第057話 黎明期、国作りの物語
直系であると告げられたエエングラが目を見開く中。
集めた情報の断片をピースとし、アクタは一冊の本……神の物語を綴る【逸話魔導書】を創り出し。
その手の上で広げていた。
アイテム名は【神が愛したザザ帝国の誕生】。
「これがこのザザ帝国での汝と始祖の物語だ――」
魔導書が開かれ、客室の中に映像が広がっていく。
アクタが語り具現化させるのは、遠い過去の歴史。
日陰者のスカベンジャーが語り継いだ記憶。
そして、ザザ帝国の書庫には眠る、もはや民衆には忘れられた伝説。
ザザ帝国の始まりは、神に恋をした英雄の物語でもあった。
かつてまだ、人類と神の距離が近かった時代。
世界ができたばかりの黎明期。
ある日、人間の英雄はハイエナの神エエングラに恋をした。
彼らの始まりは、偶然だった。
始祖神エエングラが支配する荒廃した地に、永住の場所を求めた人間の群れが入り込んだ――。
そんな彼ら人類の開拓史の一ページ。
エエングラは荒廃した地を我が棲家だと宣言し、人間の開拓者を追い返す。
荒野の最も高き丘にて神は言った。
『去ね、下等なる猿ども。ここは弱々しくも図々しい汝等人間が住めるような場所ではない!』
「神よ、我らは他に行く場所もないのだ! どうか我らを受け入れてくれまいか!」
人間の英雄は喉が裂ける程の勢いで神に向かい叫んだ。
彼の後ろには守るべき家族がいた。
仲間がいた。
もはや歩けそうにない老人や子供もいる。
だからこんな何もない荒野であっても、人間にとっては必要な場所。一時休める平和の地に見えたのだろう。
だが神は言った。
『腑抜けたことを――死にそうならば老婆を置いていけばいい、育たぬ子供を食えばいい』
「我らは家族なのだ、そのようなことはできない!」
『家族だと? ふん、下らぬな!』
神は荒野の丘の太陽を背にし。
槍を掲げ宣言する。
『我が名はエエングラ! 荒野を生きる孤高にして気高き丘の水の王! 我は弱き者を認めぬ! 弱き者を捨てよ、我の贄と捧げよ! 然らば、汝等の居住を認めよう!』
「断る!」
『ならば去ね! ここは到底、人の棲める地ではない! 海を越えた地にはナブニトゥと呼ばれる森人の神がいる、そちらを頼れ! 汝らが獣と交わり、獣人として生きるのならば――ナブニトゥの森は汝らを迎え入れるであろう!』
エエングラは開拓者を退けるべく、何度も叫ぶ。
ここは人が住める地ではないと繰り返す。
実際、荒野には世界創世の際に産まれた魔物が跋扈し、生命を癒す泉も、照り過ぎる太陽から身を隠せる樹々もない。
死の大地なのだ。
神は人間を案じていたのだ。
それも、心の底から。
それが英雄には理解できた。
エエングラと名乗った神の優しさが、身に染みる程に伝わった。
だからこそ。
人間の英雄はエエングラに恋をした。
そして溢れた思いは言葉となって、戸惑う神に語り掛ける。
「神よ、我はあなたに恋い焦がれた――」
『ふざけたことを――』
「いいやふざけてなどいない、その証拠に我の瞳は汝から離れようとしない。これを恋と言わず、何を恋というのであろうか」
『くだらぬ――』
そう言いつつも、孤独に飢えていたのかエエングラ神も人間の英雄から目を離せずにいた。
目と目が合い、彼らは瞬間的に互いを認め合った。
人間の英雄は何度も神を讃える歌を披露した。
実は心優しき神だとエエングラを賞賛し、何度も愛を語るようになった。
神は戯言をと流しながらも、彼ら一行の居住を認めた。
愛や恋を受け入れたわけではない、何度も執拗にやってくる人間の英雄に折れたのだ。
しかし。
本当にこの荒れ地は、人間が住むには過酷過ぎる土地だった。
だから。
エエングラはまず自らの身を削り、水という属性を切り離し二つの川を作り上げた。
川は人類に命の恵みを与え――やがて川の水を得た大地からは樹々が生まれ始める。
死んだ荒野が生きる大地となったのだ。
人間の英雄は更に神に感謝し、頭を垂れた。
エエングラは英雄の感謝を受け入れ、彼らは夫婦となった。
神と人間が結ばれることなど本来はありえない。
それほどの差があったのだ。
けれど、エエングラはこの死の荒野を生きた大地へと変えるために、多くの力を使ってしまった。
だから神としての力が弱まり、人と夫婦になれるほどに弱体化されていたのである。
エエングラと人間の英雄は多くの子供を残した。
それがザザ帝国の始まり。
神を伴侶とした人間の英雄が創り出した国家だ。
繁栄が約束された地として、多くの移住者がやってきた。
人が多くなれば多くなるほど、神は彼らを愛し、彼らに神の技術を譲渡し始めた。
一度目の譲渡は、過ぎた日照りの旱魃から――人類を救うため。
エエングラは自らの知識を切り取り、日照りに備え水を貯水しておく灌漑技術を人類に託し。
二度目の譲渡は、飢饉から――人類を救うため。
エエングラは自らの豊穣の力を切り取り、麦の栽培技術を人類に齎し、飢饉を救い。
そして三度目の譲渡は疫病から――人類を救うため。
エエングラはもっとも強き創造神の側近たる女神に願い奉り、女神の力を借り自らの魔力を削り……削った魔力から創り出した医療魔術を人類に施した。
もはやエエングラからは神の力は衰退し――。
その衰えた力を恥ずかしく思うようになったのか――。
やがて人間の英雄の元から離れ、神はどこか彼方へと消えてしまった。
人間の英雄……エエングラ神よりザザとの名を授かったザザ帝王はいつまでも神の帰還を待ち続け、この地を守り続けると誓った。
いつか神が帰還する日を夢見て。
英雄ザザは、神に認められた【獅子王】として、いつかのその日を待ちつづける。
その願いは子孫に引き継がれ、ザザ帝国の王は代々、ザザを名乗り――いつか帰還するエエングラ神のためにこの大地を維持し続けるのだ。
と。
けれど、アクタはそれを鼻で笑い一蹴していた。
人類が残した逸話を読み解き、その物語を否定したのだ。
「これは人類によって都合よく解釈された国作り、黎明の物語なのであろう?」
言ってアクタがその偽りの書に触れると、アイテム名が変化。
人類に都合よく記載された内容が書き変わっていく。
エエングラが言う。
「悪趣味だぜ、アクタの旦那」
「しかし、語らねば互いの誤解も解けぬままであろう」
「ちっ、いいんだよもう。オレはこの国を捨てたんだ、後は滅びようが消えようがどうだっていいんだっての」
口調もいつもと違っていた。
それほど余裕がないのだろう。
だが、アクタはその言葉の裏さえ見透かした声音で告げる。
「ならば何故、汝は我の迷宮を襲い権利を奪おうとしたのだ?」
「それは……」
「かつて心を許した英雄を祖とする帝国、この古巣がそのまま滅びるのは忍びない。汝がそう感じ、動いた結果であると我は考えておったが――はて、どうなのであろうな」
そう。
エエングラはアクタの迷宮を欲していた。
他の神々も滅びるこの世界からの箱舟を探しているのだ、エエングラもその神々と行動を共にすればいい。
なのにエエングラは独りでアクタの迷宮を訪れ、奇襲した。
つまりは、他の神々とは目的が別なのである。
「関係ねーし」
「まあ汝がそう言うのならば我はそれで構わぬ。我は我の手の届く範囲でしか助けぬ、万能の神ではないのだからな」
後は本人次第とばかりに口元を緩めたアクタは、部屋の外に目をやり。
「――というわけだ。言っておくが我はこれ以上、手は貸さぬ。ザザ=ズ=ザ=ザザよ。あとは汝らの問題だ」
会議が終わりやってきていた、ザザ帝国の代表に声をかけていた。
ザザ=ズ=ザ=ザザは聞き耳を立てていた無礼を詫びるように頭を下げ、戸を開ける。
「先ほどの話――続きを聞かせてはいただけませぬか?」
あえてとぼけた様子でアクタが言う。
「先ほどのとは?」
「我らも知らぬ、国作りの物語の裏にございます。あなたは何があったのか、我ら帝国内でのみ伝わっている神話の真実を知っておられるのですね」
「ふふ――そうであるな。だが、それよりも、何故我らを襲ったのかその経緯から先に聞こう」
アクタとザザ=ズ=ザ=ザザ。
神々と人間の皇帝、その駆け引きの始まりである。