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第099話 迫り来る女神、贖罪の英雄その1


 【SIDE:英雄ラングルス】


 およそ百五十年前の伝説――邪神を滅した”かの英雄”。

 当時の神聖教会にて”ラングルス”との名を授かった英雄は、本来なら寿命が尽きて死んでいる筈だった。


 けれどもだ。

 伝説はいまだ死なず。

 その肉体はあの日のままに若く、その英雄らしい精神もまだ健在だった。


 神聖教会の信者だったその英雄は、今でも魔物を殺し続けている。

 まるで贖罪のように。

 詫びるように。


 迷宮の最奥。

 益荒男ますらおの如き英雄は、代替わりした主神の影響を受け、活性化している魔物の群れの胴を薙ぐ――。

 手にする槍は、かつて邪神を滅した聖槍。


 まさに一騎当千。

 古今無双の強さといえるだろう。

 そんな彼が黄金の髪と聖職者の甲冑を揺らし跪く、殺した魔物の遺骸を供養するように祈りを捧げていたのだ。


「すまぬが――これも人類と世界を守るため、許されよ」


 彼は敬虔な神聖教会の教徒。

 これは女神ヴィヴァルディへの祈りである。

 迷宮のボスを滅した直後、ラングルスはダンジョン脱出の魔術スキルを発動。


 拠点としている国家の教会に帰還する。


 ◇


 古ぼけた神聖教会の礼拝堂。

 翼の欠けた女神像が、空しく微笑む中。

 英雄は魔術によって拠点へと到着。


 腐りかけた床板を踏む音が響く。


 時の流れの影響か、既に女神を慕う者はいない。

 始祖神を慕う者もいない。

 神と人類との溝はもはや埋まらない。信仰は力。信仰という力の喪失のせいか――。


 神々はもはや人類に干渉できなくなりつつあると、既に五十年も前から彼は察していた。


 だから、今もこの教会には誰もいないはずだった。

 百五十年前、邪神を滅したとして盛大な歓迎を受けた彼を出迎えるモノは、誰もいない。

 その筈だったのに、そこには誰かがいた。


 女神像の影に、ナニカがいる。

 パチパチパチ。

 教会の待ち人は、慇懃な拍手で彼を出迎えた。


『いやはやいやはや、なかなかのお手前で。わたくし、感服してしまいましたよ』


 それは聖職者だった。

 神父。いや、それよりも上位の者だ。

 そう感じた英雄ラングルスは、槍を構え――上体を整える息に、硬い声を乗せていた。


「何者だ」

『おや? お忘れですか? わたくしですよ、わたくし! ほら、百年……いえ、百五十年前でしたか? ともあれ、あなたが邪神を討った時の教皇だったホテップにございます。思い出して、いただけましたかな?』


 問答無用とばかりに、英雄は教皇の胸を串刺しにしていた。

 槍を突き立て、そのままカビサビに塗れた教会の壁に押し付け、槍をえぐりまわしていたのである。

 だが、刺されたはずの教皇は反対の壁に出現していた。


『お気に召しませんでしたか? これは失礼。挨拶をやり直しますかな?』

「黙れ」

『はて? やはりご機嫌斜めなご様子。はてはてはて、困りましたなあ。わたくし、あなたに危機をお伝えに来たのですが』

「黙れと言っているだろう――っ!」


 犬歯を剥き出しに唸った英雄ラングルスは、教会の床に槍を突き刺し。


「邪を滅せよ、我が聖槍――!」


 宣言に従い、かつて邪神の血を吸った聖槍が輝き、教皇に向かい断続的な光の柱を解き放っていた。

 それは――人間が持てる限界に近い攻撃。

 天まで届くほどの光の柱が床の表面をえぐりながら走っている。


 教皇てきに一直線で向かう、聖なる属性が付与された槍のスキルだった。


『仕方ありませんね、戦いに来たのではないのですが――』


 教皇は動じず指を伸ばし。

 指で弾く動作を見せる。

 それだけで光の柱は天に弾かれ消失していた。


「……キサマ、何者だ」

『ナニモノもなにも、あなたが百五十年前にあったわたくしですよ。今は教皇ホテップと名乗っておりますが、まああなたが察するように、あなたに主神を殺させた黒幕ではありますが。って、人の話を聞いてます?』

「やはりキサマが、キサマが私に殺させたのかっ――!」


 教皇ホテップは表情のなかった顔から、口だけで不気味な笑顔を作り。


『勘違いされては困りますねえ……世のため人のため。民のため友のため、故郷のため、愛する妻のため。邪神を殺し、邪神を滅ぼし、邪神から力を奪えば病に落ちた妻を助ける事ができる――そう確信し皆の見送りの中で出立したのは、まぎれもなくあなたの意志では?』

「よくも白々しくそのようなことをいえたものだ!」

『おや? おかしいですね……ちゃんと、奥さんも故郷も救われたでしょう?』


 教皇ホテップは嘘を言ってはいない。

 だから英雄ラングルスは、震えるのだ。


 事実、邪神を滅ぼした槍に付与された聖なる力で全ての病を除去できた。

 事実、英雄とされて赤貧からも解放された。


「アレが、あれほどの聖人だと知っていたのならば。良き神だと知っていたのなら! 私は彼を殺したりはしなかった!」


 そう、彼は邪神を滅ぼした時、全てを知った。

 その血を浴びて、初めて自分の過ちに気が付いた。

 あの瞬間。

 死を受け入れていた邪神こそが、主神。この世界を創世し、加護し、見守っていた良き神だと知ってしまった。


 なぜなら血を浴びた時に、隻眼だった瞳が回復していた。

 永遠の寿命を得るようになった。

 老化しなくなった。

 その時に英雄ははっと気が付いた。


 自分がしてしまった過ちを、確信したのだ。

 そしてなにより、英雄が確信してしまったと気付いたのだろう。

 聖槍に貫かれながらも”かの神”は言ったのだ。


 気にする必要はない。

 こうなるのが運命だった。

 それでも気にしてしまうのならば、そうだな――。

 その槍で、多くの病人を癒すといい――。

 そなたは何も悪くはない。

 誰も、悪くなどない。

 皆、生きるのに必死なのだ。


 ただ巡り合わせが悪かっただけなのだろう――。と。


 紛れもなくこの神こそが主神と知った時に、彼の槍は既に主神の最期を看取っていた。

 主神の力は槍と彼に吸収され――英雄ラングルスは、力に含まれていたユダの記憶を知ってしまう。

 酷い人生だった。


 酷い、一生だった。

 英雄は槍を落とし、絶叫した。


 なんてことをしてしまったのかと。

 私欲を叶えてくれなくなった、邪魔になった主神を邪神と貶めた人類と始祖神の悍ましさに手を震わせ顔を覆っていた。

 だが、罪の代償は追ってきた。


 聖槍が、ひとりでに戻ってくるのだ。

 悍ましさに打ちひしがれる彼の手に、自動的に戻ってくるのだ。

 良き神の血を浴び、更に神から祝福された聖槍には邪を祓う力があった。


 多くの命を救う力があった。

 けれど、その持ち主の心を救う力はなく、今もなお、英雄は英雄として生き続けている。

 そんな英雄を眺め、全てを知っていた教皇ホテップは言う。


『柱の神ならばきっと、最後に自分の血で多くの病を祓い救えたのだと知れば――あなたを讃え、自らの死に意味があったことを喜ぶとは思いますよ?』

「そのような戯言を、ぬけぬけと……っ」

『いや、本当のことなのですがぁ。あのぅ……なんなら今からお会いになりますか? 実は今、あなたはその魂と力を狙われておりましてね? 奪われると少々どころか、それなりに厄介でして。ええ、はい。早くこの地を離れないと、面倒なことになるのですが』


 提案する教皇の空気とは逆。


「キサマが邪悪なるバケモノであることだけは理解している――、それだけで滅する理由としては十分であろう!」


 怒りで話は通じない。

 英雄ラングルスは、まさに激怒。

 血が頭に上った状態とはこの場面を指すのだろう。


 怒りの理由は単純だ。

 なぜなら英雄ラングルスは気付いていた。

 いや、気付いてしまった。


 あの時の教皇……この教皇ホテップは全てを知っていて。

 それでもなお、止めなかった。

 聖人と持て囃され調子に乗り――邪神を討つべく動いたラングルス。

 これから取り返しがつかない事をしでかすと知っていて、それでもなお教皇は彼を放置した。

 英雄へと祀り上げた。援助をしたのだ。


 教皇ホテップは息を漏らし。


『やはり、少し強引に失礼させていただくしかないようですね』


 その身を闇に溶かし。

 無貌のネコへと変貌する。

 そして気の無い声を漏らし、肉球の先から魔法陣を展開。


『あ、言っておきますけど。こう見えてもわたくし、それなりには強いですから。お早い降伏をお勧めいたしますよ』


 英雄ラングルスの攻撃を全てかわし。

 捕縛の魔術を唱え始めた。


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