第038話 Gと女神のスイーツ散歩
よく晴れた昼下がり。
元の王都を完全再現させたGの迷宮こと【箱舟の世界】。
その大通りにて――今日も今日とて、Gと女神の声が高らかに響き渡っていた。
アクタとヴィヴァルディ。
彼らは二つの拠点をそれぞれ指差し。
女神ヴィヴァルディが先に、ネコの歯を剥き出しにし、くわ!
「だーかーらー! 聞いてるの? わたしは今日のスイーツは闇楽亭のどろどろぜんざいパフェにするべきだと言ってるの!?」
「ええーい! それは昨日食べたではないか! 本日のスイーツは光庵の餡かけ抹茶ババロアだと言うておるではないか!」
そう、三時のおやつをどうするか。
そんな本人たちと店以外には、どうでもいい言い争いである。
こんな日常にも慣れた人々は、まーたあの人たちがなんかやってるよ……と、遠巻きに野次馬中。
「分かってないわねえ、アクタ」
「分かってないのは貴様であろう、ダメネコ女神よ」
「いい? よく聞きなさい! どろどろぜんざいパフェは二日連続で食べるといい事があるの、幸運になるの。しょせんGの一種、中級魔物で擬態者かつ貧相なステータスなあなたじゃあ、分からないかもしれないけれど。幸運値が上がるのよ? つまりは、今夜のカジノで勝つための必勝の策。どう? 分かったかしら?」
ふふんと既に慣れきった猫の顔でドヤァァァァ!
女神ヴィヴァルディは勝利を確信した笑みであるが、アクタがフードの下でヒクりと口角を歪ませ。
「おい、待て女神」
「なによ」
「ギャンブルはほどほどにせよと、たしか先週言ったはずだが?」
「聞いたわよ? でもわたしがそれに従う必要も義務もないわよね? なに言ってくれちゃってるの?」
言いつけを守らぬ女神に反省の色はなし。
アクタとて大衆の娯楽であるギャンブルを禁じるつもりはない。
だからこの箱舟の王都内でも、賭博はフィンクス王の名のもとに許可されている。
だが。
「その賭け金はいったいどこからでておるのであろうな?」
「馬鹿ねえ、あんたの財布に決まってるじゃない!」
わなわなと口元だけを蠢かし、アクタがフードごと身体を揺らし、くわ!
「それが禁じる理由だと何故わからん!」
「残念でした~、女神は誰にも止められませ~ん」
ネコの姿だからまだギリギリ許されているが、これが彼女の人型姿……女神の姿であったのなら、たとえ美人であっても鉄槌が下っていただろう。
「だいたいキサマ! そのありえないほどに低い幸運値でギャンブルに勝てる筈がなかろうが! 駆け出し冒険者の子供とて、もっと幸運値が高いわ!」
「酷い! あたしのステータスが低いって言うの!?」
「現実を見よ、バカ者が!」
言って、アクタは【能力鑑定(G)】を発動!
通行人にも見えるように、女神ヴィヴァルディの今のステータスを表示する。
「毎日毎日ぐーたらしおって! 能力が上がるどころか下がっておるではないか! 幸運値に至っては、マイナスだマイナス! マイナスにどれだけ【どろどろぜんざいパフェ】の食事の際に発生する能力補正をかけても、マイナスはマイナスのままだと何故わからん!」
マイナス、マイナスと言われ、ぷくー!
「そんなのやってみないと分からないでしょう!?」
「やってみた結果がキサマの借金の山なのだろうが! この穀潰しが!」
「いやあねえ、借金っていってもわたしは猫よ? まさか猫ちゃんからお金を取り立てるなんてひどい事をできるわけないじゃない」
実際、どうもネコという存在は特別。
柱の神が産み出したこの世界の法則に、なんらかのイレギュラーが発生しているのか、ネコに関して謎の補正が働くようになっていて……。
今の女神ヴィヴァルディを攻撃しようとしても、何故か失敗するという謎の判定が起こっている。
アクタを眺めている闇の神……ネコの姿をしている、宇宙の如き暗澹とした異世界神の仕業かもしれないと――。
始祖神最強とされるアプカルル神が、珍しく震えながら推察していたが。
「とにかく、勝手に我の預金から金を持っていくのはやめよ!」
「酷いわ! わたしはギャンブルで稼いで、恵まれない子供たちにお腹いっぱいに食べ物を支給してあげたいだけなの! それを邪魔するだなんて、あなた! さては悪魔ね!」
ヴィヴァルディの支離滅裂な発言であるが。
アクタは知っていた。
そう、この女神……これは全部本音。
実際に彼女は、恵まれない子供に食事を与える事を最終目標にしているのである。
目的は崇高。けれど手段は最悪。
そして、弱き者を救うという大義名分と優しき心も真実、嘘自体は皆無なのもタチが悪い。
アクタがいつもの、「ふはははは!」を出さない時点で、どれだけ厄介かは判断できるだろう。
肩を落とし、呆れ切ったアクタが言う。
「言いたくはないがな」
「じゃあ言わなきゃいいでしょ」
「ええーい! 開き直るな! そもそもギャンブルで元手を増やそうとせず、その元手で、できる範囲の施しをすればいいであろうが!」
「元手を増やした方がいっぱいの子供を救えるでしょうが!」
「金を溶かしておるだけで、誰も救えておらぬではないか!」
ヴィヴァルディは懲りずにアクタに突っかかり。
ガルルルル!
「じゃああなたがギャンブルをしてくれればいいでしょう!」
「たわけ! 我の幸運値は闇の神の加護によりカンストを振り切り天井突破、どんな賭け事も、可能性がゼロではないのなら百発百中で当ててしまうのだぞ! それはもはや詐欺ではないか!」
「善行なんだからいいじゃない!」
「ぐぬぬぬぬ、懲りぬバカ者が! 無償の施しなど歪、善行と言えど過ぎれば毒となる。そう学んだはずであろうが!」
「だってだって! 助けたいと思う事のどこがいけないのよ!」
アクタにぐぬぬぬと言わせるのはよほどの事であるが。
ともあれ、街中で喧嘩する二人を眺める一つの気配があった。
それは獲物を狙うような獣の目。
彼らがガミガミガミとやりあう中で。
それは――人型の気配となり、両手に魔力の玉を浮かべ、ニヒィ!
それは――急襲する形で、浮かべた魔力の玉を重ね。
「ブワハハハハハハハ! バカな奴らだ! これでこの箱舟はオレ様のもんだぁぁ!」
声と共に、ビームと形容できそうな魔力閃光を解き放っていた。
完璧な不意打ちであったが、アクタとヴィヴァルディに攻撃が当たる直前。
ぶわん、と空間が歪んで魔力閃光が掻き消されていた。
ヴィヴァルディがまだガミガミと騒ぐ中、アクタは騒動に気が付き目線をやる。
アクタの瞳に映るのは、神鳥フレスベルグの姿。
アクタを主人と仰ぐ森人の神ナブニトゥである。
彼は口ではどうでもいいといいながら。
それでも襲撃者の攻撃を空間を歪め消し去り、街と彼らを守っていたのだ。
「どうやら、間に合ったようだねマスター」
「攻撃を受けたと思ったのだが……ナブニトゥ、何事であるか」
「僕らではない始祖神が来たようだ」
ヴィヴァルディが逆立てた毛をそのままに振り向き。
「はぁ!? 誰よ一体、そいつ! あたしまで巻き込もうとしてたでしょ!」
「さて、どうだろうかヴィヴァルディ。確かに、あれはマスターの事は確実に狙っていたがね。ヴィヴァルディ、君の事はどうだろうか。弱くなりすぎて、目に入っていなかった可能性はある。僕には判断できないのだよ」
「弱いって言わないで! わたしだって気にしてるんだから!」
ちゃっかりアクタの肩に乗り、わたしを守りなさい!
と、命令しているヴィヴァルディであるが……そんな彼女を見上げナブニトゥが言う。
「神託を得た。確信はないがおそらくはハイエナ――死肉を喰らい他者からモノを奪う獣人たちの神だろうさ。ヤツの事だ、奇襲に失敗したのなら既に気配を消し逃げている。ひとまずは安心だろうが……」
ハイエナと聞き。
ヴィヴァルディの顔は露骨に嫌そうに歪んでいた。
「うわぁ……あいつかぁ……」
「ああ、そうだよ、あいつさ」
「たしかに、他人の所有物を奪うのが大好きだから、Gの迷宮を奪いに来たんでしょうけど……」
最強とされたアプカルル神の時よりも反応は大きい。
彼らの謎の動揺を訝しみ、アクタは「ん?」とフードの下の唇を動かしていた。
「同胞という事か。どんな神なのであるか?」
質問に、ヴィヴァルディとナブニトゥは顔を見合わせ。
やはり、何とも言えない顔で言葉を選ぶように口を開き始めた。