第066話 Gの試練とザザ帝国
【SIDE:ニャンコ=ザ=ホテップ】
この宇宙の外より送られてきた神性、外なる神。
彼らは宇宙そのものを上位存在の体内と認識し――。
宇宙の存続だけを第一に考え動く”理の外”に在る存在。
彼らはまず宇宙の管理に魔術が必要と考え、魔術の祖となる救世主を産みだすために布石を打った。
母となる、外なる神の一柱の端末を遠き青き星……地球に送り込み暗躍。
救世主となる神の子を内宇宙の法則に従い、降臨させる。
それこそが処女受胎と呼ばれる現象の正体。
神の子の誕生により魔術の発生を確定させ、果てにある楽園と呼ばれるエリア――神々の地に魔術を授けさせ、パラダイムシフトを起こす。
計画は順調だった。
神の子は神の子として育ち、宇宙には魔術が発生。
あとはその魔術を取り上げ、外なる神たる彼らだけが魔術を使用し宇宙を永続的に安定させる。
……筈だった。
語りの途中で、こほんと息を吐き。
無貌の猫は語りだす。
『まあ、計画なんてそー思い通りにはいきませんからねえ! わたくしたちをこの宇宙に放り投げている彼らにも、想定外の事ばかりが起きているようで、ええ、ええ。まあ魔術などという法則を書き換える力を発生させたのですから、当然なのですがねえ!』
と、他人事の様に告げるのは、教皇ホテップことニャンコ=ザ=ホテップ。
外なる神に該当する、かつての黒幕である。
黒猫姿の彼、そしてフードで顔を隠す長身痩躯の男が丘の上から眺めるのは――人類の暮らし。
ザザ帝国だった。
フードの下の口を、ふは!
いつもの口調でアクタが言う。
「我もその顛末は知っておるぞ! 本来なら魔術が発生し、楽園の神々に魔術を伝授した時点で魔術の祖としてのあの方は用済みだった。後はあの方を謀殺し、魔術を独占すれば良かっただけだった!」
なれど! と、舞台俳優のように朗々と手を広げ、ふははは!
「我が救世主、我が師、我がメシア! あの方は楽園の神々だけではなく、彼らが家畜としていた人類や動物にまで魔術を授けてしまった! そのことにより楽園の神々は魔術を独占することができなくなった! つまり、楽園の神々の始まり、楽園そのものが外なる神が用意した地! 柱の神も在ったあの地は、外なる神の干渉の範疇にあったと我は予想するが、如何か!?」
アクタとニャンコ=ザ=ホテップは発展しようと励む帝国を見下ろし、観察している。
アクタの瞳に映るのは、動く人類。
避難していたGの迷宮から、一時的に元のザザ帝国に帰還させられたザザ帝国の面々である。
これは――アクタから試練を授けられた人類が、技術を発展させ、最高のスイーツ作りに励む様子を眺めながらの一幕だった。
もちろん、一朝一夕で終わる話ではない。
アクタが求めるのは最高のスイーツであったが、結局は抽象的であいまいな概念だ。
ようするにアクタのさじ加減でどうとでもなる。
五十年というタイムリミットの中で、人類とエエングラが確執や蟠りを解決できるかを見ているに過ぎないのだ。
故に、五十年どころかまだ始まったばかりの今は退屈な時間。
その暇を使いアクタと教皇ホテップは密談。
情報のすり合わせを行っているのである。
本来なら情報開示などしないだろう外の神だが、ニャンコ=ザ=ホテップは既に、宇宙の外にある本体とは切り離された存在なのだろう。
もうぶっちゃけちゃいますよ、とばかりに能天気に頷き。
『本来ならば、あな……いえ、女神ヴィヴァルディやナブニトゥら柱の神がいた楽園を拠点とし、宇宙を維持する前線基地にするつもりだったのでしょうがねえ。だが、計画は失敗した』
「外なる神の予定と異なり――あの方が、楽園を滅ぼしたのであるな」
補足に満足げに頷き、ニャンコ=ザ=ホテップは続きを語る。
『わたくしたち外なる神の弱点は、脆弱なる命の心が分からないこと。ただ機械的に、機能的に宇宙を保とうとする存在。そうですね、語弊や誤解を恐れず言うのならば――そういうメカや免疫機能と思って貰って構わないかと。ともあれ、人の心が分からないからこそ、誘導に失敗。楽園は滅んだのでありましょう』
「異世界から入り込んでくる魔導書によるとだ。宇宙そのものが生物であり、その宇宙を保とうとする生理的な反応が汝等……そういう説もあると聞くが、実際はどうなのだ」
ニャンコ=ザ=ホテップは首を横に倒し。
肩を竦め。
『さて、その辺りもわたくしもちょっとわかりませんな。なにしろ、宇宙の中に入った時点でわたくしも上位次元から下位次元の存在へと変質する。ようするに、この世界の存在となってしまいます。下位の次元から上位の次元を認識するのは難しい。それは魔術を扱う存在であるあなたならば、当然お分かりいただけますね?』
「分からないわよ!」
分かると頷こうとしたアクタを妨害し、いつもの女神の声は響く。
ヴィヴァルディである。
密談を快く思わなかったのか、或いはアクタに集りに来たのか――彼女はふくよかになったモチモチなネコ太ももでズンズンとアクタの肩に上り。
ビシ――!
「あのねえ! あんた! わたしの子分に変な事を教え込まないで貰える!?」
「ほう? 誰が汝の子分だと?」
「あなたよ、あなた! 言っておくけれど、今のわたしは猫。上にいる方が勝ちなんですから、あんたの肩に乗っているわたしは上位! つまり、あなたはわたしの子分! どうよ! 完璧な理論でしょう!?」
だんだんとネコの本能に汚染されているのだろう。
ニャンコ=ザ=ホテップは、うわぁ……と無貌に魔力による表情を乗せ。
『あのヴィヴァルディ女神さま?』
「あら! わたしの信徒をやっていただけあって、ちゃんと様はつけるのね? 良い心がけじゃない!」
『それよりも、アクタさんの顔をご覧になってくださいって』
「顔?」
ヴィヴァルディは肉汁でべちゃべちゃになっている手で、ズリズリとアクタのフードを覗き込み。
ふむ。
あっけらかんと肩を竦めて見せ、フードで手を拭きながら言う。
「フードが深すぎて、表情なんて見えないわよ?」
「ええーい! せめて手を洗ってから我の上に乗らんか、バカ者が!」
「はぁ!? あんたがこの外道に何か吹き込まれてるから飛んできてやったんでしょう! 感謝しなさいよ、感謝!」
「吹き込まれてるのではなく、我は今、口が軽いこやつを使い――外なる神やそれに連なる現象の情報を精査しておるのだ!」
口が軽いと言われてもニャンコ=ザ=ホテップは、特に気にした様子はない。
ただ、だんだんと知性よりも猫の本能が強くなっている女神を見上げ。
『――原因そのものに変化を与えるアプローチは理解できますが。少々、おバカ過ぎませんか?』
「あ!? あなた、いま、わたしのことをバカって言った!? 言ったわね!?」
ウニャニャニャ!
っと、アクタの肩の上で暴れるヴィヴァルディに辟易しつつ、アクタが言う。
「まあ、仕方あるまい。この猫の器を用意したのは我ではない」
『ほほう!? と、いいますと?』
情報交換という意味で、アクタも情報を出す義務があるのだろう。
「神が干渉できなくなっているこの世界にて、ヴィヴァルディ女神が干渉できるようにと動いたのは我が神。この猫の器は、あの神が直々に送り込んできておるのだ。そしてその神こそ、我をこの世界に送り込んだ三柱の中でも、最も行動も思考も読めぬ闇の神。汝らが大いなる闇と呼ぶ、あの黒猫なのだ」
『うわぁ……あの人でございますか……』
「苦手なのであるか?」
『ネコの敵を知っていますか? それは同じく宇宙から上昇補正を受けているネコ自身。ネコとネコの戦いはネコであっても例外の相手、一切の幸運補正によるダイス操作が働きませんからね。わたくし、あの大いなる闇相手にだけは絶対に負けるのですよ』
実際、その通りのようだ。
だからこれも情報交換の一種になる。
ふむ、と納得するアクタを見上げたニャンコ=ザ=ホテップがそのまま言う。
『ところで――この地の人類はどうするおつもりで?』
「どうするもなにも、試練を与えた通りだが?」
『おや、おやおやおや! まさか、本当にお救いになられるのですか? 彼らを!?』
ニャンコ=ザ=ホテップの瞳のない目線は、アクタが手にする一冊の逸話魔導書に向かっている。
その書を物欲しげに眺めるニャンコ=ザ=ホテップから遠ざけるようにアイテム収納空間に手を伸ばし、アクタはガサガサごそごそ。
魔導書の代わりに――人類と、そしてエエングラと交わした契約書を見せ。
「まあ、一度結んだ契約は守らねばならぬであろう」
『あなたのさじ加減で、どうとでもなる契約をですか。ふーん、へえ、ほほぅ?』
何か言いたげな、揶揄う様子のニャンコ=ザ=ホテップを、ヴィヴァルディが喧嘩腰に睨み。
「なによあんた、その顔は」
『いえ、なに。あれほどのことをしていた人類と神を前に、芥角虫神さまは随分と”お優しい”と、感服していただけでして。別に他意は一切ございませんよ、ええ、はいはい』
「うわぁ、含みのある言い方ねえ。ねえアクタ、こいつが言っている言葉の意味、あなたなら分かるの?」
アクタは口元に苦笑の色を作り。
「さてな――仮にもし分かっていたとしても、もう既に過ぎたこと。移ろい果てたかつての面影であろうよ」
と、ただ静かに告げ――。
ザザ帝国の発展を眺めていた。
その直後。
あんたも無駄に含みのある言い方してるんじゃないわよ!
と、ズゴゴゴゴ!
アクタの頬に、ヴィヴァルディによる女神ネコキックが刺さったのは、言うまでもない。