第051話 迷宮の隠し通路(G)
Gの迷宮の外の世界は、ルトス王が亡くなってから五十年以上過ぎた世界。
主神の加護を失い、滅びに向かう世界にあった変化は複数あるが、最も大きな変化は発生し続ける迷宮だろう。
五十年前の時点で既に迷宮の数が増えつつあったが、現在は更に迷宮化が加速。
魔物の強さも数も増大しているのだ。
最強たるアプカルルに迷宮の留守を任せたアクタたちが向かっているのは、女神ヴィヴァルディが借金をこしらえてきた別大陸。
ルートは船を渡るのではなく魔術。
女神ヴィヴァルディが勝手に作っていた、賭博場への転移門である。
転移門といっても見た目の印象は、ネコしか知らない路地裏の抜け道。
だろうか。
この路地裏からこっそりとGの迷宮から抜け出し、この転移門を使って外の大陸で金を溶かしてきていたのだろう。
猫の歩みでヴィヴァルディが先行する、転移の道を歩みながら。
ぬーん……。
フードの下で口元を震わせるアクタが言う。
「よもや、ここまで堂々と違法通路を作っておったとはな」
「ヘヘー! すごいでしょ!?」
「ええーい! 褒めておらんわ! デレデレとするなバカ女神が! キサマは今、説教をされていると自覚せよ!」
説教を受けてもヴィヴァルディは振り返り。
肩越しに、ドヤァァ!
「やだアクタったら、こんな素敵な抜け道を作ったわたしに嫉妬しているのね? ぷぷ、可愛い所もあるじゃないの!」
「おーい、ヴィヴァルディ……あんましアクタの旦那を挑発すんなし」
向かう場所が少し荒れた場所。
かつてエエングラの管理下にあった帝国という事もあり、エエングラも同行しているのだが……。
日光浴かつ散歩気分で、ふわふわもこもこな猫毛を膨らませたまま、ヴィヴァルディが言う。
「ねえねえ! エエングラ! 帝国ってあんたの管理下でしょ?」
「まあ、昔はそうだったけどよぉ。あいつらに呆れちまったから、もうオレ様はあいつらに加護をくれてやってないっしょ」
「ひっどいわねえ、なんで放置しちゃったのよ」
「そりゃあ――」
人類が柱の神を殺したから。
そう言ってしまうと空気が暗くなると感じたのか、エエングラは髪を掻き。
「まあ、オレ様には色々あるんだよ。あんま追及すんなし」
「それでもまだあなたはあそこで信仰されてはいるんでしょ? ねえ! わたしの借金をチャラにしてくれるようにお願いできないかしら?」
盗賊や蛮族といったアウトローな職業が多い帝国。
そんな帝国の賭博場がヴィヴァルディから金を巻き上げ、アクタの迷宮を欲した。
その時点で既に、世界の滅びから抜け出すにはあの迷宮が必要だとは知っている筈。
アクタが言う。
「人間とて既に溢れる魔物と迷宮、そして【届かぬ神託】にて世界が本当にもう駄目だと悟り始めている筈。ヴィヴァルディよ、汝はそこの連中に狙われていたのだ。チャラにしてくれるとは到底思えぬが」
「ロ、ロストオラクル?」
「……ようするに、神の声がもう届かぬし、神への声ももう届かぬ状態になっているという事だ」
ヴィヴァルディは賭博場のVIP会員証をぽとりと落とし。
「ちょっと!? それって滅茶苦茶大変な事じゃないの!」
「ほう? その大変な事を放置しギャンブルに明け暮れていたのは誰であろうな?」
「わたしはいいのよ! みんなを救うためにギャンブルでお金を増やそうとしていただけですもの! それよりも、エエングラ!」
急に話を振られたエエングラは、露骨に顔を歪め。
「なんだよ……」
「あんた! 外の世界の悪化が、ここまで進んでるんだって知ってたなら、なんとかしときなさいよ!」
「はぁ!? オレ様のせいにすんなし!」
「あんたのせいでもあるでしょうが!」
「オレはおまえやナブニトゥと違って、人類を助ける気なんてねえんだよ! それにだ! なにもしないってわけじゃないっしょ! ちゃんと終わる世界から抜け出す箱舟を確保するために、アクタの旦那の迷宮を奪いに来たんだろうが!」
そう、エエングラはエエングラで世界の終わりに対応するために動いていた。
それは事実なのだ。
畳みかけるように、男神の側面を前に出したエエングラが追撃する。
「だいたい! ヴィヴァルディ! おまえこそこの五十年間なにやってたんだよ!? たった五十年の間に、人類はどんどん人が変わっちまったかんな! 世界の終わりにようやく気が付いたせいだろうけどよぉ! 神の力を奪おうなんて動いてる組織まででてるっしょ!?」
「は!? どこのバカ組織よ!」
「神聖教会って名乗ってるんだが? どっかで聞いたことのある名前っしょ? ええ? どうなんだ。ヴィヴァルディ女神さまよぉ?」
エエングラも、神聖教会の崇める神が誰なのか知っているのだろう。
ヴィヴァルディは、ぐぬぬぬっと押され気味だが。
「そ、それはともかく!」
かなり無理のある話題逸らしである。
ヴィヴァルディはVIP会員証を拾いそのままアクタを振り向き。
「アクタ! あなただって何もしてない筈だから同罪よ!」
「ふははは! 言うと思ったわ! 我は五十年の間、しっかりと我が迷宮がいざとなったら箱舟として機能するように日々、準備を進めておったのだが!?」
「え? うそ、マジなの?」
「疑うのならばアプカルル神に聞いてみるのだな! 彼女だけは我の協力者にして、我が留守の間も迷宮を守り続けていた守護神であったのだからな!」
おそらくそれは事実だろうと悟ったのだろう。
ヴィヴァルディはコホンと咳ばらいをし。
「それにしても」
「ほう? 女神よ、我にも責任を押し付けようとした件から逃げるつもりか?」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう?」
シリアスな空気でゴリ押す気満々なヴィヴァルディであるが。
実際、そんなことを言っている場合ではない。
アクタの方が引く形となり――。
「神聖教会……女神ヴィヴァルディを神と慕う狂信者ども、か……五十年前も確かに暴れておったが。よもや別大陸でも暴れているとはな」
「ふふふふ、アクタがなんとかしてくれるのよね?」
ね? とヴィヴァルディはニコニコ顔でアクタを見上げている。
どうせあんたは動くんでしょ?
と、その顔は本当に生意気な猫のように、ニッコニコである。
賢いアクタは考える。
ここで頷かないと、またこのバカ女神が無駄な行動をし、余計に厄介なことになるだろうと。
ふはははは! よりも溜息の数が増えているアクタは、黒衣のフード異装ごと肩を落とし。
空気を揺らすほどの溜息に、重い言葉を乗せていた。
「仕方あるまい……」
「よっしゃ! さあ行くわよあんたたち! とりあえずわたしの借金を何とかして、それから神聖教会をどうにかするわよ!」
「お前が仕切んなし! てか! おまえ! 単独行動はやめろって言われてるだろうが!」
ネコのダッシュで転移門を走るヴィヴァルディを追いかけ、跳躍。
エエングラとアクタはヴィヴァルディから引き剥がされないように、光射す転移の道を駆け抜けた。
〇新規習得スキル〇
【猫の抜け道(神)】
〇効果:異世界に住まう光の神、及び闇の神が不憫で残念なネコに授けたスキル。閉鎖空間を魔猫王の恩寵で突破、光の神の力を用い、本来なら閉ざされている結界、及び迷宮内からの脱走を可能とする。ただし、光が閉ざされた場所では使用不可。
●コピー対象:女神ヴィヴァルディ。