第006話 看破の奇跡
【SIDE:聖騎士トウカ】
暗い夜道に雨の音だけが響いていた。
夜になると活動を開始する人型の魔物は多く存在する。
だが、回復魔術まで扱えるとなるとそう数は多くない。
代表を挙げるならばヴァンパイアや死霊魔術士リッチだろうか。
かつて人間だった魔物である。
そもそも最低限の知恵がなければ人間社会に溶け込めない。
ならばアクタと名乗った治療寺院の新人は、そういった、かつて人間であった類の魔物だろうとトウカは考える。
神に仕える聖騎士であり、単独で名を上げた彼女は迷宮の恐ろしさを知っていた。
(だがヤツは迷宮で見つかった――)
ソロで行動するなど狂人扱いだ。
なのに。
あの長身痩躯のフードの男は迷宮の中で発見されたとされている。
聖騎士トウカは考える。
それはあの男が、かつて人間だった魔物ではないパターンだ。
人間から魔物になった存在も強大だが、魔物から人間に化ける輩には厄介な相手が多い。
こちらの代表例はドッペルゲンガーやシェイプシフター。
どちらも冒険者の姿を模倣する、分身に成り代わる魔物である。
上位種となると相手のスキルをコピーできるとされている。
それが聖騎士トウカの直感を揺する。
なにしろ聖職者カリンは言っていた。同じレベルの回復魔術が使えると。ならば――。
もし違ってもいい。
間違いならば事情を説明し謝ればいい。
ただ彼女は聖職者カリンを、心配していたのだ。
(必ず正体を暴いてやる)
そう心に刻んで、目立つ黄金の鎧を敢えてそのまま――。
聖騎士トウカはアクタの後を追い続ける。
そしてどうやら相手もトウカには気付いていたようで、わざわざ自ら人気の少ない場所へと足を向けている。
聖騎士トウカは【看破】の奇跡を発動し、誘導されるままに路地裏へ。
何故か雨の音しかしない。
トウカは【足音消しの加護】を発動し足音を消し去っている……そして、アクタから何故か足音がしないからだ。
足音を立てないとなると、まず間違いなく当たりだろう。
「もういいだろう。アクタ殿、申し訳ないが止まっていただけるだろうか」
「ふむ、やはり後をつけていたのだな」
「その理由は分かっているだろう? 簡潔に話がしたい」
アクタは振り向き、フードを目深に被ったままにくっきりとした口を蠢かす。
「良かろう、汝が言いたいことは分かっている」
「そうか――」
「ああ、つまり貴様は我の臣下になりたいのだろう?」
「狂人の振りはもういい。あまりコケにしてくれるな、こちらが黄金ランクの冒険者だとは知っているのだろう? 私は既に【看破】の奇跡を発動している。嘘は全て暴かれると思え」
看破の奇跡?
と、アクタはこくりとまるで虫のように首を傾げるが。
「【看破】を知らないとなると魔物が人間に擬態した類で決定だな。冒険者ならば必ず看破の効果を受けたスタッフからの質問を受けるからな」
「ふぅむ。なるほど――嘘を見抜く力か」
「その通り。私ほどのレベルとなれば、アイテムに頼らずとも【看破】を発動できる。悪いが、質問に答えて貰おう」
何故かアクタはハッと顔を上げ。
くわっと食いつくように叫んでいた。
「我に質問だと!? ふふふ、ふははははは! つまり我に興味があるという事か! 良かろう――何なりと申してみよ!」
聖騎士トウカは静かに息を飲んでいた。
追い詰められているのにこの余裕だ。
迂闊だったと認めるしかないだろう。
(この男の余裕はなんだ……)
いつでも聖剣を召喚できる立ち位置に引きながら、聖騎士トウカは問いかける。
「貴殿は何者なのだ」
「何者か? はて、おかしなことを言う娘だ。あの時、あの場所、過去を引き摺り疲れ切っているあの女の寺院で名乗ったではないか。娘よ、汝は脳まで筋肉でできているという話であったが、あれは本当だったのだな」
「無礼な、誰がそのような事を!」
「我が上司たる聖職者カリンが言っていたのだ、一人だけ気を許せる脳まで筋肉のバカ聖騎士がいるとな! それが貴様なのであろう!」
看破の奇跡はその言葉を肯定する。
後で覚えておけよと、友人と思っている聖職者に恨み言を向けつつ。
「もう一度問おう。貴殿は何者だ」
「我は我であり、それ以上でもそれ以下でもない」
「冥界の使徒にして光と闇の恩寵を受けし者だったか。二つ以上の神の恩寵を賜るなどありえぬ。ふざけないで答えて貰おう」
フードの奥で、はて……と訝しげに口元を揺らし。
「ふざけてなどおらぬ。我が名はアクタ。冥界の使徒にして、光と闇の恩寵を受けし者」
「――……なっ――!?」
思わず、聖騎士トウカは上擦った声を上げていた。
【看破】の効果で嘘を見破れる筈なのに、奇跡はその言葉を嘘とは判定しなかったのだ。
「本当に三柱の神の恩寵を得ているというのか!?」
「ふはははは! 何だか知らぬが、我を矮小なる汝らと同じ器と思うなよ!」
「信じられぬ……、信じられぬが……っ」
最上位冒険者としての勘が言っていた。
おそらくこの男は嘘を言っていないと。
「冥界の使徒ということは、貴殿は冥界の神に言われやってきたのだな」
「その通り、あの神こそが我が師だ」
「目的は、人々の魂を狩ることか――」
「何を言っている。冥界神とは汝ら人類が考えるところの残酷な死神とは異なる。死した魂を回収し、正しく輪廻に戻すために存在する上位神であるぞ?」
全て真実として判定される。
もしそれが本当ならば、そんな上位神の使徒が今、目の前にいることになる。
ベテランとなってから感じたことのない恐怖、僅かな恐れが背筋をぶわりと這っていた。
緊張を噛み殺す勢いで聖騎士トウカは叫んでいた。
「では、何を目的にやってきているのだ!」
ふふふふ、ふはははは!
長く大きな哄笑が、誰もいない夜の道に広がっていく。
フードの下から薄らと覗く端正な顔立ちから、神話を語るかのような荘厳で美しい声が響く。
「我は種の繁栄のためにここに在る。それ即ち、ハーレム王の道なり」
「ハ、ハーレム王!?」
「そうだ、我を愛し、また我もまた臣下を愛する肉欲の国家。酒池肉林を是とし、世界に安寧と平和をもたらす理想郷ぞ!」
またしても真実判定である。
「人間を襲い、殺しに来たのではないのか?」
「何故そのようなことをせねばならぬ。我は強欲なのだ、一つの魂すら無駄にはせぬ。全ていずれは我がハーレムの住人となる者たちだ、勿体ないではないか!」
「ではなぜ、カリンのところで人に化け働いてなど……」
答えを待つ聖騎士トウカは息を飲む。
答え次第では――敵対する。
そんなトウカの葛藤を知ってか知らずか、アクタはばさりと黒衣を揺らし――まるで国王の宣言のようにやはり荘厳に告げる。
「金がないからだ!」
「う、奪えばいいのではないか? 魔物なのだろう!?」
「王たる我に略奪をせよと? 娘よ、キサマはなかなかに危険思想なのだな。赤子の身ならばともかく、我は既に立派な王。聞け、神に仕える騎士の娘! 我は、もう! 落ちているスクランブルエッグを食べるのは卒業したのだ!」
やはり真実判定である。
とてもむなしくなってきた聖騎士トウカは思う。
(この男には……まあ害はないだろう)
たまにあるのだ。
悪意なき侵入者……人々の生活に溶け込む上位の魔物、それも変わり者の魔物が入り込む事件が。
人間には扱えぬマジックアイテムが市場に流れる事があるが、それもそういった類の魔物が市場に流しているとされている。
悪意がないのであれば有益な事もあるので、討伐は推奨されていない。
「最後に確認をさせて欲しい。カリンに害をなすつもりは」
「一宿一飯の恩もある。害をなす筈がなかろう」
「そうか……ならばいいのだ。引き留めて悪かった。その……ついでに聞きたいのだが、貴殿の信仰する神々は他に何かを言っていなかっただろうか?」
上を向いたアクタは考え。
「酒とタバコ、そしてコスメと呼ばれる化粧品を買いつけることと、更にグルメを一覧にして後に献上せよとは言われているが」
「どんな神々なのだ……」
「ふざけているが、それなりに上位の神であるだろうな。悪いが、我のレベルではその真意も分からぬ」
「そうか――」
この世界には神々が多く存在する。
おそらくはマイナーだが強力な神か、或いは魔物のみの神なのだろう。
「後は何であったか。ああ、そうだ。確か神にこう言われていたな、滅びゆくこの世界を救え――と」
空気が変わっていた。
雨の音を、いっそうに強く感じていた。
黄金の鎧を伝う雨の冷たさを感じながら、聖騎士トウカは肺の奥から声を絞り出す。
「滅びゆく世界、だと?」
「我をこの世界に落とした神々はそう言っていた。それが事実かどうかは我も知らぬ」
「理由などは」
「はてなんであったか……おお、そうだ。何でもこの世界の主神を、この世界の人類が私欲で殺したのだと言っておったな。主神を失った世界は自壊する。それが自然の摂理なのだそうだ」
看破の奇跡は一度もそれを嘘とは認めない。
少なくともアクタがそう信じ込んでいるのは確かなのだ。
本人が思い込んでいると、それを嘘とは判定しない……それが【看破】の欠点だ。
だが。
深く息を吸い。
「貴殿ならばそれを止められると?」
「さてな、我が神々はダメで元々と言っておったからな」
「神々は……この世界を救うつもりがないというのか!?」
「知らぬ。神は好きにせよと言っていた。まだこの世界が善か悪か、それすらも我は知らぬ。救うも救わぬも情報が足りぬからな。答えなど出せぬ」
真実判定である。
「っと、悪いが娘よ。今から冒険者ギルドで夜勤の時間なのだ。我はハーレム建設のために金を稼がねばならぬのでな! さらばだ脳が筋肉で構成されている娘よ!」
キメ台詞のように言っているが、ただのバイト宣言である。
ふははははは!
ふははははは!
と、雨の中で哄笑だけが響いているが、聖騎士トウカの困惑は増すばかり。
この世界が滅ぶ。
それを戯言をと、彼女に言い切る自信はなかった。
少なくとも、あの魔物はそう信じ込んでいるのだから。
〇序盤の連続更新は以上となります、
ここまでお読みいただきありがとうございました!
アクタさんのハーレム王への道にお付き合いいただける方は、引き続きよろしくお願いいたします。
〇明日からは一日一回、夕方ごろに毎日更新予定。
(定時更新時間が確定いたしましたら、改めてご報告させていただきます)