第053話 神様’(ホンモノ)
湿った木と鉄の香りが広がる取調室。
憲兵の詰め所……。
ようするに悪い事をした容疑者が連行される場所にて。
神々一行ことアクタと愉快な神々たちは、一般的な憲兵姿の人類を相手にペラペラペラ。
事情を説明していたのだが。
一番の被害者を名乗るヴィヴァルディは、パンパンパンと取り調べ室の木のテーブルを叩き。
「酷いでしょう!? 詐欺よ詐欺! 絶対に勝てないようにしてるなんてあんまりじゃない!」
被害を訴え、実際に詐欺を働いていたというナブニトゥ持参の資料も提供。
憲兵を前に――牙を剥き出しにし、ウニャニャニャニャ!
「――というわけで、神罰を下してやっただけよ! あのねえ? 女神をイカサマギャンブルで嵌めたのよ? それって重罪でしょ、重罪!」
「はぁ……?」
「神罰、でありますか……」
取り調べをしていた二人の憲兵は顔を見合わせ。
取り調べ前に神々が記入した簡単なプロフィールに目を落とし。
若い新人の男が言う。
「ところで、あなた方の職業に書かれている……この、神というのは?」
「神は神だよ、この世界を創った始祖神さ」
ナブニトゥの説明に、またしても憲兵二人は顔を見合わせ。
アクタたちを、じぃぃぃぃぃ。
どっちが対応するか押し付け合い、立場の偉い憲兵が上司の責任で対応することになり。
「大変申し訳ないのだがな、神だの詐欺だの……頭がどうにかしているのではあるまいか?」
「あ、頭がどうにかしてるですって!?」
「だいたい、女神と名乗っているがキサマはただの猫魔獣であろうが!」
「た、ただの猫魔獣ですって!」
尻尾の先までぶわぶわに膨らませたヴィヴァルディは、威嚇の構え!
「あのねえ! あなたたち人類は知らないかもしれないけど、猫魔獣って言うのは宇宙で二番目に偉い種族なの! 尊い種族なの! 過度に猫魔獣を馬鹿にしてると、宇宙から猫の神様が降ってきて大変なことになるんだから言葉を慎みなさい!」
実際、ヴィヴァルディの発言は事実。
おそらくこの世界を観測している闇の神が耳にすれば、とんでもない事になるのだが――神の伝承さえ薄れかけているらしいこの帝都では、まったく相手にされていないようだ。
アクタとエエングラが人型のせいだろう。
上司の憲兵は二人を交互に睨み。
「猫魔獣と鳥の魔物を使役しているのは……どちらなのかね?」
はぁ!? とぶちぎれそうなヴィヴァルディをエエングラが押さえる中。
まあ、そういう反応になるだろうとアクタもナブニトゥも冷静に受け止め。
アクタが言う。
「使役はしておらぬ、だが――まあこちらの二匹の主人であると言えば我になるのであろうな」
「君ねえ……まずそのフードを取りなさい」
「ふは! ふはははははは! 愚かなり! 我がフードの下の相貌を直視せし者は皆、我の臣下となるのだが!? 構わぬのか!?」
「そ、そーいう呪いか何かなのか? いや、そうか……人には見せられぬ醜い顔、なのだな? センシティブな問題ならこちらが引こう」
なんらかの汚点があって顔を隠している。
そう思われたようで、アクタはヒクっと頬を歪め。
「実はギャンブルで借金漬けになっている憲兵の男よ、我は別に醜悪な顔立ちだから隠しているのではなくてだな」
「ああ、ああ大丈夫だから。そーいう自由は尊重しますから。顔は隠したままでいいですから」
うんうんと頷く上司の憲兵にアクタはやはり、肩を落とし。
「ふむ、こちらが語っていることは全て事実なのだが、汝らは事情聴取に嘘を見破る【看破の天秤】か何かは使わぬのか?」
新人の方が言う。
「看破の天秤? そんな御伽噺のアイテムを本気で言っているのですか?」
「なるほど――人類の中での五十年はそれなりに重い。既に【看破】すら御伽噺として判定されているのか」
どうしたものかと唸るアクタを、ナブニトゥが見上げ。
「マスター。提案だがね――僕らは彼らの規則に従いここまでは付き合った。素直に連行もされたのだ。これ以上、ここの人類のルールに縛られる必要もない。もう義理は果たしたという事だよ。早く宿をとるべきではないかな?」
「あのねえ、君達は賭博場を破壊した容疑者だろう? 帰れると思っているのかい?」
「それも説明したとおりだよ、人類の憲兵よ。彼らは絶対に勝てないようにして賭博場で女神を罠に嵌めた。それは決して許される行いじゃない。君達が君たちのルールだけを僕らに押し付けようというのなら、僕らも僕らのルールを君たちに押し付けるが――構わないのかい?」
所詮は鳥の魔物の脅しと思ったのか。
上司の方の憲兵が、小馬鹿にしたような顔で鼻を鳴らし。
「やれるものならやってみるがいい」
「許可をくれるというのかい?」
「はん! おまえらは一生強制労働が決まっているのだ! 今更どう足掻こうと結果など変わらんのだ! 好きにすればいいだろう! できるものならな!」
この時。
アクタとエエングラは、「あ……言いやがった」「言ってしまったか……」と憲兵の失言に同情。
逆にヴィヴァルディとナブニトゥは言質を取った! と、にやり。
「分かったよ、”好きにすればいい、できるものなら――”これを神とこの地の人類との”契約の言葉”として記憶した。訂正も通じない。もはや互いの歩み寄りは必要なし、それをこの帝都においての僕らのルールとさせて貰う」
「はん! 随分とペラペラと、実に飼いならされた魔獣よな!」
「せっかくこちらから歩み寄ろうと思ったのだが、残念だよ――」
ナブニトゥはこの帝都をかつて管理していたエエングラに目をやり。
「エエングラ、君もこれで構わないだろう?」
「勝手にすればいいっしょ。オレさまはもうこいつらを守護するのを止めてるからな」
「分かったよエエングラ。聞いての通りだマスター。それじゃあ僕らは僕らのルールでここを出よう」
人類を救いたいと考え始めていたナブニトゥであるが、全員を無条件で助けようとは思っていないのだろう。
その方針にはアクタも賛成のようで。
「仕方あるまい。我らが歩み寄ったのは事実なのだ、これ以上の譲歩も必要あるまい」
「そうねえ――わたしに借金を押し付けた罰よ罰! もっと苦しくなってから泣き付いてきたって遅いんだからね!」
ベェェェッェエ!
っと、アッカンベーをするヴィヴァルディは猫が砂をかける動作で、後ろ足で空を”蹴り蹴り”!
基本的に人類に甘いヴィヴァルディがこの反応だ、インチキギャンブルがよほど頭に来ているのだろう。
アクタとしても、ヴィヴァルディがこの反応ならば別の大陸に行くべきと考えるが。
けれど、このまま人類を見放すのもどうかと考えたのか。
少しのヒントを残すべく、こほんと咳ばらいをし。
「それでは――人類よ。悪いが我らは食事処を制覇次第、ここを発つ。あとは契約通り勝手にさせて貰うぞ。エエングラよ、汝の古巣なのだろう。案内せよ」
新人の憲兵の方はまだまともなのか。
エエングラ……? と、どこかで聞いた名に頭を悩ませつつ。
「君たちねえ、僕らはこれでも普段から街を襲う魔物を相手にしているんだ。ただの魔獣使いと遊び人じゃあ相手にならない。そして君たちが賭博場を壊したのは事実だ。怪我をしたくなかったら、どうか落ち着いてくれないかな」
「はぁ? 遊び人じゃないっつーの!」
威圧的な上司が口を挟み。
「どう見ても薬の売人か、安い男娼だろうが!」
「てめえら……本当にどーしようもねえな。もう、話す気も失せたし、喋んなし! おいアクタの旦那! もう行こうぜ!」
エエングラの地雷も踏んだようで、第二次接触は最悪な結果となった。
数匹のGを潜伏させたアクタは指を鳴らし。
【集団転移】のスキルを発動。
一瞬にして、神々の姿が闇の霧に包まれ消えて行く。
当然。
転移スキルなど目にしたのは初めてだったのだろう。
なっ……!?
と、憲兵たちの驚愕の声がわずかに神々に届いたが後の祭り。
新人の憲兵の方が、かつてこの地を治めていたエエングラ神の名を思い出したのか。
もしや伝説にあったエエングラ神!? と口にするももう遅く。
神々は既に、その場から離れどこか遠くへ消えていた。