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第071話 這いずる絨毯のG


 【SIDE:ナブニトゥ】


 姫を自称する魔術師の名はカイーナ=カタランテ。

 出身はカタランテ帝国。

 蛮族扱いをされがちなザザ帝国からは、二つ山を越えた先にある、やはり蛮族扱いされがちな帝国らしい。


 現在地はザザ帝国の謁見の間。

 時刻は昼過ぎ。

 夏には宴も行われるという視界の広い部屋には、人類と森人の神とそして部屋の隅に、ふはははは!

 無駄に大きな声で嗤いそうなゴキブリが姿を見せていた。


 異国の、それも武装してやってきた姫を連れてきたということで、カタランテ姫の間近にはナブニトゥがついている。

 彼女自身への警戒と警告。

 そして護衛。三つの意味があるのだとは、この場にいる全員が理解していただろう。


 この会談が決定した際、ナブニトゥは言った。

 後の事は知らない、けれどこの会議中のみ――僕の目がある限りは両者の戦闘を禁じる、と。

 どちらも約束は守るだろうが、それでも万が一という事はある。

 だからナブニトゥは姫の周囲に待機しているのだ。


 従者数名を引き連れ、こほん。

 ナブニトゥ神の口添えでザザ帝国の皇帝、ザザ=ズ=ザ=ザザとの謁見を果たしたカタランテ姫はニコリと微笑み。


「初めまして、ザザ帝国の皇帝さん。あたしはカイーナ。カイーナ=カタランテと言ったらもうご理解いただけるかしら?」


 玉座から立ち上がり応じるザザ=ズ=ザ=ザザは、褐色肌に薄らとした魔力の波動を流し。


「正直、ナブニトゥ様がお連れしていなかったなら、余は即座に汝の首を刎ねていたであろうな」

「でしょうね。けれど、それはお互い様でしょう?」

「それで略奪王の姫よ、一体何用だ。我らは相容れぬ存在だと理解していたが――」

「略奪なんかじゃないわ、あたしたちは持っていかれたモノと場所を取り返したいだけ。先に奪っていったのはそちらでしょう? 書状にもしたためたはずよ!」

「だが送った使者の首を刎ね返してきたのは貴公らだ」

「あれは――悪かったと思っているわ。手違いだったのよ。こっちだって一枚岩じゃないってぐらい、そっちはもう知ってるんでしょう?」


 どうやら国家間の対立は根深いようだ。

 エスカレートしそうな言い争いを止めるべく、わざとらしい咳ばらいをしナブニトゥが両者に目線をやる。


「すまないが君達。僕らは神と言っても万能ではない、そして申し訳ないが僕らは君らを見守ることを止めてしまっていた。だからね、僕は君たちの諍いの原因も、この国やそちらの国の歴史も理解していないのだ」

「そう、なのね。ごめんなさい、言いすぎたわ」

「こちらこそすまぬ――」


 神を前にして一応は冷静さを取り戻したようだ。

 だが。


「ふむ! ふははははは! ナブニトゥの力を知っていてもなお、思わず口論をしてしまうほどの関係という事であるな!」


 と、突如として声を上げたのは謁見の間の絨毯の下から、にょこっと顔を出したG。

 カタランテ姫はGが苦手なのだろう。


「ひっ、ふぎゃぁああああああああああぁぁぁぁぁあぁ!」

「姫様!」


 奇声を上げてへたり込んでしまう。

 従者が武器を構えるが、慌ててザザ=ズ=ザ=ザザが声を上げ――皇帝や王族が扱える強制命令スキルを発動。

 カタランテ姫の従者を戒め、叫んでいた。


「貴公ら! その御方には絶対に手を出してはならぬ!」


 相手の動きを強制的に止めたザザ=ズ=ザ=ザザ。

 その狼狽した顔を姫の従者たちは睨み上げるが。

 カサササササササ!


 姫を驚かせた犯人であるGが、不意に巨大化し煙を発生。

 擬態者ミミックの能力で、人型に姿を変貌させ、ふは!


「どうやら――驚かせてしまったようであるな!」

「な、なんなのあなた!?」

「ふ! 我が名を聞くか! 良かろう、刮目せよ! 傾聴せよ! そして、我を讃えよ!」


 ビシっとポーズを取ったフード姿の擬態者は、高らかに宣言する。


「我が名はアクタ! 芥角虫神アクタ! 死の神の使徒にして、光と闇の恩寵を受けしモノ! 全ての汚泥、全ての罵倒、全ての呪いを受けしスカベンジャーの王なり!」

「じゃああなたがナブニトゥ神が言っていた、マスターって人!?」


 当然、あのアクタである。

 理解した途端、自分の部下が何をしようとしてしまったのか理解したのだろう。

 全力で頭を下げ。


「ごめんなさい、まさかいきなり絨毯の下から現れて――その、奇声を上げるだなんて思ってもみなかったから」

「ふむ、素直に謝罪できるのは感心であるぞ娘! 実は自分が愛人の子なのではないかと内心ビクビクしている皇族の娘よ! 安心せよ、そなたは間違いなく略奪王と呼ばれし皇帝の子ぞ!」


 いつものように、既にアクタはGやネズミの目を使い情報を手に入れているようだ。

 失礼な発言でもあった故に、従者たちが反応しようとするが。


「あなたたち、やめなさい! この方はたぶん、本物の神よ……神なんて信じていなかったこのあたしでも、ああ、神なのねってはっきりと分かる程の……」


 断言した姫はくるりとザザ=ズ=ザ=ザザを振り向き。


「大切な家族を止めてくれてありがとう。もう少しで、あたしたちは偉大な神に攻撃した愚か者になるところだったわ」

「いや、礼には及ばぬ……」

「曖昧な反応だけど、皇帝さん……何かあったの?」


 フードでほとんどの表情を隠すアクタが、ふふんと口の端を吊り上げ。


「なに、このザザ=ズ=ザ=ザザも我を襲撃した経験があってな。その非礼を思い出していたのであろう」

「え!? あ、あなた……まさか、こんないかにも神でーすってオーラをだしている方を襲ったの!? 正気!?」

「……神よ、あの時の非礼は本当に」


 ザザ=ズ=ザ=ザザにとっても、それは忘れてはいけないかつての失敗だったのだろう。


「ふははははははは! 良いではないか良いではないか! 汝がこの娘の従者を救ったことで、全て帳消しとしようぞ」


 やはり再び、ふははははは!

 自分で乱入してきて、自分で場を乱し、自分で許す。

 やりたい放題なアクタを眺めて、ナブニトゥはいつものように「はぁ……」と重い息である。


 ただ、ナブニトゥには前には見えなかった何かが見えていた。


「とにかく、助かったわ皇帝さん。ここはどうか素直に感謝をさせて貰えるかしら」

「ああ、神の前だ――此度、この席においては互いにかつてのわだかまりは捨て、前向きに話を進めたいのだが。いかがか?」

「こちらこそ、よろしくお願いしたいわ、お互い、完全に過去を忘れろってのは無理なんでしょうけど、今は――」


 ナブニトゥにはどんな過去が国家間にあったのかは分からない。

 けれど、相当にいがみ合っていたのは理解できる。

 おそらくアクタはそのわだかまりを察し、一時忘れさせようとわざと今の行動をしたのだろう。


 アクタはやはり、始祖神とは違いよく周囲を見ているのだ。


「実際、我らだけでは手詰まりに近い状態になっていてな、知恵や力を貸して欲しいのだ」

「協力はさせて貰うわ。ただし、もし成功したら、こちらの民についても箱舟に乗る権利が得られるのなら――だけれど」

「我らザザ帝国はその要請を受け入れようと思っておりますが、芥角虫神よ、いかがだろうか」


 アクタはふむと頷き。


「我らは最高のスイーツを手に入れられるのなら何でも構わんぞ!」


 いつもの道化の演技で、人間を困惑させるが。

 やはりその本質は会話と思考の誘導だ。

 アクタは全て、これを計算でやっているとナブニトゥは察していた。


 事実、誘導に従い彼らは咄嗟に口を開き始める。


「スイーツ? え? なに、魔道具の名前、かしら」

「そうではないのだ、カタランテの姫よ」

「詳細を聞かせて貰ってもいいかしら?」


 あくまでも人々に考えさせ。

 あくまでも人々が答えを得るまで待つ。

 これをナブニトゥがやろうとしても、おそらくは失敗していただろう。


 だからこそナブニトゥは思う。

 おそらく、まだ自分にもなにかが見えていない筈だと。

 心のどこかに、何か引っかかりを抱えたままになっている、と。


 それが何か、ナブニトゥには分からない。

 その何かを掴みたいと、彼は強く願っている。


 ザザ帝国とカタランテ帝国。

 神を挟んだ二国間の話し合いが開始され。

 彼らは一時停戦を宣言し、協力。


 共同で、神に捧げるスイーツを献上する事となった。


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