第050話 四章プロローグ
これは――盗人やハイエナの神エエングラによる襲撃の後。
人類を嫌っているあのナブニトゥがどういう風の吹き回しか、Gの迷宮の外にいる人類を救済したいと言いだした、その数週間後。
アクタを追ってやってきた筈のエエングラが、この迷宮を受け継ぐという話から逃走し続ける日々。
完全に話が流れた後の出来事である。
両性具有の売れないホスト風な神様たるエエングラが、王都を遊覧しているのだが。
その肩に乗った女神ヴィヴァルディが、両手を広げウニャウニャウニャ!
既にこの王都に住み着いているエエングラに、身振り手振りをもって力説するのは投資の話。
「ね? つまりわたしにお金を預けてくれれば、三倍にして返すってわけよ!」
「あのなあヴィヴァルディ……おまえさあ」
「なによ?」
「アクタに言われてるんだけどよぉ、おまえに金を貸しても絶対にギャンブルで溶かしてくるから……金は貸すな、借金が増えるって言われてるっしょ」
だから金は貸さないと、既にアクタの指示には従っているエエングラである。
もちろん、アクタのいう事は素直に聞く……そんな状態を女神ヴィヴァルディが許す筈もなく。
「はぁ!? エエングラ! あなた、わたしとアクタとどっちの味方なのよ!」
「って! 髪を引っ張んなし! どっちの味方も何も、ギャンブルで溶かすって問題外だろうがよぉ! この件だけはあいつの言ってる事の方がまともっしょ?」
「今度はギャンブルじゃないの! 投資なの!」
「うぇぇぇぇ……同じっしょ、それ」
引き気味なエエングラとは裏腹。
何らかの魔術を使っているのか、ヴィヴァルディは猫の獣毛の隙間から計画書を取り出し。
「よく聞いてね? このステーキ用の抹茶ソースの原材料になるワサビを栽培するっていう計画が立ち上がってるのよ」
「いや、ステーキに抹茶ソースって時点で失敗しかみえんし」
「あらそんなことないわよ?」
だいたい……抹茶ソースになんでワサビなんだよ……と、エエングラは露骨に顔を歪めたままである。
しかしここまでの反応は予想していたのか。
ふふーんっと女神ヴィヴァルディは、生意気そうなネコ顔にドヤァァァァァっとした表情を浮かべ。
「そうね? 最初は皆そんな残念そうな顔をするけど、最後には、『そう……頑張ってね』って銅貨を三枚くらい投資してくれてるわ! つまり、実績も信頼ももうあるってこと!」
おそらくエエングラも、そんな連中と同じ顔をして。
「ヴィヴァルディおまえさあ……」
「だからなによ!」
「それ、ただ残念な計画に金を落としちゃってるお前に、うわぁ……って同情してるだけっしょ……」
「あら? そんなことないわよ? だってあのドケチなナブニトゥが、すん……って顔をしながらも、金貨を三枚も投資してくれたんですから!」
「はぁ!?」
ケチでヴィヴァルディにも当たりが強いナブニトゥが、金貨を三枚!
エエングラは銅貨と銀貨と金貨の価値の差をあまり理解していない、だが! それでもあのナブニトゥが金素材が使われた貨幣を無駄な投資に使うなど、絶対にありえない!
そんな感情の中で驚愕に顔を歪ませ。
「マジかよ!? あのナブニトゥが金貨を三枚も!?」
「そうよ? なんか上手くいきそうな気がしない?」
「いやあ、でもさあ。ナブニトゥのやつ、なんか最近おまえに甘いじゃん? なーんかオレ様の【嗅覚】とか【神託】がその投資は大失敗するって訴えてるんだがよお」
それはそれ、これはこれ。
神の直感で投資の失敗を予知するエエングラは、最弱とされるがやはり神なのだろう。
「ったく、ケチねえ!」
「だいたい、なんでそんなに必死に動いてやがるんだよ。おまえ、なんかアクタに隠してるのか? 怒られる前に素直に吐いちまった方が楽っしょ」
「勘違いしないで欲しいわ。隠してるわけじゃないのよ? ただ投資の話をしたら怒られると思ったから黙っているだけなの」
「それを隠してるって言うんだろうがよぉ」
エエングラが男神の側面を前に出し。
じぃぃぃぃぃぃ。
肩に乗っているヴィヴァルディを掴み、自らの目の前で持ち上げ。
「で? いつまでにいくら用意しないとどうなるって言われてるんだ?」
「そ、それは……」
「一緒に謝ってやるから、言ってみるっしょ」
ヴィヴァルディは目線を逸らし、毛を縮めて言う。
「じ、実は来月までに借金を払い終えないと、この迷宮を……明け渡すみたいな?」
「は?」
「だーかーらー! この迷宮を担保に入れちゃったの!」
「おま、おま!? おまえぇえええええええええぇぇ! それ、ガチで怒られるヤツじゃねえか、どうするんし!」
「だから困ってるんじゃないの! どうにかして、アクタにバレる前に処理したいの! ね? 協力してくれないかしら? 今協力してくれるなら、その、ほら! 女神の祝福的なネコパンチをしてあげるわよ?」
ヴィヴァルディは隠し通したいようだが。
当然、この王都はアクタの放つネズミやゴキブリが常に監視していて。
すぐさまにヴィヴァルディの悪事は露見したのだろう。
ヴィヴァルディの脇を掴んで持ちあげていたエエングラの背後に、いつものように気配が生まれる。
アクタである。
「詳しく話を聞こうではないか――」
「あらぁ、アクタじゃないの。あれ? おかしいわね、ナブニトゥと一緒に迷宮の外の世界に用があるって出かけてる筈じゃあ」
「実は迷宮の外の別大陸で、ギャンブルで負けまくっていた猫魔獣がいると耳にしてな。よもやとは思ったのだが、ヴィヴァルディよ。まさか、キサマ――王都内の賭博場を出禁にされたからといって、こっそり抜け出し、外でギャンブルに勤しんでいたわけではあるまいな?」
ヴィヴァルディの肉球に、じゅわっと汗が浮かぶがそれでも強気を崩さず彼女は言う。
「ちょっと外で借金してきただけで怒らないで!」
「ええーい! バカ者が! 我は汝の愚かさ! 勝手にこの迷宮を担保にいれた、その浅はかさを怒っておるのだ!」
「だってだって! わたしはただ、困ってる人を助けたいだけなのに!」
「だから、その手段を改めよと……まあいい。とりあえずナブニトゥが今、相手先と交渉している。しばし何もせずに、おとなしく待っていられるな?」
いられるわけもなく、ヴィヴァルディは音のならない口笛を、ぷぴぷぴ鳴らし目線を逸らすのみ。
エエングラが言う。
「しっかし、ナブニトゥの野郎はどうしちまったんだぁ? なんかヴィヴァルディのために動いているみてえじゃねえか」
「……まあ、この迷宮を担保に持っていかれるわけにもいくまい」
「アクタの旦那よぉ、あんたもオレになんか隠してやがるだろう」
言えよぉ、っとエエングラが悪絡みする中。
アクタは絶対失敗するだろう抹茶ステーキソースの計画書を眺め――はぁ。
深く、大きなため息をついたのであった。