第090話 マグダレーナの記憶その4
【SIDE:復讐の女神】
彼らの前に立ち塞がった者の名は、ルトス。
再びリスタート、女神の心の奥という特殊な空間にて――。
ルトス王の誕生からやり直しとなった世界に、ぐぬぬぬぬ!
ニャンコ=ザ=ホテップこと教皇ホテップは、キシャァァァァァ!
無貌の筈なのにその顔の表面に邪悪な亀裂を生み出し。
人間ならば血管を浮き上がらせていそうな程に、憤怒し吠える。
『ぎにゃあぁあああああああぁぁぁ! ルトス、ルトス、ルトスゥゥゥゥ!』
「落ち着きなさいよ、またやり直しになっただけでしょう?」
繰り返す世界。
やり直す世界。
既に何度も世界を崩壊させていた本体のヴィヴァルディの心の奥、復讐の女神ヴィヴァルディはくすりと微笑んでいる。
『あなたは、どうしてそう達観していらっしゃるのですか!?』
「世界を何度も滅ぼすのは飽きるけれど、それでもやっぱり滅ぼす瞬間だけは心地よくってよ? 復讐心が満たされるというか、なんていうのかしらね。崩れる蜜蝋を齧っている気分というのかしら……」
言葉の途中で毛を逆立てたままの教皇ホテップは、くわ!
『ほとんど手を加えなくても勝手に滅ぶとはいえ、もううんざりなのですよわたくしは!』
教皇ホテップは何度も手を変え、品を変え……ほんの少しだけダイスの流れ……人類の行動結果を調整し暗躍。
女神ヴィヴァルディが世界を滅ぼすルートに誘導するが……。
ルトス王は諦めず、いや正確に記録するのならば心が折れても世界を繰り返し続ける。
ネイルのケアをしながら復讐の女神が言う。
「というか、あなた――見ているだけでいいとは言っていたけれど、きっとそれは本当だけれど嘘――だったんでしょう?」
激怒していた筈のネコが止まり。
ぐぎぎぎぎ。
後ろのモフ毛を膨らませつつ、冷静だとアピールするように教皇ホテップは振り返り。
『はて? 何の話でしょうか?』
「とぼけなくてもいいわよ。大口をたたいていたけれど……あなた、あまりこの世界に干渉できないのね」
『そんなことはございません、やろうと思えば――』
「けれど、やろうとは思わないのでしょう? できるできないなら、できる。けれど、やってしまったら代償がある。だからあなたはわたしの本体に世界を滅ぼさせたい。違うかしら?」
教皇ホテップは肩を落とし。
『はいはい、分かりましたよ、白状しますよ。確かにわたくしは今回、本来ならば管轄外。此度の件は父なる神を名乗るヨグソトースの受け持ちなのです。過度の干渉は許可されていなくて、ですねえ……』
「分からないわね、何故その人はこられないの」
『どうも……別件がごたついているようで、しばらくこの世界の監視を頼むといきなり言われてしまいましてねえ。いやはや、わたくしはヤツの小間使いではないのですが』
「それで押し付けられたわけね」
教皇ホテップは露骨に嫌そうな空気を出し。
『しかも、ちゃんと権限をわたくしに譲渡してくれたのなら良かったのですが。ほとんどの権限を許可されずの投げつけ案件でしてねえ。ああ、嫌だ嫌だ。こちらとて、転生者の案件で忙しいと言うのに……どうもわたくし、やる気がないのですよ』
「仲間同士でいがみ合うなんて、まるで人間みたいなのね」
『お言葉ですが――あなたとて楽園に転生し女神となった存在です、同じ女神であっても気に食わぬ女神がいたのではありませんか?』
それもそうねと復讐の女神は納得し。
「それで、本当にどうするの。これ、何度滅ぼしてもやり直すスキルを持っているみたいでしょう? かといって、殺してもダメ。無限ループっていうのかしら、これ……詰んでいるのではなくて?」
『詰んでいる……というか、たぶん我々もこのループにハマって永久に出られないでしょうね』
「困ったわね」
『はい、困っているのです』
実際に困っているのだろう。
だからこそ教皇ホテップは、ルトスっルトスっルトスとわなわな震えている。
復讐の女神とて、このままでは埒が明かない。
だからしばらく考えて。
思い至った。
なんとかしてくれる人材……それもダイスの流れを変える部外者を、この地に呼べばいいと。
「ねえあなた、転生者の案件がどうとか言っていたわよね」
『はて? まあ確かにそんな愚痴も零しましたが』
「あなたの力で外からこの世界に、”異物”ともいえる部外者を召喚できないのかしら」
教皇ホテップはルトス王を呪うように眺めながら。
『まあできないこともないでしょうが。結果は変わらないと思いますよ? それと、勇者とも呼べる存在の召喚は既にできなくなっておりますので、悪人ぐらいしか呼べませんし』
「勇者……っていうのがよく分からないけれど、なんでそんなことになっているのよ」
『にゃははははは! 実はわたくしの別端末が敗北してしまったようで、本の中に封印されてしまったのですよ』
「それ、笑い事なの?」
『ええ、笑い事です!』
いつもより興奮気味に邪悪なネコは語りだす。
『分霊とはいえ、このナイラトホテプを打ち負かした連中がいたという事ですから。それもほぼ全ての攻撃に完全なる耐性を持たせ、この宇宙で最も崇高な”ネコ”という最強のバフをかけた最強端末でしたからねえ! それに勝利するのはほぼ不可能だったはず。おそらくはとんでもないインチキをしたのでしょう。だから宇宙は面白い! わたくしはもっともっと、この宇宙で遊びたいのでありますよ!』
こんなに楽しい遊戯はない!
と、無貌のネコはニタニタニタと大喜び。
かなり歪んでいるが、宇宙を守りたいという感情は本物。
だということだろう。
この性質は利用できると復讐の女神は感じた。
享楽主義な存在だからこそ、おそらく話に乗ると感じた。
だから復讐の女神は提案する。
「なら、こういうのはどうかしら」
『いえ、こういうのと言われましても……具体的に言っていただかないと』
言う前に告げるせっかちなネコに呆れつつ、復讐の女神は妖しく笑む。
「魔術を生み出した祖……あの人は今も健在なのでしょう?」
『はい? ああ、まあ……正確に言うのでしたら今のあれは魔王となり勇者に負け、大きく分類して三つの欠片に分断され、それぞれが神としての力を持った状態で顕現しておりますが。それがなにか?』
くふっと女神は微笑して。
「生きているって事なら話が早いわ。あなた、今のこの状況をその魔王ってやつらに見せつけておやりなさい。あたしの事情を全部添えて……できるかしら? もしできるのなら、そしてあの人があの人のままならば、きっとなんとかしてくれるから」
『はあ……まああなたがそこまでいうのでしたら』
教皇ホテップには理解できなかったようだ。
けれど、復讐の女神は確信していた。
そして同時にこうも思っていた。
「あなたのせいで不幸になった彼に、あなたは責任があるのではなくて?」
と。
教皇ホテップがどんな手段を用いたのか、それは分からない。
けれど、実際にこのループに変化が起きた。
世界に、異物が投げ込まれたのである。
その異物の名は――。
芥角虫神。
かつてユダだった彼が、アクタとしてこの世界に再び帰って来たのだ。
ループから抜け出る算段が付いた教皇ホテップは大喜び。
『いやはや、まさか本当になんとかしてしまうとは。さすが、魔術の祖。我々が送り込んだ救世主』
「本当に……なんとかできちゃうのね」
『おや、喜ばしくないのですか?』
「そうね、嬉しいわ。けれど、こう思わない? なんでこれほどに万能で、これほどになんでもできてしまうのに……どうして? どうして彼をあんなに不幸にしたのって」
あんまりじゃない、と女神は芥角虫を眺め……瞳を細める。
「早く、育ってここにきて。わたしを迎えに来て、あなたが望むのならわたしはなんでも従うわ。あなたのために、なんでもするわ。それがわたしの贖罪。くだらないと言ってしまったわたしのケジメ」
『あのぅ……約束は覚えておいでですよね?』
「約束? ああ、世界は滅ぼしても宇宙は滅ぼさないって話だったかしら」
ふふふっと、ヴィヴァルディの心の中からアクタを眺め――。
目線を外さぬままに復讐の女神は語りだす。
「心配しないで、彼がそれを望まないのなら約束は守るわ」
逆に言えば、アクタがそれを望めば――。
これ以上は何も言わず。
復讐の女神はアクタの成長を眺め続けた。