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第067話 後悔する鬣犬


 【SIDE:ナブニトゥ】


 ザザ帝国の始まりについて、ナブニトゥはあまり深く知ってはいなかった。

 それもその筈。

 彼もまた、他の多くの始祖神と同じく、周囲を見る事を止めてしまっていたからである。


 試練を与えられた帝国では、菓子職人を教育するための準備が進んでいる。

 菓子職人をただ鍛えるのではダメだろうとアドバイスを送ったのも、何を隠そうナブニトゥ。

 彼はアクタの意図を読み取り、答えを暴かぬ程度に人間たちに手を貸していたのだ。


 菓子作りには様々な素養がいる。

 スイーツは目で見ても楽しめるアイテムだ。

 味は勿論、見た目の美しさも重要であり、そこには一定の美的センスがどうしても必要となる。

 鮮度や衛生面を守る厳格さも必須。


 ただ栄養を摂るだけではなく――無駄に手間もかかる、生きるためには無駄の多い食事カテゴリーといえるだろう。

 ようするに、余裕がある状況でないとスイーツはあまり発展しないのだ。


 人類はGの迷宮への避難を求め、ザザ帝国の皇帝ザザ=ズ=ザ=ザザの指揮のもとに動き出しているが――。

 ザザ帝国に協力はせず、まるで野良犬が遠くから人里を眺めるような顔をしている神が一柱。

 ハイエナの神、エエングラである。


 彼は今、人型の姿ではなくハイエナの姿にその身を戻している。


 ナブニトゥはバサりと飛翔し、周囲を索敵。

 熱帯雨林の枝の上にて、自らの腕を枕に薄目で人間を眺めているエエングラを発見し――着地。

 透明なガラス状の足元を魔術で創り出し、翼を畳んだのである。


 翼を畳むということは、話があるという事と同義。

 エエングラのハイエナの耳が、もふりと揺れる。

 反応を眺めたナブニトゥは、言葉を選びながらも温和な声を上げていた。


「こんなところにいたのだな、エエングラ。確認したいのだが――君はどうして彼らに協力してあげないのだい?」

「ちっ、ナブニトゥかよ。関係ねえし」

「そうは言うが、マスターはおそらく君達が協力せずに五十年を過ごした場合――本当に君も、彼らも見捨てて迷宮への立ち入りを禁じるだろう」

「だから、関係ねーし」


 不貞腐れている様子のエエングラであるが、この近くにいるという時点で気にしているのは明白。

 ナブニトゥは、考えた。

 やはり不貞腐れているようだが、こうしてばかりもいられないと思っている気配も感じられる。

 故に――。

 エエングラの気を引くべく、厄介で気まずい同僚となんとかコミュニケーションを取ろうとする顔で、ナブニトゥは静かに告げたのだ。


「そうだね、エエングラ。僕には君がどう動こうか関係ないのだろうね、エエングラ」

「んだよ、別にてめえを蔑ろにしたわけじゃねえっしょ」

「……僕はね、エエングラ」

「しつこいってーの! 寄んなし!」


 それでもナブニトゥは、顔をそむけるエエングラの前方に回り込んで。


「君が後悔しないのならそれで構わないさ」

「後悔なんてしねーっしょ」

「本当かい?」

「しつこいっしょ!」

「ならばもう、不要なお節介は今回までとするよ。すまなかったね、エエングラ。確かに僕は君達の事情を知らないから、僕の言葉は全て薄っぺらく思えてしまうのかもしれない。力になれそうにないから僕はもう行くよ、エエングラ」


 本当に翼を開き飛び去ろうとするナブニトゥ。

 エエングラは何を思ったのか――後ろを向いたまま飛び立とうとする神の足をハイエナの手で掴み、こほんと咳払い。

 ハイエナの瞳を片方開き、別に気になんてしてねえと言いたげな表情で言う。


「アクタの……アクタの旦那はどうしてる?」

「マスターかい? マスターは変わらないさ、肝心な本音は一切漏らさず、ふははははとした笑いで全てを誤魔化して、遥か遠くを見ているよ。もっとも、実際に見ているのはあの街……今はあのニャンコ=ザ=ホテップとヴィヴァルディと共に人類を眺めているようだ。あの教皇についても、危険はなさそうだ。あくまでも現状は、だがね」

「そうか」


 話を切っているのに、その手はナブニトゥの足を掴んだままである。


「エエングラ」

「なんだよ」

「話があるのなら聞いても構わないと僕は思っているよ」

「話なんて、ねーし。なにも気になってなんてねーし」

「……、なら離してくれないか」


 まるで構って欲しいだけの子供だと、ナブニトゥは苦笑しながらも無理矢理に引き剥がすことはなかった。


「確認したいのだが、君はマスターと喧嘩でもしたのかい?」

「旦那とは、してねえよ」

「じゃあなぜそんなに不貞腐れている。迷宮から追放されるかもしれないから気がかりというのなら、僕がマスターに頭を下げてもいい。こう言っては何だけれどね、僕はマスターのためにそれなりに動いてきた。おそらく、本気で頼めばマスターは僕の願いを無下にはしないだろう」

「そういうんじゃねえんだよ」


 事情を深く知らぬナブニトゥは、神鳥フレスベルグの顔に怪訝な皺を刻み。


「じゃあ、なんだというのだい」

「アクタの旦那って、なんなんだ」

「なんだとは、どういうことだいエエングラ。説明された通り、マスターは芥角虫神。前世での所業、裏切りと救世主殺しのせいで、億を超える人類からの呪いを受け続け――畜生道よりも深き深淵に突き落とされた、スカベンジャーの王。かつてユダと呼ばれていた人物だという話を、僕は疑ってはいない」

「じゃあなんで! なんで旦那は、柱の旦那の記憶を持っている!」


 急に吠えたエエングラ。

 その口から零れていたのは本音の疑問だったようだ。

 ナブニトゥは言う。


「可能性は多くある。単純に、マスターがこの世界に落ちてきた後――柱の神の力の残滓ともいえる物体を喰らい、その記憶を吸収した可能性だろうか。実際、マスターには他者の記憶を喰らい自らのモノにする力があるとルトス王の一件で判明している」

「じゃ、じゃあ別の可能性は!?」


 必死な様子のエエングラを見るのは初めてだったのか。

 真剣に受け取ったナブニトゥはしばし考え。


「そもそもマスターがこの世界にやってこられたのは、マスターの背後にいる三柱の力だからね。死の神は冥界の管理者、どこまで管理しているのかは知らないが……死した柱の神の記憶をマスターに報せた可能性もある。闇の神はどうやら宇宙と呼ばれるあの星の海、混沌の渦で最強とされる存在。気まぐれなネコらしいので何かを仕掛けた可能性もある」

「光の神ってのは」

「おそらく、あの滅んだ楽園にて光……天照を司っていた上位女神だろう。当時の僕らでは会う事も出来なかったほどの、巫女や巫女頭だった可能性が高い」


 ナブニトゥの推察に、ハイエナの顔で口をぎゅっとさせ。


「アクタの旦那は、柱の神の関係者じゃねえのか?」

「それは僕にも分からないよエエングラ。けれどおそらくマスターならもう既に答えを知っている筈だ。確認したいのなら自らで動くことを推奨するよ」

「分かんねえよ、だってもしアクタの旦那が……っ」


 あいつなら。

 と、エエングラは言葉を噛み殺してまた顔を伏してしまう。

 ナブニトゥは理解した――当時、周囲を見なくなっていたナブニトゥが知らないなにかがあった。

 エエングラと柱の神に、何かがあった。


 と。


 既に、ナブニトゥを引き留めていたエエングラの手は離れていた。

 しばらく時間を置くべきだと考えたナブニトゥは飛翔する。

 人類の方に、かつてこの地で何があったのか、記録はなくても思い当たりはないかと――確認しに向かったのである。


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