第041話 コピーキャット(神)の真価、前編
ハイエナの神エエングラを捕縛したアクタと一行は、彼をアプカルルの神殿に連れて行き。
じぃぃぃぃぃぃ。
いわゆる話し合いが始まろうとしている。
アプカルルの神殿最奥の祭壇。
外に出られないようにした結界内。
やはりフィンクス王から派遣されてきた、書記官と化している近衛騎士がメモを取り――エエングラを神とし認める聖職者たちが祈りを捧げる中。
多くの神と新たに信者を得ているアプカルルの信徒に囲まれ、エエングラは睨むヤンキーとも不貞腐れた子供とも取れる顔を尖らせ。
牙を剥き出しにし、くわ!
「こっちみんなし! オレは見せもんじゃねえぞ!」
とりあえず威嚇してみたようだ。
ガルルルルっと威嚇するエエングラをじっと眺め、アクタが言う。
「ふむ――どうやらナブニトゥやヴィヴァルディとは違い、アプカルル神のように人型の姿のまま行動できているようだが……汝等、始祖神はこの世界への干渉がほぼできないのではなかったのか?」
「アプカルルが答えるのだわ」
ふふふふっと泡を吹きながら顔を回転させ、彼女がゆったりと語りだす。
「まずはアプカルルね? アプカルルがこの姿のまま人類に干渉できる理由はね? とってもとっても、簡単なのよ? あなたには分かるかしら? 分かって欲しいのだわ?」
アクタは苦笑し、フードの下の口を動かした。
「淑女の願いとあらば答えんわけにはいかぬか」
ふむ、とアクタは考えこみ。
「――まあ、おおよその検討はついている。それはアプカルルよ、汝が最強だからであろう?」
「ふふふふふ、そう! そうなのよ! 正解なのよ!」
アプカルルは鱗の頬を押さえながら、くるくるくる!
川の濁流を発生させて、周囲をびちょびちょにしながらうふふふふ!
歓喜の中で告げていた。
「そう! アプカルルはとってもとっても強いのよ! だって、だってね! アプカルルが柱の君から授かったのは、力。あの方が持っていた全盛期の力そのもの。あの方の力は狂気そのものだった、狂気そのものがあの方の力だった。それを、アプカルルは貰ったの」
アプカルルが語りだす――、
「アプカルルはとっても弱い魚だった。アプカルルはとっても空に憧れる鯉だった。白銀色の、美しい狼の棲み付く森の、せせらぎを奏でる川の中から。ずっと、ずっと! ずっと! 外を眺めていたの。けれど、アプカルルはとっても弱いから。文字通りの雑魚だから。憧れる事しかできなかった。川の水面のあの奥に、素敵な世界があると知っていたから。あそこにいけないくらいなら! いっそ、産まれてこない方が良かった! そうやって、毎日空を眺めて嘆くアプカルルをね? あの方は見つけてくれたのだわ!」
それだけで周囲に発生するのは大量な魔力。
魔力は無自覚で無差別な攻撃となり、周囲を侵食していく。
「あの方は言ってくれたのだわ! 手を差し伸べてくれたのだわ! 産まれてこない方が良かった命なんて、一つもないって! どんな小さな命であっても、産まれたからには意味があるって! だから、君に外を見せてあげようって! 願いなさいって、祈りなさいって! きっと、それは天に届いて叶うからって! だからだからだから、アプカルルは願ったわ? あの世界に行ける力が欲しいって! 川から飛び出て歩ける足が欲しいって! だから、だからだから! アプカルルはあの方に力を貰ったの!」
ヴィヴァルディとエエングラはそれぞれ後退しながら、ずざざ!
「ちょ、ちょっとアプカルル! なんか周りが凄いことになってるんですけど!」
「アプカルル! おまえ相変わらず迷惑っし! ふざけんなし! オレさまの一張羅が汚れちまうだろうが!」
ヴィヴァルディは猫毛を。
エエングラは盗賊を生業とする冒険者のような軽装を、それぞれ守りつつ。
きょろきょろ!
「アクタを盾にするわよ!」
「こ、殺されちまうんじゃねえか!?」
「大丈夫よ、こいつ! 紳士を気取って結構女の子に甘いし。あんたはどっちもついてるんだから、たぶんセーフよセーフ!」
「お、置いてくなよヴィヴァルディ! オレさまも連れて行くし!」
最弱候補の神二柱は存外に同じリズムで動き出し。
ダッシュでアクタの後ろに隠れ、ひし!
外套となっているローブ状の服を掴まれアクタが言う。
「我は構わぬが……汝らには神の矜持とか、そーいう感じのアレはないのか……?」
「は!? 矜持で死んだら意味ないでしょ!?」
「そーだ! そーだ! もっと言ってやれし!」
ナブニトゥはこの場にいる人類に結界を張り、場を制御。
ちゃんと役に立って見せていた。
ナブニトゥが例の二柱をジト目で眺める中、周囲を攻撃してしまっていたと気付いたのだろう――アプカルルは慌てて自らの力を制御し。
「あらら? あらららら? ごめんなさいね、アプカルルは攻撃するつもりはなかったのよ? 本当よ?」
「分かっているさアプカルル。君は狂っているからね、語る言葉さえそれは魔力の波動となり、魔力の波動は刃となりて周囲を穿つ。それが君という存在なのは、僕達もよく知っている。だから、今更君が気に病むこともないと僕は思うよ、アプカルル」
ナブニトゥの紳士なフォローに苦笑し、アプカルルは首を傾げ。
「ありがとう、とってもとっても嬉しいのよ? けれど、けれどね? だからこそ分からないわナブニトゥ」
「何がだい、アプカルル」
「どうして――その優しさを、気遣いを、眺める瞳を人類のために使えないのかしらって――アプカルルはとっても疑問なのよ?」
ねえ、どうして?
どうしてどうしてどうして?
と、やはり狂気じみた様子でアプカルルはどうしてを連呼するばかり。
「よく分からないね。さきほどからマスターも君も何が言いたいんだい」
賢い筈のナブニトゥ。
だがアプカルルが言いたいことをどうしても理解できないようだ。
分からないことこそが問題なのだろうと、賢い彼は恐らく知っている。
だから答えが欲しいのだろう。
ナブニトゥがマスターと仰ぐアクタを見上げ。
「言葉遊びとまでは言わないが、もうそろそろ疑問に答えて欲しいのだがねマスター。僕とヴィヴァルディは何に気付いていないんだい」
呆れとも違う、疲れとも違う。
けれど達観した様子で、アクタは首を横に振り。
「美しきアプカルルは自らで気が付いた。そして我がそれを口にするのは容易い。だがおそらく、これを口にすれば終わり。我はそなたから――自らで気付く機会を永遠に奪ってしまうであろう。我はそれを望まぬ」
自分で気づいて欲しい。
気付くべきだと言われたのだと、理解したのだろう。
ナブニトゥは瞳を閉じ。
「分かったよマスター、ならばこれ以上は何も聞かない。ただ、僕が答えに辿り着いたら、正解かどうかは教えて欲しい。どうかな?」
「それで構わぬ。ヴィヴァルディよ、汝もそれでよいな?」
「は? 良くないんですけど? わたしはふつーに正解を聞いてすっきりしたいんですけど?」
猫の顔で、はぁぁぁ? 何言ってくれちゃってるの?
と、偉そうな顔をしているヴィヴァルディに、エエングラはやはりジト目を作り。
「うへぇ……ヴィヴァルディ。おまえなぁ……」
「なによ、ハイエナ」
「五十年ぐらい姿を見なかったが、あいっかわらず空気も読めねえし――言っちゃなんだが、バカなままなんだな」
それが本音だと理解したのだろう。
ヴィヴァルディが、毛を逆立て始めて口を開く。
当然、怒りだすのだろう。