第095話 人類を導く者
【SIDE:人類サミット】
太陽の陽も雨も降り注ぐ熱帯地域。
かつてエエングラ神が自らの一部を切り分け、整えた地。
そして神の直系に当たる人類が住まうザザ帝国にて行われた、サミットの語り場にて。
「いい!? つまりはこれってあたしたちの罪を拭うチャンス。言葉は悪いけれどどさくさに紛れて、主神殺しをしてしまったあたしたちが神々に取り入る、絶好のタイミングなのよ!」
可能な限り集った要人達を前にし物怖じせずに演説するのは、まだ若い冒険者風の娘。
これでも立派な姫であり皇族。
件の柱の神、かつて主神だったアクタと迷宮探索までしたカイーナ=カタランテ姫である。
「ぶっちゃけちゃうとね? あたしたちはツイているわ!」
ざわめきが起きる中。
一瞬の隙間を狙い吸った息を吐きながら、姫は皆を見渡す。
全員ではなく、あなたに語り掛けている――そうアピールするように意識を誘導した彼女は、続きを冷静に語りだしていた。
「どれだけ言葉による謝罪を重ねるよりも、一回の実績の方が重いとあたしは思うわ。だって、実際に困っている時に助けられるのって印象に残るもの。創造神たちが助力を求めている今この時にこそ、力になることが最善。一番の贖罪になるわ」
彼女の主張は至って単純。
生き残るために頑張りましょうということである。
まだ健在な父に代わり姫が代表となっている理由も、やはり単純。
彼女が優秀だからに他ならない。
そして、彼女の父が略奪王や略奪帝として周辺諸国には疎まれているから、という無視できぬ事情もあった。
ただ彼女だけでは威厳が足りないが――。
会議に同席している男――ザザ帝国の皇帝ザザ=ズ=ザ=ザザは腕を組みながらも頷き、褐色の肌を魔力照明で輝かせ。
「そも、創造神らが復讐の女神に負けてしまえば我らも終わり。彼女は今、この世界に存在する始祖神と人類全てを復讐の対象としているようなのでな。動かぬ、協力せぬという選択肢はあるまい。違うか?」
事情を知っている者にとっては至極当然の答えだ。
だが、話はそう簡単ではない。
集った人類は一枚岩ではない。
今回のサミットとて、世界の異変を理由に多くの人類国家が参加しているが――懐疑的な様子を隠さぬ者が多い。
別大陸の覇者となっている王族が言う。
「そもそもだ、神々などという存在が本当に実在するのか?」
「あたしだって信じちゃいなかったわよ。けれど、実在したし現在進行形で創造神の中から零れた復讐の女神が、あたしたちを皆殺しにしようと企んでいる。正直、そう時間もない筈よ」
「熱帯地帯に住まう姫よ、悪いのだがな。世界を創りだした神々など、にわかには信じられんのだ」
そう、まず人類の大半が神を信じていない。
ザザ帝国ですら皇族関係者が先祖の伝承を知っていただけ、それも歪んで伝わっていた。
カタランテの方でも年寄りが伝承を知っていただけで、ほぼ廃れていた。
姫が言う。
「まあ神様を無理やり信じろとは言わないわ。ただ、人類を殺しつくそうとしている存在がいて、それをどうにかしないといけないって点だけは理解できるでしょう?」
実際、世界は揺れていた。
至る所で地震が起こり、地の魔力は乱れ――川は氾濫。
空では晴天だった筈なのに雷雲がランダムで発生、昼間なのに日の届かない地域が生まれている。
主神となったのが復讐の女神だからだろう。
明らかに世界は終わりへと向かい始めているのだ。
また別の大陸の代表と思われる騎士姿の男が告げる。
「我らも神は信じてはいる。だが我らの神はただお一人。世界を創った神がいるとは聞いておらん」
「それはたぶん、柱の神からの恩を忘れて見捨てた始祖神の一柱でしょうね」
「聞き捨てならぬな異国の姫よ、我らの唯一神を否定するつもりか!」
そう。
これも厄介なのだ。
神を信じる国が残っていても、協力関係になれるかどうかは別。
彼らが崇めるその大半が、ナブニトゥやエエングラのような、かつて柱の神から離れた始祖神なのである。
始祖神の全てが改心しているわけではない、というのも問題になる。
意図せずその懸念を肯定する形になりそうな事件が起きそうだと、カイーナ=カタランテ姫はこっそり護衛に合図を送る。
念のため、というやつである。
アクタ曰く、セイウチは姫の特異な力も狙っているらしい。
用心するに越したことはない。
「否定はしないわ。あなたたちはあなたたちの神話を信じればいい。ただ、あなたたちの唯一神が復讐の女神に協力すると言うのなら、それは人類の絶滅を手伝う事になる筈よ。そしてそうなった場合、あたしたちもあなたたちを敵と判断するしかないわ」
だいたいと言葉を区切り。
「唯一神、でしたっけ? あなたたちの神は今どうなってるのよ。この状況を何故、どんな理由があって見過ごしているのかしら」
「我らにも分からぬのだ」
「分からない? どういう事よ」
「神託を賜ることのできる巫女や神官といった聖職者の話では、先日から何も仰ってくれなくなった……と」
カイーナ=カタランテ姫には見えていた。
おそらく既に復讐の女神に消されたのだろう。
「連絡が取れなくなっている神の特徴は!?」
「不敬であるぞ! 神の御姿など我らは知らぬ!」
「姿じゃなくても良いわ、声だったり口調だったり癖だったり……なんでもいいの! 間に合わなくなるかもしれないから、早く!」
皇族とは言え異国の小娘。
年下に急かされて腹を立てたのか、騎士姿の男は跳ねるように立ち上がり。
「小娘が! 何を言っている! キサマはなにをそこまで焦っているのだ!」
「あなたたちの神はもうたぶん女神に殺されたのよ! 早く遺骸を回収しないと、蘇生もできなくなるって言ってるの!」
「こ、殺され!?」
「だから早くその始祖神の特徴を教えて頂戴! エエングラ神なら特徴さえ伝えればたぶん神の嗅覚で見つけ出して、その遺骸の断片……ようするに魂の器を回収してくれるはずだから!」
小娘が何をバカげた――と不審に思っているだろう者もいる状況の中。
ザザ=ズ=ザ=ザザが皇帝の覇気を放ちながら周囲を睨み。
「仮に姫の勘違いならばそれで構わぬだろう。そして汝らの神が健在ならばそれはそれで問題とならぬ筈だ。そして最悪な状況を想定しよう。今、このやりとりで発生する刹那の差が、汝らの神の蘇生を間に合わなくさせるやもしれぬ。汝らはそれで良いのか!」
騎士姿の男は自分の席に座り直し。
神の特徴を語りだす。
唯一神としてその大陸を支えた神の逸話を語った後、騎士姿の男は言う。
「すまぬが姿に関しては、教義ゆえ口頭で伝えることはできぬ。だが――我が国に戻れば石碑という形では残っている」
「まあいいわ。やっていたことや逸話を伝えたら、たぶんそれで大丈夫だと思うから」
その特徴を姫が魔術で飛ばした直後――返答は数分で戻ってきた。
「あなたたちの唯一神って、もしかして蟹の姿だったりするかしら」
「何故それを」
「そう……やっぱりそうなのね」
姫の反応で答えが分かったのだろう。
わなわなと震え始めた騎士姿の男は、頬に汗を浮かべながらも静かに口を開く。
「よもや――」
「ええ、遺骸で見つかったそうよ。まるでセイウチに甲羅を壊され、蟹肉を食われたみたいにって……。今、エエングラ神と芥角虫神の眷属が破片を回収しているって。ただ、冥界から連れて帰れるかどうか……ようするに神への蘇生が成功するかどうかは分からないみたい」
サミットの空気は重くなっていた。
だが、少なくとも一国で唯一神と祀られていた力ある存在が、無惨に殺されたのは現実。
姫は静かに深呼吸をし、空気を変えるべく発言する。
「神を信じろとは言わないわ。けれど少なくとも力ある存在が実在して、それが世界を滅ぼすべく動いていることは理解して欲しいの。蟹の神様だって蘇生の可能性がゼロってわけじゃないわ。前向きに、これからできることを考えましょ」
既に彼女はサミットの空気を掌握。
少しでも貢献できるようにと尽力し続けた。