第059話 ネコと黒幕と黒ゴキブリと
なにかと問題の多い【神聖教会】の教皇を名乗る影男。
その名はホテップ。
神たるナブニトゥの防御を貫通するほどの力を持っているのは、既に確認できている。
怪しいとしか言いようのない存在を前にして、神々すらも息を呑む中。
アクタだけは平静を保ち、自らのアイデンティティも保っている。
肩を揺らし、いつもの三段階の嗤いを上げ。
「ふは! ふははは、ふははははははは! 顔を晒すことができずに隠したまま我の前に出ようとは、なんたる不遜! なんたる無礼! 我を何と心得る! 全ての悪態と憎悪を引受しゴキブリの王! 芥角虫神であるぞ!」
ビシ!
顔のない影男、教皇ホテップを指差し決めポーズ!
この相手を前に自分のペースを守る、それだけで強者の証でもあるのだが。
相手もまた、ビシっと自らの顔の下に指を置き。
『言ってくれますね! ゴキブリの王よ! 不遜である、それは認めましょう! 無礼である、其れも確かに認めましょう! なにしろわたくしはこの世界に勝手に入り込み、ザザさんの治めるこの帝国の拠点に勝手に入り込み、今、ここにいるのですから! ええ、ええ、はい! 世界の皆は、わたくしを無礼と判定するのでしょうね!』
教皇ホテップもそう宣言した後に、ふはははは!
見事な哄笑を上げて見せる。
あまりにも見事な「ふは!」だったからだろう。
アクタは、「くっ……」っと息さえ漏らし、僅かに後退り。
「この哄笑は――こやつ……っ、できるぞ!」
「マ……マスター? 今はふざけている場合ではないと僕は思うのだけれど、どうかな? 僕は、まだ……ダメージが大きく動けそうにない」
「そうは言うがナブニトゥよ――今の哄笑は実に見事。これは相手のペースに巻き込まれず、自分のペースを維持する”特殊な属性”を所有している証。強者しか持ち得ぬ、G属性を持っていると推察できるのだからな!」
パチパチパチと、音が鳴る。
それは場違いなほどに澄んだ、手を打つ音。
アクタのやり取りを瞳のない影の顔から眺めていた教皇ホテップは、やはり慇懃なしぐさで上から目線な拍手をしだしたのだ。
『いやはや! あなたは本当に慧眼でいらっしゃる!』
「ふん、当然であろう! 我は多くの汚泥を眺めた者! 多くの罪人を観察せし者! 汝のように邪悪なる輩の性質を見抜くなど、造作もなき事よ!」
『しかし、よろしいのですか。皆さん』
どうやっているのか……教皇ホテップはやはり顔のない顔に、表情だけを浮かべ。
『わたくし、この方を信用しすぎるのはどうかと思うのですが』
「黙りなさいよ! あんた! うちのナブニトゥに酷い事をしておいてニヤニヤニヤニヤ!」
『おう、我らが女神よ――まだご存命でしたか?』
「いったいどういう事よ! あんた! わたしの信徒じゃなかったの!? っていうか、わたし、あなたなんて一度も見たことないわよ!」
教皇ホテップは、首をがしりと横に倒し。
頭をトントン。
空白や、無といった空間が開いていた顔の部分に、一人の青年の顔が浮かんでくる。
『我らが女神ヴィヴァルディ神よ――この顔ならば、見覚えがあるのではありませんか?』
「ないわよ!」
『ふふ……そうですか、ではこちらの顔ならば?』
また一つ、別の顔を作りだし。
教皇ホテップは次々に、老若男女問わず多くの顔を無貌にコピーし始めている。
おそらく――代々の教皇に成り代わっていたのか、あるいは、人間に化けた自らで自らを指名し続け、代々の教皇をこの男がこなし続けていたのか。
ともあれ、ルトス王に纏わる数千年の歴史を蓄積していたアクタには見えていた。
この男こそが黒幕。
全てを眺め、裏で暗躍していた悪人なのだろうと。
だが――さしものアクタも相手の強さのせいで慎重にならざるを得ない。
もし戦いとなれば被害は絶大。
故に、時間稼ぎの会話を繰り返し、その隙にG執事たちに命じ避難を行わせているが――。
ヴィヴァルディが言う。
「さっきから何なのよ! 知らない人たちの顔を見せられても、反応に困るだけなんですけど!?」
『知らないとは――これはこれは、人に施すのが大好きな女神さまは、誤魔化すのがお得意のようで』
「はぁ……? 何言ってるの?」
こんな状況でもヴィヴァルディはいつものナチュラルなボケをかまし。
「あのねえ、アクタもそうだけど。そーいう含みとか、なんで気付いてないの? みたいな態度って感じ悪いわよ?」
『まさか……いや、あの……本当に今までの顔に見覚えがないのでありますかな?』
「だからないって言ってるでしょ!」
しばしの沈黙が走る。
さすがに、教皇ホテップも空気が変になっていき。
これなら絶対に覚えているだろうとばかりに、英雄の顔を作りだし――ニヒヒヒ。
邪悪な笑いを浮かべ、ニヤニヤと影男としてのホテップは語りだす。
『でもですねぇ、この男ならば覚えているでしょう? あなたの神話を伝導するために単独で……』
「あぁああああああああああぁぁ! しつこいわねえ!」
教皇ホテップの策略なんぞ知らぬとばかりに、ヴィヴァルディは吠えていた。
「あのねえ! さも知ってるのが当然だと思ってるのなら、あなた! ちょっと頭がどうかしてるんじゃないかしら!? あなたがさっきからやってる百面相なんて、本当に、なにひとつわかんないのよ!」
『一つも!?』
「ああ、嫌だ嫌だ! もう本当にうんざり! いきなり襲ってくるし――あんた、空気読めないんじゃないの!」
『いやいやいやいや、だってあの英雄の顔は柱の神を殺した』
「うわぁ……まだ言ってるし、ねえアクタ……この人、なんかすっごい気持ち悪いんですけど」
女神、本気のドン引きである。
どうやら、百五十年前に柱の神を殺した英雄にも関係していたようである。
ただ、先に無駄なイベントを挟んだせいか――ヴィヴァルディはもはや聞く耳を持っていない。
本来なら、ふっふっふ、おまえを讃えていた今までの教皇は全て、本当は自分だったんですよ?
という、イラっとさせる演出と嫌がらせだったのだろうが。
勝機を見たりとばかりにアクタはすかさず、くわ!
「ふははははは! 教皇ホテップとやらよ! ヴィヴァルディの間抜けを甘く見たな!」
『ぬぁああああああああああぁぁ! しまったぁぁぁああぁあぁぁ!』
教皇ホテップは膝をつき、崩れ落ちるかのように地に伏すが。
軽い空気の裏には緊張が走っている。
このまま会話ターンで時間稼ぎを続けていられるのも、あと僅かだろう。
タイミングよく、エエングラがアクタに合図を送る。
安全の確保――この部屋を除く、この大陸、すべての命のGの迷宮への避難が完了したのだ。
その瞬間。
アクタは指を鳴らし。
ニヒィ!
瞬時にしてスキルの構えを取り――。
「【死者の腕(神)】よ――!」
影から伸ばす死者の腕による捕縛を発動。
死の神たる冥界神から、闇の神の模倣の力でコピーしたスキルである。
透明な死者の腕が教皇ホテップを掴もうと、サァァァァァァ!
伸びる腕が、相手を捕らえるべく死の魔力を孕んで突撃。
が――!
アクタは思わず感嘆の声を上げていた。
目視できない死者の腕、その全てを教皇ホテップは退けてみせたのである。
「ほう――!?」
『おやおや、これは冥界神レイヴァンのスキルでありますなあ。並の相手ならば永続的に捕縛もできましょうが、ほらこの通り。生憎と、これでもわたくしは特別な存在でして。残念ながら効きは致しませんよ』
「神の御業すら防ぐとは、どうやら本当に大物であるようだな。だが!」
アクタはそのままGの速度で行動を開始。
多くの属性。
多くの詠唱。
多くの祈りを重ね――カサカサカサ!
「ふははははは! これならばどうであるか!」
膨大な数のスキルを発動させながら、攻撃ターンに移行する!
ナブニトゥの瞳に、彼らの戦闘が映りだす。