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第093話 教皇ホテップの憂鬱:後編


 【SIDE:教皇ホテップ】


 誰も届かぬ宇宙の狭間。

 肥大化し、膨張し続ける宇宙の果て。

 無限の魔力を引き出せるとされるエーテルの海にて。


 強制転移を受けた教皇ホテップは無貌のネコの姿となり、ぷかぷかぷかと浮いていた。


 その身体は揺れている。

 負けたことへの憤怒。裏切られた事への失望……ではない。

 それは歓喜に似ていた。


 無貌のネコは宇宙に漂い大笑い。


『ぶにゃはははははは! セイウチっ、あれがセイウチに、ぷぷぷぷ! アーッハハッハハハ! これは我慢しろという方が無理でしょう!?』

『戯れる邪神よ、何が其処まで面白いと言うのだ?』

『そりゃあ副官のトップを気取っていたあのヨグソトースが、あんな愉快な姿になって……』


 教皇ホテップの言葉は次第に小さくなっていく。

 なにかがいる。

 それがありえない事だと分かっていたからこそ、教皇ホテップは言葉を失っていたのだ。


 ここは宇宙の果て。

 光さえも届かない速度で拡がり続ける、文字通り全ての事象の最先端。

 今の宇宙は膨張し続けている、誰も届かぬ速度で走り続けていると一緒なのだ。


 そこには本来ならば何もいない筈だった。単純な話だ、宇宙の広がる速度には誰も届かないのだから。


 だからヨグソトースは復讐の感情を暴走させたマグダラのマリア、復讐の魔性と成り果てた女神を用い、教皇ホテップをこの果てにまで転送したのだろう。

 復讐の邪魔をされないように。

 もう二度と、戻れない場所に。


 そう、誰もここには来られないはずなのだ。


 だがナニかがいる

 そこには赤い魔力を揺らすネコの瞳がある。そして、まるで心を読んだかのように。

 語りだす。


『不思議ではあるまい、膨張し拡大し続ける速度に届かない地ならば――膨張する宇宙よりも早く駆ければいい、ただ其れだけの事』

『――ありえないでしょう、それだけの魔力を一体どこから』

『クハハハハハハハ! 此れは異なことを言う。汝の周囲にも、我の目の前にも其れはある。見えぬのか? 見えぬのであろうな。此処に無限ともいえる魔力の源があるではないか』


 闇が、宇宙全体を指定するように告げていた。


『なるほど。この広がる混沌……。エーテルの海には、惑星エリアを生み出す元素が詰まっている。一部の高位魔術師が使う技術――大気圏から無限に魔力を引き出せる技術の原理も、このエーテルの海のおかげと報告が上がっておりますからね。はいはい、分かりました。膨張する宇宙より勝る加速魔術の代価は、肥大化する宇宙そのもの。全ての可能性を内包せしこのエーテルから引き出していると?』

『如何にも』


 そんなエーテルの海に、何かがいる。

 黒くて悍ましいナニカが、まるで宇宙そのものこそが自分だと言わんばかりの顔で。

 ニヒィィィィィィイ!


 嗤っていた。

 ネコだ。

 宇宙と同じ大きさにまで魔力を拡大させている、ネコだ。


 無貌のネコは全てを悟り、慇懃に挨拶を開始。


『あなたが闇の神、憎悪の魔性にしてこの宇宙最強の存在。大魔帝ケトスさんでありますね』

『……そうであるが、気に入らぬな』

『はて、わたくし、何か失礼を?』


 分からなかった。

 けれど、大魔帝ケトスを名乗る大いなる闇は告げる。


『我は自分で名乗りを上げたかったのだが?』

『うわぁ……聞きしに勝る問題ネコですね……』

『魔猫の我と神父の我と違い、この我は姿のわりに地味だの、影が薄いだの、散々な事を我自身に言われるのでな? これは些事さじあらず。大事な事であるのだが?』


 えぇぇぇぇ……とぼやくように教皇ホテップは言う。


『あのぅ、なら今からなさったらどうですか? 待ちますよ、わたくし……それくらい』

『ふむ、そうか! なかなか見所のある邪神ではないか!』


 宇宙の大きさのネコは姿を現し、ぐははははははは!

 神獣のような神々しさを見せながらも、その行動はコミカル。

 哄笑を上げて、宇宙の果ての空間ごとビシっとポーズを取り。


刮目かつもくせよ、傾聴けいちょうせよ――! 我こそがケトス。大魔帝ケトス! 魔王軍最高幹部にして、魔王陛下の愛猫! 復讐の女神が魔王陛下までも対象としておるのなら、捨て置くわけにはいかなくなった。故に我は汝をこうして拾いに来たのだ、ナイラトホテプ。いや、かつて我らと敵対したニャンコ=ザ=ホテップと呼ぶべきであろうか?』


 その名は、大魔帝ケトスが率いる人類と魔族の連合軍にかつて敗れた、別端末の名。


 この大魔帝ケトスこそが、勇者召喚システム用端末ニャンコ=ザ=ホテップを封印した犯人。

 教皇ホテップにとっては同胞を封印された敵である。が。

 このホテップは享楽主義。


 それはそれで楽しめるとばかりに、ニヤニヤニヤ!


『あのぅ、それで大魔帝ケトスさんがわたくしに何か?』

『おう、そうであった! 復讐の女神を内包せし女神ヴィヴァルディ、そしてセイウチと化したヨグソトースが宇宙の破壊、すなわち魔王陛下に仇為す存在となってしまったのでな――我は、その滅びの戯曲を止めるべく汝を回収に来たのだ』

『おや、おやおやおや。わたくしに目をつけてくださったのは恐縮ですが、はて……あなたは宇宙の果てにまで自力で来られる方。宇宙の破壊を止めるぐらいご自分でなさればよろしいのでは?』


 相手の弱みを見つけるのも教皇ホテップの得意技。

 自分でやればいいのでは? との質問は大ダメージだったのだろう。

 大いなる闇こと大魔帝ケトスは、露骨に獣の顔を逸らし言う。


『こ……此度の件、我は隠れてこそっとやっておるのでな。あの世界への干渉はあまりできぬのだ――』


 追撃するように教皇ホテップは顔を覗き込み。


『つまりはわたくしを駒として使いたいと?』

『あ! あくまでも取引だ! この後、おそらくアクタはハイエナの神と出会い、そして女神ヴィヴァルディもその逸話を確認する。ハイエナの神エエングラを裏切った人類と、そして柱の神を裏切ったエエングラ自身の罪をな』

『なるほど……女神ヴィヴァルディの復讐心はますます暴走するでありましょうね』


 宇宙破壊の問題なので、揶揄うのを中断。

 そもそも宇宙最強の相手を揶揄っている時点で、教皇ホテップの享楽主義も相当なのだが。

 ともあれ、相槌を打った教皇ホテップに大魔帝ケトスが瞳を細め。


『幸いにも既に手は打ってあるのだ』

『と仰いますと?』

『女神ヴィヴァルディの魂は、既に我が手によって生み出したネコの器の中。いざとなれば我の指先一つでどうとでもなる。だが、それではあまりにも哀れであるからな』


 復讐の女神を破壊する手段はあるのだろう。

 しかしそれは女神ヴィヴァルディの魂の消滅に繋がる。

 アクタと敵対関係になるのは必至、だから大魔帝ケトスもそれは避けたいのだろう。


『具体的に何が起こるのでありましょうか』


 宇宙のようなネコは、ふむと鼻息を漏らし。


『おそらくはセイウチと化した邪神が動く……復讐の女神を我の生み出した器から取り出し、その力をもって宇宙の破壊を企むはず』

『逆説的に言えばです――あなたの生み出したネコの器こそが、女神が宇宙を破壊しないための封印の箱、ということですか』

『然り』

『初めから――全てを計算していたと?』


 言われて大いなる闇は、じぃぃぃぃぃっと考えこみ。

 堂々と頷く。


『如何にも』

『あ、これ……嘘ですね……。おそらく、芥角虫神の魂を送り込んだ時までは完全にお遊びで。送ってしまった後に未来が大変動。宇宙の崩壊が見えたので、大慌てで修正しようとネコの器を作成し、女神ヴィヴァルディを器の中に奉納したのですね?』


 図星だったようだ。


『わ、我は悪くないのだ! ま、魔王様にバレないうちに処理すれば問題ないと大いなる光も言っておるのだが!?』


 まあ、どうせバレるでしょうねと思いながらも教皇ホテップは一呼吸。


『分かりました、こちらとしても宇宙の破壊は防ぎたいのが本心。一時的に協力いたしましょう』


 ここは宇宙の果て。

 規則やルールの外なので、彼らが契約を交わしても一切の問題はない。


『ならば汝には一仕事して貰おう。我の友が言うには、アクタたちはザザ帝国と呼ばれる地を訪れる。あの地にも汝が操作する神聖教会は健在であろう?』

『ええ、自由に動かせますが』

『ザザ帝国を揺らし、皇帝ザザを操作しアクタたちと合流させよ。中に入れぬ我にはできぬが、おぬしならばできるであろう』


 頷き、教皇ホテップは約定を作成。


『して、合流させた後は』

『汝は隙をついてヴィヴァルディを襲うのだ――さすれば必ずや森人の神ナブニトゥがヴィヴァルディを庇う。命を庇う事は良き行動と判定される。そこまで善行値を積めば、おそらく冥界神レイヴァンの審査も通り抜けよう』

『ん? ナブニトゥ神は一度死ぬのでありますかな?』


 大魔帝ケトスは未来を眺める能力者にツテがあるのか。

 ぐふふと嗤い、唸りに言葉を乗せていた。


『我が友が予言する限りでは――な。セイウチの力を借りた復讐の女神は、その復讐の第一歩として、ネコの器から抜け出しナブニトゥ神を殺す。なれど、ナブニトゥ神は必要な戦力。このままの善行値では蘇生できずに詰む恐れがある。できるか?』

『暗躍を得意とするこのわたくしをあまり舐めないでいただきたいですな、大魔帝閣下』

『決まりであるな――では、あの世界へと戻る転移門を形成しようぞ』


 言ってパチン!

 大魔帝ケトスは、肉球を鳴らし宇宙の法則を捻じ曲げる。


 実際に、いとも容易く宇宙の果てとあの世界を繋いで見せたのだ。

 当然。

 本来ならばありえない、宇宙創造レベルの御業である。


 ドヤ顔かつ、したり顔をしているところを見ると、自分がやっていることがとんでもないとの自覚はあるようだ。


 ともあれ。

 大邪神ともいえる大いなる闇。

 そして。

 やはり大邪神といえるナイラトホテプはここで協力関係となり――。


 そして時はナブニトゥ神の蘇生へと繋がっていく。

 逸話を刻む魔導書は、現在の時を示しだす。


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