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第065話 五章プロローグ


 【SIDE:鬣犬神ハイエナ逸話魔導書グリモワール


 あの日、ハイエナの神は恋をした。


 これはハイエナの神、エエングラについて記載された、物語を刻む魔導書。

 逸話魔導書グリモワール

 この逸話に刻まれているのは、史実で在り事実。

 かつて本当にあった物語。


 あの日――。

 存在を望まれなかったスカベンジャーは、他人から求められて、生まれて初めて愛を知った。

 あの人間の英雄は、自分を必要だと手を伸ばす――頭を下げる、甘く語らいかける。

 その手の温もりが心地よくて、だからハイエナの神は地に堕ちた。


 エエングラは仕方ないとばかりにあの英雄と共に在った。


 子が生まれた。

 家族ができた。

 守る者ができた。


 その時には既に、人間の英雄をハイエナの神は仲間だと認識していた。


 だから、ずっと共に在りたいと願った。

 ずっと一緒にいられるように、力を使いだした。

 その度にエエングラは力を失った。


 守りたい者を守るために、その身を削った。

 元よりハイエナ。

 死肉を貪るスカベンジャー、狩りにて全てを喰らう肉食獣。

 エエングラは守る力を有していなかった。


 守り方を知らなかったのだ。


 だから、人間の英雄の言葉に耳を傾け、鬱陶しいという顔を作りながらも――全ての願いを聞いていた。

 そう、本当に全ての願いを叶え続けた。

 その身を削り。

 全てを削り。

 始祖神としての力を失いかけても、それでも守りたいと願う気持ちは本物だった。


 ハイエナの神が恋をしたからだ。

 ハイエナの神が愛を知ったからだ。

 けれど、ハイエナの神は知らない。


 当時英雄だった立派な人間は、五十年もすれば老いさらばえて。

 もう十年、二十年もすればまともに喋れなくなり、もう五十年もすれば、とっくに死んでしまっていた事を。

 けれど、ハイエナの神は家族の死を知らない。


 だから。

 気付かなかった。

 愛した英雄の躯が、カタリカタリと喋りだす。


 今度はあの山を削り平野にして欲しいと。

 次に、あの川を埋めて増えた住人の居住地にしたいと。

 綺麗な衣装で彩られた躯は、いつでも笑顔でハイエナの神に愛を語る。


 ああ、愛している。

 大好きだ。

 この暮らしを守りたいのだ。

 だからどうか、願いを叶えてくれないか――と。


 死を知らない、あれが既にとっくに腐り果てた躯だと知らずにハイエナの神はその願いを叶え続ける。


 そんなある日。

 瞳もない、声もない、耳もろくに聞こえない浮浪者のような神がやってきた。

 ハイエナの神はそれがかつて世話になった柱の神だと知っていた。

 だから、ハイエナの神は神の力で語り掛ける。


『一体、何の用だ――こちらの統治も管理も上手くいっている。もはやあなたの世話になることもない。とても幸せな地だ、幸福なる巣だ。もはやこちらにあなたは必要ない』


 と。

 浮浪者のように、全てを削り切った後の神が、そっと誰かを指差した。

 それは綺麗に着飾った、ハイエナの神が愛する英雄。


『こいつがどうした? 欲しいのか? いややらぬぞ、たしかに、あなたにかつて世話にはなった。恩義も一生忘れぬ。けれど、こいつだけはダメだ。こいつだけは』


 ハイエナの神は英雄の躯を抱き、威嚇するように相手を睨んでいた。

 浮浪者のような神が、そっと首を横に振る。

 違う、おまえは騙されている。おまえは利用されている。

 そう告げるように、諭すように、もう見ていられなかったとばかりに訴える。


『何が言いたい。あなたの声はナブニトゥに与えてしまったのだったか。ならば一時、こちらの声帯を貸す。さあ、何が言いたい。言え! 不愉快だ! なんだ、なんでそのような瞳のない空洞で、こちらを憐れむように眺めている!』


 声帯を一時的に借り受けた、浮浪者のような神が。

 告げた。


 それはもう――。

 死んでいる。

 と。


 ハイエナの神は怒り狂った。

 この浮浪者のような神が、自分の幸せを妬み嘘を言っているのだと思った。

 だから。

 取り返した声帯で言ってしまった。叫んでしまった。吠えてしまった。


『妬むことしかできぬ裏切り者が! もう二度と顔も見たくない、愛を知らぬあなたなど! あなたなど消えてしまえばいい!』


 罵声だった。

 思ってもみない、恩人に向けていい言葉ではない憎悪が口から零れていた。

 浮浪者のような神は言葉を受けて、ただ静かに笑っていた。


 蔑まれるのにも慣れた顔で、全ての罵倒を受け続けた様な表情で。

 ただただ、静かに言葉を受け入れた浮浪者のような神は、そのまま姿を消してしまった。


 ハイエナの神は言い過ぎたと思った。

 消えて欲しいなどと思っているわけではなかった。

 けれど、愛する者が、守り続けていた者が死んでいるなど、吐いていい嘘ではない。


 だから間違ってなどいない。

 間違ってなど。

 ……。


 それでも、あの神の言葉がハイエナの神に掛けられていた呪いを解いたのか。

 ハイエナの神、エエングラはふと気が付いた。

 愛する英雄が、まったく動いていないのだと。


 一つの不自然さが生まれると、違和感は城壁が崩壊したかのように溢れ出す。


 愛と恋の呪いが解けた時。

 現実と真実が襲ってくる。


 そこにあったのは、躯。

 死臭すらも既にせず。

 白骨化した英雄の遺体が、ただ転がっていた。


 ハイエナの神は気が付いた。

 神の寵愛、神の奇跡、神の力を失う事を恐れた子孫たちが、この遺骸を使い願いを叶えさせ続けていた。

 つまりは、裏切られていたのだと。


 そして同時に自身がしてしまった過ちに気が付いた。

 ハイエナの神は言ってしまった。

 自分を助けに来たあの神に、罵倒と憎悪をぶつけてしまった。


 国を捨て、愛を捨て――。

 ハイエナの神は浮浪者のように落ちた神を追いかけたが、もはや見つからなかった。

 理由は単純だ。


 もう二度と顔を見たくない、消えて欲しい。


 あの時叫んだ言葉、あの瞬間の爆発したような願いを――。

 彼は叶え、消えたのだろう。

 ハイエナの神は後悔したが、もう遅かった。


 ハイエナの神、エエングラ。

 の神が恩人と慕っていた神と再会することは、もう二度となかった――。


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