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第081話 核心―後編―


 墓標の前で行われた種明かし。

 核心に触れる話において、始祖神の罪も暴かれた。

 狼狽し叫ぶエエングラ神を前にして、すぅっと口を開く者がいる。


 カイーナ=カタランテ。

 冷静な姫が言う。


「事実――柱の神としての彼は死んだのでしょう? 始祖神たちに助けられることなくね」

「ああ……そうだ」

「なら……たぶん、本当の事なんじゃないかしら」


 人類として認めたくはないけれど、と。


 姫は言葉尻を濁すが……それでも答えは変わっていないようだ。

 その表情を鑑賞し――全てを傍観者として観測していた存在、教皇ホテップは心底まで愉しむ様子で牙を見せつけ。

 ニヒヒヒヒ。


『――彼ら始祖神は柱の神を影で”邪神”と呼び。まだ当時、始祖神を信じていた人類はそれを信じた。柱の神をどう罵倒してもいい存在だと認識した。ゴミのような神だと蔑んだ。多くを与え、施した柱の神がその功績を忘れられ”邪神”として認定されるのに、そう年数はかかりませんでしたよ』


 いけしゃあしゃあと猫の口を蠢かす無貌の猫を睨み、説教するような姫の声が墳墓に響く。


「あなたねえ! 知ってたんなら止めなさいよ!」

『どうしてです? わたくしの使命は、将来宇宙全体を壊しかねないこの世界の破壊だったのですよ? もしわたくしが動けば、世界が終わらなくなってしまうじゃないですか』

「それを外道って言うのよ!」

『お言葉ですが、世界を創り、見守っていた恩人を見捨て、あまつさえ殺した始祖神に人類……あなたがたの方が、よほど外道ではありませんか? ”神に誓って”言いますよ、わたくしはほぼただ眺めていただけ。ただ助けなかっただけ。外からあなたがたが主神を殺す場面を見ていただけ。それって、罪ですかね?』


 神など信じていない、むしろ神側の無貌のネコがあえて”神に誓って”というのは、嫌味と皮肉でしかないのだろう。

 だが。

 正論だった。

 実際、彼は本当にほとんど干渉していないのだろう。


『いやはや、本当に助かったのですよ? あなたがた人類には、そして始祖神には感謝しているぐらいなのです。かつて何でも願いを叶えてくれた主神――自分たちを今でも愛し続ける柱の神。願いを叶えてくれる彼を捕らえ、槍で貫き――施しの力を奪い去ろうとした。人類が、創造神を殺した。これがこの世界の現実です』


 柱の神が邪神として殺されたのは、史実。


『人類が実際に柱の神の力を手に入れたかどうかは、さて、わたくしも知りません。そして始祖神も知らないのでしょう――なにしろ始祖神はそれを既に見てはいなかった。殺されたことを後から知った。なにしろ、彼らは周囲を見なくなっていたのですから。全ては自業自得、欲深き人類も恩知らずの神々も――共に滅びるに値する存在だったという事です』


 ずっと、神聖教会の幹部として見ていたので、間違いないですよ。

 と――。

 嘲笑う無貌の神は告げていた。


 そして話の締めくくりに、おそらく、その本音を吐き捨てた。


『――あなたたちは実に醜悪で、実にわたくし好みの方々でした。醜い感情を喰らうわたくしのグルメでありスイーツでありました。故に、だからこそこう思うのです。この世界は滅ぶべき世界だったのですと』


 教皇ホテップとしてこの世界に生息していた彼は、ただ見ているだけでよかったのだ。

 勝手に醜く動くさまを、堪能しているだけでよかったのだ。

 それを邪魔したのは、アクタであり。

 更に辿れば、死の神であり光の神であり闇の神。


 おそらくこれが、この世界の逸話であり。

 現在いまもなお綴られている世界の真実。


 エエングラが、言葉を零れ落とす。


「はは、最低……だったんだな、オレたち」


 さきほどまでアクタに縋っていた指が抜けて、地に落ちる。

 項垂れたのだ。

 エエングラの鋭い爪――その表面に、彼の愛した人類の名を刻む墓標が反射していた。


「――オレたち始祖神って、そんなに醜い神だったのかよ」

『だからわたくしも思ったのですよ、芥角虫神さまは随分とまあお人よしだと。もしわたくしが彼ならば、あなたたちが憎くて醜くて、たまらないでしょう。傍から見ていて見るに堪えない存在だと思っていたのですから、本人ともなれば――ねえ?』


 追い打ちを是としなかったのか、姫は眉を尖らせ。


「いい加減にしなさいよ! 部外者を気取ってるなら黙ってなさいってば!」

『おっと、これは失礼。悪い事をしたので、謝罪をさせていただきます』

「ほんとうに、嫌味ね――」


 ニヤニヤニヤと嫌味なネコは嗤っている。

 だがカタランテ姫も、先祖がやらかした事への直接的なフォローはできなかったのだろう。


 アクタは項垂れる始祖神に告げる。


「だが――汝らの歪みも元を辿れば我のせい。飢えていた汝らに、欲しいものを何でも与えすぎた我の罪。我こそが、汝らを歪めた。そして、我には裏切りの神としての性質がある。その逸話は我と世界を歪める、かつて人類ほぼすべてに呪われた我には……裏切られやすい性質がある筈だ。だから、汝等が」

「頼むから、もうやめてくれ……っ」

「しかし、事実だ。我という存在は、呪いの塊。我自身の裏切りを疎んだ者たちからの、多くの呪いを受け続けている。故に、我には裏切られ続ける運命を与えられている可能性が、非常に高いのだ」


 施しで歪んだのに、また施す。

 優しさが時には毒となる。

 その優しさを振り切ったエエングラの叫びは、喉が張り裂けそうなほどの音を放っていた。


「そうやってまた、オレたちから謝罪を奪うのかよ!」


 アクタが言う。


「そうか、そうであったな――すまぬ」

「あんたが謝んなし……」


 かつて捨てられた者と、捨てた者。

 彼らを眺め、管理者たる無貌のネコが言う。


『ともあれ――これが真実であり、核心の一つ。あなたたち始祖神が忘れていたもの。女神に対しても同じでしょう。あなたがたは、一度手に入れた地位や心を返したくなかったのでしょうね。だから見ないふりをし、見えないふりをし、次第に見ないでいたモノこそが真実へと上書きされた。本当に女神への恩を忘れてしまったのです』


 まあごく一部の始祖神は、それでも柱の神についていたのかもしれませんが――と、可能性は探っているようだ。

 沈黙の中。

 樹々を育む流水の、その途切れた音の一瞬を縫うように、カタランテ姫が言う。


「しっかし――分からないわね。柱の神の方はともかく、その女神さまはなんで自分をそこまで犠牲にしたの? あたしなら全部殺してやる、復讐してやるって思っちゃうけど」


 アクタは語る。


「代償魔術を用いた理由は、そうだな。おそらくあやつは……かつての贖罪のために、全てを削り続けるつもりなのだ」

「贖罪? 誰への、なんの?」

「……彼女は、かつて我にだけ責任を背負わせたことを悔いているのだ。おそらくな」


 カタランテ姫の瞳が揺れていた。

 かつてがいつを意味するのか。

 彼女はアクタと女神ヴィヴァルディがどれほどの昔にいたのか、読み取っていたようだ。


「まさか、女神ヴィヴァルディって――!」


 カタランテ姫の言葉は拾わず。

 だが、口元だけで肯定してみせたアクタは語る。


「――我は復讐など望まぬ。そもそも我の責任でもあるのだから。だが――女神ヴィヴァルディは違う。彼女は復讐の心を残している。我を見捨て、女神みずからから奪いつくした始祖神、そして人類を恨み続けている。女神ヴィヴァルディ、今のアレは間抜けなネコであるが――その神性はもはや復讐の女神と成り果てているのだ」

『復讐は怖いですよお。なにしろこの宇宙に広がった魔術の源は心なのですから。そして復讐心とは、熱く、冷たく、燃え盛り続ける感情。強大で爆発的な力を持ちやすい性質がありますからね。ちなみに、そのまま彼女が暴れると、こうなるのですが――』


 告げて肉球で、てい!

 ニャンコ=ザ=ホテップが魔術で示すのは、少し先の未来。


 そこにあるのは黒き女神。

 太陽のような輝きも、光も、表情も失った女神ヴィヴァルディの変質した姿。

 近い将来くるであろう、宇宙の破壊の理由。


 今、問題視されている根本にある滅びの原因。


「もはや女神の復讐は止められぬ――これこそが宇宙の終わり。女神の復讐によりこの世界は終わり、宇宙も終わる。それが今、予知されている滅び。本来ならば、世界の方が先に壊れ宇宙は壊れなかったのであろうがな……闇と光、そして死の神が介入した結果こうなった」


 珍しくわなわなと震えるニャンコ=ザ=ホテップは毛を逆立て。

 キシャァァァァァ!

 ぜえぜぇ……と肩を震わせ告げる。


『だからこそっ、だからこそ! 例の救世主は発展途上の世界への介入を禁じているのでしょうが。あの無責任でどうしようもない闇の神が、再びやらかしたということですよ、ええ……!』


 どうやら、本気で闇の神に対して思うところがあるようだ。

 宇宙を管理したい立場からすると、あの神は大問題児なのだろう。


「フォローするわけではないが――闇の神は一応は、アフターケアはしているのだぞ。先を眺めた闇の神こそが女神ヴィヴァルディに猫の器を授け、その抜けた精神性や、いつか溢れる復讐心に猫の精神を注ぎ、誤魔化しているのだ」

『ほう? それはどれほどの時間を稼げるのですかな? 永続ならば、わたくしも頭を下げて謝罪いたしますが?』

「まあ……いつか近い内に限界は来るであろうな」

「あなたたちは上位存在みたいなもんなんでしょう? どうにかならないの……?」


 姫のもっともな質問に、ニャンコ=ザ=ホテップはアクタを見上げつつ。


『対処法自体は簡単なのです。だからこそ、ヨグソトースも先ほどのように、”神の瞳”であなたがたを眺めていたのでしょうがね』

「簡単?」


 姫の疑問に答えるつもりなのだろう。

 更に彼は、アクタを責める瞳なき目線を送り、じぃぃぃぃいい。


『復讐の女神として覚醒する前に、女神ヴィヴァルディを今の内に転生すらできぬほどに消滅させれば良いのですよ。ですが……それに一匹、反対しているGがおりましてね』


 責められたアクタは、ふは!

 背を揺らし、手を広げ。

 がば!


「ふはははは! 残念であったな……我はあやつを殺させぬ! そのように動くようならば、我が先に宇宙を滅ぼす! 具体的には全人類、全ての命、老若男女、動物植物、性別年齢問わず! 我の卵を植え付け。宇宙をGパラダイスにしてやろうぞ!」


 アクタはふはははは! と、いつもの哄笑を上げているが。

 カタランテ姫は、ひくっと頬をヒクつかせ。


「ちょっと待って! あなた、それ本気で言ってるでしょう!?」

「当たり前であろう? 本気でなければ他の神は牽制できぬ! それに準備は整っておる! 既に供物を届けた荷物に、我の眷属を紛れさせた! Gの繁殖力を舐めるでないぞ! 全宇宙に向け、我が眷属の支配は広がっているのでな!」


 ふはははは!

 と、しれっと全宇宙に配下のGを送り込んでいると暴露するアクタを見て、ギョ!


「いやいやいや、さすがにそんな計画立ててたら、他の神様に先にぶっ飛ばされちゃうんじゃないの!? 大丈夫なの!?」


 あわわわわっと混乱する姫に、ニャンコ=ザ=ホテップが露骨に肩を下げ。


『安心しなさいな、お嬢さん』

「うわ、顔の無いネコがこっちみてるし」

『わたくしのことはどーでもいいのですが、この男。こー見えて、実は本気で強いのですよ。なにしろ世界で最も嫌われ、疎まれ、憎まれた男ですからね。その負の信仰を逆手にとって、悪人ヴィランがやれそうなことは全て、やろうと思えばできてしまうのです。厄介なことにね』


 そう、ただできるけれどやっていないだけと、アクタは開き直った様子で。


「故に、こやつは我の機嫌を取る方針に行動を切り替えたのであろう」

『ええ、なのでわたくし達の大半は和平を望んでいるのですが――父たる神としてのプライドがあるのか、はたまたペンギンに負けた腹いせなのか……ヨグソトースのやつだけは全面戦争を望んでいるというわけですよ』


 情報処理能力が異常に高いのだろう。

 話を噛み砕いた姫が言う。


「なるほど、それであなたは味方ってわけなのね。んで、さきほどこっちを見ていたのが」

『我らの同類ですが、意見の分かれている敵というわけです』

「そういうことね。ま、世界の事情も神々の事情も分かったわ」


 パンと手を叩き。

 空気すらも纏め、カイーナ=カタランテ姫は告げる。


「とにかく! エエングラ神! あなたには約束通りこっちに協力して貰うわよ! 構わないでしょ?」

「分かった――」

「あなたにも色々あるだろうけど、悪いけれど今はこっちを優先して頂戴!」


 形だけかもしれないが、それでも彼女は全てを明るく纏め。

 ビシっとアクタを指さし。


「見てなさいよ、あなたが驚く最高のスイーツを献上して見せるんだから。覚悟しておきなさい!」


 アクタに大見得を切ってみせたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ビバ猫ってやっぱりあのお方のアレでGの言う無神経なあの人なのだろうかと思ってしまう、まぁ違うんだろうけど どちらかと言うとカイーナの方が…… いやしかし……うーん…… まぁやっぱり世界の事件…
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