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第096話 始祖神狩り


 【SIDE:復讐の女神】


 太陽を反射する海原の上。

 大海原の波音と広大な水平線の広がるエリアにて。

 世界地図を表示するのは、海獣の背に乗る美しき女神。


 魔物やエリアなどを鑑定し表示するその世界地図には、彼女自身に関しても表記されていた。


 名は【復讐の女神マグダレーナ】。

 おそらくは誰かがそう命名し、世界がそれを認めたのだろう。

 表示されるその職業は【主神】。


 溜まりに溜まった復讐の感情が発生した魔性。

 復讐の女神。

 彼女の姿はかつて楽園に在ったヴィヴァルディそのもの。春風のような明るさと華やかさで、男女どちらにも愛されていた麗しき女神だった。


 けれど、その心は既に復讐心だけで満たされている。


 そして彼女の本体ともいえるヴィヴァルディの魂は、今もネコの器に留まっている。

 大魔帝ケトスが用意した魔性対策だろう。


 本来なら魔性のみを取り出すことなどできない。

 だが。

 闇の神とされるあの魔猫は多くの世界の逸話で語られる大魔術士――ネコという器をフィルターとして利用し、魔性成分のみをろ過させる、新しい魔導技術を既に完成させていたと考えられる。


「つまり、これもあの魔猫のシナリオ通り。わたしたちはレールに乗せられている可能性が高いのかもしれないわね」

『ぐわははははは! 何の話だ我が相棒よ!』

「誰が相棒よ、わたしとあなたは利用し合う関係でしょう?」


 女神に呑気に話しかけるのは、海獣たるセイウチにまで落ちぶれた、かつて救世主を作った神。


 彼女達の最終目標は宇宙の破壊にあった。

 裏切りばかりのこの宇宙そのものを消したいと、心の底から思っている。

 だから、今も彼女は海獣の背に乗り移動する。


「西に三百ほど進んで頂戴。次の反応があるわ」

『三百とは、センチのことかメートルか、それともインチであろうか? がははははは!』

「キロに決まっているでしょう……」

『キログラムであると?』


 セイウチは髯を揺らし、頭上に?を浮かべ、首を傾けている。

 そこには叡智の欠片もない。まるで知恵を少し手に入れただけの海獣のようだった。


「あなた、本当に色々なモノを失っているのね……」

『ぬぅ? たしかにカニはもう全部喰らってしまって残っておらぬが、よもや娘よ! 汝も食べたかったと!?』

「――もういいから、とりあえずあっちに向かって泳いで」

『まったく、人使いの荒い小娘だ。まあ我は人ではなく! 神の神であるがな!?』


 あるがな!? と、反応するまで振り返り続けてくるので、女神はしかたなく、はいはいそうねと頷き。

 ようやく海獣は高速で海を進み始める。

 始祖神を狙った旅の始まりは、蟹の始祖神の殺害から始まっていた。


 犯行は迅速かつ丁寧に――が理想だが、この旅はそれほど迅速ではなかった。

 なにしろ海獣がバカなのだ。

 しかし、その力だけは本物だった。


 実際、既にかつて主神だった柱の神を裏切った始祖神の、そのいくつかの処分は完了していた。

 世界から神の影響が次々と消え始めているのが、その証拠。


 今も実際、始祖神狩りの真っ最中。


 始祖神を消すたびにマグダレーナの魔力は増していく。

 吸収したのではない。

 奪ったのではない。


 かつて貸し与えた力が返還されているに過ぎないのだ。

 それほどの力を彼女は与え続けていた。

 それでも彼らは裏切った。


 だから、今回のターゲットも同じ。


 表示されるのは、竜の幻影を見せる事で有名な貝、しんに該当する始祖神。

 蜃気楼を見せる貝にして竜の一種、”海底のゴミ掃除(スカベンジャー)”たる貝竜を追い詰めたマグダレーナは、眉を下げて口角を吊り上げた。

 苦笑だった。


「海底に逃げても無駄なのに――【神話再現アダムスヴェイン:分断せし大海割モーセ】」


 神話再現アダムスヴェイン。

 それは魔術の最高峰に位置する、神話を再現し魔術効果とする魔術の最奥。

 復讐の女神が鳴らした指から零れた”水の雫”が海面に触れる。


 次の瞬間に海は割れ、海底を逃げ回っていた巨大二枚貝の姿があらわとなる。

 始祖神だ。

 海が割れる音と、割れる海を器用に駆ける海獣の進軍音がする中。


 女神は苦笑に嘲笑を乗せ告げていた。


「逃げても無駄なのに、どうして逃げるのかしら。わたしはただ、かつて貸した力を返して欲しいだけ。ただそれだけなのだけれど……」


 ターゲットとなっている始祖神。

 巨大貝のスカベンジャーが、暴かれた海底から詠唱を開始。

 割れた海の波紋に魔法陣を描き、周囲に霧を発生させる。


 霧と視界を操作する魔術の応用にて実現させた、”幻影魔術”による”竜の幻影”を浮かべながら告げたのだ。


「ついに魔性へと堕ちたか女神ヴィヴァルディよ」

「誤解しないで。ヴィヴァルディはヴィヴァルディで猫として元気にやってるわよ?」

「猫? いったい、何を言っているのだ――」


 割れた海面に、女神が肩を竦める姿が映りだす。


「分からない人ね、わたしは事実を語っているだけよ? まあ、信じなくてもいいけれど――わたしはもうヴィヴァルディから独立した存在。彼女が猫の陽気さに囚われたままだったから、わたしはわたしとして復讐することにしたの」


 復讐と聞き、貝竜の動きがわずかに止まる。


「……復讐だと」

「まさか、復讐されるいわれはない……なんて、面白い事は言わないわよね? あなたは柱の神を騙し、その幻影魔術を盗み取った。そして海を自由に渡る奇跡を借りたまま、彼が死んでも返さなかった。それって、裏切りよね?」


 女神が語るのは、この貝竜の罪状だった。


「もし海を渡る能力が残っていたら、彼も死ななかったかもしれない。人間の英雄に邪神として殺されなかったかもしれない。そもそも、彼を邪神と揶揄した一人にあなたもいた。どう? 違っているかしら?」


 貝竜が答える。


「確かに我らはかつて汝等の世話になったらしい。なれど、それももはや過去の事。我らは既に汝らから巣立った新しき神である。そして過去の恩をいつまでも蒸し返す汝らを邪神と断じたまで。汝等の指図は受けぬ。たとえ柱の神とて、その柱の神の転生体とて、もはや古巣。ましてや、復讐などという勘違いを起こしている汝に従うつもりはない」

「勘違いかしら」

「ああ、勘違いだよ母たる女神よ」


 貝の中から溢れ出した竜の幻影……貝肉の中身が、海の魔力を纏い。


「ここで滅ぶがいい――過去の栄光に縋る女神よ!」

「だそうよ、やっちゃっていいわ」


 呆れの息に反応したのは、彼女が乗っていた海獣。

 海獣は突如として、信じられないほどの膨大な聖なる魔力を纏い、にひぃ!


『ぐわははははは! カニは実に美味であったが、汝はどうであろうかな! このハマグリよ!』

「な!? キサマは――」

『問答は要らぬ! 力の返還を断った罪人に猶予も要らぬ! 我はポンポンがベリーベリーハングリーでな! 遠慮なく食わせて貰おうぞ!』


 あり得ないほどの聖なる力に、ターゲットは絶対に勝てないと悟ったのだろう。

 女神を殺すための幻影魔術を中断し、逃走用の魔術に切り替えようとするが。

 海獣の背に乗る女神は、冷たい顔でスキルを発動。


「【蟹甲羅キャンサー沈黙サイレンス】」

「……っ!」


 これは既に討伐した”蟹の始祖神”から返還させた、沈黙魔術。

 要するに相手の魔術やスキルを、一定確率で無効化させる力を発動させたのだ。

 声を失った貝が一瞬怯んだ、次のタイミングには海獣の牙はその貝を噛み砕いていた。


 ガッシュガッシュ!

 むっちゅむちゅ!

 げぷぅ!


 貝の装甲を破り、肉を喰らう音が大海原に広がっている。


『ぐふふ! なかなかに美味! 醤油を持ってくればよかったかもしれぬな、ヌワハハハハハ!』


 巨大ハマグリの踊り食いである!


 と、大はしゃぎで喜ぶ海獣の正体は当然、ただのセイウチ。

 ……ではなく。

 ペンギンに負けたことで壊れてしまった、性質だけならばトップクラスの聖なる属性を持つ外なる神、ヨグソトースである。


 女神が言う。


「わたし、これの仲間と思われるのよね……?」

『ぬ? どうかしおったか? は! ハマグリならばやらんぞ!? これはぜーんぶ我のもの! 我のランチボックスなのだからな!?』

「要らないわよ……」

『ふむ、だが仲間とならば仕方あるまい――良い、許す。貝の破片でよければ分けてやらんでもないぞ?』


 これが最大の譲歩だと、貝の肉で口をべちょべちょさせながら、うんうん頷くセイウチに頬をヒクつかせ。


「いや、本当に要らないから……ほら、それよりも――わたしがこれに与えていた力だけを抜き取って返して頂戴」


 言って、復讐の女神はセイウチからかつて始祖神に与えた力を回収。

 宇宙を破壊する力を蓄え。

 全ての終わりに向けた準備を進めていく。



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― 新着の感想 ―
[一言] ヨーグルトソースさん…… 脳みそまでヨーグルトソースになっちゃって……カワイソウに…… そんなに……そんなに……詐欺師にヤられたのが悔しかったのねwww これは黒ニャンコとの大食い対決ですか…
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