王都事変 前編 ~蜂話~
今回は過去のお話です。
〜今から十年前、
着実に地王に侵食していた
『ブルースカート教』は、
王都へ城門となる『アルカン王朝』と、
王都侵入を賭けた『門前戦争』を行った。
だが、アルカン王朝 君主『ハージジャンプ』は、
愚かにも教団と和睦を図り、王を裏切った。
それによって、
王都『ハボフィールド・ヒートパンツ』は崩壊し、
多くの国民が教団へ攫われた。
教団が責めてきたその日、王都に住んでいた住民の生き残りはこう呼んでいる。
『蒼染の日』と……
だが、その裏にはもう一つの事件が、
起こっていたのだった~
〜アルカン王朝 敗北直後〜
王都には、唯一の要でもあったアルカン王朝が
裏切りを見せ、住民は大混乱に陥っている。
教団の傍若無人の殺戮が、
大陸全土へ知り渡っていた影響で、
自らの死を覚悟した者は多かった。
だが、それは『人間』だけだ。
王都へ住む『魔法使い』達は一丸となり
政府軍の代わりに国王『アイロ・パンツ』を
死守する事を共に誓い合っていた。
もちろんその中には魔法使い達の先導者、
賢者の子孫『魔法貴族』も入っている。
王都の三家 『トルコマン』『ルギバナ』『アナロ』
の三家は民衆の前に立ち、
迫り来る未知の教団への反撃をその場で誓った。
教団が今にも責めてくる、
そんな予兆が国民に広がる中、
王の偉大さを象徴する『バーンハーデン城』を
背に、魔法貴族はそれぞれの演説をし、
民衆を鼓舞していた。
「王朝アルカンが裏切った今!
この王都を守れる者は、
我ら魔法使い以外に存在しない!
今こそ我らが王を死守し!
忌々しい教団へと対抗しなくてはならない!
我『ロンド・カリフォル・アナロ』は!この身尽きようとも!
王へ尽くす事をここに誓う!」
アナロ家当主『ロンド・K・アナロ』は、
代々祖先の賢者から受け継ぐ『火』の魔法使い。
政府軍へ下ってしまった王勢力を、
いまだ勢い死なずに忠誠し続ける、
志高い男だった。
その横で腕を組み、
国民を鼓舞するロンドカリフォルを横目で、
睨んでいるのは、
トルコマン家当主『ラージ・トルコマン』
トルコマン家の魔法は代々『鉄』の魔法を
継承している。
なぜ、ラージが睨んでいるのか、
それは元々、
魔法貴族同士は対立をしているからだ。
対立といっても、トルコマン家が、
一方的にアナロ家を嫌っているだけだが。
そして、アナロ家のもう反対に座っていて、
トルコマンと違い、やや穏やかそうな人物。
ルギバナ家当主『ダルマイト・ルギバナ』
ルギバナ家は代々『死』の魔法を受け継いでいる。
その魔法は歴代の魔法の中でもトップクラスに
強力な魔法だ。
だからこそ彼の一族は、争いを好まず、
トルコマンとアナロの対立にも参加しない。
だが、なぜそんなルギバナ家がこの演説に来たのか、それはアナロ家と同じ王への忠誠心からだ。
ロンドが長々と王への忠誠を、
語り終えた後、
顔にムカつきが滲み出ているラージが前に立ち、
言葉を発した。
『アナロ家のせいで、随分時間を食ってしまったから、私は手短に話させてもらう。
かの教団は王都を乗っ取り、
この地王の全てを支配する気でいる。
カボチャ帝国とアルカン王朝、
この二つが敵になった今、我らに残された道は
『戦う』のみだ。
負ければ、昔の様に、魔法使い…我々の地位は、
穢れた種族に後戻りだ。
そんな事は何が何でも防がないといけない。
魔法使いの権威を奪わせてたまるものか!』
嫌味たらしくアナロ家に恥をかかせたラージだったが、トルコマンの演説は魔法使いの国民に広く響いたらしい。
皆が声を上げて、体を震わせている。
「ほら、ルギバナ家も、」
そうラージが言うと、
ダルマイトはゆっくり立ち上がり、
演説台を降りて行った。
「お、おい!」
「二家と同意見だよ、我々も王の為に戦う」
そう言ってダルマイトは、
民衆を掻き分け、どこかへ向かって行った。
「全く、あの人の事は読めないな…」
どこかへ向かうダルマイトを見送ると、
ロンドは、また民衆へ向き直った。
そしてまた、教団への対抗の意思を国民全員で
固めようと話し始める。
「王に勝利あれ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(王都・裏路地)
彼ら三人の国民への演説で
ほとんどの魔法使いの国民が杖を持ち、
教団と戦う覚悟を決めた。
だが、そんな決意の集合体の他に、
能天気に笑い合う者達が居た。
三家の子供達だ。
対立し合う大人とは違い、子供達は
自らの出自も、相手の出自も気にせず、
無邪気にも遊び回っている。
「あ、『アカロフ』!また女の子の格好してる!
変なの~」
アナロ家の最年少であり、
火の魔法の継承者でもある『レズ・アナロ』と
その横で、レズに怒りを露わにしている少女の格好をした少年
『アカロフ・トルコマン』だ。
「別にいいでしょ!好きなんだから…」
そうアカロフは言っているが、レズに馬鹿にされ、少しだけ羞恥心が芽生えたようだ。
「俺は……良いと思うよ、アカロフ…」
「本当!?ありがとう!大好き!
『ブルース』お兄ちゃん!」
アカロフをそう慰めたのは、
その場の最年長であり、
ルギバナ家当主の息子
『ブルース・ルギバナ』だ。
アカロフに可愛いと言っているが、
ただ子供を宥めるかのような言い方で、
本当に思っている訳でないらしい。
だが、アカロフはそんなにブルースを
好いているようだ。
「へぇ〜ブルース兄ちゃんは“とくしゅせいへき“って奴なんだろうねー」
ブルースは吹き出した。
「お、おいお前!どこでそんな言葉覚えたんだ!」
ブルースは激昂したが、レズはブルースが怒った事で調子にのり、バカにするかのように手を叩いた。
「あ、怒ってやんの~、バーカ、バーカ!
痛っ!」
レズがおちゃらけて笑っていると、突然、
後頭部に軽い衝撃が走った。
「お兄ちゃんを馬鹿にするな!」
レズが後ろを振り向くと、
そこには、石レンガの破片を持ったアカロフが
レズの前に立っていた。
「痛いな!ひどいじゃないか!」
レズは頭を抑えながら、悲痛に訴えるが、
アカロフはそっぽ向いて無視している。
「まぁまぁ落ち着けって」
いがみ合う二人の間にブルースが入り、
その場をおさめようとすると、
レズはすぐ一歩下がって、
これ以上の争いを避けようとした。
だが、アカロフは手に持った
石レンガを離そうとしない。
「アーカーローフ、それを置け」
ブルースが少し強く言ったことで、ようやく
アカロフはその凶器を地面に投げ捨てた。
「全く…お前らもうちょっと仲良くしろよ」
その瞬間、後方から大人の怒鳴り声が
三人の後頭部に響いた。
「ブルース!お前ここで何してる!」
いきなりの怒鳴り声で三人とも体を震わせた。
振り向くとそこには、
いまさっきまで演説台に立っていた、
ブルースの父ダルマイトが、
何やら怒った様子で三人を見ている。
「ダルマイト…さん?」
レズはいつもと違う、ダルマイトの様子に
少し戸惑っているようだ。
ダルマイトは、厳しい父とも、
陰険なトルコマンとも違って、
皆に優しく接してくれるいい人だった。
だが、そんな人が鬼の形相でブルースを睨んでおり、レズやアカロフはその場から動けなくなった。
「これから教団が攻めてくるっ言うのに、
なぜこんな所で油売っているんだ!
次期当主という自覚を持て!」
そうダルマイトがブルースに言うと、
次にレズ達へ向き直り、
少し腰を屈めて、レズ達へ目線を合わした。
レズはいつもと違うダルマイトに、
恐れを感じ、目を逸らした。
「君達ももうお家に帰えるんだ…
外は危険だから、お父さんお母さんの言う事を聞いて、良い子にしていなさい」
レズ達と話すダルマイトは、ブルースを怒った時とは違い、いつもの優しいダルマイトだった。
レズとアカロフは何も言わずに頷くと、
走って自分の家へと帰って行った。
残されたブルースとダルマイトは、
二人の走る後ろ姿を見送り、溜息をつく。
「ハァ…」
王都の空には、雪が降り始めていた。
~帰路~
冷たい雫の塊が、肌をいたぶる中、
レズとアカロフは自身の自宅へ帰ろうと、
揃って足を進めていた。
レズは数分前のダルマイトのあの怒りと焦りが
混じったような顔を見て、ずっと考えていた。
王都に何が起こるのか、
子供ながらにそれが良い事ではないと、
レズは悟っていた。
「じゃあ、アカロフ…またな」
そう言ってレズは、アカロフと反対方向へと
足を進める。
「うん…またね」
二人ともどこか表情は暗かった。
これから王都へ起こる厄災が自分や友を
どう傷つけるのか…
無知なりに恐れを抱いていたからだ。
「……」
それでも尚、レズは帰路へ歩を進める。
気量の不安と恐怖を心に宿しながら……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
~王都攻防戦~
少し経って、魔法貴族達はまた魔法使いを
集め、これから始まる『王都攻防戦』の作戦を話し始める。
『王都攻防戦』
これは国民にとって母なる土地という意味も含めて名ずけられた。
まず今の王都には、ぐるっと三角に一周囲むように
三十メートルの壁と三箇所の壁門が配置され、
子宮のような形をしている。
だが、これは付け焼き刃の守りに過ぎない。
本当の防御壁として、
存在していたアルカン王朝がない今、
この壁は数分足を止める程度にしかならず、
壁門を突破されれば、王都は壊滅する。
つまり、壁門の内側でなく外側で戦う事が
強いられる。
そこで告げられた作戦と配置はこうだ。
まず、第一陣としてトルコマン率いる部隊が
壁を囲む様に一周配置され、さらにその”中“に
アナロ率いる部隊が第二陣として配置、
最後にルギバナ率いる部隊が壁の“上”に配置、
文字通り最後の壁としてルギバナは盾となる。
詳しい作戦はこうだ。
まず三家それぞれの魔法が込められた杖を、
部隊の一員となる魔法使いに渡され、
それを使い切り、ある作戦を行う。
魔力が無くなった後は自らの魔力を込めて、
個人個人の固有魔法で戦う。
これはあまりにも他人任せであり、
かつ成功性も薄い策だったが、
軍師となる者がいない今、
兵士の頭で考えられる策がこれであった。
もうこれが通用しなければ、
王都は乗っ取られ、
地王全体が教団に支配されるであろう。
だが、意外にも民衆の魔法使いは、
この策に肯定的だった、
なぜならそれは、
魔法貴族の魔法を信用していたからだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜が更けていく中、
魔法使いはゾロゾロと壁門を通ってゆく。
いつ来るかわからない教団に、
恐怖を感じていたがそれ以上に、
王のために戦える高揚からか、
その場の士気は常に高かった。
配置につき、緊張感が沸る夜明け、
遂にその時がやって来た。
~王都攻防戦・開戦~
“キーン コーン キーン コーン”
その音で魔法使いは震え上がる、
さっきまでの士気が嘘のように消え、
教団への恐怖心が心を制す。
だが勝たなくては、この地王は終わる、
全ての民の意志と感動を繋ぐ戦いが、
今、始まった。
「ラージ様!教団が現れました!」
巨大な鐘を積んだ馬車を走らせており、
遠く向こうからは大量の砂煙が見える、
まるで子宮へ向かう精子のようだ。
ラージは片手を上げて、その場で叫んだ。
「第一陣“鳥籠”用意!!」
そうラージが叫ぶと、第一陣の魔法使いは
支給された杖を“地面”に向けた。
「やれ!」
ラージの掛け声と共に、
周囲一斉に、杖から『鉄』の魔法が、
放出された!
そしてその瞬間、一人一人の地面から、
縦横一メートルの“鉄の棒“が顔を出す!
一斉に第一陣の魔法使いが、
杖を空へ掲げると、鉄の棒も杖に操られ、
空高く伸びてゆく。
そして王都を囲むように伸びた鉄の棒はまるで、
王都を捕らえた“鳥籠“の様に形作られた。
「良しッ!成功だ!今のうちに自分の魔力を
その杖に込めろ!」
またも一斉に魔法使い達は魔力を杖に込めて、
迫り来る教団へと杖を向ける。
作戦の第一段階は成功だ。
鳥籠が作られ、第二陣のロンドカリフォルは
作戦通り、二陣の魔法使いへ指示を出す。
「教団が鳥籠へ近づいたら、
一斉に鳥籠を燃やせ!
最大まで引きつけろ!」
ロンドカリフォルはそう言うと、
部下から望遠鏡を受け取り、
迫り来る教団の様子を確認する。
すると、教団の馬車が止まっていることに
気づいた。
おそらく鳥籠へ馬車では進めないと気づいたのであろう。
だが、それ以前に教団の様子がおかしい、
何故か生身の人間が、なんの武器も持たずに
鳥籠へ走ってきている。
「あれは……なんのつもりだ…?」
意図のわからない攻撃に戸惑っていると、
背後から何者かが、その場の魔法使い全体に
伝わるよう声を張って、その場で叫んだ。
「『ニトロマン』だ!今すぐ攻撃をしろ!
絶対に近ずけるな!」
そう叫んだのは、『トートリアス老師』
この王都攻防戦の全指揮を任されている
熟練魔法使いの一人だ。
「老師、どうゆう事でしょうか?」
ロンドカリフォルが聞くも、
トートリアス老師は、
おぞましい怪物を見るかのように、
走ってくる“ニトロマン”を睨んでいる。
「人間爆弾だ、
さらった人間の必要最低限の
臓器管だけ残して、それ以外は抜き取り
火薬を詰めた人間。
あやつらはただの生身の人間に見えるかもしれんが、身体の中にはたっぷりと火薬が詰まっておる。
あれが鳥籠にぶつかれば、
一陣の陣形も鳥籠も崩れ、
作戦の成功率は著しく下がる、
だから何としても近ずけてはならん!」
ロンドカリフォルは(哀れな敵だ)と
思ったが、脅威である以上はどんなに
哀れな者も排除する必要がある。
そのまま杖を掲げると、声の限り、
ロンドカリフォルはその場で叫んだ。
「各自、固有の魔法で対処しろ!
老師に従い、二トロマンを鳥籠へ近づけるな!」
そう言うとロンドカリフォルは、
杖を真正面に向けて、魔法を放った。
その瞬間、赤い閃光が空を舞う。
“危険信号だ”
(作戦に支障をきたす者が近ずいている、
いますぐ対処しろ)
その閃光にはそんな意味が流れている。
そして、それを見たものも意味を理解し
目の前の脅威に皆は杖を向けた。
第一陣のラージにもそれは届いていた。
「ヤバい奴らが近ずいてるらしい…
第一陣は皆、各々の魔法で対処せよ!」
それを聞き、すぐさま魔法使い達は
杖をニトロマンへと向ける。
そして、個性豊かな様々な魔法を使って
ニトロマンを攻撃した。
ある者は『石』をある者は『雷』を、
だがやはり一般の魔法使いでは、
攻撃力と魔力が低すぎる。
あっという間に前方一陣の魔力は尽きてしまった。
『鉄』魔法を操りながらの攻撃は、
皆慣れていなかった。
だが無慈悲にもニトロマンは一人も倒れていない。
「チッ…おい『アラビアンヨーグルト』
お前行けるか?」
戦況を見てラージは側近の魔法使いへ
声をかけた。
『アラビアンヨーグルト』と呼ばれるそいつは、
明らかに一般の魔法使いではなかった。
戦いに慣れているようで、
杖を見せるとラージへ笑いかけた。
「当たり前ですよ、
こーんな雑魚共と一緒にされちゃ困ります」
それを聞いていた他の魔法使い達は、
振り返りアラビアンヨーグルトを睨んだ。
だが、次の瞬間戦慄した。
なぜならその姿は、
一般人にはあまりにもおぞましかった。
身体の所々が切断されていて、
その切断された部分に空間がある。
一言で言うならば、“バラバラ死体“が
宙を浮いている、とでもいうのだろうか…
そんな異様な姿をしている。
だが、一目でそのアラビアンヨーグルトが
とてつもない魔法使いという事は理解できた。
何故なら、一般の人間も魔法使いも同じ様に
神経があり、殴されたら痛いし、
千切れたら動かなくなる。
アラビアンヨーグルトのように、切断された
腕や足を浮かせて動くというのは、
身体と魔力の相性の良さが
他の魔法使いより秀でているからだ。
魔法使いが人間と違う部分、
それは身体に魔力が巡っているという点、
魔力はエネルギー物質の一つなので、
触ることも見ることもできない。
身体が切断されれば、その切断された部分に
魔力は残るが、くっついたり、
元に戻ったりはしない。
だが、魔力が身体に完全に馴染む且つ、
膨大な魔力が秘められている魔法使いは
切断されても魔力が切断されず、
アラビアンヨーグルトのようになるのだ。
つまり、それ程の魔法使いと言うことだ。
「それじゃあ行ってこい、
鳥籠が崩れたら作戦どころでは無い」
アラビアンヨーグルトは駆け足で最前線へ
向かうと、王都を囲んでいる鳥籠を“コンコンッ”と叩いた。
「多少は大丈夫だと思うけどな…
まぁ司令のご指示だし従うかー」
そう言うとアラビアンヨーグルトは、
徐ろに自分の右腕を、片方の手で掴んで剥がし、
切断面が露になったその腕を、教団達へ向けた。
その瞬間、横で見ていた魔法使い達の肌へ
“冷たい痛み”が走る!
目の前が“真っ白”になり塞がれる。
だが、何が起きたのかは分からない…
「よし、これで大丈夫だろ、
お前たち、後は任せた!」
投げやりにもアラビアンヨーグルトはそのままラージのいる後方まで戻って言ってしまった。
「一体何が起きたんッ……」
目を擦り、目の前を荒野を見るとそこには、
おぞましい光景が広がっていた。
なんと、地面がすべてが『氷』で包まれていた。
空気が連れてくる冷気に皮膚が痛み、
まともに目も開けられない。
そして、迫ってきていた『ニトロマン』は
全て、氷の彫像の様に、美しく個性的な姿で
その場へ保存されている。
見ていた魔法使い達はその圧倒的な差に、
唖然とするしか無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アラビアンヨーグルトのおかげで、
ニトロマンの襲撃は何とか防ぐことが出来た。
だが、まだ教団はこちらの出方を伺っているようで動かない。
それが余裕から恐怖からかは、
遠くからみている魔法使い達には、
知るよしもなかった。
だが、分かっているのは、
ニトロマン攻撃は鳥籠を崩す目的では無いということだ。
何故ならニトロマンは、信徒ではなく、
攫われた地王の民から作られている。
力の偵察か何かで、
鳥籠にぶつけようとしたに違いない。
これから本当の教団の攻撃が来るのだと、
魔法使い達は恐怖と戦いながらも、
ただ見ているだけの教団に身がまえた。
「見ているだけか貴様らァ!
早く攻めてきたらどうだ!
我々は必ず貴様ら教団へ打ち勝ーつ!
アイロ・パンツ王 万歳!」
動きが止まってしまった教団がもどかしかったのか、第二陣ロンドカリフォルは、
耳が痛くなる声量で声の限り叫んだ。
「おいロンドカリフォル、
あまり挑発をするでない、
奴らどんな手を使ってくるのか…
もし、怒ってミサイルなんか、
送られたりしたら…
『鉄水作戦』は水の泡じゃ」
〜鉄水作戦〜
魔法使い兵士の中で、
最も戦績を残した、熟練兵『トートリアス老師』の編み出した作戦。
まず、配置された第一陣が、
トルコマンの『鉄』魔法を使い、
王都覆う形に鉄を形成、
通称『鳥籠』を作る。
その後教団が鳥籠に接触するまで引き寄せ、
アナロの『火』の魔法で鉄を地面から溶かし、王都の壁の真上に鳥籠が落ちるように
鉄を溶かす。
こうすることで、壁の外は熱された鉄が
泥のように壁を守り、壁の上は溶けず残った鳥籠が残る。
その後、第一、二陣は王都内へ退避、
最終防衛ラインのルギバナ率いる第三陣が、
鳥籠の間から固まった鉄で身動きの取れない
教団を『死』の魔法で駆逐する。
『死』の魔法は強力すぎて、第一、二陣の
魔法使いまで殺してしまう危険性があり、
射程範囲も短いので、
確実に大量に殺すにこの作戦は有効だった。
これは魔力効率のいい『鉄』
永遠と燃え続ける持続力を持つ『火』
避けられない確定の『死』
普段はいがみ合う三家だが、
強力し合えば、強力な力となる証明でもあったのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〜数分後〜
「アイツら…帰って行く…」
なんと教団は、『鉄水作戦』を遂行させる事なく、ただニトロマンを放って帰って行った。
「おいっ!どうゆう事だ!
アイツら、王都を実験場か何かだと思ってるのか!」
その喚きを肯定するかのように、
教団は立ち止まることなく、
王朝アルカンへ帰って行く。
王都を守るために集められた、
魔法使い 約五百万人は傷一つせず、
王都へと帰還した。
これは客観的に見れば、
教団の逃走で王都側の勝利だ。
だが、その場の魔法使い全員が自分たちが
勝ったとは思っていなかった。
教団は確実に力を隠したまま、
兵器を試す為だけに王都へ訪れた。
決意を固め、王へ忠誠を誓った者たちを
愚弄するかのように…
かのようにして王都膣攻防戦は終了した。
〜王都膣攻防戦・終戦直後〜
「親父…これって勝ったのか?」
ただ壁の上から見ていたルギバナ親子は、
去ってゆく教団を見つめながら、
ほぼ放心に近い状態で虚ろに口を開けた。
「分からない…だが、ただ一つ言えるのは、
これで終わるわけが無いって事だ」
出る幕のなかった第三陣は尚更むず痒い思いが
残ったのか、
ダルマイトは息子の前でありながらも、
歯を食いしばり膝をついた。
だがブルースは驚くことなく、
ただ父の背を見ているのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
王都を守った魔法使いだったが、
逆に教団に攻めることができない
自分達の強さを身をもって感じた事だろう。
特に一陣前列の魔法使い達はその想いが強かった。
何故ならニトロマンに対し、
自分達では全く相手にならなかったからだ。
アラビアンヨーグルトという魔法使いが
いなければ、鳥籠は壊されれ、
自分達は爆死していた。
その別世界の未来予知に、
彼らはただ、嘆くのだった。
〜数日後〜
王都を囲っていた鳥籠も消滅し、
まるで何もなかったかのように、
王都には傷一つない。
だが、王都膣攻防戦に参加した魔法使い達は
心へ深い傷をおっていた。
それは、教団への対抗力のなさだ。
教団が攻撃してきたのを、
自分達の力では対処できず、
さらに逃げた教団を追って追い詰める力もない。
それに教団はまだ力を隠している。
奴らが来る度にまだあんな大掛かりな作戦を考え、
また逃げられて。
まるで、新作兵器を試す的の様に…
王に忠誠を誓った彼らにとって、
これ以上の屈辱はなかった。
〜魔法貴族住居・アナロ邸〜
王都攻防戦の間、
レズは自宅で母親と待機していた。
攻防戦には全ての魔法使いが参同していたが
レズのような幼い子供やそれを守る保護者は
王都で英雄達の帰りを信じ、ただ無事を祈っていた。
だが皮肉にも、
それを良いとは言えない状況で祈りは届いた。
帰ってきた英雄は、
不安と絶望を心に宿し、かりそめの勝利に
腹を立てている者ばかりだ。
それはレズの父、
ロンドカリフォルも同じだった。
王の忠誠が高かった分、
この国の行く末に絶望したのだろう。
家に帰ってきても、その感情は拭い切れる事はなく、暗い表情のまま何も話そうとしない。
いつもの威厳ある父はどこにもなく。
ただ座って何かを待つように、
その場に身を固めていた。
そんな様子にレズは、戦争は人をここまで変えてしまうのか…っと幼いながらに悟った。
レズは父を哀れに思い、何も話す事はなく、
母とともに父が元に戻るよう願った。
おそらく他の無数の魔法使いと同じ様に…
〜二週間後〜
レズはあれから、何かが抜けた様な父の姿を
見ることに、耐えることが出来ず、
外にいる事が多くなった。
だが王都全体に、不穏な空気が流れており
レズは王都自体が抜け出せたらなっと、
冗談ながらに本気で考えていた。
「アカロフ…来ないな…」
レズは攻防戦以降会うことのなかった、
アカロフに会いたいのか、
いつも遊んでいた路地裏でただ二人、
孤独に待っていた。
共に待ってくれたのはブルースだ。
ブルースは攻防戦後、レズと同じ様に家から逃げ、同じ路地裏でレズの相手をしてくれていた。
まるで本当の兄弟の様に。
「ねぇブルース…なんでこうなったの?
お父さんはずっと暗い顔してるし、
何だか、街もドンヨリしてる…
“せんそう”ってなんでするの?」
年上のブルースでさえも知りたい疑問を
レズはブルースに問いた。
いくらブルースであろうと、
そんなものは知らない。
だが、自論はあった。
「お前にはまだ分からないかもしれない、
だが言えるのは、“考える事を辞め、自分の我儘を通そうとする”、駄目な人達の行為だよ」
「ふーん…よく分からないや…」
その後、やはりアカロフは来る事はなく、
二人は自宅へ帰った。
レズが思ったように、王都全体が暗く、
己の未来へ光を見えないものが大半だ。
そしてその不安は、国王へと矢を向ける。
アイロ・パンツ王はかつて、
差別され、穢れた種族と称された魔法使いや他の種族を分け隔てなく受け入れ、
人々にも魔法使いを受け入れさした。
その影響もあり、今まで王は多くの種族に
支持され、守られてきた。
王は戦いを好まず、平和を願い、
政府軍に見限られ、軍を失った。
だが、狂信とも言える王への忠誠は消えず、
今の今まで続いていた。
だが王都攻防戦で、
この国の弱さが露見してしまい、
その忠誠は批判へと変わってゆくのだった。
脅威に立ち向かわず、逃げ惑う愚かな王、
国民と心中する気の哀れな王、
そんな心無い言葉が、矢のように降り注ぐ。
王とは、上に立つ者とは、権力を持つ以上に
国民の“的”なのだ。
良い行いがあれば、花束が送られ、
悪い行いがあれば、残飯が投げられる。
それと同時に自身の不幸を、
王の責任かの様に喚く。
上に立つ者というのは、一番目立つ者は、
国民全てを受け入れないといけない。
生半可な覚悟で国を背負ってはいけないのだ。
〜数日後〜
王都攻防戦から数日経ったある日、
国王宛てに手紙が届いていた。
“差出人”には“ブルースカート教”と書かれている。
王は内容を読み終えると、
なんとも言えないといった表情でしばらく悩んだ後、それを国民に公表する事を家臣へ伝え、
すぐさま王都に残った国民へ招集がされた。
国民達は皆、
もしや戦いに駆り出されるんじゃないかと、
特に魔法使いの国民は震えながら招集の意図を探る。
皆が“ザワザワ”と嘆くなか、
国民を集めた公共人は深呼吸をした後、
その場に響き渡るくらいの大声で叫んだ。
「静まれよ!」
その声で、ほとんどの国民は“ビクッ”と体を
震わせ、口を閉じた。
「今朝、王都へ教団の使いだという者から、
手紙を受け取った。
それ今、ここで公表する!」
〜教団からの手紙〜
前回の兵器実験から五日の時が過ぎた。
王都の兵力を見るに、我々とは相当の差があると見受けられる。
我々もそんな弱小相手に軍を借り出しては、
『金』の無駄だ。
そこで教祖様から、
“王都と『平和条約』を結ぶ“
という意見を出して頂いた。
条約の内容はもう一つの紙にまとめている。
もし条約を受け入れられないのであれば、
王都は血の海と化すだろう。
よく長考するが良い。
〜条約の内容〜
王都 ハボフィールド・ヒートパンツ国は、
両者の関係がこの地王大陸に繁栄をもたらす事を願い、平和を促進させ、無駄な死を無くすため、
教団こと『ブルースカート教』の元へ下ることを望み、未だ未解決の問題を解決する平和条約を締結する事を希望するので、
ハボフィールド・ヒートパンツ国には、
王都としての機能を全撤廃し、
完全に消滅する事を望む。
並びに公私の貿易及び通商において国際的に承認された公正な慣行に従う意思を宣言するので、
ブルースカート教は、
ハボフィールド・ヒートパンツ国の望みは
全て受け入れないが、
ブルースカート教の要求には応えてもらう
ので、
王都 ハボフィールド・ヒートパンツ国は、
この平和条約を締結し、
以下の規定に従ってもらう。
第一章 平和
ハボフィールド・ヒートパンツ国は、
各諸国との関係を一切断ち切り、
完全にブルースカート教の元へ下ることを、
承認する。
ハボフィールド・ヒートパンツ国は、
ブルースカート教のあらゆる主張を認め、
全ての意見を承認する。
第二章 領域
ハボフィールド・ヒートパンツ国は、
領域の全ての権利をブルースカート教に委ね、抵抗権を破棄する。
ハボフィールド・ヒートパンツ国は、
所有又は支配している国を全てブルースカート教へ譲渡する。
ハボフィールド・ヒートパンツ国の国民は、
ブルースカート教の『楽園』への移住を強制し、又、全魔法使いを『カボチャ帝国』の支配下へ置く事を承認する。
第三章 地位・権利
魔法貴族のブルースカート教内での、
地位は約束される。
王の権力は全てブルースカート教の物となり、アイロ・パンツ一族は王族から除外される。
第四章 敵国
ブルースカート教と協力関係に無い国は、
全て敵国であり、戦争時、兵力として駆り出されることを認める。
政府軍と繋がり、又は内通者がいた場合、
ハボフィールド・ヒートパンツ国の国民全体の連帯責任であり、全国民が粛清対象となる。
つまり、教団へ全てを捧げるという事だ。
これら以外にも条約は全てで二十五章あり、
それらも全てが王都へ不平等な条約だった。
〜バーンハーデン城前〜
その条約を読み切った後、
国民は怒りと悲しみの両方の感情が最大まで高まっており、それを公共人へぶつけるのだった。
だが、公共人を殺そうが教団の意見が変わる事はない。
人々の行き場ない感情は、涙へと姿を変え、
門前の地面へ染み渡る。
だがそこで、その条約に一つだけおかしな点がある事に一人の国民が気づいた。
「なぁ、なんかその条約おかしくねぇか?
なんで王様が王族じゃなくなるのに、
魔法貴族の地位はそのままなんだ?」
そう一言呟くと、“確かにそうだ”と、
公共人も含め、元々おかしかった条約に、
更におかしい点がある事に気づいた。
すると、遠目で見ていた魔法貴族の三人へ
一気に視線が集まる。
「どうゆう事なんだよ!」
「俺たちを売ったのか!」
だが、魔法貴族の一人であるロンドは何も心当たりがなく、
怒る民衆へ何を返すべきか分からなかった。
だが、横の“二人”はロンドと違い、
この時を待っていたと言わんばかりに険しい顔つきをしている。
「ラージ…ダルマイト…一体どうした?」
頭の中で嫌な予感が走ったロンドカリフォルだったが、それは当たったようで、
ラージは不適な笑みを見せ、
逆にダルマイトは天に許しを乞うかのように、
顔を上げ脱力している。
「……愚かな民よ、
貴様らはこの国の未来をどう思う。
政府軍にも裏切られ、教団に勝てるような戦力もない。
それならいっそ、奴らに従う事こそが最善策と思わないか?」
ハッキリとは言わないが、ラージは教団と協力関係になる事を選んだようだ。
おそらく横のダルマイトも同じように…
「まさか…あの条約はお前の仕業か!?」
ロンドの問に答え、
ラージは“そうだ”と頷く。
「この数週間の間に私は、
ブルースカート教教祖と直接話をしてきた…
我々の地位だけ約束してくれれば、
王都の連中は好きにくれてやるってな」
その言葉に、聞いていた全員が放心状態となり、
徐々に心の内から怒りが湧いてくる事が分かった。
ダルマイトを除いて。
「ダルマイト!お前も黙ってないで何か言え!」
薄ら笑いを滲み出すラージと違い、
ダルマイトは申し訳なさそうに俯いている。
「……すまない」
そう一言だけ、呟いた。
「ダルマイトをあまり責めるな、
コイツはやむを得なくそうしたに過ぎん、
それよりロンド、
お前も助かるんだ、残念な事にな、
だからあまり喚くな」
そう言われると、
ロンドは激怒した。
だが、何か言い返すでもなく、
心の中で沸点だけが上昇した、
ロンド自身、条約を見てほんの少しだけ、
安心してしまっていたからだ。
だが、国民はそうともいかない、
勝手にこれからの人生を全て変えられてしまったのだ。
謝罪だけで済まされるわけがない。
だが、ラージのはなしには、おかしな点がある事とロンドは思った。
「そもそも、お前らが行ったところで、
教団が易々と受け入れるわけがないだろう、
一体何をした」
確かに、王でも王の氏族でもない一貴族が、
これから責めてくる予定の敵国に、
自分達の地位だけ約束して残りは好きにしろと
言っても教団にメリットはない。
「お前ら気づかないか?
この国の王にもう力などない事が」
それは国民全員が薄々思っていた事だ、
戦力も支援者もいない、
もう守ってもらうだけの王に力などない事など。
だが、それがなんだというのだろうか。
「王都攻防戦で、一度私の鉄魔法で鳥籠というもの作ったのを覚えているか?
教団は特別な科学力と帝国との合わせた兵力もあり無敵と思っていい、
だが、奴らにないもの、
それは我々の『魔法』という力だ。
奴らも攻防戦時、私の鉄魔法に目をつけていたらしく、教団の為に使うと話したら簡単に話が進んだ」
攻防戦前、魔法使いが教団に勝てるんじゃないかと淡い期待を持っていた理由でもある
『魔法』
使っている本人でさえ
原理が分からない脅威であり、
教団にないものだった。
それを具体例とともに提示されれば、
受け入れる事も妥当だろう。
……だが、流石に鉄魔法だけで平和条約を結ぶ程簡単な相手なのか?
そんな訳はない、今まで攻め落とされた国の中にも戦いを拒む国も居たはずだ、
しかもここまで都合のいい平和条約など、
ここ数週間で作れるものではない。
もっと他の圧倒的な理由もあったはずだ。
「だが、流石に私の鉄魔法とアラビアンヨーグルトの氷魔法だけでは条約は組めなくてな、
そこでダルマイトが話にのってくれたんだよ」
ラージは満足気に語るが、ダルマイトは申し訳ないという後悔の念が空間に渦巻いている。
確かに、ルギバナ家が力を貸すなら、
教団も認めるしかないだろう。
『死』の魔法は、魔法の中でもっとも強力で、
もっともタチの悪い魔法だ。
戦争の為に使えば簡単に国を落とせるだろう。
実際、鉄水作戦が完璧に作用したら、
教団だって倒せる可能性もあったのだから。
「ダルマイト、お前もか…
で、でも、まずもって教団と話ができる事
自体がおかしいだろ!」
教団と話ができた例はこれまでなく、
帝国も軍事力で引き分けにして、
協力国となっている。
この数週間で今までにないことを、
いきなり出来るわけがないと
ロンドはそう思った。
「ワシじゃよ」
ラージの後ろからヌルッと出てきたのは、
王の側近でもあり、鉄水作戦を編み出した張本人
『トートリアス・マーガリン老師』だった。
「ワシが話をつけたんじゃ」
「ど、どうゆうッ……」
急な展開に意味のわからないロンドは老師に質問責めする勢いで口を開いたが、老師は口に指を当て、“喋るな”とジェスチャーをした。
「この際じゃから全部いったろう、
実はな……ワシはブルースカート教の信徒じゃ。
この状況になるように仕組んだのもワシじゃ」
衝撃的な告白にロンドも国民も何も言えない。
なぜならトートリアス老師は、
ハボフィールド・ヒートパンツ王国成立から
ずっと王の騎士として国を支えていたはず、
老師の言う事が本当であれば、
彼は何十年も前から王も国民も皆裏切っていた事になる。
「おぬしらは阿呆か、
『鉄水作戦』をおかしいと思った者はおらんのか?
あんな運に全て頼るようなマヌケな作戦、
意気込んで全員参加するなどと言うから、
内心大笑いじゃて。
あれは元々、魔法貴族の力を見る為の実験的な
襲撃じゃ。
あの作戦で鉄魔法の最大限の力を見せて、
火の魔法、死の魔法、全てを見てもらうつもりじゃったが、
まさかあんな強い一般の魔法使いがいたとはな…
とにかく、トルコマンやルギバナを誘ったのもワシじゃ…
アナロは王の忠誠が高かったからのう、
黙ってやらせて貰ったわ」
嘲笑うかのような言動にとうとう耐えきれなくなったロンドは、勢いよく老師に近ずき胸ぐらを掴む。
「おいクソジジイ、
今ここで焼き殺してくれるわ」
ロンドの杖からは、
既に赤い炎が顔を見せている。
「いいぞアナロのおっさん!
そんなクソ野郎黒焦げにしてやれ!」
国民も老師を殺すこと催促している。
だが、悲しむ事なく老師は語る。
「ワシが死のうが生きようが、
これからのおぬらの運命は変わらぬ。
大昔からずっとな!」
「下手な命乞いをするな!見苦しい!
……あんたには沢山の恩があった、
本当に残念だよ」
そう言うとロンドカリフォルは杖を老師の
目に突き刺し、その場で火を放つ!
「グァア“あぁ…あ、アハハハハハ!!!!
この世は地獄よ!」
老師は苦しみ出したかと思うと、
突然笑い出し、
その場から灰となって風に逃走した。
「手応えがない…
……まぁどうでもいい事だ。
あんな老人生きててもすぐに死ぬ。
だがな…」
ロンドは黙ってみていた二人の魔法貴族に向き直る。
「お前らだよ問題は!
仮に条約が制定されたとて、お前ら、
報復がこないとでも思っているのか!」
そう言うと、ラージはロンドカリフォルを鼻で笑った。
「フッ……だとしてもだ、
この国で我ら魔法貴族に勝てる魔法使いなどいるのか?
よもや人間が太刀打ちできるレベルでもなかろうにな!
お前らが束になろうとも、王が怒ろうも、
私は死ぬつもりでこんな行動に出たわけじゃない!
お前らも分かっただろ!
放っておいてもこの国は死ぬ、
そんな事なら、多少恨みを買おうが、
私はこの国を見殺しにする。
……それに、条約をどうするかは王の責任だ、
これから答えがでるさ」
国民もロンドもラージに
返す言葉はなかった。
ラージの言う通り今できるのは、
王の返答を待つことだけだ。
有耶無耶になりつつも不安を抱え、
各々は王を待つのだった。
〜条約締結から半年後〜
あれから王は教団の条約を受け入れ、
王国で結ばれた事から
『ハボファックバイブ平和条約』と名付けられ、
その日に締結された。
現在、国民のほとんどは教団の用意した隔離施設
『楽園』へ身を移し。
魔法使いは帝国へと渡った。
その他の少数の種族は王都を離れ、
別の何処かで暮らしている。
国の長であった王は、王位を剥奪され、
八つ当たりとも思える国民の暴動により、
現在は右腕だけの姿となっている。
息子の『ダイヤモンド・パンツ』からも王位は剥奪され、楽園へ往くことが決まっていたが
怒る民衆によってどこかへ連れされてしまい、
未だに行方不明だ。
残された王都であり、
王国ハボフィールド・ヒートパンツは、
教団の兵力実験の場として、
大量のセイリマンが放たれて壊滅状態となっている。
そして魔法貴族達はというと、
教団の新たに創立した国
『シフォン・ケェキ』に家族と側近の魔法使いと
ともに移り住んでいた。
その国は教団からの支援もあって、
人口は少ないが、
平和に暮らせる異常な国だった。
その国は死聖区堂の中心部に建てられ、他の協力国とも交流もあり、
かなり栄えていた。
そんな恵まれていると言える環境に、
不満を漏らす者がいた。
ロンドだ。
彼はラージ ダルマイトとの面会を望んだが、
ラージは教団に入り浸り断られ、
ダルマイトは“待ってくれ”と言って、
今まで先延ばしにしてきた。
そして今日、遂にロンドは、
ダイマイトとの面会に成功した。
〜面会〜
教団に用意されたルギバナ家の豪邸は、
さすがに王都の家よりかは劣るが、
やはりとてつもない大きさを誇っている。
ロンドも同じものを貰ったが、
第三者視点から見るとやっぱり壮大に感じる。
ロンドは家の中へ入ると、
家臣と思われる信徒に
ダルマイトのいる食卓へ招かれた。
するとそこには、ダルマイトを囲むように配置された家臣の信徒が、
ロンドを出迎えた。
(ここまで警戒されるのは心外だな)
とロンドは思いながらも、用意された椅子に座る。
~二人の会話記録~
ロンド
「随分な歓迎だな…
まぁいい、何度も長引かされたが、
お前と話せて嬉しいよ」
ダルマイト
「……すまない、
私自身とんでもない事をしてしまったと自覚はある…それゆえ、お前と顔を合わす事を拒んでしまった…
私もロンドと会えて嬉しいよ」
二人は握手をした。
ロンド
「そうか…ん、えーと……こ、子供は元気か?」
ダルマイト
「……あ、あぁどちらも元気だ
もうじき私も当主の席から外れる。
無事に引き継いで行ってもらえるといいが…
……建前はいい、聞きたいことがあるんだろ」
ロンド
「……あぁそうだ、
条約締結前のあの日……お前は何故、
老師の話に乗った?
信用に値しないクソ…おっと、失礼、
教団様と強い仲があった訳じゃないだろ、
どんな理由があって、国を裏切った?」
ダルマイト
「……ロンド、
賢者がどう生まれるか、知っているか?」
ロンド
「は?いきなりなんだ、知るわけないだろう、
お前こそ話を逸らしてるじゃないか」
ダルマイト
「いいから聞いてくれ。
…魔法使いの種族に、
”魔女“がいないことは知っているな?」
ロンド
「……あぁ知っている。
今の今まで、女の魔法使いは見たことないな」
ダルマイト
「王都では、魔法使いや他の種族も共存し、
配偶だって変わってきた。
私もお前も、“人間の女性”を伴侶にして子孫を残してきたな」
ロンド
「俺とお前どころか、
魔法使いはほとんどがそうだろ、
……それのどこが賢者に繋がるんだ?」
ダルマイト
「賢者はな、魔法使いと魔女が交合う事で、産まれる存在だ」
ロンド
「……へぇそうなのか、確かに魔力と魔力を持った同士の子供なら、有り得る話だ」
ダルマイト
「それ以外にも、魔女は男の魔法使いよりも
大量の魔力を生み出すことが出来る。
私たちの何万倍以上にな」
ロンド
「……俺は科学の授業をしに来たんじゃない、
それがお前となんの関係があるんだ?」
ダルマイト
「……ちょっとそこの、
今だけ席を外してくれないか?
プライベートな事なんだ…
はぁ、これやるから五分だけ頼む……」
家臣の信徒は部屋を出た。
ダルマイト
「賄賂で信仰が覆るとはお笑いだな…」
ロンド
「………そう…だな、で、
そのプライベートな話ってのはなんだ?」
ダルマイト
「…私には二人子供がいるのを知っているな」
ロンド
「あぁ、十二歳と三歳の子供がいるらしいな」
ダルマイト
「実はな、……下の子が『魔女』だったんだよ」
ロンド
「はぁ?なんの冗談だ」
ダルマイト
「嘘なんかじゃない、
この目で確かめたんだ。
ペニスも生えていないし、子宮もある。
生物的に確実に女だ…」
ロンド
「もしそれが本当なら、
その子供はこれから最悪な目に遭うな」
〜人工生殖の可能性〜
もし、魔法使いの女性『魔女』がこの世へ
降臨した事が教団にバレれば、
その魔女を“母体”とした
『賢者』の大量出産が予測される。
賢者は、歴史では『神』に及ばずとも、
生物の中で秀でた存在であることは確かだ。
それを作り出す方法が目の前にあれば、
教団でなくとも、
同じことを考えるのではないだろうか。
強姦 レイプ 輪姦
または攫われて子宮摘出からの人工生殖。
それ以上の事になる可能性もある。
その可能性がある上で、
親は歴史を取れるのだろうか。
ダルマイト
「……そうだ、私は娘の安全を選んでこの選択をした。
帝国に捕まらず、教団の脅威にも晒されないこの国で、娘には…『サミリオン』には、
平和に生きて欲しい…」
ロンドは彼を否定しようと考えた。
だが、自分がダルマイトの立場だったらどうだろう。
愛する子供の身体を無茶苦茶にされ、
あまつさえ尊厳も失われる。
ロンドも親として、ダルマイトを完全に否定する事はできなかった。
ロンド
「私も親だ、お前の気持ちはよく分かる。
だが、お前は娘の為に五百万人の同士を地獄へ送ったんだ。
娘は知らないが、
ダルマイトお前は、
まともに死ねると思うなよ」
ダルマイトが王を売った理由、
それは子供を守るためだった。
ロンドは一言「じゃあな」と呟き、
家から去った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〜ルギバナ家の面会から数週間後〜
現在ブルースカート教は、
青踏各区への進行を阻止する『政府軍』と
戦争をし、帝国とともにどんどんと地王を
侵食していっている。
その一方で、唯一安全国『シフォン・ケェキ』では、魔法貴族とその子供達が平和に暮らしていた。
最初は気乗りしていなかったロンドも、
徐々にこの生活に慣れてゆき、
日々教団へ自身の魔法が込められた杖を
渡して生活を維持している。
他の魔法貴族も同じで、
日々を豊かに暮らしている。
だが、崩壊の日はすぐそばまで来ていた。
本当は過去は回想だけで終わらすつもりだったのですが、結構ちゃんと描きたくなったので一つのお話として描かせてもらいました。
ですが、かなり長くなってしまうので前編と後編で分けました。
ぜひ後編も楽しみに待っていてください!