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第094話 あの二度と忘れぬ情景の面影(G)


 【SIDE:芥角虫神たるアクタ】


 現在進行形で綴られる【逸話魔導書グリモワール】。

 教皇ホテップと大魔帝ケトスの裏取引の過去を眺めていたのは、長身痩躯の擬態者ミミック――。

 かつてユダであり柱の神だったアクタは、そっとその書を閉じる。


 閉じた書は無数の蟲へと転身し、アクタの影の中へと消えていた。

 これもアクタの隠し玉。

 蟲を使い、他者の物語を閲覧できる【逸話魔導書】を作成するスキルだと気付けた者は、そう多くないだろう。


 時はナブニトゥ神が殺された少し後。

 ハイエナの神エエングラがその遺骸を回収し、逃走。

 遺骸を引き受けたアクタがエエングラに感謝をし、ナブニトゥの蘇生を施した直後。


 場所はGの迷宮。

 王都を模したあの街並である。

 会議の場所は冒険者ギルド内――滞在するのは既にこの地に定住する人類。

 そして大まかな事情を共有した、アクタと始祖の神々。


 その中央には、蘇生のための儀式魔法陣とナブニトゥが安置されている。

 状況を完全に理解したアクタは、蘇生を受けたナブニトゥ神の目覚めを待ち。

 ふは!


「ふははははは! 蘇生は成功である! 後はナブニトゥの魂が表面に浮き上がる、つまりは目覚めを待つだけ。ヴィヴァルディだけでは心配であったが、アプカルルをつけて正解であったな!」

「はぁ!? どういう意味よあんた!」


 アクタの言葉に毛を逆立て唸るのは、当然ヴィヴァルディ。

 復讐心が抜けて出ていった、ネコとしての器の性質を持つ魔猫女神なヴィヴァルディである。

 彼女は冥界の奥にまで出張していたので、早く褒めなさいよ! と、褒められ待ちだったのだ。


「ほう? それを我の口から聞きたいと?」

「あのねえアクタ。あんたはここで待っていただけ、あたしはアプカルルと一緒にわざわざ冷たい冥界の底にまで行ってきたの。どっちが偉いか、どっちが働いたかなんて子供だって分かるでしょうが!」


 当然。

 あの逸話魔導書……――。

 まだヴィヴァルディになる前の彼女の逸話を覗いた今のアクタは、彼女がかつての旅の友だったと完全に思い出している。


 今、目の前の底抜けに明るいネコは、あの時の彼女の面影だらけ。

 アクタにとっては深い感慨があった。

 だが。


「ええーい! 汝のやらかした問題の数々、忘れたとは言わさんぞ!」

「馬鹿ねえ」

「だ、誰が馬鹿だと!」


 バカにバカと言われたという顔で、アクタがフードの奥の口をわなわなさせるが。

 モフモフなボディごとネコ指を揺らし、ちっちっち!


「あのねえ、わたしは皆に知恵や常識ってもんを渡しちゃったから、常識に欠けていただけ。本来なら美しく誰からも愛される春風のような女神だっていうのは確定情報! それは今さっき、あなた自身が逸話魔導書を読んで確認したんでしょう?」


 はい、わたしの勝ち!

 と、女神はドヤ猫スマイル。


「我が言っているのは生前の汝の事だ!」

「なによ! わたしが美しいとみんなが喜ぶんだから、髪を綺麗にする香油をいっぱい買っただけじゃない!」

「物事には限度というものがあろうが!」

「美しい女性が美しく着飾るのは社会の幸福、つまり! 身だしなみだって立派な社会貢献なんですからね!」


 意味不明な屁理屈をと、当時の空気でアクタが唸る。

 周囲は魔力で揺れ始めるが、ギルドの面々は慣れたモノ。

 カイーナ=カタランテ姫がこの場にいたら、彼らを止めたであろうが――彼女は人類同士の話し合いの必要性や真実を語る意図もあり、現在はザザ帝国にて集まれる王族でサミットを開催中。

 森人達もあちらに集まっていた。


 ちなみに、アプカルルはその護衛でザザ帝国に出向中である。


 アクタとヴィヴァルディのこの戯れだが、本来いつもならナブニトゥが止めていたのだが。

 彼はまだスヤスヤと目覚め待ち。

 仕方なく唸りを止めるべく割って入ったのは、エエングラだった。


 彼は男性部分を前面に出し、おろおろおろ!


「お、おいおめえら……まだ蘇ってないナブニトゥをあんま揺らさない方がイイっしょ。って、聞いてねえし……おい、ナブニトゥ! 早く起きてくれないと困るし! 魂自体は冥界からちゃんと引き上げてきたんだろ!」


 言われたナブニトゥは儀式魔法陣の中で、スヤァ。

 薄目を開けて、また閉じて。

 スヤァ。


 エエングラはナブニトゥの反応をじっと見続ける。

 やはり、たまに薄目を開けている。


「あ! おいこらおまえ! 待つし! 起きてやがるな!」

「はて、何のことだろうか。僕にはよく分からないよエエングラ」

「こいつらのケンカを止めるのが面倒で、狸寝入りしやがってるじゃねえか!」


 言葉を受けたナブニトゥはよっこいしょ、と立ち上がり。

 羽毛を膨らませ羽繕い。


「どうやら、僕を待たせてしまったみたいだね。マスター、そしてヴィヴァルディ」


 さすがにこのままケンカを続けるつもりはなかったのだろう。

 アクタもヴィヴァルディも怒りマークを浮かべ、頬を押し付け合うのを止め。


「ふむ――どうやら蘇生は完了したようだな」

「あなたを連れ戻したのはわたしよわたし! ちゃんと感謝しなさいよ!」


 二人の顔を眺めナブニトゥは静かに瞳を閉じ。


「ああ、そうだね。柱の神たるマスター、それに我らの母たる女神よ。僕らの罪を許して欲しいとは簡単には言えない、だから僕は行動でその謝罪と感謝を示そうと思う。エエングラ、君もそれで構わないだろう?」

「あ!? あ、ああ……そ、そーいうことで」


 ナブニトゥはよく周囲を見るようになっていた。

 様々な感情が邪魔し言葉にできなかったエエングラの代わりに告げたのだろう。

 始祖神の心の変化に、僅かに口の端を上げたアクタが言う。


「さて、戦力はこれで揃ったが問題は復讐の女神のこれからの動向と、そして動きが読めぬセイウチであろうな」


 セイウチとの単語に神々も、そしてギルドの面々も訝しんだ顔を作る。

 死んでいたので分からぬとナブニトゥが言う。


「マスター。セイウチとは何のことか、説明を貰えるかな」

「ふむ、これは汝だけではなく他の者もあまり知らぬであろうが。此度の件、復讐の女神として魔性化したヴィヴァルディを、ここにいる間抜け……いや、ネコのヴィヴァルディから抜き出した黒幕がおるのだ」

「黒幕? ってーと、あの教皇ホテップの事か旦那。どっかに消えちまってるが」


 エエングラの指摘にアクタは首を横に振り。


「いや、教皇ホテップとはこのまま共闘関係となるであろう。なにしろあれは我が神、闇の神と契約を交わしたようである、我らの事はともかく闇の神と敵対するつもりなど皆無であろう。それに――なによりセイウチを倒す事に関して利害が一致しているのだ。この一件に関してのみは、万が一にでも裏切ることはないと断言できる」


 裏切りの神として保証すると笑っていいか分からないジョークを挟みつつ。

 アクタはそのままセイウチ周り、つまりはかつて神の父だった海獣の事情を説明した。


 相手が強さだけならかなりの事。

 そして同時に、セイウチ化した理由を聞き皆の反応は複雑。

 ネコのヴィヴァルディもその辺りの事情は初めて知ったようで。


「え? じゃあなに……わたしの復讐心って、そんな馬鹿と手を組んでナブニトゥを殺したって事?」

「まああの女神にとってはあのセイウチも復讐の対象となる筈。なにしろ生前の我を利用した存在でもあるからな。その辺りを踏まえ、彼女がセイウチを利用するだけ利用していると考えられなくもないが……」

「えぇぇぇぇぇ……ふつーに嫌なんですけど」


 うげぇ……と露骨に顔を歪ませるヴィヴァルディを横目に、ナブニトゥがアクタを見上げ。


「マスター、魔性と化している女神ヴィヴァルディの復讐心……マグダレーナと呼んでおくことにするけれど、彼女をどうにかできると考えていいのかい?」

「我が直接対峙すれば問題ない」


 アクタは記憶を食う力がある。

 故に、復讐心を暴走させて独立した存在を消すのは容易い。

 なにしろ記憶と感情は密接に関係している。


 ナブニトゥが言う。


「復讐対象の当事者の僕らとしては――少々複雑だよ」

「な、なあ!」


 様々に考えていたのだろう。

 唇をぎゅっと結んでいたエエングラが珍しく自らで提案していた。


「元はといえばオレたちが悪いんだ。オレたち始祖神が全員、あのヴィヴァルディに殺されれば女神の復讐心も解けて”魔性化”も解除されるんじゃねえか!?」


 ヴィヴァルディが言う。


「難しいでしょうね」

「やっぱり、それくらい恨んでるって事か……?」

「そりゃあ恨んでもいるけれど、そうじゃないの。魔性化っていうのは文字通り暴走なのよ。恨みを晴らしてはいおしまい、元のいい子のヴィヴァルディちゃんに戻りま~す! なんて簡単な問題じゃないわ。一度走り出した魔性は止まらない。あなたたちも魔王と呼ばれるようになった”あの人”が楽園を滅ぼす様子を見たでしょう? あれが魔性。対象を殺した程度じゃ止まらないわ」


 薄らと口を開き困惑した様子のアクタが。じぃぃぃぃ。

 理路整然と語ったヴィヴァルディに目線をやっていた。


「なに? ちゃんとわたしだって考えてるわよ」

「いや、そなたにしては……あまりにもまともな長文を語れたものだと。感心してしまったのだ」


 ぶちっと。

 女神の肉球の血管が浮き上がる音がする。


「あんたねえ! 根本的にわたしを馬鹿にしてるでしょう!?」

「ええーい! いつもバカなことをしていたキサマが悪いのであろうが!」


 再びいがみ合う二人であるが。

 その仲に険悪さはない。

 かつてのあの日。


 共に過ごした日々を感じさせる空気が、彼らの間を取り巻いていた。


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