第074話 カタランテ姫の冒険(G)
【SIDE:カイーナ=カタランテ姫】
場所は変わり、ここは遺跡群。
川の流れに沿って遺されていたここは一種のダンジョン。
樹々に埋もれ、魔物が徘徊する危険地帯。
迷宮化した遺跡を探索するのはカタランテ姫、ただ一人である。
悩んでいても仕方がない。
人間にとっての五十年は長いが、タイムリミットは着実に迫っている。
だからカタランテ姫は動いていた。
かつて人類がエエングラ神を騙し傷つけたのが確かなら、その謝罪はしなくてはならない。
たとえそれで赦しを得られなかったとしても、である。
あの会談の最後――神を鎮めるには何をするべきか、カタランテ姫の問いかけにナブニトゥは答えた。
返事を反芻するように、姫の唇は動き出す。
「鎮魂の儀式を行うか、あるいは荒魂として祀り怒りを鎮めて貰う……か」
「ふはははははは! 後は祭りなどを行うという対処法もあるぞ! 勝手に性質の異なる神として祀り上げるのだ! 汝は確かに怒り狂い人を呪う祟り神だ、されど我らは汝を敬う、汝を神と慕う。だから呪うのを止めてくれ、だから和魂となりそして幸御霊となり、我らが神となってくれ、とな!」
「なるほどね――荒ぶる怒りの神から、人類に幸福をもたらす神へとなってくれってお願いして、それを承諾させる……って!? ちょっと、いきなり誰よ!」
国に報告すれば絶対に反対されるからと報告せず。
単独で迷宮攻略をしようとしていたカタランテ姫の背後には、長身痩躯のフード男。
そう、アクタが冒険者のカバンを背中に装備し、ふは! とついてきていたのだ。
「我であるぞ! 絶対に諦めないと闘志と責任感を燃やしている姫よ!」
「芥角虫神さま!?」
「神という時点で尊敬しているようなもの、さまは不要である!」
「ていうか! なんなんですかいきなり!」
二回目のいきなり発言に、アクタはふむと考え。
ニヒ!
口元だけでも端正と分かる美貌をフードの奥に隠しながら。
「考えなしの娘が単独でダンジョンを攻略する気配が見えたのでな! もしそなたが行方不明となれば、ザザ帝国のザザ=ズ=ザ=ザザが疑われるであろう! そのリスクをどう考えているのか、問い詰めてやろうと思いながらも我も迷宮を攻略したくなったので、ついてきた! それだけの話である!」
「それだけって……いや、たしかにあなたの意見もごもっともなんですけど……」
立ち止まったカタランテ姫は、自らの腰に手を当て。
「あのですね、これは人類による謝罪のための行脚でもあるんです。罪を犯した先祖のやらかしを少しでも薄めるため――初代様の墳墓、あるいは遺骸が眠る場所を探し――初代様の魂の安寧を願う儀式を行いたいの!」
「とは言うが、既に初代様とやらはとっくに輪廻転生を果たしておるぞ?」
「え!? そうなの!?」
「ああ、間違いなくな。故に、墳墓を発見したとしてもそこに魂はおらぬ。そもそも鎮魂という意味では、初代様とやらは別に、人生を悔いても恨んでもおらんかったようだからな」
しれっと告げるアクタにカタランテ姫は呆然。
「それ、本当なの?」
「ふは! 当然! 我にはこの世界の全てが見えているからな!」
「うわぁ……胡散臭いわねえ……」
神という存在に馴染みのないカタランテ姫は、アクタを怪訝そうな顔で眺め。
「えっと、それじゃああたしを止めに来たって事?」
「いいや! 我も汝の迷宮攻略についていくのだ!」
「いや、いまさっき初代様はとっくに転生しているし、意味がないみたいなことを言っていたじゃない……」
「分かっておらぬな、娘よ。汝はそこに初代様とやらの魂がなく、意味がないからと謝罪のための行脚を止めるというのか? そこにあの英雄が眠る墳墓がある事には違いないのだ。魂がそこになくともなにかできることはあろう」
説教のような流れだが、カタランテ姫は負けじと瞳を細め。
「もしかして、あなたが冒険をしたいだけなんじゃないです?」
「そうだが?」
「あっさり認めないでくださいよ!」
そもそもカタランテ姫はアクタを信用できていない。
相手が間違いなく神と分かる存在だからこそ、どう接していいか分からないのもある。
それになによりだ。
「顔を見てない相手って、どうも距離感が分からないのよねえ。素顔を見せていただくってことはできないのでしょう?」
「ふははははは! その通り、というのも我の顔を見た生き物は我に心を奪われ、基本的に逆らえなくなるのでな。これは最終手段、むやみやたらと魅せるわけにもいかぬのだ」
「は……はぁ……。まあどうしても見たいってわけじゃないから構わないのだけれど」
「英断であるな、我の顔を見た者はスキル:ハーレム王(G)の力で、全てハーレムの――」
「はいはい、それはもう分かりましたから――ついてくるのならついてくるで、役割分担はどうするの?」
問われたアクタは、首を横に傾け。
「役割?」
「な、なによ!? あなた、一緒にダンジョンに行きたいんでしょう!?」
「我はバックパッカーとして後ろについていくだけなのだが?」
「それじゃあハイエナ行為でしょうが!」
「それは誤解だ――」
少し空気を引きしめたアクタは諭すような声を出し。
「ハイエナとは漁夫の利や、死骸だけを漁る印象になっているがそうではない生き物であるぞ? 彼らは群れとなり自らで狩りを行い、自らで獲物を奪い、自らで獲った獲物を守る。ハイエナ行為などといわれがちだが、実際はライオンなどがその実力に任せて、ハイエナの獲った獲物を奪う事も多いらしいのでな」
「ラ、ライオン?」
「ふむ、そうか――アンズーの顔についているのが獅子であり、ライオンなのだが。アンズーを知らぬと?」
「いや、そうじゃなくてハイエナ行為の話で」
「分からぬ娘だ! 我はそもそもハイエナとはハイエナ行為の言葉に相応しくないと言っておるのだ!」
神の目線での説明だからだろう、やはり人類にはうまく伝わらず。
カタランテ姫は言う。
「悪いけど、魔物としてのアンズーを見たことがないから分からないわ。それに、そのライオンの話も本当なの? どこか別の世界の話って印象を受けるわ」
「そうか――そうだな。まあ召喚して見せた方が早かろう」
言って、アクタは指を鳴らし、ドン!
詠唱もなしに獅子を召喚。
そのまま鎖にも繋いでいない獅子を放置しながら、ふは!
「これがライオンである!」
「ちょ、ちょっと! これ、倒しちゃまずいんでしょ!? 追ってきてるから、どうにかしてちょうだいよ!」
「姦しい娘であるな。せっかくこれから我が師も愛したネコ科の猛獣について深く語ろうと思っていたのだが」
「後にして! 戦っていいなら戦うけど、たぶんダメなんでしょ!?」
ふむと頷いたアクタはライオンを異次元へ送還。
召喚を解除したのだろう。
ぜいぜいと肩で息をするカタランテ姫は思った。
「神って、こんなんばっかなの?」
「声に出ておるぞ」
「わざとよ、わざと。ともかく、ついてきてくれるなら手伝って欲しいのだけれど、ダメかしら?」
それが本気の頼みと判断したのだろう。
アクタは腕を組んで苦笑し。
仕方あるまいと彼女の要請を受け入れた。
二人は、初代様と呼ばれた男の墳墓を目指し迷宮に入り込む。