第076話 無関係だからこそ ―後編―
神々の逸話を聞きながらの迷宮探索。
カタランテ姫は構わず前進、気楽で気軽な冒険は続く。
鬱蒼とし過ぎて昏くなっている壁に魔力のライトを当てながら、光に照らされ浮かぶ彼女の口は動いていた。
「後悔ねえ、神にもそういう失敗があるのね」
「失敗だらけであろうな――きっと、あの方もそうだったのだろうと、祟り神となった今は我もそう思うようになった」
苔の目立つ階段を進みながら――そこまで気のない話、世間話感覚のまま姫が言う。
「純粋にただの好奇心なんだけど。その……会いたい人ってのには会えたんでしょ? なんで後悔なのよ」
「困ったことに――実はあの方が、楽園の禁を破ったとして楽園から追放されていてな」
「楽園追放ねえ――」
姫は足場を確認しつつ、ジャンプ。
反対側の高台に飛び乗り、こっちよと手を伸ばす。
だがアクタは姫の影から出現して見せる。
影と影を移動できるのだろうと察したカタランテ姫は、呆れた様子で言う。
「追放までされるなんて、いったいなにをやらかしたのよ……」
「あの方は弱者やモフモフに弱かったのでな。当時はまだ神の奴隷扱いだった人類や家畜に魔術を授けてしまったのだ」
「魔術を!?」
「うむ、その魔術こそが今も汝らが使っているスキルの元となっている。他の世界、つまりはここを含む宇宙に広がっている魔術自体も、その時にあの方がバラまいたモノの発展であるからな。魔術が楽園の神だけの特権ではなくなってしまったということだ」
そりゃあ、追放もされるわね……と姫も納得顔である。
アクタは苦笑の色を言葉に乗せ、告げる。
「まあ、あの方らしいと言えばあの方らしいのであるがな」
「なるほど、後悔ってのもようやく理解できたわ。やっと再会できたと思ったら、相手が大犯罪者になっていたみたいなものなのね」
カタランテ姫は出した結論を自分で精査し。
巫女や神官が神の言葉を聞くときに起きる、トランス状態に近い空気を纏いながら……けれど、理性は保ったまま。
なぞ解きのヒントを欲するように口を開く。
「いや、たぶん違うわね。たぶん、もっと他の何かがあった筈。何があったの? ここまで聞いたら気になるじゃない、話してよ」
仕方あるまいと、言いたげな仕草をして見せアクタは語りだす。
「我は追放されたあの方を出迎えた。我の領域からならば入れる――と、あの方はそれを狙っていたのかそれとも偶然だったのか……それは今となっても分からぬ。だが、我はあの方だと気付き、声なき声をかけたのだ。あの方ならば、喋れぬ我の言葉さえ聞き取れるだろうと。そしてあの方は我を我だと察した。故に、我はあの方を楽園に戻すため、もう一度会うために――再び禁を犯した」
「んー……もうちょっと具体的に言えないの?」
ずけずけと入り込んでくるカタランテ姫に呆れと笑いを零し、アクタはあの日を見るような瞳をフードの下で赤く輝かせ。
告げた。
「閉ざされていた楽園の扉を開けたのだ」
「え!? それって大丈夫だったの!?」
「大丈夫、ではなかったのであろうな――」
神は語る。
「その日、楽園は滅んだ――」
他人事のように聞いていたカタランテ姫の足が止まる。
肌に汗を浮かべた彼女は言った。
「神がいっぱいいたんでしょう!? どうにかできなかったの!?」
神は答えた。
「楽園……神々の世界にいたのは柱の神と呼ばれた当時の我や、女神ヴィヴァルディ……あのナブニトゥ。だがそれだけではない。まつろわぬ神であったり、元より楽園に棲んでいた神であったり……他にも多くの神々がいた。だが、あの日あの地は、消えたのだ。それが楽園の終わり、神々の陥落。外なる神の計画が失敗した最たる証拠となるのであろうな」
「それを……あなたの師って人が、独りで?」
ちょっと、信じられないわね……と言葉を掠れさせる彼女の反応は、人間として正しいのだろう。
うまく理解できないのだ。
「我が師はそれほどのお方だという事だ。あの方は絶望の感情を暴走させ、絶望よりも重き絶念の魔性として覚醒しておられた。魔性とは暴走させた感情を魔力そのものに変換する存在。あの方の絶望を止められるものは、当時、誰もいなかった。兄を殺されたあの方を止められるものは、我を含め――誰もいなかった。そう、誰もな――」
それが神々の国の崩壊の逸話。
とんでもない秘密なのだと知り、カタランテ姫はようやく事の大きさに気付き始める。
だが構わず、アクタの口は続きを語る。
「楽園を失った神々はそれぞれに、世界の元となる無が広がる地――混沌の海に逃げ出した。長年、星の海、混沌の闇の中を彷徨っていると、定住の地が欲しくなるのであろうな。主神となれる、一定以上の力や素養のある神々から自分の世界を持つ者が現れた。それが現在、空の上。宇宙に広がっている世界の始まりなのであろうよ」
「理解できないぐらい大きな話ね。いや、意味だけは分かるけど……」
「まあつまりは、我のせいで楽園と呼ばれた神の地は滅んだのだ。多少の後悔もしようぞ」
結構深刻な話でやんの……と、カタランテ姫は肩を落とし。
あははははっとやはり苦笑に無理やり笑顔を乗せ。
「うーん……それはなんというか、ご愁傷様? けれど悪いわね、話が大きすぎて正直なんて言ったらいいか分からないわ」
「ああ、それで構わぬ」
「まあちょっと話が見えてきたわ」
姫は自分が仕入れた情報を纏め。
「ようするに、理由は知らないけれど――あなたはあなたの師と呼ばれている人を裏切り殺し、それを悔いて死んで。そしてその魂はGの王となり冥界みたいな死の世界で封印されていた。けれど、あなたはそれだけでは終わらなかった。殺した相手、その我が師って人に謝罪しようと冥界から脱走……柱の神として転生して、楽園……だっけ? まあ神様がいる国に入った。けれど、あなたがその人と会えたのは遥か先の話。その人はまだ地上って場所で活動をしていたから」
やはり情報から答えを導きだす魔術の一種なのだろう。
過去視の魔力を浮かべた姫の唇が動く。
「その人と再会できて、謝罪のチャンスをあなたは手に入れた。でも、あなたの師って人は楽園に何かの恨みがあって、あなたの手を借り楽園に帰還、その足でそのまま自分を追放した楽園を滅ぼしてしまった……そしてあなたは他の神々と同じく、宇宙を漂いこの世界を創りだした。それは楽園が滅ぶ因を作ってしまった罪滅ぼしのため、そして共に楽園から旅立った神々に住む場所を与えるために――どう? あってる?」
やはり姫はスキルや魔術を使っている。
そう確信したアクタが言う。
「ふむ、凄まじいスキルであるな。我もそこまではっきりと覚えているわけではないが、おそらくはそれが答えであろう」
「はいはい、褒めるのはまだ早いわ」
カタランテ姫は更にその先を眺め――。
「この世界を創りだしたあなたは結局、罪滅ぼしのために人類と神々に尽くし続けたってことね。けれど、尽くし過ぎたせいで人類も神々も腐敗してしまった。その腐敗を原因として、最終的にあなたは人類に殺された。元居た世界の脱走したはずの冥界に落とされ……冥界神にその魂を回収される。その回収された魂こそが今のあなたであり、芥角虫神。そしてその冥界神に導かれ、あなたは再び自分が作った世界に帰ってきた」
見てきたかのように、姫は断言した。
「これがあなたの物語。どうかしら」
答えの代わりにアクタは拍手で肯定をしていた。
若干のずれがあるかもしれないが、ほぼ正解だったのだろう。
トランス状態が解けた姫は、少し困った顔をし言う。
「ていうか、ここまで話してくれたって事はたぶんあたしが何をしようとしているのかも知っているのね」
「そうであるな――」
神の目線から人類を眺めるアクタは言う。
「カイーナ=カタランテよ。汝が贖罪のため――自らの命を代価に儀式を行い、エエングラ神に謝罪しようとしていることも、我は当然知っている」
「神っていやね、そーいうのも分かっちゃうんだ」
死が見えている。
だからこそ、アクタの口も軽かったのだろう。