第052話 神罰
猫の抜け道を潜り抜けた先は、別大陸の帝都。
盗賊や荒くれ者といった職業の神にして、ハイエナの神エエングラを神と称えるアウトローな地。
かつては歓楽街も盛んで、男女ともに肌面積の多い”大人の行楽地”ともなっていたらしいが――現在の空気は重い。
昔は客引きをしていた若者が昼夜問わず待機していたようだが、そのような気配もない。
大量に発生する迷宮を潰さなくては、迷宮から溢れた魔物が街を滅ぼす。
常に戦いを要求されるせいか、帝都に溜まる疲労は相当以上なようだ。
帝都につき、ナブニトゥと合流した神々は目的を果たすべく行動を開始。
事前に帝都を観察していたナブニトゥが、現状を説明し終え――こほん。
「とまあ、こういう状態なわけだマスター。五十年前の王都に比べ、皆が殺気立っている。どうかあまり軽率な行動は控えて欲しいのだが……聞いているかい、マスター?」
当然、人の話をあまり聞かない二人は帝都を眺め。
キラーン!
アクタとヴィヴァルディはそれぞれに食事処を指差し。
「ふはははは! 分かっている分かっている!」
「いや。マスター、絶対に分かっていないねマスター」
ジト目のナブニトゥに構わず、変なポーズを決めつつアクタはビシ!
「ふは! 我に相応しき贄があるかどうか確かめねばな! まずは帝都のスイーツを制覇しようではないか!」
「これから大勝負なんだから、今度こそお金を溶かさないように幸運上げよ! そう! スイーツを食べて幸運値を上げるの!」
アクタとヴィヴァルディの目的は一緒。
Gたるアクタはスイーツを味わいたく思い、ヴィヴァルディはギャンブルの前に少しでも幸運値を上げようと、食事による能力補正を求め……。
いざ――!
「さあ行くわよアクタ!」
「よかろう! ヴィヴァルディよ!」
もちろん、そんな二柱を睨みナブニトゥはクワ!
アクタの肩に乗れるサイズになっている彼は、眠そうな瞳を見開き。
二人の影を縫い足止めするべく、魔術を行使。
スキル【影縫の尾羽矢】が発動される。
効果は相手の影に尾羽を刺し、地面に縫い付ける妨害魔術のようだ。
身動きを封じられたヴィヴァルディが、くわっと振り向き。
「ちょっと! なにするのよ!」
「マスターにヴィヴァルディ……。そーいうのは後でやって欲しいのだが?」
「あらどうして? 強敵と戦う前には能力補正を受ける施設を頼る、それが冒険者の定石でしょう?」
「だいたいだ。ヴィヴァルディ……君はまず借金をどうにかするべきなのでは?」
言われたヴィヴァルディは影を消しつつ、うにゃ? っと眉を顰め。
「え? だってアクタがたぶんナブニトゥなら、もうとっくに借金を立て替えて払っている筈だって。違ったの?」
更に言われたアクタは影から尾羽を魔力で抜き取り――目線を逸らすが。
事実だったのだろう。
ナブニトゥがアクタを見上げ。
「マスター? 見ていたのかい?」
「ふはははは! 見てはおらぬがナブニトゥよ! だが! 汝がしそうな行動は読めるようになってきておるのでな! 事前に支払いを済ませてから合流するのではないかと踏んでおったのだ!」
「やだもう! 払ってくれるなら払ってくれるって先に言ってくれればいいのに!」
妙な所で相性のいいアクタとヴィヴァルディが、ふはははは!
二柱揃って笑っているが……それがナブニトゥには面白くない。
ブスーっと鳥頭を逆立てたナブニトゥは、じいぃぃぃぃぃいっと彼らを眺め。
「前から言おうと思っていたのだが、マスターにヴィヴァルディ」
「なによ」
「君たちは昔からの知り合いなのかい? どうも空気やタイミングが合う瞬間が多いように思える」
アクタは肩を竦めて見せ。
「さて、それはどうか」
「またそうやって話をはぐらかすのかいマスター」
「それよりもだナブニトゥ」
実際に話をはぐらかす、というよりは周囲の空気を察した様子でアクタが言う。
「どうやってヴィヴァルディの借金を返済したのだ?」
「どうもこうもないさマスター。そもそもあれはイカサマのギャンブルだったようだからね、そこを追求し不当な契約だと糾弾したのだよ」
「ふむ、まあそのような流れだとは思っていたが……一応聞いておこう。相手はどう反応したのだ? よもや素直に認めるとは思えぬが」
は!? わたし、イカサマ賭博を喰らってたの!?
とヴィヴァルディが怒りに猫毛を逆立てる横、ナブニトゥが「くくくく」と嗤い。
「いつまでも認めないから勝負を挑み、全ての店を破壊してきただけだよ。マスター」
たしかに、局所的な竜巻が発生したような奇妙な空がそこにある。
どこか自慢げなナブニトゥを、ヴィヴァルディが拍手でよくやったと褒める中。
エエングラが驚愕と共に声を漏らす。
「は!? 破壊してきた!?」
「ああそうだよエエングラ。言っても聞かない、認めないなら仕方のない事だろう」
「いやいやいや! おまえ!? そこまで過激じゃなかったしょ!?」
「彼らは女神ヴィヴァルディを騙したのだからね。それだけで厳罰は必要だと僕は思うがね。それに、命までは取っていないさ。インチキで儲けた不当な儲けを帳消しにする神罰を下しただけ、僕は悪くないよ」
実際、信頼が最重視される賭博場でのインチキはご法度。
昔はそういった不正に神々が罰を下していたのだ。
もっとも。
逆に言えば、不正賭博が倍増している原因は、やらかしたとしても罰を受けなくなったことにある――。
つまりは、罰を与える事すら止めてしまった神々のせいでもあるのだが。
エエングラはアクタに耳打ちするように近づき。
「うへぇ……なあアクタの旦那。こいつ、なんか変になっちまってないか?」
「まあ、思うところがあったのであろう」
「だからってなあ、絶対に問題になってるっしょこれ……オレはどうなっても知らんし。どーすんだよ、これ」
エエングラは鼻をスンスンしながら周囲を見渡し。
アクタもまた、フードの先端を触角を揺らすように蠢かせ、ぼそり。
彼らを囲う、傭兵のような連中を見渡し。
「やはり既に暴れておったとなると……こうもなるか。どうりで、我らを睨む気配が山ほどにあるわけだ」
さて、どうするかとアクタが周囲の敵を警戒した。
その瞬間。
我先にとナブニトゥが翼を広げ――石のハープを取り出し奏で、神の声帯をクワワワワワ!
「嗚呼、女神を騙す不敬の輩に呪いあれ――!」
神の領域にある音声魔術が、周囲に広がり汚染。
おそらく、店を破壊された復讐にやってきた連中に、神の呪いを付与したのだろう。
該当者が次々と倒れこみ、現場は阿鼻叫喚。
はぁ……やりおったか……と、アクタがフードに手を入れ、眉間を押さえる中。
やはり、「くくくくく」と自慢げに振り返ったナブニトゥが羽毛をキラキラとさせ。
「さてマスター。君の回復魔術で呪いを解呪し、治療費を巻き上げよう。これで当面の旅費は確保できるからね」
「まあ……自業自得か」
「そうよ! 女神たるこのわたしを騙してたんだから、これくらい当然よ! むしろもっとやるべきだわ! 徹底的に毟ってやるのよ!」
アクタにヴィヴァルディ。
そしてナブニトゥは全く動じずに路銀確保に移るが。
一柱だけ「え? え?」と動揺するエエングラが言う。
「え? いや、いいんかよこれ!」
「仕方あるまい――これでも女神は女神。曲がりなりにも始祖神に詐欺を働いたのだ、むしろこれで許されるのならば安いものだろう。それに、こういう不敬が溜まった結果が、あの滅びに繋がるのであろうからな。一気に爆発させるよりは細かく発散させる方が良かろう」
これってなによ!
と、言いつつも女神ヴィヴァルディは呪いで倒れている悪漢どもに近づき。
にひぃ!
「さああんたたち! わたしを騙してくれたんだから! しっかりと治療費をいただくわよ!」
当然。
騒動となっているので、憲兵たちが現れ始め……。
アクタたちは事情聴取を受けることになった。