第043話 王都の団欒
【SIDE:ナブニトゥ】
ナブニトゥは考える。
ルトス王をずっと眺めていたアプカルルは気付き。
そしてナブニトゥは気付けなかったもの。
賢いナブニトゥは精査する。
おそらくそれは形ではないもの。
そして、アプカルルが気付いているのだから複雑な事ではない。
考えをまとめるためにナブニトゥは主人と仰ぐアクタに許可を取り、王都の中を飛翔――お気に入りの大樹の枝に止まり、すぅっと息を吸っていた。
呼吸を整え、王都の様子を眺めていたのだ。
そろそろ太陽が落ちる時間。
夕方過ぎの買い物が行われているのか、街の住人は生き生きとしている。
夕食の仕込みの煙が広がる町並みは平和そのものだった。
その情景は酷く懐かしく、ナブニトゥはかつてまだ人類と神の距離が近かった時の……世界を創ったばかりの事を思い出す。
アクタの命令……とまでは言わないが心を汲んで、この王都の中の人類には友好的なナブニトゥ。
ナブニトゥはいまだに人類が嫌いだが、それでも邪険にすることはない。
だからだろう。
ナブニトゥを見つけた、帰宅途中の王都の子供たちがナブニトゥを見上げ。
「あ! ナブニトゥさまだ!」
「ナブニトゥさま~! そんなところで何をなさっているのですか~?」
「アクタの兄ちゃんに、今度魔術を教えて欲しいって伝えて欲しいんすけど~!」
様々な事を勝手に語るのが子供の特徴だ。
ただそれは平和の証でもある。
子供は好きではない……と、ナブニトゥは眠そうな瞳を細め、それでも向きを変えて子供たちを見下ろし。
「僕は考え事をしているのだよ、童たちよ」
さあ、だから早く帰り給えとナブニトゥはジト目を向けるが。
子供の内の誰かが、覚えたての飛行魔術を唱えたのだろう。
わざわざナブニトゥが止まる枝にまでやってきて。
「なあなあ、頼むよ~! アクタの兄ちゃんにもっと魔術を教えてもらいたいんだって~!」
「……童よ、その飛行魔術もマスターが教えたのかい?」
「え? そうだよ?」
「分からないね。危険だから自分がいるとき以外は、まだ使うなって言われなかったのかい?」
空飛ぶ魔術師の子供は、あっ!
絶対にダメだと言われていた事を思い出したようで。
「ご、ごめんなさい――」
「僕に謝っても仕方ないだろう。僕はマスターではない。童よ、仮に君が術の制御に失敗し落下しようが、落下したその先に誰かの大切な家族がいようが、全て関係ないことだからね」
「うわぁ、やっぱりアクタの兄ちゃんが言ってたように、素直じゃない鳥の神様なんだね、あんた」
戯言ならば聞き流すが、マスターに言われたとなると話は別だ。
ナブニトゥはあの日、見てしまった。
アクタの素顔を――その日以来、ナブニトゥは光の神がGに授けた【美貌の恩寵(神)】、更に闇の神がGに授けた【コピーキャット(神)】、この二つのスキルの補助を受けた、死の神が授けた【ハーレム王(G)】の支配下。
精神を支配されたわけではない。
おそらくやろうと思えば反抗も可能だろう。
だが、アクタが覗かせたあの顔が、どうしても忘れられない。
それはかつて在った、あの日の楽園で見たあの顔とよく似ていた。
同一人物かと思ったが。
分からない。
けれど――彼はふははははは! といつも笑っているが、その実、あまり笑っていない。
ナブニトゥは子供に言う。
「素直じゃない? 僕が?」
「ああ、だってさっきの無関心を装った説教も、落下して誰かを巻き込んじまったら、オレ一人が怪我するだけじゃない。他の人を巻き込むのはどうだって言いたいんだろう?」
「そうだね、童よ。概ね君が正しいね。其の理解の速さ、ヴィヴァルディに爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだよ」
くくくくくっと喉に翼を当て嗤うナブニトゥであるが。
子供の操作する飛行魔術を眺め――。
「そろそろ地上に降りよ、童よ。あと三分もすれば魔力が切れて落下するであろう」
「アクタの兄ちゃんがナブニトゥの前なら大丈夫だって言ってたよ?」
「マスターが?」
「うん、どうせなんだかんだと言って、落下する前に助言するであろうって。だから飛行魔術も、今回ならいいかなって」
マスター……っと溜息で翼をふわりとさせ。
「仕方ない……降りる前に飛行魔術が切れても面倒だ。乗せていく、ちょっと待っていろ」
言って、ナブニトゥは猫の頭にギリギリ乗れるサイズだった全長を変形させ、巨大な鳥へと姿を変え。
「他の童も家まで送ろう」
「やりぃ!」
「勘違いはするなよ。これはマスターから言われているだけであって、僕は君たち人類に関してはあまり興味がない。……童よ、聞いておるのか? 童よ」
「聞いてる聞いてる! ねえ! ナブニトゥ様が背中に乗せてくれるってよー!」
え? まじ!?
と、子供たちは大喜びである。
これもマスターとの誓いのためと、ナブニトゥは子守をしながら彼らを自宅へと運んでいく。
一軒、二軒、三軒。
……。
そして最後に、飛行魔術を使っていた子供を送り届けた時だった。
ちょっとした出来事があったのだ。
家主かどうかは分からないが家族がゆったりと出てきて、ナブニトゥの顔を見て。
じっと考え込んでしまっていたのである。
老婆だった。
「童よ、彼女は?」
「ん? うちの祖母ちゃんだよ! ちょっと目が悪くってさあ、それでも今でも結構魔術とかは凄くて。って! 祖母ちゃん? どうしたんだよ?」
老婆がゆったりと口を開く。
「いえ……なんでもないよ。それよりも、ナブニトゥ様。せっかくいらしたのです、どうか夕食でもご一緒にいかがですか?」
「いや、今僕は考え事をしているのでね。折角だが」
遠慮する。
そう告げようとしたが、なぜだろうか。
ナブニトゥはいまここで、この老婆と会っておかないと後悔する。
そんな直感に襲われていた。
子供が言う。
「食べて行くってさ!」
「そう良かった。じゃあ、どうぞ中へ――」
促されたナブニトゥは姿を縮小させ。
人間の家に招かれ、席に着いた。