第078話 這いずるGの王たる一撃(外道)
芥角虫神ことアクタが放ったのは、Gの群れ。
相手はおそらく外なる神。
アクタが教皇ホテップから得た情報によると、彼らの目的は宇宙全体の維持――そして世界を安定させる目標のために、アクタの師である魔術の祖を殺すことにあったとされている。
「つまりは敵という事であるな!」
「え!? ちょっと誰に言ってるのよ!?」
「こちらの話だ、気にするな姫よ!」
ふははははは――!
ふははははは――!
哄笑を詠唱に変換する魔導技術を会得しているのか、アクタがふはははと言う度に黒猫のシルエットが発動し――スキルが発生。
それは追加の召喚魔術だったのだろう。
逃走する敵を追いながらも、周囲の床には召喚陣ともいうべき魔力の柱が出現。
よっこいしょ! とスカベンジャーたちが軍隊となって登場。
Gの群れやイナゴの群れ、ネズミの群れが逃げる樹を追いかけ回す。
並の神経ならば、この光景だけでアウト。
かなり精神ダメージを受ける戦場に、さしもの姫も鳥肌を浮かべ。
「つ、強いんでしょうけど、なんか強さの方向が違くないかしら!?」
「ふはは! 勝てばよかろうなのだ!」
「っていうか、あれはいったい誰よ! なにがこっちを見てるのよ!」
ふーむ、とアクタは考え。
「まあ捕まえてから聞きだせば良いのではないか?」
「てきとーねえ……」
「柱の神として動いていた時には、深く考えすぎていたと猛省してな。光と闇、そして死の神の力で転生を果たした此度の生では、あまり深く考えぬことにしたのだ」
悩み過ぎ、考えすぎた男がようやく見つけた答えがそれだったのだろう。
芥角虫神。
アクタの見せる哄笑の意味を悟ったカタランテ姫は、彼の心中の深くを察してしまったようだ。
「不器用な人なのね――あなた」
「我が師と同じくな」
「そう、それはいいけど――……あの謎の敵さん、全然捕まってないわよ?」
「ふむ、頃合いか――」
アクタは周囲を見渡し。
すぅっと息を吸い、吸った息で周囲を揺らすほどの怒声を上げ始めた。
「見ているのだろう! エエングラよ! いつまでも隠れていないででてくるのだ! 汝が我への協力を拒むのならば、我は汝の姿を永久にゴキブリへと貶めると心得よ!」
迷宮全体を振動させる声に、反応し。
迷宮の奥から――ッザザザザザザ!
ハイエナ姿の神が、猛ダッシュで敵を追跡しながら吠える。
「はぁ!? 旦那!? そりゃないっしょ!?」
「もしかして、あれがエエングラ神!?」
姫の目線にあるのはスカベンジャーの波の上に乗り、敵を追走するケモノ。
カタランテ姫が上げた素っ頓狂な声を拾いながら、アクタが呆れた様子で言う。
「やはり、この迷宮に潜んでおったのだな……」
「じゃあやっぱりここが」
「ふむ、恐らくは汝らが初代様と呼ぶ先祖の墓であろうな。エエングラは昔からこうであった、何かというとすぐ逃げ、すぐ隠れ、引きこもる。今回もそんな事だろうと思っていたが、正解だったようであるな」
あてずっぽうだったと言わんばかりのアクタの声に反応し、ハイエナな眉間にググググっと皺を作り。
「はぁ!? ちょっと待てし!」
「なんだ?」
「あんた、オレさまがいるって確信してたんじゃねえのかよ!?」
「ほぼ確信はしていたが、でてくるかどうかは分からぬからな!」
「がぁあああああぁあ! あんた! 絶対にそのうちそのテキトーさでやらかすぞ!」
抗議はすれど、敵を追うという一点は守るのだろう。
ネズミやゴキブリの背を駆けるハイエナが、跳躍。
「貰った――!」
その鋭い爪で逃走する樹の根を断裂。
樹が倒れると、中から出てきたのは虹色に輝く粘膜状の球体――まるでシャボン玉のような宙を浮かぶ何かである。
その中央には、瞳にも似た宝珠が存在する。
エエングラは獣モードの顔に怪訝を浮かべ、鼻をくんくん。
「はぁ!? 神の瞳!? なんだって、こんなところに」
「気を付けよエエングラ! ただの神の瞳ではないようだ! おそらくそれは教皇ホテップと同類――宇宙全体を管理する側が用意した異物、侮ると憑り込まれ、汝ごとレギオンに引き込まれかねんぞ!」
分からない単語の連続に姫が言う。
「レギオン!?」
「霊や魂の集合体が個体となり、一体の魔物となった存在と思えば分かりやすかろう」
「説明は良いから、どーすりゃいいか指示をくれってばよ!」
樹からでてきた虹色のシャボン玉の中心の瞳をじっと眺め、アクタが言う。
「こやつは我が眷属たるGやネズミを避けていた。少なくともスカベンジャーを嫌う感情があるという事であろうな。ふむ、興味深い」
「感心してる場合じゃねえだろう。ぎやぁああぁぁぁあ! こっちくんなし! おい、アクタの旦那! あんたのGどもをなんとかしやがれ。逃げ回る球体を追いかけ回して収拾がつかなくなってるし、オレまであぶねえだろう!」
「一旦引くのだ!」
エエングラが指示に従い退避。
その隙にアクタは召喚したGを操作し、指揮官のように伸ばした腕の先で指差し。
ふは!
「おそらくそれは汝ら始祖神も使っていた下界を見る目、【神の瞳】を利用した遠隔レンズ。何者かは知らんが、本人はこの場にはおらず――遠距離から監視しているのだ! その中心の瞳こそが、この世界を自由に見るための魔道具であろう。ならば! 視界をそれに完全に共有している筈。それをこう、固定してであるな――」
「お、おい、まさかあんた……」
「うむ! 今度こそ完全に覆いつくせ我がGよ! 我が魔力を受け取り、確実に張り付くのだ!」
フードの奥で赤い瞳をギラギラと輝かせ。
ふふふふふ。
嗤うアクタの赤い魔力に呼応し、G達の瞳がギラギラギラ!
「全員で瞳に張りつき、念入りに胴体をスリスリしてみせよ!」
合図が攻撃命令となり。
ザザザ!
それは。
さながら赤い海。
逃げる神の瞳を追って、濁流よりも悍ましいGの群れが超高速で迷宮一帯を覆いつくし。
カササササササ!
世界のどこか遠くの方で、悍ましきモノを見た誰かの悲鳴が響きだす。
神の瞳を、Gの群れが完全に覆いつくしたのだ。
姫が言う。
「えーと……ようするに、遠くからこっちを眺めている第三勢力? みたいなもんがいたけど。そいつはあの樹に入り込んでいた”神の瞳”ってアイテムでこっちを見ていたわけだから」
「うむ、その視界は完全に固定してやったのでな。今頃は、集団のGに纏わりつかれている姿をずっと見ていることになる」
「交代しながら延々と胴体をスリスリするGを、永続的に見せ続けられる……と」
一瞬、想像してしまったのだろう。
カタランテ姫は、うっと口を押さえ。
「うわぁ……それは、ちょっと酷過ぎなんじゃない? そりゃあもう、相手は完全に動けないでしょうし……精神なんてぶっ壊れて発狂しちゃってるでしょうけど」
「とはいうが、おそらく狙われていたのは汝であるぞ?」
「じゃあ、まあいいわね!」
アクタとカタランテ姫は共に勝利の余韻を楽しむように、にこりとしているが。
退散したネズミたちの中から、カシャカシャカシャ。
爪音を立て、ボロっという音を立てそうな様子ででてきたエエングラが男口調で言う。
「よくねえし、酷い目に遭ったし! てか、旦那が最初っから本気になって、魔力をあいつらに送ってたらなんとかなっていただろうが!」
「しかし、こうでもせんと汝は姿を隠したままであったろう」
「当たり前っしょ! 姿を出す気がねえから隠れてたっしょ!」
ガルルルルル!
と、吠えるエエングラ神を前にし、アクタはカタランテ姫にだけ伝わる魔術で告げる。
「(姫よ、先ほどの話はエエングラには聞こえておらん。見えてはいたがな、故に交渉するのならばいまだ)」
了解、っと姫は頷き前に出て。
「お初にお目にかかります、でいいのかしら? あたしはカイーナ=カタランテ。あなたの子孫で、ザザ帝国と別れた血族カタランテの皇族よ。さっそくだけど話があるの」
「んだよ!」
これで姫が協力を仰ぐ代わりに契約を持ち掛け、柱の神に関しての情報を提供すれば終わり。
エエングラは契約を守り、五十年も経たずにスイーツは献上されるだろう。
だが。
「あなたが探している柱の神って、この人。いや、人じゃないか、とにかくアクタさんの事よ」
柱の神の転生体なんですって。
と。
何故か姫は、交渉を放棄しエエングラが欲している情報だけを語ってしまった。
これはアクタにも計算外だったのだろう。
そして、当然エエングラにも計算外だったようだ。
空気はしばらく、止まっていた。