第070話 ナブニトゥの成長
【SIDE:ナブニトゥ】
神の力で大樹林と化した、帝国の片隅。
石のハープによる一音で、武装集団はほぼ壊滅。
それでも気丈に立ち上がっている数名は、姫とその直属の護衛なのだろう。
ナブニトゥは彼らの精神力に敬意を表すように、ハープを浮かべたまま――すっと手を伸ばし。
「素直に賞賛しようじゃないか、魔術やスキルの多くを失ってもその気迫。僕は君たち人類の強さに感服しているよ」
「上から目線ね!」
「失礼、君達を下に見るつもりはなかったのだが。僕はあまり嘘が得意ではなくてね、事実としてこれだけの力の差があることは君たちとて理解したのだろう? ここは引いて貰えないだろうか」
圧倒的な強者からの提案だ。
けれど、姫も後には引けないのだろう。
優雅な動作で杖を構え、その先端の宝珠に土のスキルか魔術を輝かせ。
魔力の輝きで、冷や汗を浮かべた頬を光らせ告げていた。
「あたしたち人類にはもう時間がないの! たとえあなたが本当の神でも、あたしたちは諦めるわけにはいかないのよ――!」
そして同時に、杖の先端から発生させた岩石砲ともいうべき岩の弾丸を放射。
樹々の隙間を縫った石の雨がナブニトゥに降り注ぐ。
ナブニトゥにとっては稚拙な魔術だった、けれどその意気込みと決意だけは買ったのだろう。
全ての石の雨を操り、それら全てを自らの身に受け。
それでも無傷のまま、ナブニトゥは人類に語りだす。
「なるほど――その魂の高潔さは認めよう」
「……どうも。それで、どうしてあたしたちを殺さないのかしら?」
「言っただろう、僕は神だと。君達が終わる世界から抜け出たい、民や仲間を助けたいという感情を、今の僕ならば少しは理解をしているつもりだ」
「だったら!」
声を張り上げる姫を眺め、ナブニトゥは告げる。
「ついてくるがいい、今現在、ザザ帝国では戦いではなく人の営みにて世界崩壊から助かる手段を探し、動いている。彼らの長、皇帝たる男ザザ=ズ=ザ=ザザとの面会を取り付けようではないか。ただし、君達が武装を解除し戦いによる解決を選ばないのならの話だ」
「……ありがたい話だけど、じゃあさっきの話は嘘だったの?」
「どういうことだい」
「だって箱舟はないってあなたは言っていたじゃない」
ああ、そういうことかとナブニトゥは笑いながら姿を鳥に戻し。
くくくくくく。
「本当に箱舟はあの地にはない、だが箱舟ともいえるモノを持つ神、我がマスターとの約束により――ザザ帝国がとある試練を果たせば、終わる世界から抜け出る場所へ拾い上げる。そういう契約はしているのだよ」
「え? じゃあ、もしもあたしたちが武装して入り込んでも」
「ああ、そうだね。その選択を僕の主人は望まないだろう。けれど僕は君たちの覚悟だけは気に入った。人類は正直、今でも好きではないけれどね。現在、試練を受けているザザ帝国の長と交渉する権利は与えることができる」
むろん、断って貰っても構わないがね。
と、ナブニトゥは翼で嘴を覆い。
くくくくくく。
「やっぱり……ありがたい話だけれど、随分と優しいのね。神って話は本当なの?」
「少なくとも、この世界を創ったのは僕らだ。世界を創った存在を神というのならば、僕達は神ということになる」
「そう……じゃあ謁見をお願いしたいわ。けれど、個人的に聞いてもいいかしら?」
「なんだい、答えられる範囲ならば答えてやらないこともないさ」
怪我人を気にしながらも姫は言う。
「神がいるのなら、どうして世界は壊れかけているのよ。作っておいて無責任なんて言うつもりはないわ、けれどどうしてあたしたちが世界と一緒に滅びないといけないのか。人類には、その事情を聞かせて貰える権利ぐらいもないのかしら」
「手厳しいね」
「あら、だってあなた神様なんでしょう? 実際、その強さなら本当なんだと、少なくともあたしは確信したわ。でも、敬えなくてごめんなさいね。どうして人類を救ってくれないのか、どうして世界の崩壊を止めないのかまったく分からないもの」
正論ではある。
だからこそナブニトゥも彼女に誠実に応じていた。
昔の彼ならば、不敬だと踏みつぶしていたかもしれない。
ナブニトゥもまた、アクタと出会って大きく変わっているのだ。
「僕らも君たち人類に謝るつもりはない。滅びの原因は人類と神、どちらにもあると今の僕は考えているからね」
「あたし達にも罪があるですって?」
「ああ、そもそもこの世界を生み出した、そしてこの世界を維持していた”柱の神”。主神を滅ぼしたのは君たち人類だ」
寝耳に水だったのか。
姫は大きな瞳を更に大きく広げ。
「本当なの!?」
「世界が滅びつつあるのが何よりの証拠ではないのかい?」
「それは……でも、なんでまたそんなことに」
「さて、確信は得られていない――ただ僕たち神の責任でもあるのは確かなのだろうね。なにしろ僕たちは、人類がそのような事をしてしまうとは思っていなかった。つまりは、ろくに見ていなかった。人類を諫める事を忘れていた。いや、変わりゆく心を見えていなかったのは確かなのだ。それに……」
ナブニトゥは考えた。
そして、独り言のように謎と疑問を語りだす。
「実はこの世界には、外部からの干渉もあったのでね。女神ヴィヴァルディの信徒を名乗り、世界に干渉していた異世界の存在がいた。普通に考えればそいつが犯人なのだろう。僕もそいつが全てを仕組んでいたと思っていた。人間を使い、主神を討たせたのだと思っていた。けれどおそらく、それは違う。違うのだ。結局のところ――人類は願いを叶えてくれなくなった主神の力を欲し、そして私欲で神を滅ぼした。それがおそらく真実だと、僕は考えている」
「ごめんなさい、よく分からないわ」
「そうかい、そうだろうね。すまなかったね、いずこかの人類の姫よ」
人類の姫と呼ばれた魔術師は、にこりと微笑み。
「ならまずは、こちらの自己紹介をしないといけないわね!」
神を相手にしても一歩も引かず、堂々とその名と事情を語り始めた。
〇お知らせ〇
本作品の原典、闇の神が活躍する「殺戮の魔猫」のコミカライズ化が決定いたしました、
来週2024/09/02(月)より配信開始予定となっております。
詳しくは活動報告または魔猫シリーズ「殺戮の魔猫」をご参照ください。
本作品も引き続き、通常更新予定です。