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第089話 マグダレーナの記憶その3


 【SIDE:復讐の女神ヴィヴァルディ】


 不幸はいつでも追ってくる。

 アクタを追ってやってくる。


 もはや無知蒙昧むちもうまいの女神へと成り果てた女神ヴィヴァルディの奥。

 心の中。

 彼女はずっと世界を眺めていた。

 嫌と言うほどに眺めていた。


 始祖神たちは自分達の世界に、自分達が食物連鎖の頂点さえも超える神の位置となり――驕り高ぶり、溺れていく。


 彼は変わらず、言われるままにスカベンジャーたちの願いを聞き入れる。

 今度は人類が産まれた。

 命の誕生は喜ばしい事だ。

 けれど、人類達も神々に多くを願い、強請ねだるようになる。


 もはや女神ヴィヴァルディは無知蒙昧な存在。

 誰も何も頼りはしない。

 もはや道化のようだった。


 実際、何をやってもダメな女神と始祖神たちはバカにしている。

 始祖神たちから話を聞いていた人類は、女神ヴィヴァルディをやはり無知蒙昧な、ダメな女神だと嘲り嗤う。

 当時の人類にとっての始祖神は絶対的な親のようなものだった、だから人類は女神ヴィヴァルディを見ようとはしない。


 けれどここまではまだ良かった。

 子供たちが巣立っていく。

 それは間違ってなどいない現象だ。


 けれど、始祖神も人類もやってはいけないことをし始めた。


 柱の神を蔑ろにし始めたのだ。

 彼はもはや消える寸前だった。

 子供たちだと、可愛がるものたちの願いを叶え続けた代償に――。

 そして本来なら、女神ヴィヴァルディが支払わないといけない代償すら引き受けていた彼に……限界が来ていた。


 宇宙に、天変地異が起こったのだ。


 ◇


 なにがあったかは分からない。

 けれど、ネコの鳴き声と共に混沌の海を満たすほどの”大洪水”が起こり、宇宙が一度流れてしまったのだ。

 その災害を防いだのが、おそらく最後。


 大洪水からこの世界を守った事を機に、柱の神の力の大半は失われてしまう。


 もはや抜け殻となった女神ヴィヴァルディの中で、彼女は訴えた。

 どうか、彼を救って欲しいと。

 どうか、これ以上、彼を苦しめないで欲しいと。


「ねえ、分かっているのでしょう!? 彼は、あなたたちを拾いあなたたちに力を与え、あなたたちに居場所を与えた恩人なのよ? ねえ、どうして消えかけている彼を見ないふりをしているの? ねえ、どうして誰も助けないの? ねえ、答えてよ、答えなさいよ!」


 声は届かない。

 けれど。

 彼はぼろぼろになりながらも、始祖神たちを見捨てなかった。


 エエングラに人類に騙されていると指摘し、袂を分かたれ。

 ナブニトゥに世界樹の問題点を指摘し、追い払われ。

 他の始祖神たちにも父の視線で多くの指摘をし、疎まれ――。


 始祖神に疎まれたことをきっかけに、やがて邪神と呼ばれるようになっていた。


「どうして、どうして? なんで……なんで……。誰か、助けてあげて。わたしじゃあ、無理なの。全てを与えてしまったから。もう、声も意識もなにもかも、届かないの」


 声は届かない。


「あんまりじゃない。あんまりじゃない。彼は、また裏切られるの? 彼はまた、全ての罪を背負わされて殺されるの? そんなの、そんなのって、あんまりじゃない?」


 と、女神の中で泣いていると。

 ふと、女神ヴィヴァルディの中にある彼女を眺める気配があった。

 それは目と鼻がない、無貌のネコだった。


 ◇


 無知蒙昧と成り果てた、女神の抜け殻ヴィヴァルディ。

 その心の奥。

 復讐心を募らせる心の中で育つ――復讐の女神の前に、かの邪神は現れた。


『はてはてはて、女性が泣く声を追ってきてみれば、これは創世の女神さまではありませんか――!?』

「あなたは、誰」

『おっと失礼。わたくしは邪神ニャルラトホテプ。ニャンコ=ザ=ホテップでありナイラトホテプであり、黒きファラオであり織田であり……あの? 聞いていらっしゃいますか?』


 無貌のネコはニチャニチャニチャと嗤っている。

 邪悪な存在だと、すぐに気が付いた。

 無責任な策略家だとすぐに感じ取った。


 けれど。

 この無貌のネコが、自分に用があってやってきたこと。

 そして、唯一、女神の中から外に干渉できる存在だと気が付いた。


 こいつを利用し。

 復讐をしてやる。


 女神の中に浮かんだ感情は、確かな黒い力を付け始めていた。

 復讐の女神は言った。


「ごめんなさいね、わたし――復讐のためにどうあなたを騙し、利用してやろうと思っているのだけど、考えつかなかったの。なにかいいアイデアはございます?」

『おや? 復讐ですか? 話を聞かせていただいても?』

「あなたを信用できると思って?」


 睨みを聞かせてやると、無貌のネコは大笑い。

 いずこかの、それもことわりの外に在る邪神なのだろう。

 ネコは嗤いながら腕を振る。


『にゃははははは! できるわけないでしょう、わたくしはわたくし自身ですらわたくしを信用していないのですから!』

「そう。変わっているのね」

『わたくしの本体はあなたがたが泳いでいた混沌の海の、更に外にありましてね。あなたがたが神と呼んでいる者を作った神にございますれば、わたくしのような端末……いえ、魔術ある世界でいえば分霊を送り込むことができまして。それがわたくし、愛らしい無貌の魔猫ホテップでございます』


 復讐の女神が言う。


「それで、そのホテップさんがなにをしてくれるのかしら?」

『これは話が早い。あなたの復讐をお手伝いさせていただければ』

「具体的にはなにをしてくださるのかしら」


 話に乗ってきたと見たのか、無貌のネコはニマニマと嗤っていた。


『いやいや、なんてことはございません。わたくしどもも実は、この世界があると邪魔でして……どうでしょう? ええ、ええ、未経験でも問題ありませんので。ここはひとつぅ……この世界、滅ぼしてみませんか?』

「冗談でしょう? なんでわたしがこの世界の終わりを手伝わないとならないの」


 この世界には彼もいる。

 滅ぼすわけにはいかない。

 しかし、そこも計算していたのか無貌のネコは語りだす。


『断言しますよ、彼らは主神たる柱の神を殺すでしょう』


 ……。

 言葉が出なかった。

 実際、そうなるだろうという確信もあったからだ。


「止めて頂けると?」

『いいえ、流れは止められないでしょう。けれど、けれどです! わたくしなら、ボロボロになりもはや転生すらできぬ筈の! 主神の魂を! 冥界にまで送ることが可能なのです!』

「そんなの、冥界神に消されて終わりじゃない」


 取引と駆け引き。

 互いに探るように女神と無貌のネコは睨み合い。


『今の冥界神はレイヴァン神。あのレイヴァン=ルーン=クリストフ。転生前はあなたがたの師である”魔術を生み出したあの男”の、実兄。そして、楽園が滅ぶ原因ともなった男でありますからな。まあ正確に言うのでしたら、彼自身ではないのですが同一存在であります。おそらく、柱の神を見た時に、全てを悟り――その魂を受け入れるでしょう』

「いいでしょう、分かったわ。それで、あなたは何を望んでいるのかしら」


 無貌のネコは言った。


『破壊するのはこの世界だけにしていただきたい、と』

「どういうこと……?」

『”復讐の魔性”となったあなたは、必ずやその復讐心を燃やし宇宙全てを壊すでしょう。それでは困るのです』

「変な事を言うのね、だって一度……宇宙は壊れたわよね?」


 無貌のネコは初めて言葉を詰まらせた。

 観測しているとは思っていなかったのだろう。

 けれど、すぐに調子を取り戻し。


『ええ、はい仰る通り。今現在、宇宙は魔術が誕生してから二周目。二度目のルートに入っておりますので』

「そう……この世界は柱の神、彼の力で壊れなかった。それがあなたたちには不都合という事かしら。あなたたちの目的ってなに?」


 問いかけに考えこみ。


『はて、宇宙の中に入ってしまうとわたくしも法則の縛りを受ける、命ある存在となってしまいまして……全貌までは。ただ、実際のところは分かりませんが――宇宙とは長き眠りの中にある我らが魔王アザトースの夢であり体内、と教えられております。我々はただ、この宇宙全体を存続させるためのユニットであり端末。どんな手段を用いても、この宇宙を守る義務がある。それだけが我らの崇高な目的でございますれば、ご理解いただけますと幸いですが?』


 女神にはよく分からなかった。

 だから素直に言葉を口にする。


「そう、分からないわね」

『ええ、分からないのでございます。ただ、魔術と呼ばれる現象を生み出す救世主を、この宇宙に送り込んだのは我々。我らが魔王に模して……宇宙の中に召喚。夢見る魔王が長い夢を楽しめるように、彼の精神を移し、救世主という形で生み出したのは我々。つまり、魔術の権利は我々にあると、そう考えていただいて構いませんよ』

「そう……じゃあ、神の神の声が聞こえていたとユダは言っていたけれど。それってあなた?」


 殺意と憎悪が広がっていたからだろう。

 慌てて無貌のネコは首を横に振り。


『とんでもございません! それは宇宙の父を名乗り、神の父を名乗るヨグソトースが送り込んだ分霊。同僚でありますが、部署が違う別人ですので誤解なきようお願いしたい!』

「信じろと?」

『お言葉ですが、わたくし……けっこうテキトーな性格でありまして。胡散臭いとも言われますし、彼らにわたくしが話しかけて、彼らが信じると思いますか?』

「あら? わたしもあなたを信じなくても良いという事かしら?」


 と、嘲り嗤う姿は復讐の女神そのもの。

 そんな彼女に瞳なき目線をやって。


『それで、いかがでしょうか? あなたの復讐をお手伝いいたします、お代は宇宙の破壊を止めて頂く事。どちらにせよ宇宙自体を理解できていないあなたにとっては、悪い条件ではないのでは?』


 確かにそうだ。

 彼らが何をしていても、ヴィヴァルディには関係ない。

 彼女の目先の問題は、たかるだけ集って餌が貰えなくなったら手のひらを返した始祖神と、そして人類達。

 他はもう、どうでもいい。


「わたしはなにをすればいいのかしら?」

『わたくしにあなたを祀る神殿と教団を作る許可と、教皇の地位と全権、そして神託を操作する許可を頂きたいのです。さすがに神の神託を受けるにはあなたの許可がなくてはどうしようもないので。さすれば、無知蒙昧と成り果てたあなたさま自身を用い、世界を見事破壊して見せますよ――』


 後はただ、あなたは女神ヴィヴァルディの中で外を見ているだけでいいのです。

 と。

 そんな取引内容を聞き、復讐の女神は冷たく告げる。


「彼は……それで幸せになれる?」

『確認させてください。彼とは、ユダと呼ばれた柱の神の事でありますかな?』

「ええ、そうよ。彼さえ幸せになるのなら、他にはもう何も要らないわ」


 細かく契約内容を決め――。


『状況次第であなた自身を殺させていただいても?』

「それが彼の幸福に繋がるのなら、構わなくてよ」


 契約は完了した。

 ナイラトホテプは以後、教皇ホテップとなり神聖教会が誕生。

 世界の終わりに向けて暗躍する。


 ◇


 暗躍といっても、ただほんの少し人類達の行動……ダイスの結果に干渉するだけ。


 そもそも彼らは自らの足で、終わりへと近づいている。

 主神である柱の神を神と思わなくなっていた。

 始祖神たちはそんな変化を見てはいない。


 だから、教皇ホテップがなにもしなくても人類は邪神殺しを決行した。


 正義を信じて邪神を槍で突く英雄を眺めながら。

 復讐の女神は呟いた。


「馬鹿な子たち……あなたたちが殺したのは、あなた達を愛した主神。誰よりもお人よしで、誰よりも優しくて……けれど、もう終わり。主神を失った世界は滅びるのが定めなの。あなたたちも、始祖神もみんな消えて死んじゃえばいい」


 ただ気掛かりだったのは、彼の魂。

 もはや転生できないほどに弱っていた彼の心。

 全てに裏切られた哀れな友。


 けれど不安はなかった。

 教皇ホテップは約束を守り、滅ぼされた柱の神の魂を拾い、冥界の底へと咥えて運んでいた。

 だから、今度はこちらが約束を守る番だと復讐の女神は、自分自身に語りだす。


「ねえヴィヴァルディ? 聞こえているでしょう? あなたがまだ持っている、いいえ……最後の最後まで持っていた良心みたいなものを、捨てちゃわない? やり方は簡単よ。代償魔術で、誰かに渡して廃棄すればいいのよ。いつもやっていたみたいに、知恵も、品性も、なにもかもをあげてしまった、あの時みたいに」


 女神ヴィヴァルディが最後の良心。

 慈しむ心を捨てた時、世界は滅びを迎える。

 けれど――。


 大問題が起こった。

 計算外が起こった。

 人類の中に奇跡が発生していたのだ。


 その奇跡の名は――ルトス王、彼だけが滅びの邪魔をする。


 時間逆行の能力で、女神が世界を滅ぼすたびにリセットしてしまうのだ。

 何度も、何度も、何度も。

 これには彼女も教皇ホテップも困り果てた。


 復讐の女神は言った。


「ねえ? これで何度目?」

『少なくとも四回は繰り返していますね……はい』

「どうするつもりなの? わたしは何度世界を滅ぼせばいいのかしら?」


 さすがにもう、契約を果たしたと言っても良いわよね?

 と。

 世界を壊すたびにリセットされてしまう女神は飽きつつあった。


 そんな空気をごまかすように、毛を逆立て子供の時間軸に戻ったルトス王を睨み、キシャァァァァァァア!

 毛を逆立て教皇ホテップは吠えていた。


『にゃあぁあああああああああああああ! だから人類に魔術を流すのは反対だったのですっ、やつらに魔術を渡すとこういう希少で厄介な力を持つ者が出始めるのですからっ』


 と。


 殺すと産まれた時間にリセットされるルトス王。

 世界が滅ぶと産まれた時間にまたリセットされるルトス王。

 女神の復讐と、それを手伝う教皇ホテップにとっての大災厄。


 彼の王は天敵といってもいい存在となっていた。


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