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第035話 幕間―三人の領主・前編―


 (アクタ)の迷宮内の、よく晴れた日の事。

 擦れた紙とインクの香りが周囲に漂う執務室にて。

 アクタが空に映像を流し更なる混乱を招いた、あの日から数日後。


 これは――。

 【暗愚の奇行】や他にも多く記録されている事件……。”ルトス王の奇行”の意味が明るみとなった後の出来事。

 歴史に残らぬその一幕。


 王都の三分の一を治めていた領主イナンナは、書類の束に埋もれながらも公務を必死にこなしていた。

 文字を大きくさせる魔力が込められたカンテラの火の下。

 口紅を照明に反射させて、彼女は書類を高速で片付ける。


「移住の意志あり。移住の意志あり……ただし懸念あり、説明を求む。こっちは……」


 事情は民に説明された。

 いざとなった時、終わる世界から抜けだすための箱舟ともなるこの迷宮に滞在するかどうか、彼女は自らの民に問いかけたのだが……その返答を正式な書類として、まとめないといけなくなり。

 その結果がこの書類の束である。


 受け入れ証明と住民票を作成しながら領主イナンナは、長い髪を机に落とすほど前屈みになり。

 はぁ……っと疲れの吐息。


「誰もいなくなった王都に、それも終わりが現状確定しているあちらに戻る気がある人は、さすがにほとんどいない……か。まあ、そりゃそうよね」

「それでも、後から話が違う! と言われても困るのでな。ここで正式に書類にしておかねば後の騒動に繋がりかねん」

「そうそう、って! アクタ殿!?」

「ふははははははは! 我、参上!」


 そう、今回の騒動の中心でもあった擬態者アクタ、異界の祟り神を自称するGがいつのまにか執務室に入り込んでいたのである。


「鍵をかけてあったはずなんですけど!?」

「我に鍵など通じぬ!」

「いや、普通に危険な発言ですけど……まあいいですわ。どのようなご用件で? もしかして! あたくしの仕事を手伝ってくれるとか! は、まあないですわよね」

「うむ! 書類仕事は好かぬからな!」

「はぁ……じゃあいったい何をしに来られたのですか? 王都にいた人間の三分の二、全員の同意書類って、はっきりいって滅茶苦茶大変なんですけど?」


 実際、領主イナンナの目元にはわずかなクマができている。


「しかし、そなたはルトス王に任命された領主の一人として、務めを果たすのであろう?」

「そりゃあまあ……」

「それで、いつ頃に発表するのだ?」

「何の話です?」

「ふむ、察しの悪い女だ――」


 Gに鼻で笑われたイナンナはカチーン!

 化粧の形が変わりそうになるほど、ぐぐぐぐっと頬を上げつつも冷静に。


「あのですね? お言葉ですが、今の説明で分かる人が居たら未来予知とか読心術とか、そういう類のスキル保有者ですよ?」

「ルトス王を恨んでおるのか?」

「だから意味が分からないんですってば!」


 強大な神を前にしても、領主イナンナは一歩も引かず堂々と意見を言う。

 それが強さであり、彼女が女領主にまで上り詰める、大成する器であった証なのだろう。

 だが、先ほどから意味不明な事を言い続けるアクタは、ふむと考えこみ。


「我はルトス王のすべての記憶を持っている。文字通り、全てだ」

「それが何か?」

「つまりは、ルトス王がそなたを領主として起用したことについても覚えているわけだ。もう分かるな?」

「ふふふ! それはあたくしが優秀だったから、それ以上の理由なんてありませんわ!」


 領主イナンナは斜に構えて、できる女アピールをして見せていた。

 実際、彼女の仕事は優秀だった。

 だからその自信も分からなくもないと、アクタは考えているようだが。


「そうか」

「えぇ……そうかってなんですか? あの、本当になにをしにいらっしゃったのか、ご説明頂きたいのですけれど」

「そうだな――しばし待て! 今我が援軍を呼んできてやろう!」

「援軍って……一応これ、うちの領民の個人情報なんで……アクタ殿のお知り合いといえどあまり見られたくはないのですけれど」

「魔術師ビルガメスを呼ぼうと思っていたのだが、そうか、ダメか」


 彼女の心を知っているGはニヤリ!

 ニヤニヤとフードの下の口角を吊り上げている。


「だ、だだだだ、ダメじゃないですわ!」

「ふははははは! ではしばし待つがいい!」


 言って、アクタはただのGに変身。

 扉の下の、本当にわずかな隙間を通過し退出。

 そのまま同じく書類仕事で追われている領主エンキドゥのもとに向かった。


 ◇


 領主イナンナたちとは違い、既に移住が完了している領内。

 とっくにアクタの家臣になっている王都の三分の一。

 やはり、その執務室にて。


 カサカサコソコソ!

 書類の海を泳ぎながら、アクタは、ふは!

 いつもの人間状態に擬態し、突如巨大化した形で登場。


「我、参上である!」

「ぬおおおおおぉぉ!」


 当然、気配を殺して移動していたアクタが突如として書類の中から現れたので、仰天。

 執務室の主人で領主のエンキドゥは、そこそこ間抜けな声を上げていた。


「ふははははははは、ふは! なまじ気配察知ができるだけに、全く気配がない所から気配が発生すると焦るのであるな! 領主の男よ!」

「エンキドゥとお呼びください、閣下」

「閣下とな?」

「え? ああ……アクタ殿と呼ぶのも馴れ馴れしい気もしますしな、かといって王と呼ぶとなるとルトス王と混じりますし、なによりこれから戴冠式を行うフィンクス王子もいるので混乱しますでしょう。なので、閣下とこちらでは自然とお呼びしていたのですが」

「まあ呼び方にこだわりもなし、好きに呼ぶと良いが……」


 アクタはエンキドゥの眉間の皺とクマを眺め。


「どうやら、貴公もイナンナと同じく疲れているようだな」

「はは、はははは! おかげさまで、どこかの閣下の相談なき行動で仕事が増えましたのでな。今はアプカルル神を鎮めるための神殿の建設に苦心しているところでありますよ!」


 笑っているが、目は笑っていない。


「どうやら、アプカルル神を連れ帰ったのはさすがにまずかったようだな」

「いえいえ、閣下がお決めになられた事なので。ですが、ええはい。相談していただきたかった、というのが本音ではありますな」


 やはり目は笑っていない。

 まるで側近で友の魔術師ビルガメスのような、ニコニコ顔なので本当に相談して欲しかったのだろうと、アクタはふむ。


「ところで領主の男よ」

「なんでありましょうか」

「イナンナとはちゃんと話をしたのか?」


 意図が読み取れなかったのか、領主エンキドゥは眉間の皺を濃くし。


「どういうことでしょうか? それはまあ、突如として移住してきた形なので、打ち合わせは念入りに行いましたが。何か不備でも?」

「いや、彼女はよくやっている。だが、そうか、貴公にも意図は伝わらぬか」

「はぁ……あの、具体的にお話しいただけると助かるのですが」

「分からぬのならそれでいいのだ」


 言って、アクタはただのGに戻ろうとするが。

 そこに声をかけたのは、領主エンキドゥの友魔術師ビルガメスだった。


「おや閣下、そこにいらしたのですか」

「魔術師ビルガメスか、可能ならば領主イナンナの手伝いに汝を連れて行きたかったのだが――」

「ええ、御覧の通りです。三大領主と言われたのは領主エンキドゥ、領主イナンナ、そしてもう一人いるのですが、どうやらあの事件の裏で失踪していたようですからね。今思えばスパイかなにかだったのかもしれませんが、ともあれ手が足りないので……短期間ではありますが僕が領主代行をとなりまして」


 ようするに忙しい。

 そう判断したアクタは、んーむと考え。


「参ったな、イナンナはおそらくかなり無理をしているのだが」

「では僕がしばらく手伝ってきますよ」


 言った魔術師ビルガメスに驚いたのはアクタではなく、領主エンキドゥ。


「ビルガメス!? おまえが彼女の手助けをすると!?」

「まあ困っているようですし、仕方ないのでは?」

「おまえ!? 頭でも打ったのか!? それとも疲労のせいか!? 精神に寄生されたか、あるいは頭の病気ならば早急に聖職者カリン殿に治療を依頼せねばならぬぞ!?」


 酷い言われようだが。

 たしかに、魔術師ビルガメスが他人に素直に優しくするのが珍しかったのだろう。

 アクタは魔術師ビルガメスを眺め、ふむと小さく頷いていた。


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