第058話 其の影、神々すらも
豹に似た面差しの、褐色肌の獅子王ザザ=ズ=ザ=ザザ。
アクタは彼こそがエエングラの直系だと断定し、そして彼を前に事情説明と釈明を求め着席を促していた。
ザザ=ズ=ザ=ザザはエエングラを気にしながらも、着席。
周囲を気にしつつ――。
けれど堂々とアクタの前にてザザ帝国での正式な作法で座り。
手と頭を絨毯につけ、王が神に向ける粛々とした態度で語りだす。
「まずは神々よ、あなたがたを襲った無礼を今一度――詫びさせていただきたい」
「そうよ! そうよ! それにわたしをインチキギャンブルで嵌めたことについても説明しなさいよね! 神、激おこなんですから!」
絨毯の上でアイスを喰らうヴィヴァルディに睨まれ、やはり頭を下げ。
「全ては事を急いた余の責任だ」
「そうよ! そっちの責任なんだから、お詫びにわたしが勝てる賭博場を案内してぇ! お詫びに賭け金を全部立て替えてくれてぇ! って! なによアクタ! わたしは真面目な話をしてるんですけど!?」
ぐぬぬぬぬっと口元に怒りマークを浮かべるアクタは、今にもザザ=ズ=ザ=ザザの、下げた頭を踏みそうなヴィヴァルディの首根っこを掴み。
「ええーい、やめんか! やかましい!」
「やかましいのはそっちでしょ!」
「こちらの方が今は真面目な話をしているのだ、バカ者が!」
「バカっていうそっちがバカなんじゃない! あのねえ! お金の話は大事でしょう!? いつも無駄に会計に厳しいのはアクタじゃないの!」
アクタとヴィヴァルディのいつもの罵り合いが始まっている。
当然、頭を下げたままとなっている人類にとっては脅威となるのだが――テーブルの上に留まるナブニトゥがいつもの眠そうな瞳を、片方だけ開き。
「どうか気にしないでくれ、ザザ帝国の皇帝よ。いつもの事なのだからね」
「いつも……でありますか」
「ああ、そうさ。いつもの事さ。それよりも、何故僕らを狙ったのか、その説明がやはり欲しい所なのであるがね。とりあえず顔を上げてもいいのだと僕は思うよ。そのままじゃあ話もしにくいからね。そうだろう、マスター」
ぜぇぜぇ……っと肩を揺らし、妙に強くなってきているヴィヴァルディと格闘していたアクタは振り返り。
「いかんいかん、またしてもこの女神のアホオーラに呑み込まれてしまったか」
「あらアクタ! なんか最近弱くなってきてるんじゃないの!?」
「……キサマが無駄に強くなってきておるのだ」
そう、エエングラをキックで叩き落せるほどには……。
ヴィヴァルディへの時間稼ぎにアイスを追加注文したアクタは、こほんと咳払い。
吐いた息で顔を隠すフードを揺らし。
「ともあれだ、もう情報はだいたい把握しておるのだが……確認させて貰うぞ。ザザ=ズ=ザ=ザザよ」
「なんなりと」
「汝に街の破壊者の情報を流し、皇帝としての対処を求めたのは【神聖教会】なのではあるまいか?」
ザザ=ズ=ザ=ザザは頬に汗を流し。
「何故それを」
「我は既にこの大陸の情報の大半を収集済み。おそらくこの地を代々治めてきていた汝よりも詳しいのであろうな」
神聖教会の名を聞き、ヴィヴァルディがガバっとアイスの皿から顔を上げ。
「って! この大陸にもわたしの子供たちがいるのね!」
「え、ええ……ヴィヴァルディ神よ。確かに、神を信じなくなった民とは裏腹、今は女神信仰を掲げるあなたの宗派が大量に現れているのですが」
「そう! ほらね、見なさい! やっぱりわたしを崇めるイイ子たちはちゃんと実在しているのよ!」
ヴィヴァルディはドヤ顔だが。
ザザ=ズ=ザ=ザザは言葉を選ぶような、慎重な面持ちである。
その不穏を拾ったアクタが問う。
「言ってみよ、ザザ=ズ=ザ=ザザよ」
「それでは――女神ヴィヴァルディよ。何故あなた様は我らが祖国に圧政を敷いているのですか? どうか、侵略をお止め頂きたいのですが」
「へ!? し、侵略!?」
「確かに……どうも我が祖の伝説が、実際には歪められた伝承であろうとは思っております……真実を聞き次第、謝罪もさせていただきたい。それでも、それでもであります。回復魔術と疫病を直す治療手段を人質に、計り知れない上納金や資材を際限なく求められては……いずれこちらも手段を選べなくなるのです」
ザザ=ズ=ザ=ザザの顔は真剣そのもの。
神に許しを乞い、横暴な搾取を止めて欲しいと懇願しているのだが。
ヴィヴァルディはもちろん寝耳に水。
「ちょ、ちょっと待ってよ! わたし! そんなこと命令してないわよ! あの子たちが勝手に暴走しちゃってるの! 五十年前にもあったから本当よ、わたしのせいじゃないわ!」
「で、では! 街を破壊した邪悪なるあなたがたを倒し、その力を回収して来いとの神託は……あなた様が下したわけではないと!?」
名を騙られたと悟ったヴィヴァルディが、くわ!
「はぁ!? なによそれ! わたし! そんな神託は下してないわよ!」
「まあおそらくは五十年前と同じだ――ルトス王に様々な暗躍を行っていた神聖教会が、今度はこちらで暴れているのであろうな」
「なんでなんでなんでよ! あの子たちは昔は本当に良い子だったのよ!」
ヴィヴァルディ自身が言うように、それはあくまでも昔の話。
アクタにとっては、この世界に来た時から暴れている連中としか見えていない。
「ではどうか後生であります! 彼らに搾取を止めるよう、あなた様からの神託をお願いできませんでしょうか!」
民を預かる皇帝に懇願されて、ヴィヴァルディは「うっ……」っと硬直。
アクタが言う。
「――すまぬが、この終わる世界にて事情はすでに変わっている。人類と神とで、心や精神的な繋がりが途絶え、距離が離れすぎたのであろう。もはや神の声、【神の瞳】を通じた【神託】も、多くに語り掛ける【預言】も人類に届けることができなくなっておるのだ。このヴィヴァルディとて例外ではない」
「そんな……」
ガクリと腕を落とし、絶望に顔を歪めるザザ=ズ=ザ=ザザにナブニトゥが告げる。
「しかし、この国に関しては解決法がある。そうだね、マスター」
「ふはははは! 然り! ようは回復魔術や疫病への治療手段を餌に暴れているのであろうからな。答えは単純だ、我ら神々が汝らに同じ技術を下賜すれば良いだけである!」
アクタがいつものふははははモードで空気を保とうとするが。
どういう意図か、なにやらエエングラが動き出し――シャキ!
腕に付けるタイプの爪付き手甲を装備。
「ちょ!? エエングラ、あんた一体何してるのよ!」
「エエングラ? 君がこの国になにやら思う事があるらしいのは理解している。けれどだ、今は話し合いの最中だ。君が暴れるのなら僕は君を止めなくてはならない」
ヴィヴァルディとナブニトゥは慌てるが、アクタだけは冷静に問いかける。
「汝は索敵を得意としているのであったな。我は何も感じぬが、敵であるか?」
「ああ――たぶんな」
「嘘でしょ!? わたしたち神々の索敵から逃れてるって」
ようするに大物だということ。
ナブニトゥも石のハープを召喚し、装着。
ヴィヴァルディはアイスの器を慌てて舐めて、立ち上がり。
「ちょっと! どこのどいつよ! こっちは神よ神! 空気を読みなさいよね!」
唸るヴィヴァルディにザザ=ズ=ザ=ザザも立ち上がり。
「弁明させてください、これは我らとはっ」
「分かっている――」
アクタはエエングラのみが察知している敵を探り。
そして、フードから覗く肌に、珍しく濃い汗を浮かべ。
「皆の者――冷静に我が声に耳を傾けよ。迂闊に手を出すな」
「は!? どういうことよ」
「我が本気で気配を探っても何も引っかからぬ、考えられる答えは二つ。エエングラの察知が狂っているか、あるいは」
ナブニトゥもクチバシの付け根に汗を浮かべ。
「マスターの全力ですら察知できない相手、つまりは強敵ということになるのだろうね」
「しゃらくさいわね!」
強気なヴィヴァルディはアクタとナブニトゥの緊張にも構わず、くわ!
周囲を探るように走り回り、毛を逆立て唸っていた。
「誰だか知らないけど、とっとと出てきなさいよ!」
「ヴィヴァルディ!」
その瞬間だった。
ヴィヴァルディを狙う魔術による魔弾が、空気を裂き一閃!
速攻の攻撃がヴィヴァルディの身体を貫き、破裂。
だが。
貫かれたのは彼女ではなかった。
吹き飛んでいたのはナブニトゥ。
ヴィヴァルディを守るべく瞬時に動いたのだろう――空間転移の応用で、ヴィヴァルディと自身の座標を取り換え、彼女を守り。
代わりに彼の胴体を敵の攻撃が直撃。
片翼を弾き飛ばされた状態で、壁に叩きつけられていたのである。
ヴィヴァルディが、ネコの状態で膝をつき。
「ナブニトゥ……? ナブニトゥ!? ナブニトゥ! ちょっとやだ! 返事をして! ナブニトゥ!」
「マ、マスター……この国の命に結界を。脆弱でどうしようもない人間では、その場にいるだけで、蒸発してしまうだろうからね」
「もうやっている――」
アクタが出遅れたのはこの周囲、この国、この大陸全ての命に結界を張っていたからだ。
さすがのアクタでも、まだ出会ってもいない命全てに結界を張るには、タイムロスが発生してしまう。
故に、ナブニトゥは咄嗟にヴィヴァルディを庇う行動に出たのだろう。
ヴィヴァルディが、ナブニトゥの身体を抱え緊急の回復魔術を使う中。
冷静にアクタは言う。
「ザザ=ズ=ザ=ザザよ、そして皇帝を守るシノビたちよ。決して動くでない、結界内にいる間の生命は保証するが――そこから出た場合の命の保証はできぬ」
頷く彼を横目に、アクタはそのままエエングラに問う。
「気配はいずこにある」
「おそらくは――あんたの察知の範囲外になってる場所だ」
結界を用い、この国全てを把握したアクタが把握できない場所。
そこに敵はいる。
誰が敵か――アクタはすぐに理解をした。
それは給仕の一人に紛れ込んでいた、ヒトガタの存在。
アクタはそのまま自らの影を伸ばし――フードを揺らすほどの魔力を滾らせ。
「そこか――!」
シュ!
給仕の一人の背を、影を固形化させた闇の刃で斬撃!
給仕の身体が切り刻まれるが――。
その身体は即座にくくく、と嗤いだす。
そして、真っ黒い。
顔のない影が、人間の形だけとって語りだす。
『いやいや、驚きましたよ。ええ、はい。まさか本当にあなたがここにいるなんて』
アクタを知っている口振りであるが、それを気にする余裕は他の者にはなかった。
顔のない影が、ただただ薄気味悪く。
そして、圧倒的な魔力を纏っていたからである。
アクタはそんな顔のない影男を前にしても、不遜なまま。
自らの空気を保ち、ビシ!
「ふふふ、ふははははは! 我を知っているようだが! キサマ――何者だ! よもや我のストーカーではあるまいな!」
『おや? ご存じありませんか? まあ構いませんが、わたくし、この世界では神聖教会の大幹部とやらをさせていただいているので、教皇……となるのでしょうか? 名はホテップでございます。以後お見知りおきを』
慇懃に語る影男は、黒衣の教皇姿となり。
こくり。
まさに慇懃無礼な礼をして見せていた。