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第007話 侵略者G


 太陽が休み、月が目覚める時間。

 夜の帳に包まれた世界であっても、冒険者ギルドは眠らない。

 そして虫であるアクタも眠らない。


 アクタの夜はまず、銅貨三枚で最上級の鉄板焼きステーキを食べることから始まる。

 フード付きの黒衣の奥で肉を噛み締め。

 カカカカ! っと瞳を赤く染め。


「ふむ、美味である! 美味であるぞ!」


 ここは王都だ。

 いついかなる時でも依頼は来るし、魔物の襲撃に備える必要もある。

 武具屋や道具屋やマジックショップ。治療寺院や冒険者ギルドといった、冒険者が必要とする施設は年中無休。

 スタッフがどれだけ疲労困憊でも、常に店を開く状態が求められている。


 そんな中に、睡眠の必要もなく。

 未経験かつ言語が多少危ういので給料は安め。

 そして毎日出勤できる人材が働きたいと言ってきたらどうなるか。


 当然、即座に採用。

 毎日出勤は確定。

 アクタは種族不明の亜人種として雇われ、冒険者ギルドスタッフの一員となり既にこの場に馴染んでいたのである。


 まだあどけないそばかすが残ったまま成人を迎えた従業員、人間種のキーリカ嬢は先月入ったばかりの筈の新人に目をやり……じぃぃぃぃぃぃ。


「あの、ちょっとアクタさん! ご指名なんですけどー!」

「静かにせよ、渋いベテラン冒険者が来るたびに声のトーンが一段階高くなる人族の娘よ! 今、我は命を糧とし、大切に味わっているところである。見て分からぬのか!?」

「分かってるから言ってるんですってば! 緊急なんです! 早く来てください!」


 緊急と言われれば仕方がない。

 今のアクタはここのバイト。

 ハーレム建設のために働く偉大なる王なのだ。


「ふははははは! 良かろう、十分待てと言っておけ!」

「良くないじゃないですか! もう! って、あぁぁぁぁぁぁ! カインハルト兄さん! そいつはすぐに図に乗りますし、調子が良い事ばかり言ってますし、若干共通語が怪しいですけど、悪いヤツじゃないんで!」


 どうやら同僚キーリカ嬢の兄がアクタを訪ねてきたようだ。


 従業員アクタは知っていた。

 カインハルト兄さんと呼ばれた男は体格のいい槍使い。

 職業は狂戦士。

 全体的に大きいが、研ぎ澄まされたナイフのようなスマートさもあり、また腕が立つことからも依頼人からは評判のいい一流冒険者である。


「ふむ――久しいな槍よりも本当は殴った方が強い狂戦士の男よ」

「って、あれ? アクタさん兄さんを知ってるんですか?」


 ステーキの皿を楽しみながらアクタが言う。


「知っているに決まっているだろう。なにしろ迷宮に籠っていた我を遭難者と勘違いし、無理やりここに連れ戻したのはこの男なのだからな!」

「えぇぇぇぇ!? そうだったんですか?」


 はぁ……っと呆れた顔でカインハルトは眉を顰め。


「おい妹よ、なぜギルドの従業員であるお前が知らぬのだ」

「だってわたし、そーいう情報共有とか面倒なんで確かめたくありませんし。同じ給料なら楽に生きたいじゃないですかあ」


 悪びれもなく告げる妹に、カインハルトは手甲が巻かれた大きな手で眉間を覆い。


「母さんもおまえじゃあ無理だから早く帰って来いと言っているそうだ。親父に言われたことは気にしないで故郷に帰れ。僕からも親父には言っておくから」

「嫌ですよ! わたしはもう、この王都に骨を埋めると決めたんですから!」

「おまえが帰らないと、僕もいつまで経ってもここを離れられないだろうが」


 どうやらこんなテキトーな娘であっても過去がある。

 キーリカ嬢はこれでもそこそこの名家の出身のようだ。

 そしてこの大きな男がこの王都に留まっている理由なのだろう。


「兄さんは、あたしにあんな男の嫁になれって言うんですか?」

「そうは言っていない」

「だったら放っておいてください。わたし、兄さんよりも強い人じゃないと旦那様だなんて認めませんから」


 ほほー、ブラコンであるか――とアクタが、ふーんっとニヤニヤする中。


「それよりも、悪いがアクタ殿を呼んできてもらえないか?」

「こんなどーしようもない嘘つき男をですか?」


 嘘つきと言われてもアクタは気にせず。

 フードの下から口元だけを晒し、ふは!


「我の助言を嘘と判断するもよし。それが汝らの選択ならば、我は構わぬ」

「はぁ……いったいどこでこんな変な人間語を覚えたのか知りませんけど。本当にすみません、兄さん。うちのバカが」

「うちの……か。随分と慣れ親しんでいるのだな」

「へ? そりゃあまあ毎日出勤ですからね。文字通り嫌でもそうなりますって」


 あのカインハルト様を待たせるとは生意気じゃないか?

 そんな目線も発生し始めている。

 ふむと考えたアクタは仕方ないと食事を一瞬で済ませ。


「いったい何の用だ。汝に呼ばれる理由などない筈だが?」

「おいおい、それが迷宮から連れ帰った恩人への言葉か?」

「我はただ迷子になっていただけだ。別に連れ帰れなどと頼んだ覚えはないぞ」


 ふんっと腕を組んで告げるアクタに、いつものようにお姉さん顔で従業員キーリカが言う。


「はぁ……まーたそんなことをいって。あのねえ、兄さんが連れ帰ってくれなかったらあなた、迷宮の奥で野垂れ死んでいたかもしれないのよ」

「いや待て妹よ」

「なによ兄さん」

「アクタ殿にお聞きしたい。貴殿があの聖騎士トウカと顔見知りというのは本当か?」


 聖騎士トウカの名に周囲がざわつく。

 兄の言葉にキーリカは訝しみ。


「トウカ様とですか? そんなことはないと思いますけど」

「キーリカ、お前は黙っていろ。真面目な話なんだ」


 妹が抗議をする前に、アクタは告げる。


「無駄に派手な黄金の鎧で周囲を威圧する、あの娘の事か?」

「ああ、そいつだ」

「確かに顔見知りではあるが、それがどうかしたというのか」

「実はあいつが急に神聖教会から破門された。何か知らないか」


 破門という言葉に言葉を失うものは多い。


「こやつら、何をそれほどに慌てておるのだ?」

「最上位の冒険者であり実績も豊富な聖騎士が神聖教会から破門されたのだぞ? 当然だろう」

「ふむ、そのようなものなのか――」


 突然の破門。

 破門とはおそらく、聖職者としての所属を除籍されたということだろうとアクタは考える。

 カインハルトはアクタをゆらりと静かに睨み。


「あいつがおかしくなったのは治療寺院に向かった後。正確にいうのならば、ふははははっと哄笑を上げる何者かと会った後だと調べはついておる」

「哄笑を上げる不審者であるか、心配だな」


 悪意なくしれっと告げるアクタに皆の視線は集まるばかり。


「それが貴殿ではないかと僕は問いかけているのだ。違うならば違うと言え」

「何故我がオスの言葉に従わねばならぬ」

「オスだと! やはりキサマ、人間種ではないのだなっ」


 空気は次第に重くなっていく。この狂戦士カインハルトが聖騎士トウカに少なからず好意的なのだとはアクタにも理解できていた。


「ちょっと待って兄さん落ち着いて!」

「止めるな、こいつと会った直後に破門されたというのならば――何か知っているに違いあるまい!」

「――確かに、我はトウカとやらと会話した。ヤツは我を治療寺院に害をなす存在と疑い、【看破】の奇跡とやらを用い問いかけたのだ。それに我は答えただけ。無事、悪意も害意もないと証明された。その後もいくつか質問に答えたが――その後のあやつの事はあやつ自身の問題だ。我の与り知らぬ話よ」


 従業員キーリカが言う。


「本当よ、兄さん。今の言葉……【看破の天秤】が揺らいでいないもの」


 それは看破の奇跡が簡易的に使用できる受付のアイテム。

 冒険者となるものには荒くれも多い。

 事情があって流れてくる者も多い、だから必然的に嘘への自衛は必須となる。


 嘘を疑った時に受付はこの天秤を用い、相手の言葉が正しいかチェックできるシステムが既に完成していたのだ。

 カインハルトが歯を食いしばり。


「その天秤が故障しているという事は」

「もしこれが欠陥品なら、いままでの全ての報告の信ぴょう性が揺らぐことになるでしょうね。だから、ね? 落ち着いて兄さん」

「落ち着いてなどいられるか! 聖騎士が破門されるなど……っ、あいつに何かあったら、僕は」


 だから引けぬとばかりに、カインハルトはアクタを前にし槍を召喚。


「兄さん!?」

「あいつに何を話した。言え!」


 完全にやる気な相手を目にして、アクタはふふーんっとフードの下で笑みを作るばかり。


「想い人のために奮起する姿は素晴らしい。実に天晴であるが、語るわけにはいくまい。おそらくだが我が語った内容がヤツの教義にとってはタブーであったのだろう。ここにもヤツの同門もいよう、汝にしても他の冒険者を巻き込む事は本意ではあるまい」

「そうよ! それに日雇いバイトだとしても冒険者ギルドの従業員よ!? 彼に手を出したら兄さんの立場だって」

「問題あるまい! 何故ならこいつは人間ではない! 亜人でもなければ妖精やエルフの類でもない。魔物なのだ!」


 そう。

 聖騎士トウカがアクタの違和感に気付いていたように、カインハルトもアクタの違和感には気付いていた。

 だからこれは問題のない行動。

 冒険者ギルドに入り込んだ魔物を討伐する、むしろ褒められた行為なのだから。


 だが。


「ふは、ふはははははは! 早まったな狂戦士よ! 無駄だ! 貴公が我の正体を見破ったところで無意味! なぜならば! ここにいる連中は皆! 我が魔物なのだと知っているのだからな!」

「……は!? なんだと!?」


 青天の霹靂とばかりに仰天するカインハルトに、妹が言う。


「えーと、本当よ兄さん。この人、中級階層に発生する擬態者ミミックでしょ? 言いにくいのだけど、うちの皆はもう知ってるわ」

「な! 何故魔物だと知っていながら退治していないのだ!」

「いや、だって……毎日働いてくれて便利だし……」


 キーリカの言葉に続き、いつも独りで飲んでいる女盗賊が、少し顔を赤くしぼそりと言う。


「妙にタッチが多いですけど、回復もタダでやってくれますしねえ」

「そうだ、槍使い! アクタはどうしようもないバカで魔物だが、悪い奴じゃねえぞ?」

「えーと……カインハルト様? お付き合いとかは絶対無理ですけど、彼がナビゲートしてくれる魔導地図って結構便利なんですよ」


 次々に冒険者たちから声が上がる。

 当然、アクタは黒衣の下で、ふは、ふはは!


「我の人徳のなせる業よ」


 どうだ凄かろう!

 とアクタは肌を露出させた指先で、カインハルトの隆起した二の腕を、つんつんと二度突っつき。

 ふはははは、なドヤ顔。


「どうやって気付いたのだ、おまえたち……」

「えーとね、兄さん。この人、文句も言わずに毎日寝ずに働いてくれるから、このままおだてて一生こき使って……じゃなかった、皆で歓迎しようってなって、お酒を出したんだけど」

「そのまま泥酔し、うっかりと変身が解けたのだ! どうだ、理解できたか? 妹の婚約者を裏でぼこぼこにして土下座させたシスコンの男よ」


 しれっと相手の情報を持っていたアクタだが。

 もはやだれもつっこまない。

 まあ、アクタさんだしなあ……という空気が既に完成していたのだ。


 そう。

 既にアクタは人間社会に完全に入り込んでいたのである。

 アクタならば、悪さはしないだろう……と信頼されてしまっている状態は、実はかなり危険なのだがそれを危険視する者は誰もいない。


 全てはハーレム王アクタの計算。

 ではなく。

 単純にアクタの程よいバカさが、冒険者たちの疲れた心を徐々に侵食していたのである。



 〇新規習得スキル〇


 【装備マスタリー(武神)】

 〇効果:武神マルキシコスの加護を受け、ありとあらゆる武器の使い方が上達する。

 ●コピー対象:狂戦士カインハルト=ブルー=ヒューマナイト。


 【筋力増強(武神)】

 〇効果:武神マルキシコスの寵愛を受け、瞬間的に筋力を倍増させることを可能とする。

 ●コピー対象:狂戦士カインハルト=ブルー=ヒューマナイト。


 【鍵開けの極意(職業)】

 〇効果:盗賊技能により、鍵の解除成功判定に上昇補正を受ける。

 ●ハーレム対象:女盗賊マイル=アイル=フィックス。


明日からしばらく、

この辺りの時間帯(16:00~18:00前後)で更新します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あら…。随分馴染んでるね∑(OωO; ) [一言] まぁ、アクタ君が話したアレは確かに教会関係者ならちょ~っと受け入れて難い話だったもんねぇ。 (-ω-;) もし、教会関係者に問いただし…
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