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第073話 ~ 一度口にした言葉と願いは―― ~


 【SIDE:カイーナ=カタランテ姫】


 山を二つ越えなくとも転移できる神の御業、神の設置した魔道具を用い――。

 即座に空間転移を終えた姫は、単独で再び謁見。

 相手はザザ=ズ=ザ=ザザ、褐色肌が際立っているザザ帝国の皇帝である。


 そしてその横には森人の神を自称するナブニトゥがいる。


 彼女が持ち込んできた議題はかつての祖、かつての父であり母とされるハイエナの神。

 エエングラ神についてである。

 謁見の間ではなく応接室にて丁寧な出迎えを受けたカタランテ姫は、出された麦出し茶にドバドバと蜂蜜を入れながら言う。


「あたしが提案したいのはまずエエングラ神に関して、どうにかしたいって事。五十年の猶予があるって言っても悠長にしている時間なんてないでしょう? たぶん、エエングラ神についての問題を解決しないと、あのフードの神様はあたし達の事を認めてはくれないんじゃないかしら」


 カタランテ姫が直球で持ってきた話題に、ザザ=ズ=ザ=ザザも頷き。

 苦労を滲ませる眉間の皺に、更に皺を刻み。


「たしかに、芥角虫神ははじめ我らとエエングラ神が協力してスイーツを捧げよと仰っていた。エエングラ神の協力は必須なのだろう」

「だったら」

「分かっているのだ姫よ。だが、エエングラ神に呼び掛けても反応はない。故に我らはエエングラ神の説得と並行し、土壌作りに力を注いでいる状態にあるのだよ」


 ナブニトゥが横からクチバシを挟み。


「だが、悠長にはあまりしていられないと僕も思うよ。なにしろ僕らは神だ、寿命が違う。命への感覚が違う。思考が違う。価値観が違う。特に大きいのは、僕らにとっては五十年など一瞬だということだ。エエングラが不貞腐れたまま五十年間、雲隠れしたとしても僕は不思議に思わない」

「五十年も!? それ、本当なの!?」

「ああ、それが神という存在だと君たちにも理解して欲しい。無論、今の僕らは君たちの価値観や時の流れに寄り添うように心がけてはいるがね。根本的にはあくまでも”合わせているだけ”だと思って貰いたい」


 話を聞いたカタランテ姫は、風通しの良い高級なソファーに深く腰掛け。


「うわぁ、なるほどねえ……。じゃあ、本当に五十年もの間、無視され続けるって事もあるわけか」

「我らザザ帝国でも手は尽くしているのだがな。いかんせん、昔の伝承が失われている今……何をどう詫びたらいいかもわからず。いや、そもそもこちらが詫びなければいけない何かがある、というのもあくまでもこちらの推測でしかないのだが」


 ナブニトゥはザザ=ズ=ザ=ザザの言葉を拾い。


「残念だけれど、僕らは誰もこのザザ帝国の黎明期を知らない。君達に何があったのか、君達がなにをやらかしたのかも――或いは、過去を観測する禁術に手を出せば分かるやもしれないがね。そのような未来を変化させかねない高等な魔術の使い手がいない」

「え? もしかしてそっちの帝国では――こちらの帝国と分裂する前のザザ帝国が昔、エエングラ神になにをしたのか、伝わっていないの?」


 ナブニトゥは顔を上げ。


「まさか、君達の帝国では伝わっているのかい?」

「え……? ええ――とは言っても、あたしもつい最近ご高齢の方から口で聞いただけだから確定じゃないわよ? それに、人間が言い伝えていたのなら途中でねじ曲がったり、人類側に都合がいいように置き換えられている可能性だってあるわ」


 期待させているのなら悪いけれどと、カタランテ姫は冷静である。

 蜜たっぷりの麦出し茶に口をつけ、そのまま姫は考え――。


「まず聞かせて欲しいのだけれど、ザザ帝国での伝承はどうなっているの?」

「我らの中での逸話はこうだ――」


 それはザザ帝国の中で、人類に聞こえがいいように伝わっていた伝承。

 夫婦となったエエングラ神が、人類のために場所を整えていたという歴史。

 願いを叶えていたという昔話。


 その伝承では神は突如として消えてしまい、今に至るのだ。

 だが、それが事実ではないだろうとザザ帝国の皇室も察していた。


「理由は分からない。けれどおそらく、先祖がどこかで伝承を捻じ曲げたのだろうと我らは考えている」

「なるほどね、ありがとう――だいたい分かったわ」


 存外に聡明なのか、姫は深く考え……軽くはない息を吐いていた。

 自らの髪を揺らすほどの溜息だった。

 ナブニトゥが言う。


「人間の娘よ――何か分かったようであるな」

「まあエエングラ神がなんで出てこないのか、なんで人類を許していないのか……その辺の事情はね。もちろん憶測の域は出ないけれど、説明しても?」

「我らからもお願いしたい。我らの祖先が、どう伝承を捻じ曲げたのか……いったい、何があったのか。我らは知る必要があるのだろう」


 同意を得たカタランテ姫は語りだす。


「たぶん、その伝承の半分くらいは正解で、あたしたちの方で伝わっているのと一緒よ。ある日、エエングラ神は自分の縄張り……暫定的に”死の荒野”って勝手に名付けるけれど、生きるためのモノが何もない、過酷な地にやってきた人類に恋をしたのよ。そしてエエングラ神はあたしたちの共通の先祖になる、ここまでは問題ないわよね?」

「……確かに、かなり薄くなっているが君達からは神の匂い……エエングラの魔力の名残を感じるからね。僕は君たちが神の末裔であることを肯定する」

「神様のお墨付きをどうも。んでね、細部はともかく、伝承も途中までは一緒なの。けれど致命的に違うのは二つね」


 二つ? と、オウム返しをするザザ=ズ=ザ=ザザに頷き。


「まず一つ目は、エエングラ神はこの大地を、”住める大地”にすることに膨大な魔力を注ぎ込んでるって事。本当に限界ぎりぎりまで自分を削っていた、愛する人のためにその身や神としての在り方? 神性みたいなものを削って地脈……えーと、こっちの国で通じる言葉にすると大地の栄養を整えていたんじゃないかしら」

「それほどにエエングラ神は我らの祖、英雄と呼ばれた初代様を愛していたと?」

「たぶんね――ナブニトゥ様にお聞きしたいのだけれど、あなたたち神様が人間をそこまで愛するって事はあるのかしら?」


 ナブニトゥは言う。


「ないとは言えない、というのが答えになる。僕らはこの世界を創って浮かれていた。全てができると勘違いをしていた。スカベンジャー……塵を貪る邪悪な存在と蔑まれていた僕達という神性が、僕達を頂点とする新天地を手に入れたんだ。きっと、調子に乗っていたのだろうね……。あれほど恩を受けた柱の神から離れてしまった、僕達を受け入れ、慈しんでくれた女神ヴィヴァルディから離れてしまった……」

「ちょっと話が逸れている感じだけれど……」

「いいや、逸れてはいないのだ人類の姫よ」


 ナブニトゥはかつてを眺めながら、告げる。


「僕らはね、生まれて初めて自分たちの土地を手に入れたんだ。生まれて初めて蔑まされない地位を手に入れたんだ。今までしなかった、できなかった自由を手に入れたんだ。だからね、あの方のもとを離れてからの僕らは好き勝手に動いた。好き勝手に心を動かした。その中に、人類を攫い花嫁としだしたモノもいた。百年も生きられない、一瞬の命でしかない君たちに本気で恋をする者もいた。けれど、そうでないものもいた。我が子らともいえる人類を愛せるのも、愛せないのも自由なんだ。自由に憧れていたんだ。だからね、神が人間をそこまで愛せるかどうか、それも個人に与えられた自由だったということなのだよ」


 皇帝と姫は目線を交わす。

 神の価値観を正直理解できていなかったのだろう。

 けれど。


「つまり、神にも自由……個体差ができたから可能性としてはありえるってことね?」

「そう解釈して貰って構わないよ。そしておそらく、エエングラは本気で恋をしたのだろうさ。たかだか五十数年、長く生きても百年弱しか生きられない人類の英雄にね」

「そう、じゃあ決まりかしらね」


 ナブニトゥは言う。


「どういうことだろうか」

「二つ目を言うわよ? いくつまで生きたのかは分からない、おじさんだったのかおばさんだったのか、お爺さんだったのかお婆さんだったのかも分からない。けれど、エエングラ神が愛した人間はあなたがいうように、たかが数十年しか生きられず――普通に寿命で死んじゃったのよ。それがそっちの伝承とこっちの伝承の差」

「というと」

「こちらの伝承では、その身を削り願いを叶え続けてくれる神を人類は利用した。死んだ英雄、神に愛された人類の遺体に細工をして、生きているかのように見せ続けた。おそらく何十年も、何百年も。人類はエエングラ神の愛した初代様の遺骸を使い、神を騙し続けていたのよ」


 理由は、言わなくても分かるでしょう?

 と、カタランテ姫は本来なら命など育つ筈がなかった、生きられる筈が無かった土地。

 かつて”死の大地”だっただろう地脈に発展した、共通の祖を持つ帝国に目をやり。


「エエングラ神は真実を知った時、怒り狂ったのかしら。悲しすぎて、泣いたのかしら。あたしには分からないわ。けれど、自分が愛した英雄の子供たち、孫たち……もっと先の人類に騙されたと知ってこの地を捨てたのでしょうね。んで、厄介なことがもう一つあるわ」


 姫は汚点を隠さず、自分たちの先祖が犯しただろう罪を推測する。

 老人たちから集めた話。

 書物に残されていた伝承の断片を拾い上げ、正しい確率が高いであろう可能性を積み上げ。


 告げる。


「たぶん、あたしたちの御先祖さまの裏切りをエエングラ神に伝えたのは、その柱の神って人よ。いや、人じゃないか……。とにかくその時、まだ人類を信じていたエエングラ神は柱の神を罵倒したらしいの。嘘つきだって、自分が幸せだから嫉妬しているんだろうって。柱の神って人はそんな罵倒を受けながらも、エエングラ神のために事実を伝えたらしいの。けれど、エエングラ神は言ってしまったわ。二度と顔も見たくないって、願ってしまったらしいの。そして、その柱の神はその願いを叶えて消えてしまった」


 たぶん、それがエエングラ神の心のわだかまりになっている、と。

 まるで見てきたように姫は語る。

 その瞳にはうっすらと魔力が走っていた。


 未来視ではなく、過去視に近い現象がスキルとして発動しているのだろう。

 姫の力を眺めながらも、おそらくそれが真実だと悟ったのだろう。

 ナブニトゥが、あぁ……と言葉を漏らし告げていた。


「なるほど、そういうことだったら……そうだね、エエングラ神は人類に協力などしてくれない。一度口にしてしまった願いは、もう消せない。柱の神に対しても、今更もう遅いと自暴自棄になっているのかもしれないね」


 姫とナブニトゥは言葉を止めてしまう。

 言わずとも、答えが見えているのだろう。

 ザザ=ズ=ザ=ザザが彼らの顔色を眺めながら、言葉を喉の奥から絞り出す。


「つまりは――詰んでいる、ということか」

「あなたたちって神様なんでしょう? 柱の神って人の蘇生はできないの? たぶん、解決策はそこしかないと思うのだけれど」


 ナブニトゥは、首を横に振り。


「彼を呼び戻せるのなら、とっくに僕がやっているさ――」

「そう。そうよね……」


 姫の漏らした言葉を最後に、しばらく。

 一同は何も言葉を口にできなくなっていた。


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