだはなく水魔法も使えるのだ。
それをサイはいつも火魔法で乾かす。
ラバンはロイを早くから魔術学校に通わせた。十歳になるころには、教師たちから、もう教えることはないと言われた。
それからは研究所に通うかたわら、皆の連絡係として転移術を磨いていった。
瞬く間に六年の月日が流れる。
レイは王立学園に編入、一位の成績を他者に譲ることなく卒業。
この頃から、王太子にはレイナルド殿下の方がふさわしいと言う声が上がり始める。
リンとアンは同じ王立女学園に通ったが、二人が人前で会話をすることはなかった。
「可愛いだけが取り柄の男爵令嬢」とアンのことを悪く言う女生徒にフェリンが言う。
「勉強もできるわよ。そう言う言葉はあの子より出来るようになってから言ってね」
「やっぱり下位貴族って、マナーがなっていないわね」
そう言う人には、フェリンは首を傾げて
「具体的には?」と聞く。そうするとたいていの女性は口ごもってしまう。
「人のことよりも、自分を磨きましょうよ」
花のような笑顔を見せて、優しく諭す。
フェリンは孤児院や救護院への奉仕も率先して行う。自分の服が汚れるのも厭わず孤児たちの世話を焼く。
フェリンは賢く、美しく、そして公平な公爵令嬢とますます評判が上がった。
彼女ほど王妃に相応しい人はいないと殆どの人は思った。
だが、その噂を聞くシュルートは面白くない。自分より目立ってどうすると思い、だんだん賢くて美しいリンが疎ましくなってきた。
そんな時に、ラバンが王妃の下に来るときに、必ず連れて来るジョアンヌに目を止めた。
可愛い。何をさておいても可愛い。王子の自分に臆することもなく自然に話題を投げかける。
いつの間にかジョアンヌにすっかり夢中になっていた。
それはいつも傍らに控えている騎士団長の長男イクス・ヘイワードも同じだった。
イクスの評判は良くない。王太子の威光を笠に着て、下の物には厳しく当たる。
鍛錬の時も、相手が降参してもまだ打ち付けるという。
シュルートはジョアンヌを庭の四阿に時々誘っては、ジョアンヌの好みを聞いたり、一緒にゲームを楽しんだりした。
「ジョアンヌ、君はフェリンと同じ学校だよね。フェリンはどう?」
そう聞かれてジョアンヌは顔を曇らせた。
「私が殿下と仲が良いと学校でも噂になったせいか、廊下ですれ違いざまに肩をぶつけられたりすることがあるの。きっと焼きもちを焼いているのね」
「それは問題だな」
ある日、王宮でフェリンとジョアンヌが階段を挟んでばったり出会った。実は計画のうちだから二人ともニコッと笑って、階段ですれ違った。フェリンは上から、ジョアンナは下から。
すれ違ってフェリンが階段を抜けた時にジョアンヌが「痛ーい」と大きな声を出した。
近くにいたイクスが慌ててジョアンヌの下に来た。その時にイクスはフェリンと階段下ですれ違った。
「どうした!」
「ううん、私が悪いの。私が殿下と仲が良いから」と言って涙ぐんだ。
「怪我は?」
「少し足が痛いけど大丈夫。歩けるわ」
また、別な日には
「イクスが君が池の傍で濡れていたと話していたが、何があったんだ」
「私も良く分からないの。蓮の花を見ていたら突然後ろから押されて」
「イクスは同じ庭にフェリンもいたと言ってるぞ」
「え、そうだったのね」
そして最後の切り札。
「殿下、言うべきか迷っていたんだけど、最近、私に怪しい手紙が届くの。殿下から離れろって書いてあるの。これよ」
「ん、この香りは知ってるぞ」
「やはり、そうなのね。彼女よね」
種は撒かれた。これが婚約破棄に育つのは時間の問題だった。
生誕祭の一か月前の話だ。
「ジョアンヌ。私は君が好きだ。愛している。母上も君が気に入っている。どうか私の妃になってくれないか?」
「嬉しいわ、シュルート様。でも、フェリン様との婚約はどうするの?」
「私が何とかする」
アンがシュルートからそう言われた。
さて、エリスを手にかけた男はどうなったか。
ラバンは復讐をすると決心してから、すぐにあの日の公爵家の招待客を調べ始めた。
違法な薬を入手できるものは、裏社会に出入りできるものだ。
そして、子爵家の三男であるコーデンにたどり着いた。彼は賭け事が好きで裏社会とも通じている。
ラバンは彼をしばらく泳がせていた。
あれからコーデンは、エヴァンスの側近として取り立てられたが、事務仕事などしたことがない彼は、あまりにもミスが多くて周りから顰蹙を買い、一年後には辞めさせられていた。
それからは王太子エヴァンスから月々に貰うお金で、生計を立てていた。が、賭け事で負債が増えて、エヴァンスも彼を疎ましく思うようになっていた。
ラバンは変装してマットと名乗りコーデンに近づいた。腹の中はすぐにでもこいつを殺してやりたいと思っていたが、表面には出さず、時々、酒もおごってやった。
コーデンは、だんだんとラバンに気を許し、親友とまで言い始めた。
ある日酔ったコーデンが言った。
「俺はな、親友のお前だから言うが、王太子の秘密を知っているんだ。だから金には不自由しない」
「すごいな。どんな秘密なんだ」
「マット、秘密は言ったら秘密にならないだろ」
「だがな、考えてもみろ。相手は王太子なんだろ。お前をどうにかすることも出来るんじゃないかな」
「あいつにそんな度胸があるか」
「でもな、状況は変わる。王太子だからいずれ国王になるんだろ。何でもできるようになるんじゃないか? 本当に大丈夫なのか?」
「確かにそうだな」
ラバンは肩掛けカバンから紙とペンを取り出した。
「この紙に、王太子の秘密を書いて署名しろ。俺は見ないぞ。それを持っているだけだ。お前に何かあったら友達がそれを新聞屋にでも売ると言っておけばお前の身の安全は保障される」
「なるほど。それは良い考えだ」
こうしてラバンは、自白書と言えるものを手に入れた。
その後、コーデンは借金がかさみ、賭け屋の大元に目をつけられて、しばらく人目に付かないように暮らしていたが、ある日、隠れていることに疲れた彼はそっと飲みに行った。
なぜかその時に喧嘩沙汰になり牢屋に入れられたが、酒のせいなのか次の朝には心臓の発作で亡くなった。
ラバンはこの男はいずれ誰かに殺されるに違いないと思っていたので、手は出さなかった。
そしていよいよ聖女メイベル生誕祭当日。
王宮の贅を尽くした豪華なホールに、王都にいる殆どの貴族が集まっている。
人々は王家や高位貴族への挨拶も済み、あちらこちらで歓談が始まり笑い声も聞こえる。音楽が奏でられダンスの時間に移ると言う時に、ランティア王国の王太子であるシュルート・アスピル・ランティアが声を上げた。
「皆の者、聞いてくれ! 大切な話だ。フェリン・ヒックス、私の前に」
その声を受けて、美しい紺色のドレスを纏っているフェリンは、臆することなくシュルートの前まで静かに足を運んだ。
会場の人々は一斉に彼らを見た。
シュルートの傍には、カイの兄である騎士団長の長男イクスがいる。
「ジョアンヌは私の傍に」
アンは俯きがちに、彼の傍に立った。桃色の髪と白い肌がシャンデリアの光に映えて輝き、儚げな容姿を引き立てている。シュルートは思わず見とれた。
何としてでも婚約破棄を成功させてフェリンを追い払おうと思った。
「フェリン。これから私の言うことをよく聞くんだ。お前はここに居るジョアンヌを嫉妬のあまり危害を加えたな? そうだよなジョアンナ」
「はい、とても怖い思いをしました」
「危害? いいえ、そのようなことはしていませんわ」
「すれ違いざまに彼女にわざとぶつかり、彼女を転ばせたり、王宮の階段で彼女を突き落とした。そればかりではない。池の脇に佇んて蓮の花を愛でていた彼女を後ろから押して、池に落とした」
「そんなことをするはずもありませんわ。なぜ私がそんなことをする必要があるのですか?」
「もちろん、私の真実の愛がジョアンヌにあると知ったからだ」
「そうだとしても、ジョアンヌ様に危害を加えることなどあり得ません」
「言い訳など聞きたくない。事実は事実だ。お前は周りの受けはいいかもしれないが、実際は陰湿なやつなんだな」
「殿下と私は六年近くも婚約者でしたのに、お互いに何も見ていなかったのですね」
シュルートは、イクスに封筒を渡してくれと言った。
「では、この手紙を見ろ。見覚えがあるだろ」
「いいえ」
「これにはお前の香水の匂いがついている。お前の香水の香りぐらい分かるってことだ」
「私の香水など、同じものはいくらでも手に入ります」
「いいか。階段と池のある庭では、イクスがお前を見ているんだ。いい加減に認めろ」
「していないことを認めるわけにはいきません」
「なるほど。そんな嘘つき女とは結婚できない。お前との婚約を破棄する! お前は懲罰塔に入って反省するんだな。いつ出られるかはお前の態度次第だ」
そこでレイナルドが前に出た。
「イクス、本当にその現場を見たのか?」
「突き落としたりするところは見ていないが、二度ともフェリン嬢が近くにいた。間違いない。常々彼女はジョアンナ嬢を目の敵にしていた」
「だが、それだけではフェリン嬢がやったとはいえないだろ?」
そこに、国王と王妃たちと並んでいた聖女アーミンとスタンリー神殿長がレイナルドの傍に来た。もちろんミンの後ろにはカイルが控えている。
聖女アーミンがおごそかに口を開いた。
「国王陛下、私は昨夜、夢を見ました。天からの警告です。それは、生誕祭の舞踏会における一連の出来事は、全てジョアンナ様が王太子妃、ひいては王妃になりたいがための狂言であるというものです。また、たいした裏付けもなく信じたシュルート王太子には王としての資質に欠ける。一刻も早く王太子をやめさせなければ、この国の未来はないと」
一歩前に出た神殿長が、聖女の言葉を引き継いだ。
「聖女様の能力は皆様も知るところです。長年の婚約者に無実の罪を着せるなどとはあってはならないことです。シュルート殿下が王太子を退任しなければ、神殿としては遺憾ながら王家と袂を分かつことも考えております」
ざわつく会場を、手で制したレイナルドは国王の前に跪く。
「父上、ご決断を。聖女と神殿に見放されてしまえば、この国は終わりです。兄上を王太子から解任してください」
「うっ、......わかった。仕方がない。今日、この瞬間から、王太子はレイナルド・リクニス・ランティアとする」
「そ、そんなばかな。ジョアンヌ、すべて真実だと言ってくれ」
ジョアンヌは俯いたまま小さな声で「ごめんなさい」と言って後ずさり、シュルートと距離を取った。
神殿長がさらに一歩、前に出た。
「実は今朝、聖女メイベルの足元にこのようなものがありました。読ませていただきます」
それは、エリスが書いたものと、コーデンの自白書だった。
ウェイドはエリスの書いたものを、やっと君の仇が打てるとそう思いながら、会場全体に響く声で読み上げた。
そして、それを読み終えた後に続けてこう言った。
「エリス・カーディ男爵令嬢はヒックス公爵家の夜会からの帰り道に殺されました。国王の婚約者であったフローラ嬢も夜会の次の朝に亡くなっています。これがどういうことか皆さまにはお分かりいただけますね」
会場は水を打ったように静かになった。あまりにも衝撃的な内容だったからだ。
国王の顔色は青く、握られている両手は震えている。
そこにヒックス前公爵が現れた。前公爵と言えども、まだ貴族院の頂点に君臨している。
「国王も王妃も殺人者だ。殺人者が国王なんて国民として恥ずかしくないか? 私はここに国王の退任とその罪に値する罰を要求する! レイナルド王太子殿下、君は国王としてこの件を裁いてくれるか?」
「ここに居る貴族の方々の同意があれば、もちろん引き受けます」
「異議のあるものは、手を挙げて、その理由を言ってくれ」
だが、だれも手を挙げる者はいなかった。
「それではレイナルド国王に拍手を」
会場の拍手は王宮中に響いた。
レイナルドは一段上に立って、皆に深々と礼をした。
「さて、まずはジョアンヌ。嘘をついてシュルートを欺いた罪は重い」
「ごめんなさい。王妃になりたかっただけなの。お父様は何も知らないわ。私がエリス様に似ているからって大切に育ててくれたの。それに今、お父様は具合が悪くて寝ているの」
「わかった。男爵の罪は問わない。だがお前は北の川の側にある懲罰塔にしばらく入るがいい。正式な罰は追って沙汰する」
そして、会場を警備している騎士に連れて行けと言った。
ジョアンヌは俯いたまま騎士に連れられて会場を後にした。
「次は兄上そしてイクス。国を混乱させた罪で、しばらく貴族牢に監禁する。罰は貴族たちと話し合って決める」
「ちょっと間違っただけだ。偉そうに。お前なんかただのひ弱な王子だったじゃないか。本当に強いのは誰かを思い知らせてやる」
イクスが剣を抜いてレイナルドに躍りかかった。
しかし、レイナルドにその剣が届く前に、難無くカイルに捌かれて、その場にしりもちをついた。
「兄上。聖女様もいるのに剣を抜くとは何事ですか。罪の上乗せをしないでください」
珍しくカイが口を開いた。
「お、お前、口が利けたのか」
ミンは、聖女にあるまじきとは思うのだけれど、カイを馬鹿にする人だけは許せない。何があってもこの人には治癒をしないと決めた。
「では次に、父上、そして母上。申し訳ないが、この中で一番罪が重いのはあなた達だ。特に父上は許しがたい。今は自室に監禁と言う形を取るが、重い罰になることを覚悟して欲しい」
エヴァンスは、何も言うことも出来ずに視線を彷徨わせているだけだ。
「レイナルド、私はあなたの母よ。その母にそんなこと出来るわけがないわよね」
「私はあなたの子である前にこの国を背負うことを決意した王です。私利私欲で物事を判断するわけにはいかない」
「そんな、そんな風に育てた覚えはないわ」
「私は、母上に育てられていません」
「......」
そしてレイナルドは人々を見渡し、良く通る声で告げた。
「私には私と共にこの国を導いてくれる人が必要だ。皆も知っている通り、フェリン公爵令嬢は王妃に相応しい人だ。私はこの国のために彼女と一緒に歩みたい」
レイナルドはフェリンの前に佇み、その両手をしっかり握った。
「フェリン・ヒックス公爵令嬢、私の気持ちを受け取ってくれるか?」
「はい、あなたと国民のために喜んでこの身を捧げます」
ここは川の側にある懲罰塔。
アンがそこに入るとすぐに、ロイが現れた。
「上手く行って良かったね。師もすごく喜んでいたよ」
「さすがロイね。会場の様子を見せていたのね。でも、ロイの出番まで行かなくて良かったわ」
「魔法で自白は信用できないって人もいるし、精神をやられることもあるからね」
「ええ」
「師が、これでいつでもあちら側に行けるって」
「私たちは、まだまだ師を必要としているって言った?」
「もちろんさ。あ、お腹空いているだろ。クッキー持って来たよ」
「まあ、嬉しい。ロイ、大好き!」
「俺もアンが大好きだよ!」
だが、アンはそれ以上ロイの言葉に反応することはなく、クッキーに噛り付いた。
ロイは秘かに「ちぇっ」と舌打ちをした。
「これから飛び降りるの?」
「そうね。クッキー食べたらね」
「ホントに大丈夫?」
「川の水は私の味方だから大丈夫。それまでがちょっと恐怖かな。でも警備の騎士に飛び降りるところを見せないといけないから頑張るわ。あと髪を金髪に戻してくれる?」
「ああそうだったね」
「飛び降りるときはこのショールを髪に巻くから気が付かれないと思うわ」
「じゃ、またサイの屋敷でね」
「ええ」
しばらくして、ジョアンナが塔から飛び降りた。
川の水はアンを優しく包んで、こちら側からは見えない反対側の川辺に届けた。
それでも少しは濡れてしまう。そのアンを待っていたサイがすぐに乾かす。
「君がとにかく無事で安心した。ロイも知らせてくれたけれどやはり心配だった」
「すべてが脚本通り進んだわ」
「俺は待っているだけだったが」
「あなたがいつも待っていてくれるから、今まで頑張れたのよ」
そうアンに言われてサイは彼女を思わず抱きしめ、そして口付けた。
サイはアンを毛布にくるみ、抱きかかえて林の中に入った。
「アル、寒いのに来てくれてありがとね」
そこには、アルと呼ばれるフェンリルがしっぽを振って二人を待っていた。
自室に監禁されたエヴァンスは次の日の朝にはベッドで冷たくなっていた。
傍には最期に飲んだと思われるワイングラスが転がっていた。
レイとリンが部屋に駆け付けたが、エヴァンスは穏やかな顔をしていた。
「あの半量を取っておいたのかしら」
「そうだろうな。彼も罪悪感は捨てられなかったのかもしれない」
その後、イーディは精神を患い、そういう人たちが静養している施設に引き取られた。
シュルートとイクスは、ジョアンヌが懲罰塔から身を投げたことを聞かされ、しばらく口がきけなかった。
その後二人は、身分をはく奪されて、南の砦に向かった。
カイルは長年の想いが叶って、ミンと結婚した。
それから五年の月日が流れた。生誕祭の二日前。
ラバンがもう長くはないと、ロイが男爵家に皆を連れて来た。
ラバンは小さな声で途切れ途切れに、彼らに許しを請うように話し始めた。
「やー、皆いるのか。私もいよいよ寿命が来たよ。私の復讐のためにお前たちを使ってしまった。済まなかったな。復讐して気が済んだかと聞かれれば、答えられない。それでもお前たちは私の大切な子供たちだよ」
「私たちは自分で選んだ道を歩んだのです。師のためになることが私たちの幸せだったのです。今の私たちがあるのも、すべて師のお蔭です」
レイがそう言うと、皆が頷いた。
「もし、天国に行けなかったら、生誕祭前夜を妻や娘と過ごせないな」
「師よ。大丈夫だよ。俺たちが見守っているから、安心して家族と会って」
ロイがラバンの足をさすりながら言った。
さすがのミンも老いを治すことは出来ない。少しの延命は出来ると言ったのだが、家族に早く会いたいから、そんなことをするなと言われた。
彼は次の日の朝に静かに息を引き取った。
ラバンは男爵家のすべての資産をロイに譲った。というより、ロイに管理を任せた。
彼なら、子供たちが必要な時にそれを有効に使ってくれるだろうと思った。
アロイスは、軽い性格に見えるが、客観的に物事を考えることができる人間だ。
それに皆の所へもすぐに行ける。
そして、それから一年後の生誕祭前夜。
ここは王宮の一角。三方が大きな窓になっている。
「こんな風に皆で迎える生誕祭前夜は久しぶりね、レイ」
「そうだな。あの復讐劇の前夜以来か」
リンは窓の外の雪を眩しそうに見つめた。
「やはり雪が降っていたわ」
若き国王レイナルド、その治世もやっと軌道に乗って来て、美しい王妃フェリンと共に国民の人気は絶大だ。
そして、領民に慕われている勇敢な若き辺境伯、サイラス。
六年前の生誕祭の日にどこからともなく現れた金髪の美しい女性。光の魔法を使うその人の光は優しく領地を包んだ。そのお蔭で魔獣も人里に出ることは無くなり、今はカディンガムの聖女とも言われる、辺境伯の妻、アン。
大魔術師として、この国のみならず周辺の国々にもその名をとどろかすアロイス。
どんなところにも厭わず出かけて身分の差なく治癒を施す聖女アーミン、そしてその夫のカイル。
「「「「「「騎士団長就任おめでとう!」」」」」」
「ありがとう」
「カイの強さは半端ないからな。レイ、騎士団をカイルに任せれば何も心配ないな」
「ああ、彼はその腕もさることながら、戦術も群を抜いているからな。俺も安心して政務に励むことが出来る」
「神殿長もあの後は少し力が抜けたみたいだったけど、今は、レイやカイと良く連携を取って王国民を導いているよね」
「ああ、ロイの言う通りだ。ミンのことも良く見守ってくれているし」
カイも以前よりは良く話すようになった。立場が人間を作るのは本当だとロイは思う。
「ところでロイはなんでジョディちゃんを抱いているの?」
リンが尋ねた。
「皆カップルで来ているだろ? ジョデイは俺の嫁になるから連れて来た」
サイが渋い顔をしてこめかみを触る。
「ジョデイ、お父様に似なくて良かったな。俺は嬉しいよ」
「ジョデイちゃんはまだ四歳でしょ。ジョデイちゃん、ホントにロイのお嫁さんになるの?」
ミンがジョデイに聞くと
「うん、ロイのお嫁さんになる」
嬉しそうに答えるジョディ。
「ま、先のことは分からないからね」
アンが淡々と言う。
雪はまだ止まない。和やかな時間が過ぎていく。
今宵も街は静かだ。
--- End ---
読んでいただいてありがとうございます。長い短編でしたね。
それでは、皆様、良いお年をお迎えください。
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