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第054話 女神の天秤


 食事処という名のレストランを梯子する神々は、旅立つ前の観光中。

 弾力強めのパンケーキにナイフを通し、溶けたバターの香りに鼻孔を揺らし――舌鼓。

 皿を積み上げていくヴィヴァルディが言う。


「いやあ! ここの連中は性格も態度も最悪だけど、パンケーキの味だけはちゃんとしてるわね! 褒めてあげるわよ、エエングラ!」

「オレ様に言われても知んねーし」

「って、なによ機嫌悪そうね。なにかあったの?」


 ネコのツンツンとした髯と丸い口元。

 その両方をバターとはちみつでベッチャベッチャにするヴィヴァルディ、その能天気さを眺めエエングラが呆れた様子で告げる。


「おめえはおめえで、なんでもう許しちまってるんだよ」

「何の話?」

「首を傾げんなし! ここの人類共がおめえをハメて借金漬けにして、アクタの迷宮の権利を要求してたのをもう忘れたのかよ!」

「ああ! その話ね!」


 ヴィヴァルディは舌なめずりの動作で口元のバターを堪能しつつ。


「もういいわよ、どーせここの連中は何もしなければ滅んじゃうんでしょうし。いつか絶対に頭を下げにやってくるでしょ? このわたしを馬鹿にしてくれた意趣返しはそん時に、いっぱいしてやるんだから!」


 ふふん! と、ドヤ顔のヴィヴァルディであるが。

 アクタが言う。


「世界が滅ぶと言ってもまだ先の話であろう。汝に詫びに来るのはこの世代の人類ではないぞ?」

「え? そうなの!?」

「はぁ……」


 モグモグと追加のパンケーキを味わい尽くすヴィヴァルディは、最近、肩を落とし続けているアクタを眺め。

 はぁ?


「ちょっとアクタ、その反応は何よ? わたし女神よ? バカにしていい存在じゃないのよ?」

「――神の基準、神の時間に慣れきった汝らは悠長だと思ったのだ。やはり価値観の差により、人心とのズレがあるのであろうな。人の心をまったく理解しておらんとまでは言わぬが、確かに人類も人類で汝らに思う所もあったのであろうよ」

「甘いわねえアクタ」


 人間と神との価値観を気にするアクタに構わず。

 さして気にした様子もないヴィヴァルディは、のほほんと告げる。


「人類だって寿命の短い存在の価値観なんて分からないでしょう? 生きる時間もスケールも違う存在とはどうしても考え方に違いがあるの。つまり! 心がある存在は一生すれ違う、心底まで分かり合えるなんてことは絶対にないの! だから! 気にするだけ無駄って事よ!」

「また変な理論を言いおってからに」

「あら。だってわたしにも昔、ずっと分かり合えない人がいたわよ? 先生、先生! って呼んで慕っていたのだけれど、どうも考え方も性格も超越的な人でねえ。まるで神様みたいな人で、ぜんっぜん話が合わないのよこれが」


 昔を語るヴィヴァルディは珍しいのか、ナッツと胡桃のチョコケーキに嘴を伸ばしていたナブニトゥが顔を上げ。


「ヴィヴァルディ。それはいつの話なんだい。僕も知らない話だが」

「え? そりゃあもちろん――あれ……いつの話、だったかしら」


 記憶の欠如があるのか、ヴィヴァルディは「んにゅ?」と頭を悩ませフリーズしてしまう。

 悩むヴィヴァルディの横顔を、そっと眺めたアクタが言う。


「やはり、その欠落はこの世界の成り立ちと繋がっている。そなたはこの世界を維持するため――自らの血肉や能力、力や権能……そう言ったモノを神々やこの世界に分け与えているのであろうな」

「え? そうなの?」

「汝自身の話であろうが、本当に覚えておらぬのか?」

「って、言われてもねえ――」


 しばらく悩んでも今の姿は猫であり、頭脳も猫の影響を受けているのか。

 彼女の意識はスイーツの方に向かってしまっている。

 考えるのを止めただろうヴィヴァルディは、パンケーキの追加注文をすべくメニューに目線を移していた。


 ナブニトゥが言う。


「マスター……やはり彼女は誰かが何かを得ると、何かを失う。そういう性質があると考えていいのかい」


 解説を求められたと判断したアクタは、深く椅子に腰かけ……フードから覗く口で語りだす。


「ああ――おそらく、汝が思っている通りだナブニトゥ。そなたが以前よりも周囲が見えるようになり……人類を見る目を身に着け、人類を救おうと動いた分だけ――女神としてのヴィヴァルディから人類を救おうと願う心と、人類を眺める目が減っているのであろう。かつてスカベンジャーだった汝らと、女神としての彼女は天秤の関係にあるのやもしれぬな」


 始祖神が何かを得れば、女神はその分の何かを失う。

 おそらくは楽園と呼ばれた神々の世界にて、まだまともだった女神ヴィヴァルディが彼らを拾い、手を差し伸べた時になんらかの契約や魔術を行使したとアクタは考えていた。


「そうか、そうだね……やはり僕達の存在が女神ヴィヴァルディから全てを奪っている。そういうことになるんだろうね」

「そしていつか全てを失った女神ヴィヴァルディは、その身を暴走させる。例えばだが、ナブニトゥよ。汝が世界を心の底から、それこそ偏執的なまでに救おうと動けば――今度はヴィヴァルディから世界を救い、助けようという心を奪う事になるのであろうな」

「その結果もまた、世界の滅びというわけか。つまり、この世界は外からの要因がなければ必ず滅びる流れになっていたということだねマスター」


 その外からの要因であるアクタであるが。


「はたして、我は外からの要因なのであろうか」

「どういうことだいマスター」

「かつて汝らが創生したこの世界の性質か、或いは別の理由かは分からぬが――」


 その口から、重い事実が吐き出される。


「おそらく我が欠けた記憶を取り戻すたびに……女神ヴィヴァルディからかつての記憶が消えている」


 その言葉の意味を考えたのだろう。

 ナブニトゥは顔を上げ。


「やはりマスター。君は――」


 女神ヴィヴァルディの性質と、アクタについてを語ろうとしていたのだろうが。

 ナブニトゥは声を止め、近寄ってくる気配に目をやった。

 アクタが撒いておいた種が実ったのだろう。


 店に入ってきた、明らかに身分の高そうな男は店員に促され神々の席に近づき。

 そして。

 攻撃魔術の波動が、食事処に広がり弾け――それは先制攻撃となって発動されていた。


 人類が、神々を神々と知ってもなお奇襲したのだ。


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