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第042話 コピーキャット(神)の真価、後編


 川の畔のような、納涼を思わせる涼しげな香りが広がる空間。

 王都に建設されているアプカルルの神殿にて。

 ハイエナ神のエエングラと、ネコの姿の女神ヴィヴァルディの言い争いは続く。


 露骨にバカにされたヴィヴァルディは、カチーンと来ているのだろう。


「はぁああああああああぁぁぁぁ!? バカですって!」

「いや、だってだなあ……ヴィヴァルディ。ふつー、あの流れでそうなるか?」

「なるわよ! だって知りたいんですもの!」


 詰め寄られたエエングラは、男神の空気を前面にしたまま。


「だからよお、それってつまりおまえさあ、全然話を聞いてないっしょ? この擬態者はナブニトゥに自分自身で気づかなければ意味がないって、ほぼ直球で言ってただろ?」

「意味わかんないんですけど!?」

「いやおまえ分かれよ。どーしちまったんだおまえ、昔からバカだバカだとは思ってたけどよぉ――ちょっと度を越してねえか?」


 エエングラの事はもういいのか。

 振り返ったヴィヴァルディは、アクタをビシっと指差し。


「あのねえ、アクタ! この際はっきりと言っておくわ!」

「ほう? 女神殿の説法でも始まると?」

「説法じゃなくて説教よ! あのねえ! あんた! てきとーに思わせぶりな事を言って、なんか優位に立ったって勘違いしてマウント取ってるつもりなんでしょうけど! そうはいかないわよ!」


 アクタが肩を竦め。


「ナブニトゥにならともかく、キサマにマウント? は! 片腹痛いわ!」

「あぁぁぁ! またバカにしたわね!?」

「ええーい! 黙らんか! キサマが馬鹿みたいな事ばかりを言うのが悪いのであろうが!」


 アクタはそのままエエングラに目をやり。


「まあ良い……それで、汝は結局どうやってその姿を保ち、この世界に干渉しておるのだ? ヴィヴァルディはともかく……ナブニトゥにできぬのだ、なんらかのインチキをしているとは思うのだが」

「インチキっていうなし!」

「ふは! では種を明かすのだ! 汝が手を明かさぬのならば、我は毎日毎晩! 汝の棲家に侵入し、インチキインチキと耳元で羽音を鳴らし続けるであろう!」


 よく分からない脅しだが、エエングラは勢いに負け。

 少し、女性に寄った口調で語りだす。


「ちっ……しゃーねえっし。オレが動ける理由は単純っしょ……それはオレが弱いからだ」

「ふむ……というと?」


 本人に言わせんじゃねえよとばかりの顔で、髪を掻き。

 男神としての側面を前面に出したエエングラは話を続ける。


「この世界は神の干渉にコストを必要とする。神による世界の干渉は魔術みたいなもんだ――ってのは、高位の魔術師の見解っしょ? それにはオレ様も同意してるんだよ。テキトーに数値をあてはめるが……たとえばナブニトゥを呼んで何かをして貰うのに100のコストが必要だとすると、オレのコストは10でいい。つまりオレは他の連中と違って行動制限が少ないわけっしょ。コストが軽いわけだ。だからまだある程度自由に行動できるって原理なんだが……おい、大丈夫か、そいつ」

「コ、コスト? わ、分かるわよ!」

「本当かぁ? ヴィヴァルディ……おまえさあ、魔術の方も微妙だったっしょ?」


 ヴィヴァルディは、んにゅ? っと理解できていない顔だが、アクタは理解しているようだ。


「気にせず続けよ」

「まあ……話を戻すけど」


 頭を抱えているヴィヴァルディを置いて話は進む。


「んで、主神の加護を失っているこの世界には今、コストの支払い能力はほぼない、世界の全てが枯渇してるっしょ? ようはコストを支払う力みたいなもんが回復しない状態なわけなんだわ。んでだ、誰かが主神にならないとこの世界の終わりはほぼ確定。けど、オレたちの中に主神の器になれるものは誰もいない。つまりは無理。もう来るとこまで来ちまってるっしょ? 主神以外でコストを支払えるように回復するには、人間からの信仰が必要って話になる、それももう手遅れっしょ」


 人間と聞き、ヴィヴァルディが口を挟む。


「なんで手遅れなのよ」

「人間からの信仰なんて、もうほとんど意味をなさないっしょ。その証拠に、おまえはどれだけ信仰されても弱いままっしょ?」

「そりゃあまあ……」

「もうオレたちと人類の間には、埋めることができない溝みたいなもんがあるんっしょ」


 しょっしょっしょ、と言葉を受け。


 冷静な顔のままのアクタ。

 そして少し寂しそうな顔をしたアプカルルは、問題をきちんと理解していたようだ。

 アプカルルが言う。


「人類をちゃんと見なくなった神々と、愛されて当然と身勝手になってしまった人類。どちらが悪いかなんて、もう今更な話なのよね、きっと。そうなのよね。ああ、そうなのよ……世界は、もう終わるのでしょうね」

「ああ、そうだ。だからオレはここを貰いに来たっしょ」


 キシシシシっと男とも女ともとれる微笑を浮かべ、エエングラはアクタを見上げ。


「この世界はもはや、ただ失っていくだけの世界。その影響で強すぎる連中は、この世界に干渉することができない。なにしろ世界が神の干渉を受け入れるコストを支払えず、耐えられなくなってるからな。自分一人で無理やり世界の法則を捻じ曲げやがって、干渉できるアプカルルはともかく……他の連中はもうろくに干渉できない。だからオレ様は、あんたの船が欲しいんだよ、アクタ」


 エエングラはアクタに言う。


「頼む! オレにこの箱舟を譲ってくれ!」


 要求されたアクタは困った顔で。


「譲ること自体は構わぬのだ。我に付き従い、我がスキルハーレム王(G)の影響下にありながら、自我を保ち続けている彼らを害する気がないのなら、我もこの地を明け渡そう――」

「本当か!」

「だがエエングラよ――この迷宮が箱舟となっているのは、我だからこそだ。我こそが異世界神の送り込んだ”外からの異物”だからであり、世界が滅んでも存在できる故、混沌の海を泳げる箱舟へと転化できるだけの話。しかし、汝は外ではなく内にあるもの」


 エエングラは、むぅっと口を尖らせるがアクタは言う。


「結局のところ――我が部外者として存在しているからこそ、ここは世界が滅んでも抜け出せる迷宮なのだ。汝にそれができるのか?」


 問いかけにエエングラは胸を張り。


「やってみなけりゃ分からんし!」

「試すのは構わんが、ならば覚悟するがいい。ここを譲渡するが、受け入れるのに失敗すれば汝はおそらく消滅する」

「……は? なんでだよ!」

「あくまでも力だけであるが、既に我は主神の領域にある。その主神に値する我のドリームランド、ようは精神世界を譲渡するわけだ。汝の力量を知らぬが――耐え切れぬほどの矮小なる精神ならば、その心は崩壊し、心の崩壊に釣られその魂も消滅するであろう」


 では譲渡するぞ。

 と、アクタは手を翳すが、エエングラはダラダラダラと汗で全身を濡らし。


「待った待った! 待つし、来んなし! ストップだし!」

「そそそそそ、そうよ! てか、アクタ! あんた既に主神の器にあるって、どういうことよ! 聞いてないわよ!?」

「言っておらぬからな」

「言いなさいよ! バカ! もう! なによなによ、じゃああんたが主神になれば解決じゃない!」


 人類の滅亡を望まぬヴィヴァルディは、もはや大団円の顔だが。

 アクタは言う。


「言っておくが、我はこの世界の主神になる気などないぞ」

「そう、なる気なんてない……って!? なんでよ!」

「我が主神となったとしても、結果は同じだからだ。結局、人類の考えを変えることができねば、そして汝等始祖神の心を変えることができねば、滅びの未来は変わらぬであろう。可能性がゼロならば無益、我はその話に乗る気などない」


 もはや預言のように告げるアクタの顔も言葉も真剣そのもの。

 だからこそナブニトゥも悟ったのだろう。


「マスター……どうやら趣味の悪い冗談ではなく、本当にそこまで見ているようだね」

「……我はルトス王の記憶とスキルを喰らったからな。ある程度のやり直しも可能だという事だ」

「つまり君は、コピーキャットの力で多くのスキルを束ね――既にこの世界の終わりを見たのか」


 アクタは否定しなかった。

 それを肯定と受けとったのだろう。

 ナブニトゥも空気を切り替え――、自分自身を眺め始めていた。


 アクタは何度もヴィヴァルディとナブニトゥに何かを気付かせようとしている。

 それも自分自身で気付かねば意味がないと促している。

 そこにはなにかがある。きっとある。


 ルトス王を眺めていたアプカルルが気付いていて、自身が気付いていないもの。

 そのナニカを探すように。

 ナブニトゥは意識を深く、集中させ始めた。


 答えは、もうすぐそこまで迫っていた。


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